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港町サザーン

「――――それを寄越せええええええ!」

「これは私のよおおおおおおおお!」

「うひひひひ! う、美味い! 美味いぞおおおお!」

「ハッ!? も、もうなくなっただと!? も、もっとだ、もっとくれえええええ!」

『……』


 だいたい一週間かけ、ウィンブルグ王国の海沿いにある港町……【サザーン】に到着した俺たち。

 そこに広がっていたのは、俺の期待していたような潮の香りや海の幸、輝く海などではなく、住人によるバトルロワイアルだった。

 老若男女問わず、全員の目が血走り、今回運んできた『ヘブン・パウダー』を求め、奪い合っている。

 唖然とその光景を見つめる俺たちをよそに、今回俺たちに依頼をしたスカーフェイス商会の会頭であるスカーさんは、部下の人たちに声をかけた。


「チッ……やっぱり暴走してやがったか……! おい、テメェら! 暴れてる連中を殴ってでも止めろぉ! そんでもって、持ってきた商品を売って売って売りまくれぇ!」

『おう!』


 スカーフェイス商会の皆さんは、ガッスルが言っていた通り全員屈強な男性ばかりで、やはりどう見ても裏稼業をしてらっしゃる方々にしか見えなかった。

 ただ、盗賊に襲われることはなかったのは、唯一よかったことと言えるだろう。もし襲われてたら、死に物狂いで奪いに来るらしいからな。今、目の前の光景を見ていると、ウソだとはもう思えない。

 部下の人たちに指示を出し終えたスカーさんは、俺たちの方に振り向いた。


「さてと……今回は世話になったなあ? コイツは今回の報酬とは別に、世話になった礼だ。受け取ってくれよ」


 そう言って渡されたのは、依頼達成を証明する書類と、たった今略奪戦が繰り広げられている『ヘブン・パウダー』だった。


「ええええ!? い、いや、俺は別に……!」

「じゃあな! 俺はこのまま部下どもと街の連中を黙らせに行くからよぉ」


 すぐに粉を返そうとしたが、スカーさんはそれだけ言うと、そのまま街中へと殴り込みに行ってしまった。


「ええ……? これ、どうすりゃいいんだ……?」

「あ、主様? いらないようでしたら、わ、私が食べましょうか!?」

「お前に渡すのだけは絶対にない」

「ガーン!?」


 ただでさえ、目の前で奪い合いが起きてるのに、そんなものをルルネに渡すとか恐ろしくてできるかッ!

 争ってる街の人を全員倒して、独占する未来が見えるからね!

 俺はすぐさま『ヘブン・パウダー』をアイテムボックスに放り込むと、改めてサザーンの街を見つめる。


「……これ、このまま入っていいんだろうか?」

「さあな。少なくとも、検問ができる状況じゃねぇだろ?」


 アルはさほど驚いていないようで、呆れた様子でそう言った。あれ? これが普通なの? 日常なの!?

 とはいえ、このまま突っ立ってるのもあれなので、俺たちはそのまま街へと入った。

 中に入ると、テルベールや学園都市とはまた違った賑わいがあり、やはり港町ということで、海鮮系の出店が多く並んでいた。

 ……ただ、その店の店主はどこもかしこも『ヘブン・パウダー』を求めて争っているため、とても買える状況に見えない。


「残念だけど、今すぐ何かを食べることはできなさそうだなぁ」

「お店の人いないもんねー」

「ガガーン!?」


 『ヘブン・パウダー』に続いて、恐らく一番この街の料理を楽しみにしていたであろうルルネが、再びショックで立ち尽くしていた。『ヘブン・パウダー』はともかく、さすがにこの街の料理が食べられないのは可哀想すぎる。

 今もスカーさんたちが止めに……あれ、殴ってでも止めろって言ってたけど、いいのか? ますます裏稼業感が増していってません?

 ともかく、少し時間が経てば、『ヘブン・パウダー』も運んできたことだし、この騒動も収まっていることだろう。


「とりあえず、先に依頼達成の報告をしに行こうか」


 できれば町の人にサザーンの冒険者ギルドの場所を教えて欲しかったが、今はそれどころじゃなさそうなので、自分たちで探すしかない。

 この街の状況に呆れていたアルだが、アルもこの街に来たこと自体は初めてなようで、やはり場所は知らなかった。


「あ! あれじゃない?」


 しばらく街を歩いていると、サリアが一つの建物を指さす。

 すると、テルベールのギルド本部と同じ剣と盾の看板が掲げられた建物が目に入った。


「おお。見た目はそんなに変わらないんだな」

「まあ、所属してる連中は大きく違うだろうけどよ」

「え?」


 アルが不思議なことを言うので、思わず首を捻りながらも中に入ると、建物の造り自体はギルド本部と大して変わらず、酒場が併設されているような造りになっていた。

 だが、明らかに違う点が一つだけある。

 それは――――。


「へ、変態が……いない……!?」


 どこを見渡しても、武装した人たちが依頼用の掲示板を普通に見ていたり、酒場で酒を飲みながら談笑していたりと、ギルド本部では考えられないほど平和的な空間が広がっていた。


「あ、アル! ここが本当にギルドなのか!? 市役所の間違いじゃなくて!?」

「お前毒されすぎだぞ」

「ハッ!?」


 アルに言われて気付いた。

 そうだ、そうだった……! このギルドが普通なんだよ! あのギルドがおかしいんだ! ヤバい、知らないうちに俺の常識まで乗っ取られていた!?


「……あ、俺の常識も普通も不在だった……」

「何言ってんだ?」


 アルに冷静にツッコまれてしまった。いやあ、最近、普通に逃げられているのでね。ついうっかり。

 ひとまず受付に移動すると、よく日に焼けた肌の女性が、笑顔で迎えてくれる。

 服も、ギルド本部でエリスさんが着ていたようなデザインがベースとなっているようだが、この海の街の気候に合わせているのか、かなり開放的で肌の露出が多い。

 確かに、この街の気温は猛暑とまではいかないけど、かなり暑い。俺は装備の効果で特に苦労していないが、アルなんかはこのギルド支部に来るまでに少し汗をかいていた。


「サザーン支部へようこそ! 依頼の発注ですか? それとも、新規登録でしょうか?」

「あ、いえ、依頼を達成したので、その報告です」

「なるほど! では、書類とギルドカードを拝見いたしますね」


 スカーさんから貰っていた書類とギルドカードを渡すと、受付の人は確認した瞬間、微かに目を見開いた。


「ああ、スカーさんの依頼を受けていたんですね。他所から来られた方は、街の人の様子に驚かれたでしょう?」

「え、ええ。そうですね」

「まあ数か月に一回の頻度でああなりますが、ちゃんと落ち着きますので安心してください」


 数か月に一回の頻度であんな恐ろしい奪い合いが行われてるの!?

 サラッと恐ろしい情報に驚いているが、このギルドにいる人たちの様子を見るに、本当に一種のお祭りみたいな扱いらしい。迷惑なうえに殺伐とした祭りですけどね!

 俺が渡した書類を元に、手続きを終えた受付の女性は、笑みを浮かべた。


「はい、依頼の達成を確認いたしました。おめでとうございます! この依頼の達成で、サリア様と誠一様、そしてゾーラ様のランクがFランクからEランクへと上がりました!」

「へ?」

「ええ!?」

「おおー」


 まさかの報告に俺は驚き、サリアは感心したような声を上げる。ゾーラに至っては目が点になってる。

 ランクアップか……全然考えてもなかったけど、そんなに依頼って受けてたっけ?

 Fランクだったときは、同じFランクの依頼なら10個、Eランクの依頼なら5個達成する必要があったはずだけど……。

 俺はともかく、サリアはちょくちょく孤児院の手伝いをしていたし、それが依頼として処理されていたのなら、納得と言えば納得だ。それでも俺までランクが上がったのは謎ですけどね!

 いや、それを言うのなら、登録したばかりのゾーラがランクアップしてるのも不思議だ。

 すると、そんな俺の考えていることが分かったのか、受付の人は教えてくれた。


「今回のランクアップについてですが、サリア様は時々行っていた孤児院のお手伝いである程度達成回数が溜まっていたというのもありますが、今回の護衛依頼はDランクの依頼として処理されたので、これ一つでランクアップという形になったのです」

「あ、なるほど……」


 確かにガッスルも、護衛依頼はD級からを想定してるって言ってたもんな。

 つまり、二個上のランクの依頼を達成したから、ランクアップしたと……。


「なので、誠一様とサリア様、ゾーラ様のランクアップは正式なものとなりますので、ご安心ください」

「ありがとうございます」

「それと、こちらが新たに更新されたギルドカードとなります」


 そう言いながら渡されたカードを確認すると、そこにはEランクと書かれている。

 ギルドに登録しておいて、全然依頼を受けてなかったからな。ようやくEランクか……あまりにも遅いな! 俺の体は毎回進化してるのにね!


「やったね、誠一!」

「あ、ああ」

「ま、まさか、こんなに早くランクアップするなんて思いませんでした……」


 ゾーラも受け取ったカードを見つめながら、そう口にする。

 というか、俺はゾーラより早く登録してたのに、もう追いつかれてるんですが?


「そういえば、ルルネとオリガちゃんは登録しなくてもいいのか?」


 あまり深く考えたことはなかったが、この二人は実力は確かだ。

 特にオリガちゃんは、まだ幼いけど俺以上に色々な経験を積んでるし、冒険者向けの知識も多く持ってるはずだ。

 まあ、ルルネは戦闘能力こそ訳が分からんレベルで高いが、それ以外の不安要素が大きすぎるってのはあるが……。


「私は主様の騎士ですから。それ以外の依頼は受けませんよ!」

「あ、そういえばそんな設定だったな」

「設定!?」


 だって、食べてるところしか印象に残ってないんだもの。しかも、俺の騎士って言うくせに、食欲優先ですしねぇ!


「……私も、登録してまで依頼を受けようとは思わない。誠一お兄ちゃんたちと一緒にいるだけで十分」

「そっか」


 オリガちゃんの頭を撫でると、嬉しそうにオリガちゃんは目を細めた。

 もろもろの手続きが終わった俺たちだが、せっかくなのでこの街のオススメの宿を訊いてみる。


「あの、この街は初めてなんですけど、どこかオススメの宿屋ってありますか?」

「それでしたら、『ウミネコ亭』がおすすめですよ!」


 受付の人に場所を教えてもらいつつ、俺たちは礼を言うと、サザーンのギルド支部を去るのだった。


◇◆◇


「ここが『ウミネコ亭』かぁ……」

「大きいね!」


 教えてもらった場所に行くと、そこには地球で言うリゾートホテルのような、立派な建物があった。

 しかも、海に面している場所に建てられており、バルコニーなんかからの景色が期待できる。

 ちなみに、依頼達成の手続きを終えてギルドを出るころには、街の様子もだいぶ落ち着いており、ちらほらとだが、商売が再開していた。

 ……一時的とはいえ、街全体の経済が止まるあの粉は本当にヤバいと思います。

 建物の中に入ると、吹き抜けのエントランスに、観葉植物や小さな噴水、それとラタン系の椅子や机が置かれており、地球のリゾートホテルを連想させる。

 こんな場所は地球でも行ったことがなかったから、かなり新鮮だ。


「いらっしゃいませ!」


 思わず中を見渡していると、店員さんが声をかけてくる。

 その服装も、半袖半パンと非常に涼し気で、肌はよく日に焼けていた。


「えっと、泊まりたいんですけど、部屋は空いてますか?」

「はい、大丈夫ですよ! この時期はいつも観光客も減るので……」


 でしょうねぇ! あんな恐ろしい街の人々を、わざわざ見に来る観光客はいないと思います!


「それで、お部屋はどうしましょう? 今でしたら、当ホテル一番のお部屋もご用意できますが……」

「料金はどれくらいでしょうか?」

「一泊につき、おひとり様金貨二枚です。ですが、値段に見合ったお部屋だと自負しておりますよ!」


 おお、それは気になる。

 なんせ、今回この街に来た大きな理由は、休養するためなのだ。

 できるだけ贅沢に過ごしていいだろう。

 お金も普段そんなに使わないうえに、たくさん魔物を倒しているせいか、使いきれないほど余ってるし……。


「お客様の人数ですと、三人部屋を二部屋ご用意という形になりますが……」

「それは問題ないので、そのお部屋をお願いします」

「かしこまりました!」


 前なら確かに色々気にしていたけど、何だかんだとサリアと一緒の部屋で泊まることに慣れているので、今さらそこを気にすることはない。やましいことは何もしてないし、いたって健全ですしね!

 六人分の代金で金貨12枚を渡すと、それと交換する形で鍵をもらった。


「では、お客様のお部屋は最上階の601号室と602号室となります。お食事もセットに含まれておりまして、食堂に行けばいつでも食べられますので、ぜひご利用ください」


 そんな店員さんの言葉を聞いて、ルルネが真っ先に食事という言葉に反応したため、俺たちは食堂に行く前に一度部屋へと移動するのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 蛇足続きで、もう終わらせても良いんじゃないかな
[一言] 異世界物の高級ホテル最上階、五、六階なら良いけど…魔法・機械設備のない百階とかどうするんでしょうねw 人力かな?客を輿に乗せて階段をw
[一言] ステータス「冒険者ランクですか……何時まで保ちますかね?」 常識「討伐報告とかしなければきっと(震え声)」
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