スカーフェイス商会
お待たせしてすみませんでした。
翌日、再びギルドを訪れると、ガッスルを探す。
しかし、いつもなら受付付近でマッスルポーズをとっているのだが、今日に限っては姿が見えない。あれ?
つい首を傾げていると、受付の奥にある部屋から、ガッスルが姿を現した。
「おーい! 誠一君! こっちだ!」
「おお」
まさか受付の奥に案内されるとは思ってなかったので、少し驚きながらも俺たちは移動する。
すると、そこは応接室のような部屋で、質のいい机とソファーが置いてあった。
……これ、使ってるのか? めっちゃ綺麗なんだけど……。
果たしてギルド本部でこの部屋を使うようなことがあるのかと疑問に思っていると、ガッスルがやって来る。
「よく来たね。早速だが、誠一君たちの依頼主を紹介しよう。こちらが『スカーフェイス商会』のスカーさんだ」
スカーフェイス商会!? 何だそのいかにもヤバそうな名前の商会は!
思わず名前に驚いていると、ガッスルの後ろから一人の男性が姿を現した!
「ククク……俺ぁスカーってんだ。よろしくな?」
どうしよう、どう見ても裏稼業の人だ……!
ガッスルが紹介した男性は、スキンヘッドで顔には大きな傷がついた、ガタイのいい大男といった見た目だった。
唖然と大男……スカーさんを見つめていると、スカーさんはニヤリと笑う。
「フッ……お前さんらが俺の依頼を受けてくれるって連中か?」
すると、スカーさんの問いにサリアが元気よく手を挙げた。
「はい! そうです!」
「聞いた限りじゃあFランクって話だが……大丈夫なんだろうなぁ? ああ?」
スカーさんは凄んでるつもりはないのかもしれないが、どう見てもガン飛ばされてます!
ただ、俺やサリアがFランクなのは合っているので、なんて答えようかと迷っていると、ガッスルが口を開いた。
「HAHAHA! スカーさん、そこは安心してくれ! 彼らの力については私の筋肉に誓って保証しよう!」
「これ以上ねぇほどの安心材料だな」
そうなの!? 神様とかじゃなくて筋肉に誓っただけですよ!?
……いや、でも、ガッスルからすると神様より筋肉が大事なんだろう。それもどうなんだ?
「あー……そこのギルドマスターはともかく、オレはA級の冒険者なんで、何かあってもフォローできますよ」
どこか疲れた様子でアルは頭を抱えながらも、スカーさんにそう言った。
「ふん……なるほどな。そいつは安心だぜぇ」
「えっと……問題ないようでしたら、俺たちで依頼を受けさせてもらいたいんですが……」
「ああ、大丈夫だ。ただの確認だからなぁ? ガッスルの野郎が、適当な連中を寄越すとも思わねぇしよぉ」
見る人によっては泣いてしまいそうなほど恐ろしい顔を歪め、スカーさんは笑った。い、いい人なんだろうけどね。
ひとまず依頼は無事受けられそうということで、安心した俺は、ふと気になったことを口にした。
「あ、あの……なんで護衛を雇おうと思ったんでしょうか? スカーさんも戦えそうですけど……」
「そりゃあ最近盗賊だの戦争だの物騒だからなあ? 身を守るためよぉ」
もう本当に申し訳ないが、どうみても貴方の方が奪う側の見た目してますよねぇ!
許して! どう考えても俺の偏見だって分かってるから、せめて心の中で思うことだけは許して!
「確かに俺たちの店の者は全員戦えるが、俺たちの取り扱ってるものを考えるとなぁ……俺らだけじゃあ商品を護れるのか不安なんだよ。盗賊どもが死に物狂いで奪いに来るからなぁ?」
何を運んでるんですかねぇ!? 盗賊が死に物狂いで奪いに来るとかよっぽどだと思うんですが!?
「えっと……失礼ですが、何を取り扱ってるんですか?」
「ん? それはなぁ……たったひと舐めで最高にハイになれちまう魔法の粉よぉ」
衛兵さああああああああああん!
どう考えてもヤバいじゃん! 見た目と相まって最悪だよ!
焦る俺をよそに、スカーさんは懐から丁寧に梱包された白い粉を取り出した。
「これが皆幸せにする奇跡の粉……『ヘブン・パウダー』だ」
「どんどんヤバさが増していく……!」
粉の名前とかどう考えても違法臭しかしないんですけど!? この護衛、本当に受けていいの!?
俺はスカーさんの手にしている粉に、思わず【上級鑑定】のスキルを発動させた。
【ヘブン・パウダー】……スカーフェイス商会が様々な香辛料やアミノ酸、新種のうまみ成分などを配合した結果、奇跡的に生み出された調味料。絶妙な塩味とほのかな甘さが癖になり、中毒者が続出する。ただし、体に害のある麻薬成分などは含まれておらず、むしろ適量であれば健康にもいい。
めちゃめちゃ合法だった……! しかも健康にもいいのね!?
あれか、某米菓にまぶされている粉と同じタイプね!? 確かに癖になるけども!
この世界にもあるの!? あれが!?
すると、話を聞いていたガッスルが、神妙な表情で頷いた。
「うむ。この商品があるからこそ、スカーさんは毎回別の街に行くたびに護衛の依頼を出すんだよ。もし取り扱っている商品がこの粉じゃなければ、本当ならスカーさんには護衛なんて必要ないだろうからね。なんせ、冒険者として見ても少なくともA級の実力はある。店員もB級以上の実力者ぞろいだ」
本当にどんなお店なんですか? 冒険者並みに強い人で構成された商会って……謎すぎる。
スカーフェイス商会の戦闘力に戦慄していると、スカーさんは『ヘブン・パウダー』の補足情報をくれた。
「ちなみにだが、過去にこの粉を巡って一つの国が滅びたくらい、人気なんだぜ?」
「今すぐ禁制にするべきだと思います……!」
合法かもしれないが、存在そのものがヤバすぎる!
「もしこの粉が手に入らなくなれば……世界中で暴動が起き、世界は終わるだろうなあ?」
「それほど!?」
魔神よりヤバくない? この粉。
魔神どころか粉一つで世界の危機ですよ? おかしくない?
「まあ、この粉を舐めりゃあ、どんな嫌なことでも一発で忘れられる……そう、これさえあれば、人類皆幸せってわけよぉ」
聞けば聞くほどヤバいモノだと思えてきますねぇ!
……あれ、ちょっと待って。
魔神って世界中の負の感情で復活するし、力が増すんだよね? でもこの粉なら皆幸せになれるから負の感情は生まれないってこと?
なんでそんな絶妙な均衡関係にあるの!? 粉と魔神だよ!? 片方神様だからね!?
「ただ、一つこの粉にも弱点がある」
「え?」
「言っただろう? この粉は、調味料だ」
うん。驚くべきことに、この粉は合法の調味料だ。何の麻薬成分も含まれていない。いや、本当になんで?
「そんな調味料だが……これ単体で美味すぎて、調和できる料理がない」
「調味料として終わってません?」
もはやただの中毒者続出のヤバい粉だよね。
それに、超似たような調味料を某食材ハンター漫画で見たことあるんですが! 実際に存在するとこんなにヤバい代物になっちゃうのね!?
「ま、最近は異世界の勇者とやらが広めたレシピにある、唐揚げやら天ぷらやらが、この調味料と相性がいいことが分かったんだ。あと、米ってのを焼いたり揚げたりした……米菓って言ったか? あれとも相性抜群だな」
それはどう考えても日本にあるハッピーになれる米菓ですね! 何を広めてるんだ、勇者は……!
ただ、言われてみれば唐揚げも天ぷらも美味しそうだな。この粉が同じような味なのかは知らないけど。
「それで、今回護衛してもらう港町では、魚のフライが最近のブームになってる。んで、ここで俺たちの『ヘブン・パウダー』の出番ってわけよ。まあ、前から取り扱っちゃあいたが、天ぷらや唐揚げと相性がいいことが分かってからは、より求められるようになったのさ」
「な、なるほど……」
ちゃんと理由がしっかりしてて、驚いてしまった。
いや、俺がおかしいんだ。だって、合法なんだもん。効果がおかしいだけで。
……でも納得できねええええええ!
思わず頭を抱えていると、今まで黙っていたルルネが、キリっとした表情で口を開いた。
「フン。その調味料、私が味見してやってもいいぞ?」
「……食いしん坊、涎すごい」
「た、滝みたいですね……」
表情そのものは凛々しいのだが、ゾーラの言う通り、ルルネの口からは滝のように涎が垂れていた。汚いから拭きなさい!
あと、そんな危険なものをルルネに食わせるなんて……どうなるか分かったもんじゃない!
このままだと無理矢理にでもスカーさんの持っている粉を奪いそうなので、俺はさっさと話を進めることにした。
「そ、それで! いつ出発しますか?」
俺らとしては、今すぐ出発でも大丈夫だった。
一応、食材やら何やらは色々アイテムボックスに入ってるし、もし食材がなくてもスカーさんたち全員とこのテルベールまで戻って、もう一度転移で戻れば何の問題もない。
「できれば今すぐ出発したいが……大丈夫か?」
「大丈夫ですよ! もしかして、急ぎですか?」
「ああ……前回『ヘブン・パウダー』を届けてから少し間が開いちまったからな。今頃、【サザーン】の街の連中はコイツを求めて殺し合ってるかもしれねぇ……」
「やっぱり禁制にしません!?」
殺し合いにまで発展しちゃったらダメでしょ!?
「ってなわけで、今すぐ行きたいわけよ。いいか?」
「わ、分かりました! すぐに行きましょう」
こんな調味料一つで殺し合いとかシャレにならん! 冗談だと信じたいが……スカーさんの表情がマジすぎて訊けないよね!
――――こうして、無事顔合わせや確認を終えた俺たちは、すぐに港町【サザーン】へと出発するのだった。
……お願いだから、血の海じゃなくて青い海を見せてね!




