次の目的へ
ルーティアの父親であるゼファルさんを解放した後、無事元の星に帰ってきた俺たちだったが、ここでルーティアとゼファルさんの二人とは別れることに。
「何度も言うようだが、本当に助かった。ありがとう」
「誠一たちがいなかったら……お父さんは助かってなかった。本当に、ありがとう」
二人そろって頭を下げるので、俺たちは慌てる。
「頭をあげてください! とにかく、助けることができてよかったですよ」
「そうだね! それに、私は何もしてないよ? 誠一が全部解決しただけだから!」
「そうだぜ。実際、オレたちがいなくても誠一一人いれば全部終わってた話だしな」
「……ん。気にしないで」
「そ、そうですよ! むしろ私の方が足を引っ張ってしまって……」
「まあ一応未知なる食べ物は食べれたからな。そこは感謝しておこう」
約一名、ズレた感想を言っているヤツがいるが、俺たち全員がルーティアに対して気にしていないと言った。
てか、サリアもアルも俺一人でって言うけど……俺としては特に苦労もしてないし、サリアはルーティアのお父さんの異変に一番に気づいていたり、アルはこの中でも常識人としていてくれたり……とても貢献していたはずだ。
「魔王国に来る機会があれば、最高のおもてなしを用意しよう」
「それじゃあ……またね」
最後に二人はそう言うと、魔王国へと帰っていった。
二人を見送っていてふと思い出したのだが、羊は出てこなかったな。
……封印されていた魔王であるゼファルさんが解放されたのに、ダンジョンは真の踏破をされたことにならないんだろうか?
前は真の踏破じゃなくても羊から手紙があったが、今回はそれすらない。
まあ入り口に転移したんじゃなくて、別の場所に転移したんだからそれも仕方ないけど。
だとしたら、真の踏破の条件って何だ?
……考えても全然分からん。アイツ、忘れてんじゃねぇだろうな? 大丈夫か?
ふとそんなことを思ってしまったが、羊から連絡がないので結局答えは分からずじまいだった。
それから俺たちもすぐテルベールまで移動し、今日は色々あったということでそのまま眠りについた。
そして次の日。
俺たちが泊っている『安らぎの木』で全員そろって食事をしていた。
「さて、当面何かしなきゃなんねぇことはねぇが……どうするかね? ここんところ依頼も受けられなかったし、何か依頼でも受けるか?」
アルがそう言うと、サリアが手を挙げる。
「はいはい! 私は、孤児院に遊びに行きたい!」
「……ん。私も」
すると、サリアの言葉にオリガちゃんも頷いた。
そんな二人を見て、ゾーラが首を傾げる。
「あ、あの……孤児院ってどんなところなんですか?」
「ああ、ダンジョンにいたゾーラには馴染みがねぇのか……孤児院ってのは、身寄りのねぇ子どもを一定の年齢まで育ててくれる施設だ。もちろん国ごとに設備やら国からの補助なんかも違ってるが、このウィンブルグ王国ではほかに類を見ないくらい手厚い支援をしてるんだぜ?」
「へぇ~。すごいんですねぇ」
アルの説明に感心したように頷くゾーラ。
すると、オリガちゃんがゾーラの服の裾を引っ張った。
「……ゾーラお姉ちゃん」
「はい? どうしました?」
「……ゾーラお姉ちゃんも一緒に行こ?」
「え、ええ!? 私もですか!? で、でも……私、こんな見た目ですし……」
ゾーラはそう言うと、自身の髪に触れる。
俺たちは何も思わないが、蛇族のゾーラは、髪の毛が無数の蛇になっているのだ。
だからこそ、その髪で子供たちを怖がらせてしまうことを恐れているようだが……。
「大丈夫だよ! みんないい子だから!」
「……ん。みんな仲良し」
「それに……私が魔物化したら喜んでたし!」
「ちょっとサリアさん!? アナタ、孤児院でゴリアになったの!?」
「え? うん!」
まさかの事実についツッコんでしまったが……そうか、孤児院でもすでに魔物の姿を見せていたのか……。
俺が孤児院にサリアを迎えに行ったりしたときは人間の姿だったからてっきりそのままだと思っていたが……。
「孤児院の先生たちも優しいし、ゾーラちゃんも楽しめると思うよ?」
「……ん。ゾーラお姉ちゃんも優しいから、子どもに人気でそう」
「そ、そうですか?」
「まあ一度行ってみればいいじゃねぇか。この街じゃあ、髪の毛が蛇程度は可愛い個性だぜ?」
「髪の毛が蛇なのって可愛いで済むような個性なんですか!?」
可愛いですんじゃうんだよなぁ……。
アルの言う通り、この街に住む一部の……いや、ギルド本部の連中が個性の塊だからな。
昨日も神徒を送り届けたときも元気に兵隊さんと追いかけっこしてたし。
思わず遠い目をしていると、アルがルルネに訊く。
「そういや、ルルネはどうすんだ?」
「私ですか? 私は……お腹が空いたので、何か食べてます!」
「今食事中なんだが?」
なんで飯食ってんのに腹が減るの? おかしくない?
やっぱり俺が打ち返した種を食べたことでおかしな進化を遂げてない? 確かにルルネも『進化の実』は食べてるけどさ。
「あー……まあルルネのことはこの際いいや」
「え!?」
「……アルお姉ちゃんの判断は正しい」
「とにかく、それぞれやりたいことがあるんだな。んで……」
「ん?」
アルはそこで言葉を区切ると、何故か俺に視線を向ける。
いや、アルだけじゃなく、サリアたちも俺の方に視線を向けていた。
「な、何?」
「いや、何じゃねぇよ。お前はどうすんだ?」
「え、俺?」
「そうだよ。お前だけ今日の予定言ってねぇじゃねぇか。その……何だ? もし暇だってんなら、お、オレと一緒に依頼受けてもいいぜ?」
顔を赤く染めるアルの提案を魅力的に感じながら、俺はふと無意識に呟いていた。
「休みが……欲しいなぁ」
「は?」
俺の言葉が予想外だったのか、アルはきょとんとした表情を浮かべている。
サリアたちもお互いに顔を見合わせ、驚いていた。
「や、休みっていうと……あれか? 休日に買い物に出かけるみたいな?」
「それも休みなんだろうけど……何だろう、もっとこう……遊びたい」
「遊びたいぃ?」
怪訝そうな表情を浮かべるアルは、ふとした疑問をぶつけてきた。
「そういや、誠一は異世界の出身だったな。んじゃあ、異世界ではどんな休日の過ごし方をするんだよ?」
「え? んー……友だちと遊びに出かけたり……」
まあ高校時代は虐められてたのでそんな経験は小学校以来皆無ですが。
「あとは……家でゴロゴロしたり?」
「だらしねぇなぁ……せっかくの休みに何もしねぇのかよ?」
「する気力がわかないって人も案外いたからなぁ」
社会人になると、会社によっては本当に休みの日は寝ているだけっていう人もいるくらいだし。
これが一部の人間だけってのも分かってるけど、少なくないだろう。
「じゃあ質問を変えるぞ。異世界ならではの休日の過ごし方みてぇなのはねぇのか?」
「地球ならでは?」
「確かに、気になる!」
サリアも目を輝かせてそういうように、他の面々も気になるようだ。
とはいえ、地球ならではっていわれると……まあ遊園地とかゲーセンとかになるのかね? そういった遊ぶための場所ってのがこの世界にはないし。
いや、一応あるにはあるんだが、大人の遊びだからなぁ。
お姉さんのいるお店や、カジノとか……そんなのがほとんどで、家族で遊びに行くための場所ってなると存在しない。
それに、ゲーセンなんかは地球の電気というエネルギーや機械を使っているから、異世界じゃあ見ることはないだろう。
遊園地は魔法を使えば地球の施設よりもっと面白そうなものができそうだけどな。
俺の話を聞いたアルは、どこか感心したように頷く。
「はー……そんなふうに誰もが楽しめる場所ってのが異世界にはあるんだなぁ」
「……遊園地、面白そう」
「ねー! いつか行ってみたいね!」
サリアの言葉にふと思ったが、もしかして俺って地球に帰れたりするんだろうか?
だって、惑星間移動をすでにしちゃってるんだよ?
……できる気がするなぁ。
今すぐ確認ってのは魔神教団の問題とかあって難しいし、本格的に帰れるんなら翔太や神無月先輩たちがいるときじゃないと。
「じゃあさ。この世界でその……ちきゅう? って異世界と同じように遊べることはねぇのか?」
「えー?」
「ほら、例えば……そうだな。昨日までいた【嘆きの大地】は暑かったろ? そんな暑い日とかはどうしてんだ?」
「あー……暑い日ってか夏はプールや海水浴だなぁ……って……」
そこまで言いかけて、俺はふとやりたいことに気づいた。
「この世界に来て、海の方に行ったことがねぇ」
「え?」
「いや、正確には一度だけ……カイゼル帝国の兵士と魔神教団の使徒を陸ごと海に捨ててきたことはあったが……」
「その状況がおかしいと何故思わねぇんだ?」
まったくもってその通りでございます。
周囲の雰囲気に俺も流されてたんですよ。黒歴史ですね。昨日もその歴史の一ページを更新したばかりだけど。
「と、とにかく、この世界で海ってのをちゃんと楽しんだことがないから、海に行きたいかな?」
「海かぁ……オレもかれこれ何年もそっち方面には行ってねぇなあ」
「海ってどんなところなの?」
「あれ、サリアも海を知らねぇのか?」
すると、不思議そうにサリアがそういうので、アルが驚いた表情を浮かべる。
「うん! 誠一と一緒に旅に出る前までは、ずっと森にいたから!」
「……今でこそサリアが魔物だって分かるが、サリアみたいな美少女がずっと森にいたって言うと違和感がすさまじいな……」
「え!? アルに美少女って言われた! えへへ」
「……違和感がスゲェよ」
アルに美少女って言われたのがよほど嬉しかったのか、サリアは照れ笑いを浮かべた。
こんなに可愛い女の子だけど、ゴリラなんだ。でも可愛い。
「まあサリアの方は分かったが……オリガちゃんたちはどうだ? それこそゾーラなんて海は知らねぇんじゃねぇか?」
「は、はい。名前とかは聞いたことありますけど、実物は……」
「……私も。依頼で他国に行くときも、陸路だけだし、海側の国に行くことはなかった」
「そっか」
「……ん。くすぐったい」
アルはそう言うと、オリガちゃんの頭をなでた。
オリガちゃんはカイゼル帝国に隷属させられてた頃から、俺らなんかより色々な国を行ってるんだろうけど、どれも楽しむことさえできなかったんだろうな。
「ルルネは――――まあいいか」
「ええええええ!? あ、アル様!? 私だけ扱いが酷くないですか!?」
「いや……お前をどう扱えばいいのか分かんねぇんだよ……」
「ツッコミのアルに見放されちゃあおしまいだな!」
「主様まで!?」
「……いや、好きでツッコんでるわけじゃねぇからな? お前らが普通でいてくれればオレだってなんも言わねぇよ」
「え、俺も普通じゃないって!?」
「テメェが一番普通じゃねぇよッ!」
おかしい。
絶対俺よりルルネの方が普通じゃねぇよ。見てみろよ。どこからどう見ても普通な人間じゃねぇか。失礼しちゃうぜ。
「はぁ……まあいいや。でも、皆海に行ったことがねぇっていうんなら、この際海に行くのもありだな」
「じゃあみんなでお出かけだね!」
「ま、すぐにってわけにもいかねぇだろうがな。それこそ、サリアたちが言ってたようにそれぞれ今日はやりたいことをやってよ。んで、その次に海に行くってのでいいんじゃねぇか?」
『賛成!』
まとめてくれたアルの言葉に、俺たちはそう声を上げた。
すると、俺たちの食べ終わった食器を回収しに、この宿屋の看板娘のメアリがニヤニヤしながら近づいてきた。
「ねぇねぇ、誠一さんたち、海に行くの?」
「ん? そうだな。たった今そう決まったところだ」
「いいわねぇ、誠一さん。こんな可愛い女の子に囲まれて海に行けるなんて……」
「い、いや……そりゃそうだけど……」
メアリにそう言われたことで、改めてアルやサリアといった可愛い女の子と海に行くんだという実感がわき、急に恥ずかしくなってきた。
するとサリアはニコニコしているが、アルも同じように恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてわたわたしている。
「でも、どうして急に海に行くなんて話になったの?」
「へ? そういや……海に行ってないから海に行きたいってのは分かったが、そもそも誠一はなんで休みが欲しいなんて言ったんだ?」
「ああ……それこそ昨日まで俺たちダンジョンに行ってただろ?」
「まあな」
「その前もヘレンとダンジョンに行ったり、何か知らないうちにそのままヴァルシャ帝国までいって戦争に巻き込まれて、敵を全部海に捨ててきて……」
「待って。戦争に巻き込まれるって何!? というより海に敵を捨てるってどういうこと!?」
「ああ、よかったぜ……オレだけがおかしいんじゃねぇかって思ってたが……これが普通の反応だよな……」
「いや、アルトリアさんはアルトリアさんでなんで泣いてるの!? 誠一さんの言葉、おかしなところしかなくない!?」
「事実だからなー」
「ちょっと頭がおかしくなりそうだから仕事に戻るね」
メアリは目を回しながら頭を押さえ、仕事に戻っていった。酷い。
「まあいいや。とにかく、それだけ色々なことがあって、忙しかったなぁと。もちろん肉体的には全然疲れてないし、何なら冒険者って仕事がそもそも不定期というか、やるかやらないかは自己判断だから俺も働いてるって感じじゃ……あれ、なんで休みが欲しいんだ?」
「知らねぇよ!? てか今それを訊いてるんだからな!?」
い、いかん。社畜的な思考回路になってないか、俺よ。
「そ、そうだ! 精神的な疲労がある! ……ような、ないような……やっぱり何で休みたいんだ?」
「よし、休め」
アルは真面目な顔でそう口にした。
ヤバいな。このままいくと、休日がない人になっちまう。
こりゃあアルの言う通り、意地でも休まねぇと。
「はあ……まあ確かに誠一は忙しかったもんな。それに、今すぐ何かをしなきゃいけないってこともねぇし、この機会にちょっとばかし休憩するのも悪くねぇな」
「……ん。昨日帰ってきてから寝る前に情報屋で魔神教団の話を聞いたけど、特に動いてる様子もない。他に問題のあるカイゼル帝国もウィンブルグ王国の侵攻に失敗してからはこっちに手を伸ばしてないし、いいと思う」
なんと、オリガちゃんは帰ってきて情報屋なんていう存在から情報を買っていたようだ。すごいな。そんな職業が本当に存在することにも驚きだが、それを使いこなすオリガちゃんよ。
そんなこんなで、俺たちの次の目的地は、海に決定するのだった。
◇◆◇
誠一たちが海水浴に行くと決定したころ、カイゼル帝国の勇者である神無月華蓮や高宮翔太たちは――――。
「「ハッ!? 誠一君/せいちゃんの水着姿だって!?」」
「いや、何言ってんすか?」
――――カイゼル帝国の辺境の廃村に身を隠していた。
まるでこの世の終わりと言わんばかりに絶望している華蓮と愛梨の二人に、翔太は冷めた目を向けていた。
だが、逆に華蓮たちはそんな翔太を信じられないと言わんばかりに見つめる。
「翔太、君には分からないのか? 誠一君が……私以外の女の前で水着になるということが……!」
「そうっスよ! せいちゃんが水着になるんすよ!? なんでそんな冷静なんスか!」
「え、俺がおかしいのか?」
「……さあな」
翔太がそう話しかけた相手は、なんと……誠一が担任として受け持っていたFクラスの生徒、ブルードだった。
「それよりも落ち着け。ここは辺境の地とはいえ、兵士が通りかからないとも言い切れん。なんせ近頃はこちで戦争を仕掛けているからな。こちらの方にまで兵を差し向けていてもおかしくないだろう」
「むぅ……」
「まあ……見つかっちゃったら困るっスもんね……」
ブルードの言葉に、華蓮たちは渋々口を閉じた。
何故、華蓮たちがブルードと行動を共にしているのか。
それは、どれも偶然の一致だった。
ブルードはバーバドル魔法学園が閉鎖された後、母国であるカイゼル帝国に戻っていた。
だが、戻った先でも結果として兄であり、第一王子のテオボルトに色々絡まれるのは目に見えていた。
だからこそ、ブルードは帰ってすぐ、自身のメイドであるリリアンを引き連れ、逃げ出そうとした。
しかし、テオボルトはそのことをすでに読んでおり、自身の護衛騎士などを連れ、ブルードを痛めつけようとしたところを――――。
「戻ったぞ」
「おら、飯持ってきたぜー」
「そ、外は特に異常はありませんでした!」
アグノスとベアード、そしてレオンの三人が助けに来たのだ。
学園を出てから、分かれた三人だったが、それぞれブルードの立場を心配しており、アグノスがベアードレオンを連れて来たのだ。
そのおかげで、ブルードたちは無事に帝都を脱出でき、今は人がいない辺境の廃村にまで逃げてきていた。
すると、同じように学園が解体される前にカイゼル帝国によって招集がかけられた勇者たちだったが、その移動の最中に華蓮の提案でその一行から抜け出し、ブルードたちのいる村に華蓮たちはたどり着いたのである。
幸い、カイゼル帝国の兵士たちは勇者の腕につけられた【隷属の腕輪】のことを知っていたため、逃げるなどとは考えてもおらず、監視が緩かったために今回の脱出が成功した。
監視の緩い兵士の態度からも、華蓮はそろそろ勇者という立場が危うく、強制的に動かされる予感がしたため、他の人間を切り捨てるか迷っていたが、ようやくその決心をつけ、行動に移した。
その脱出に参加したのは、華蓮や翔太といった誠一の幼馴染メンバーに、愛梨とその友達のグループ。
そして――――。
「あ、あの……本当に抜け出して大丈夫だったんでしょうか?」
日野陽子だった。
日野がこの場にいるのは華蓮が誘ったからであり、誘ったわけは、日野は誠一が虐められていた時に誠一に手を差し伸べていた人物だということを知ったからだ。
華蓮にはできなかったことを、日野はやっていた。
それだけでも華蓮にとっては尊敬に値し、同時に悔しく、手を差し伸べるに値する人物だと思っていた。
それに、以前日野が素行の悪い女子グループに絡まれているところを誠一が助けたことを覚えており、その時から日野に接触するようになり、誠一が日野の腕輪も解除していると知ってから、ますます助けないわけにはいかないと思ったのだ。
……ただし、三人目の誠一の手で腕輪をつけられた人間ということで、華蓮と愛梨の心は穏やかじゃなかったが。
ともかく、勇者一行から何とか逃げることのできた華蓮たちは、なるべく村などには寄らず、人の手の入っていない森などを移動していた。
すると、偶然食料調達のために狩りに出ていたアグノスたちと遭遇し、お互いに顔を覚えていたことから情報交換や近況報告をしたところ、こうして一緒に過ごすようになった。
食料として狩ってきた魔物を、ベアードとレオンが手分けをして捌いていく。
アグノスも捌けないことはないが、元々大雑把な性格のため、丁寧に捌く二人の方が適任だった。
そして、捌いた肉は、ブルードの専属メイドであるリリアンに渡され、リリアンは手際よく料理を始める。
もちろん勇者組も、日野や翔太の彼女である絵里たちが率先して手伝っていた。
「それにしても……こうしてここに留まってるけど、どうするつもりだ?」
翔太がそんなベアードたちを眺めつつ、ブルードにそう訊く。
すると、ブルードは静かに目を閉じた。
「……俺としては、このまま静かに過ごしたいがな。だが、俺の立場上そういうわけにもいかん」
「ああ? 何言ってんだよ。立場とかどうでもいいじゃねぇか。無視して別の国に行こうぜ?」
「アグノス。それが難しいことくらい、貴様でも分かるだろう? カイゼル帝国は、この大陸にあるほぼすべての国を手中に加えた。逃げ場などない」
「ウィンブルグ王国ってところはまだ無事らしいじゃねぇか。そこに行けばいいんだよ」
「その平穏も時間の問題だろう。どう考えても……今のカイゼル帝国の兵は異常だ。それに、ここからウィンブルグ王国は遠いし、何より間に別の国を通る必要がある。特にカイゼル帝国を退けたウィンブルグ王国へ向かう道や関所などは警備が厳しいだろうな」
「な、何でそんなに他国へ向かう連中を警戒するんだよ」
「それはもちろん、国民が逃げれば、貴族どもには金が入らなくなるからな。それが困るんだよ」
「ふむ……知っていたが、改めて聞くとカイゼル帝国の腐りっぷりが分かるな」
「か、神無月先輩!」
歯に衣着せぬ物言いに、慌てて翔太が止めようとするが、ブルードは気にした様子もなく静かに首を横に振った。
「いい。事実だからな。この廃村も……父上が重税に重税を重ね、立ち行かなくなった村の一つだ」
「そんな……」
絶句する翔太に対し、ブルードはどこか遠くを見つめた。
「こういっても信じてもらえぬかもしれんが……昔のカイゼル帝国は、今とは違っていたのだ」
「はあ? ウソ言ってんじゃねぇよ!」
すぐさまアグノスがバカにしたように反応するが、ブルードは特に言い返さない。
「そう言われても仕方ない。だが、父上ではなく……おじい様が国を治めていたころは、今のように他国を侵略することもなく、平和だったのだ」
「そういえば……カイゼル帝国の情勢が荒れ始めたのは、先代帝王が退位されてからだったな」
魔物を捌き終えたベアードが、ふとそんな情報を思い出したように呟いた。
その言葉に、ブルードは頷く。
「ああ。ベアードの言う通り、父上が帝位を継いでから……すべてが変わってしまった。父上こそが、今のカイゼル帝国となった原因といってもいい」
「マジかよ……てか、ブルードのじいさんはなんで退位したんだよ? 寿命か?」
「いや。まだ若かったが……呪いにかかってな。目覚めなくなった」
「それは……」
この世界では呪いとは強力なモノであり、解呪する方法はないとされていた。
そのため、ブルードの祖父が呪いにかかり、起き上がれなくなってしまっては、もはや未来はなく、結果として息子であるシェルドが帝位を継いだのだった。
「ともかく。俺としてはこの現状をどうにかしたいが……それをするだけの力もなく、途方に暮れていたのだ」
「なるほど……」
「そういう貴様らはどうだのだ? 勇者としてカイゼル帝国に召喚されたが、こうして逃げ出したわけだ。何かしらの目的があるのだろう?」
ブルードの質問に対し、正直翔太たちはどこに向かっているのか分からなかった。
ただ、ひとまずあの集団についていくことだけは不味いと、本能的に察知していたのだ。
すると、今まで翔太たちを先導してきた華蓮が口を開く。
「私たちの目的は……誠一君のもとに向かうことだ」
『!』
その言葉は、翔太たちだけでなく、ブルードたちも驚かせた。
そんなみんなの様子を気にもせず、華蓮は続ける。
「もはや勇者たちに見切りをつけた私は、ここにいる面々と誠一君さえいればいい。だからこそ、まずは誠一君のもとに向かいたいのだ」
「なるほど……だが、誠一先生の行方は分かっているのか?」
「いや、分からない。だが、少なくとも誠一君がいる場所は、カイゼル帝国の手には落ちていないはずだ。つまり、まだカイゼル帝国の手に落ちていないウィンブルグ王国かヴァルシャ帝国に誠一君がいるということになるが、私はウィンブルグ王国にいると睨んでいる」
「それは……」
ブルードはその滅茶苦茶な推測を咄嗟に否定しようとしたが、次々と思い出す誠一のぶっ飛んだ行動の数々に、否定の言葉が一切出てこなかった。
それはベアードたちも同じで、目を見開いている。
「驚いた……まさか否定することができないとは……」
「た、確かに誠一先生がいれば、カイゼル帝国とか関係なさそう……ってごめんなさい! 口をはさんで!」
そんな驚きの表情を浮かべる面々だが、華蓮はさらに自信に満ちた表情で口を開いた。
「ちなみに、ヴァルシャ帝国ではなく、ウィンブルグ王国に誠一君がいるという決定的なものがある」
「そ、それは……?」
「私の勘だ」
『…………』
空気が凍り付いた。
滅茶苦茶とはいえ、皆が納得するような推測を口にし、さらには時折鋭い指摘も入れる華蓮が、何を言っているのか。
そして、バーバドル魔法学園の家庭科室で、散々変態っぷりを目にした日野以外の面々は、これ以上ないほど納得してしまった。
「私の、勘だ」
「二度言わなくていいですから!」
「ならばなぜ黙るんだい?」
「アンタの勘ってのが一番納得できちゃった自分に黙ってるんだよッ!」
翔太のツッコミを受け、華蓮はよく分からないと言わんばかりに首を傾げた。
ただ一人……愛梨を除いて。
「分かる……分かるっスよ……せいちゃんがいる方向が、分かるんスよね……」
「さすがに愛梨君は分かるか。まったく、これだから誠一君素人は……」
「誠一素人って何だよ!?」
もうツッコミが追い付かなかった。
「まあとにかく。私たちはウィンブルグ王国に行こうと思っている」
「……それはよく理解したが……言った通り、ウィンブルグ王国に続く道は兵士どもが巡回しているぞ?」
「それも想定済みだ。逃げ出したとはいえ、こう見えて私たちは勇者の中でも優秀でね。突破してみせるとも。それに、これが誠一君への愛の試練なのだと考えればぬるいほどさ!」
「……どうやら、決意は固いようだな」
どんな理由であれ、困難だと言われている道を進むという華蓮に、ブルードは眩しさを感じた。
「というわけで。ブルード君たちも一緒に来ないか?」
「は?」
まさか誘われると思っていなかったブルードは、間抜けな声を上げた。
「何をすればいいのか迷っているんだろう? なら、私たちと一緒に来たらいい」
「だ、だが……」
「言い訳も行動に移して何をするのかも、ウィンブルグ王国についてから考えればいいんだ。それからでも遅くはないと思うが?」
「……」
「何より、誠一君がいるからね」
「ブルード、絶対に行った方がいいぞ」
「俺もそう思う」
「う、うん」
「貴様ら……」
華蓮の誠一がいるという一言で、アグノスたちは一瞬にしてそう結論付けた。
そんなアグノスたちにため息を吐きながらも、ブルードは決意をする。
「分かった……いいだろう。たとえたどり着くまでが困難だとしても……誠一先生に会えれば、それですべてが解決するだろうからな」
――――こうして、華蓮たちはお互いにウィンブルグ王国に向かうことを決めると、それぞれが準備に取り掛かるのだった。




