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水着

「バハムート……バハムート……」


 湖から帰って、色々な場所を巡って謝罪をした俺たち。

 その間もルルネはうわごとの様にバハムートと呟き続けていた。

 というのも、あの釣り上げたバハムートはすべて、サザーンの街に寄贈することになったからだ。

 一応、街の偉い人……いわゆる町長さんのところまで向かい、頭を下げたのだが、そもそもバハムートなんていうとんでもない存在が棲みついていたことすら初耳だったようで、むしろ俺たちの心配をされてしまった。

 それだけに罪悪感が余計に募るのだが、無事討伐したことと、壊れてしまったボートの弁償などを告げると、驚きながらも気にしなくていいとすら言われてしまったのだ。

 町長さんとしては、そんな伝説級の魔物が出てきたのに湖周辺の被害だけで済んだだけでありがたいという話だったが、それだと俺の申し訳なさが半端ないので、釣り上げたバハムートを寄贈することにしたのだ。

 持ち帰る際、バハムートは他の魔物と同じようにドロップアイテムへと姿を変えたが、そのドロップアイテムはバハムートの各部位といった形で、俺はよく分からないが、さすがに伝説級の魔物だし、鱗やら牙やらは何かに使えるだろう。

 ただ、俺が倒したのではなく、ルルネが倒したので『完全解体』のスキルが発動することはなく、ステータスやらスキルやらは手に入れていない。いや、いらないけどね。ステータス貰っても表示するステータスがありませんから! スキルも自由自在に作れるようなもんだし!

 とにかく、バハムートのすべてを手に入れたってワケじゃないが、それでも、ルルネを除けば俺たちだけでは消費しきれないような量のバハムートの身が手に入ったのだ。

 バハムートって美味しいらしいし、ぜひともこの街の人に食べてもらいたい。

 そう思ってバハムートを寄贈したら、今のルルネが出来上がってしまったのだ。


「そう落ち込むなよ。釣れた魚だってたくさんあるんだし、バハムートも完全に食べられないワケじゃない。何なら『ウミネコ亭』で調理してくれるって言ってたじゃねぇか」

「ですが……ですが……全部じゃないじゃないですかああああああああ!」

「いや、さすがにあれ全部はいらねぇだろ……」


 何日バハムートを食べ続ける気だよ。カレーじゃねぇんだぞ。

 いくらルルネ一人で消費できるとはいえ、それに付き合わされるのはたまったもんじゃない。何よりルルネが料理をするんじゃなくて、他の人が料理するんだし。

 ルルネが叫んでいると、オリガちゃんがジトっとした目をルルネに向けた。


「……でも、食いしん坊は今日のご飯抜き」

「嫌だああああああああああああああああああああああ! それだけは嫌だああああああああああああ!」


 ガン泣きだった。

 黙っていれば超美少女のルルネは、恥も外聞もなく、鼻水を垂らして泣き喚いた。

 だが、オリガちゃんも許すつもりはないようだ。俺としてはもういいかなって気もするが、そうやって甘やかすからああやって暴走するんだと思いなおす。食べるのが好きなのはいいが、暴走しないでほしい。

 最後まで泣き続けるルルネだったが、結局オリガちゃんの許しは出ず、俺たちはルルネを部屋に置いて、レストランで夕食をとった。

 ちなみに、その夕食では俺たちの釣ってきた川魚とバハムートも出されたのだが、新鮮な川魚が美味しいのはもちろんで、皆バハムートの美味しさに驚いた。

 これは確かに美味いな。レストランの店員さんの話では、明日の朝も昼も、今日出された料理を含め、様々なバハムート料理を用意してくれるとのことで非常に楽しみだ。

 ルルネがいないので落ち着いた状態で飯を食べることができた俺たちは、それぞれ部屋に戻るとバルコニーの露天風呂に入り、ゆっくりと眠りにつくのだった。


◇◆◇


「うぅ……美味しい……美味しいよぅ……」


 翌朝。

 ご飯抜きから解放されたルルネは、レストランで朝食を泣きながら食べていた。

 しかも、昨日の昼食の時とは違い、ちゃんと味わいながら、ゆっくりと食べているのである。

 その姿に驚く俺たちだったが、ルルネは泣きながらその変化について語った。


「わ、私が愚かでした……食の前にはすべてが等しく平等であり、生きるために他者を殺し、いただく……生と死という概念がある食事を、そんな食事をより彩るために先人たちが積み重ねてきた料理の歴史を、あろうことか私はよく味わいもせず、ただ馬鹿正直に美味い美味いと……うええええん」


 な、何かよく分からんが、昨日の晩御飯を食べなかっただけで、ルルネの中でとんでもない心の変化が起きたようだ。

 王都カップの時は、朝食を家畜の餌だから食べないって理由で食わなかったが、強制的に飯を禁止させられたことがとてもこたえたようだ。

 念願のバハムートも食べられたルルネだが、食べた時の反応は川魚と同じで『美味しい……今の私にはすべてに感謝している……美味しいよぅ……』と言いながら食べていた。

 うーん……ここまで変わってしまうと心配になるが、しばらく様子を見よう。普通に考えれば、あの暴走気味だった食欲が抑えられるってわけだしな。

 ひとまず食事を終えた俺たちは、今日は当初の目的通り海に行く予定だ。

 だが、俺たちは誰も水着を持っていないので、これまたホテルの従業員さんにおススメの水着が売っているところに向かい、買ってから海に向かうつもりだ。

 そんなわけで、準備を終えた俺たちは、早速出かけるのだった。


◇◆◇


 水着を無事購入した俺は、一足先に海へと来ていた。


「ここが『天国の砂浜』か……」


 名前の由来はともかくとして、確かに天国といってもいいほど、真っ白な砂が辺り一面に広がり、真っ青な海の色と綺麗なコントラストを演出している。

 何故、俺が先にこの場所に来たのかと言えば、アルたちにそう言われてしまったからだ。

 どうやら水着を選ぶのに時間がかかるとのことで、先に海に行って準備しておいてほしいと言われた。

 というのも、どうやら海に行くとパラソルやらテーブルやらを貸し出しているようなので、その設置をしておくことができるというわけだ。

 その情報通り、パラソルやテーブル類を借りた俺は、周囲を見渡す。


「うーん……全然人がいないな」


 まさに観光シーズンから遠ざかった海のように、人の姿がない。

 まあ、この海を貸し切りだと思えば、むしろありがたいくらいだ。

 適当に良さそうな場所を探し、パラソルやテーブルをセットしてくつろいでいると、アルたちがやって来た。


「誠一!」

「ん? おお――――!?」


 アルたちの方に振り向いた俺は、言葉を失った。

 何も考えずに普通に設置したり、水着を買ったわけだが、普通に考えればその買った水着を着るわけで……つまり、皆の姿が刺激的だった。

 まず、アルはその褐色の肌によく映える真っ白のビキニを着ている。


「ど、どうだ……? に、似合ってるか……?」

「え、えっと……」


 恥ずかしそうにしながらそういうアルの様子があまりにも魅力的過ぎて、言葉を失っていると、アルはますます顔を赤くする。


「な、何か言えよッ! どうせオレには似合ってねぇよ!」

「そんなことないって! ただ……その……綺麗だったから、つい……」

「~~~~!」


 これ以上ないほど顔を赤くしたアル。

 すると、オリガちゃんが声をかけてきた。


「……誠一お兄ちゃん。見て見て」

「この水着、ですか? 変わった素材ですね!」


 なんと、オリガちゃんは……いわゆるスクール水着を身に付けていた。しかも、胸元にはひらがなで『おりが』と書かれている。絶対に勇者の仕業だろ!

 オリガちゃんの水着には驚いたが、ゾーラもまた、刺激的な水着姿だった。

 ゾーラはアルと同じように緑色のビキニを着ていたが、パレオを身に付けており、非常に大人っぽい。


「主様、どうですか? 似合ってます?」


 いつもより若干大人しく、それでいてどこか不安そうにそう訊いてくるルルネは、緑と白のストライプのショートパンツタイプの水着を着ており、普段の活発的なルルネによく合っている。


「オリガちゃんの水着は予想外だったけど、よく似合ってるよ! ゾーラも大人っぽいし、ルルネも、その……可愛いと思うぞ」


 母さんにはいいと思ったことは褒めなさいと育てられたとはいえ、水着の女の子を褒めるのはさすがにハードルが高いっす!

 女の子への耐性がない俺には、非常に刺激的で嬉しいのだが困るという、何とも贅沢な悩みに悩まされていると、ふと気づく。


「あれ? サリアは?」

「ん? サリアなら――――」

「――――誠一ー!」

「お? サリ――――!?」


 サリアの声の方に振り向いた俺は、再び言葉を失った。

 何故なら――――。


「ドウ? 似合ウ?」

「どうしてだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 ――――赤いビキニを着たゴリアがいた。


「モウ、照レ屋ナ誠一。モット見テ?」

「見る前になんでその姿なのかの説明を求める……!」

「誠一ガ喜ブト思ッテ……好キデショ?」

「ちっがああああああああああああああああああう!」


 バーバドル魔法学園の文化祭の時も思ったが、サリアは俺を何だと思ってるんだ!?

 ……いや、ゴリラに告白したのは俺だし、あってるのか。そうかあ。

 よく見ると、ゴリアも可愛いと思えてきたぞぅ!


「ああ、似合ってるZE☆」

「イヤン、照レル」


 サムズアップすると、ゴリアは頬に手を当て、体をくねらせた。

 そして急に体が光ったかと思うと、いつものサリアに戻る。


「誠一に似合ってるって言われたから、満足!」

「サリアの満足の基準が分からねぇ……!」


 人間の姿に戻ったサリアの水着姿は、それはもう非常によく似合っており、正直かなり目のやり場に困るというか……。

 やっぱりゴリアの方が俺の目に優しかったな!

 すると、顔の赤さが引いたアルが、一つ咳払いをした。


「コホン。とりあえず、ここで話してねぇで遊ばねぇか? せっかく貸し切りみたいな状態なんだしよ」

「そうだね! じゃあアル、行こう!」

「え? ちょっ……サリア!?」


 アルはサリアに手を引かれると、そのまま海へと走っていく。


「……ゾーラお姉ちゃんも行こ?」

「は、はい! 私、泳ぐのは初めてなので、緊張します……」

「……大丈夫。私も初めて。だから、こんなものを借りてきた」

「え? それは……」

「……『浮き輪』って道具らしい。水に浮くから、これに掴まれば安心」


 どうやら水着を買ったお店で浮き輪を借りれたらしく、二人分の浮き輪を用意しており、それを持ってゾーラと海に向かう。

 それぞれが海に向かう様子を眺めていると、一人残ったルルネが声をかけてきた。


「あの……主様は泳がれないんですか?」

「え? ああ、ちょっとね……」


 俺は海を見ながら、ふと地球の……進化する前の俺のことを思い出していた。

 海に来ておいてなんだが、あまり水関係にいい思い出がない。

 例えばトイレの個室に入れば、頭の上から水をかけられるなんて普通にあったし、何より水泳の授業が一番きつかった。

 俺を虐めてた連中が、先生の目を盗んで俺の頭を押さえつけ、溺れそうになるなんてしょっちゅうあったくらいだ。

 さすがにこれは死ぬだろうと先生に報告したのだが……先生は対応してくれなかった。


『――――さっきからクラスメイトに殺されかけてると言うが、君はこうして生きてるじゃないか』

『先生! 死んじゃったらここにいないです!』

『屁理屈を言うんじゃない!』

『屁理屈扱い!?』


 ――――こんな感じで相手にしてもらえなかったのだ。

 至極まっとうなことを言ったと思うんですけどね! この時はさすがに泣いちゃったよね!

 しかも、俺が先生に告げ口したこともバレ、いじめっ子たちはより一層先生に見つからないように徹底して俺を沈めてくるようになった。その努力の矛先をぜひとも水泳に向けて欲しかったものだ。

 だから水泳が嫌で見学を申し出ても、先生は取り合ってくれず……。


『お前。先生の前で堂々とサボろうとするとはいい度胸だな? バツとして、先生が許可するまで泳ぎ続けるように』

『い、いや、さすがにそれは――――』

『つべこべ言わずやれ。お前のその無駄な肉があれば、沈むことはないだろ? さっさと始めろ!』

『ひでぶ!?』


 ……これまた延々と泳ぎ続けさせられるという始末。

 少しでもペースが落ちたり、楽しようとすれば問答無用で先生から叱責が飛ぶというまさに負の連鎖。今考えてもどうすることもねぇな!

 そんなこんなでいじめっ子たちからの水攻めと、先生の指導によって延々と泳ぎ続けさせられた結果、皮肉なことに水泳が得意になってしまったのだ。

 とはいえ、嫌な思い出があるのには変わらない。

 ならなんで海に来たのかと言えば……純粋に、水関係の思い出を楽しい思い出に上書きしたいなと思ったからだ。

 サリアたちとこうして海に来れただけで、俺としてはもうこれ以上ないほど報われた気持ちになっている。


「何だか、海に来ただけで満足しちゃってね」

「はあ……ところで主様」

「ん?」

「この砂浜……食べられるんですかね?」

「食うんじゃねぇよ!?」


 確かに見た目はまんま『ヘブン・パウダー』ですけども! でもただの砂ですから!


「まったく……バカなこと言ってないで、ルルネも遊んで来いよ。もうちょっとこの光景を眺めたら、俺も泳ぐからさ」

「そ、そうですか? では、お先に失礼しますね」


 ルルネはそう言うと、そのままオリガちゃんたちの方へと走っていった。

 この世界に来るまでは色々あったけど、大切な人たちがたくさんできた。

 カイゼル帝国とか魔神教団とか、よく分からん連中がたくさんいるが、俺は俺なりに、大切な人が守れたらいいな。

 そんなことを考えた俺は、少しして海へと俺も向かって行くのだった。

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― 新着の感想 ―
地球時代が酷すぎて草も生えない
[一言] カイゼル帝国地下牢 ヒュン!…スッ 先生A「今、目の前矢がかすめてった!」 先生B「矢?ないじゃないか」 A「通り過ぎて消えたんだよ!死ぬかと思った!」 B「生きてるじゃないか」 A「死んだ…
[一言] 「ゾーラ」という名前で泳げないのが意外でした(笑)
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