朝は駆けつける
突如雰囲気ががらりと変わった夜王は、その場で崩れ落ち、膝をついた。
「うぐっ……!」
「お、お父さん……!」
「ルーティア!?」
「誠一! 大丈夫だよ!」
「え?」
夜王に駆け寄るルーティアを慌てて引き留めようとすると、サリアが最初の時とは違い、今度は俺を引き留めた。
「どういうことだ?」
「今のあの人は、正真正銘、ルーティアちゃんのお父さんだよ!」
「ええ……?」
ますます訳が分からない。
夜王の話ではルーティアの父親は死んだって言ってたのだが……。
困惑する俺をよそに、本物のルーティアの父親と呼ばれた男性は、苦しそうにしながらルーティアに説明した。
「じ、時間がない……よく聞け」
「お父さん、一体何が――――」
「聞けッ!」
「っ……はい」
ルーティアは父親に怒鳴られ、体を一瞬硬直させるが、素直に頷いた。
その様子に父親も微かに微笑む。
「いい子だ……今の余は、『夜王』と名乗る……別の『ナニカ』、に……体が、乗っ取られかけている……」
「別のナニカ……?」
「ああ……魔神教団、など、という……ぐっ……ふざけた、連中に体を弄られてな……」
「ッ!」
ルーティアのお父さんの口から語られる内容に、ルーティアは固く拳を握った。
「余に植え付けられたそのナニカは……もう出会ったから分かるだろうが……『夜王』の名の通り……夜において、絶大な力を誇る……もはや、神と呼んでもいいだろう……」
「か、神って……黒龍神、みたいな?」
「次元が違う……夜王は、夜の間は、何が起きても死ぬことも、ダメージを受けることもない。それこそ、奴らの崇める魔神であったとしても……」
おいおい。なんだ、そのとんでもねぇ存在は。
≪絶死≫やら≪共鳴≫やら能力が最強といっても差し支えない連中を相手にしたっていうのに、ボスの魔神以外でまだその上がいるの? おかしくない?
てか、夜限定とはいえ、崇めてる魔神は越えちゃダメだろ。魔神教団のしたいことが全然分からねぇ。もしかして、そんなとんでもない存在を生み出しておいて、制御できるとでも思ってたんだろうか?
……あれ? でも、今の話が本当なのだとしたら、俺が殴った後に痛そうにしてたのは……気のせいだったのだろうか?
すると、話を聞いていたルーティアは顔を青くしながらなんとか口を開く。
「じゃ、じゃあ……どうすればいいの?」
「倒す方法は、ただ、一つ……朝に、する……こと……」
「朝にすること?」
不思議な条件にルーティアが首を捻る。
夜王だから朝が弱いのか? 単純だな。
そんな風に思ったのは、俺だけではないだろう。
実際ルーティアも何がそんなに危険なのか分からないでいると、ルーティアの父親はそれを察した様子で続けた。
「朝になれば……余の力の方が強く、なり……夜王の精神を、封じ、こめることができる……」
「それなら……!」
「だが、この地では……それは不可能だ……」
「ど、どうして!?」
「この星は、朝がない」
『は?』
ルーティアの父親の言葉に、俺たち全員の言葉がシンクロした。
朝がないって……どういうことだ? そもそもここってダンジョン内じゃないの?
混乱する俺たちの疑問に、ルーティアの父親は苦しいのを我慢しながら教えてくれた。
「ここは、ダンジョン……では、ない。お前たちのいた星とは、別の、星だ」
『っ!?』
え、いつの間に惑星間を移動したの!? そもそも移動した感が全然ないんだが!?
だってただ階段を下りただけだし!
「朝がない、から、この場所では……ヤツは、無敵、だ……そして、さらに悪いことに……余が、この地に封印、されている、関係で……この場所から転移することが、できない……つまり、朝のない、この地、で……倒すしか、ないのだ……」
「……誠一お兄ちゃんの魔法なら、封印を解くことができるよ?」
話を聞いていたオリガちゃんがそう告げるが、ルーティアのお父さんは首を横に振った。
「これは封印であって、封印ではない。余にとっては……封印、だが……ヤツにとっては、便利な祝福、なのだ……だから、封印を解く、という……手段は……意味が、ない……」
「そんな……それじゃあ、倒せるわけが……」
「ああ……余も最初はそう思っていた……だが、そこの男なら……」
「え、俺!?」
急に視線を向けられた俺は、思わず口調も気にせず素で応えてしまった。
そんな俺を気にした様子もなく続けようとしたルーティアの父親だったが、突然、雰囲気ががらりと変わる前のように胸を押さえ、苦しみ始めた。
「う……ぐぎっ……うがあああああああああああああ!」
「お、お父さん!」
「ルーティアちゃん、ダメ!」
「ヤツ……を……たお、せ……」
「お父さん! お父さん!」
最後の力を振り絞るように口を動かす父親に寄り添おうとするルーティアを、ゴリラ化したサリアが一瞬で抱えて飛び退いた瞬間、先ほどまでルーティアのいた位置をルーティアの父親が何かをえぐり取るかのように腕を突き出していた。
そして、再びルーティアの父親の雰囲気ががらりと変わり、夜王の時の雰囲気に戻ってしまった。
「ぐっ……はぁ……はぁ……しぶといヤツめ。先ほど殴られた衝撃で出てくるとは……余はどれほどの衝撃を受けたというのだ……」
「っ! お父さんを、返せ!」
ルーティアはそう叫ぶと、ルーティアの背後に黒炎でできた巨人を出現させ、夜王に殴り掛かった。
だが、夜王はその攻撃を避けようともせず、そのまま受ける。
そして当然のように無傷でそこに立っていた。
「ハッ……小娘が。貴様の父親から話は聞いていなかったのか? 余は、この地において、無敵なのだ。無敵なのだよ!」
そう言いながら夜王が両腕を広げた瞬間、周囲の闇夜が一斉に槍の形となり、俺たちに襲い掛かる。
「フッ!」
「誠一……!」
俺はその攻撃をひとまず『憎悪渦巻く細剣』で軽く切り払うと、闇夜の槍は霧となって消えていった。
その様子に、夜王は顔をしかめた。
「ええい、忌々しい……ゴミの分際で余の攻撃を防ぐとは……あと少し……そこの小娘の父親が消えれば、余は完全な存在になるのだぞ!?」
「完全な存在?」
「そうだ! 余と貴様の父親は、いわゆる陰と陽の関係よ。そして、貴様の父親を飲み込んだ時、余は『陽』の力も手に入れることができ、同時に『魔王』という側面を持つ貴様の父親が消えることで、封印も解ける……つまり、この星に留まる理由がなくなるのだ!」
「そんな時間を与えるとでも?」
俺はすぐにゾーラのダンジョンで行ったように、頭上目掛けてこの星が壊れるギリギリラインでブラックを振るう。
すると、すさまじい衝撃はが周囲に広がり、自分でもドン引くようなサイズの斬撃が空の彼方へと消えていった。
「あれ?」
「きき、聞いて、なかったのか!? こ、ここここは! だ、ダンジョンではなく、別の惑星、なのだぞ!?」
俺の斬撃を見て、腰を抜かした様子で座り込む夜王が、そう言った。
……本当に惑星間を移動しちゃったかぁ。もっとこう、感動的な光景とかあってもよかったんじゃない? 俺らが見てたのってただの石壁よ?
まあこの世界のことを気にかけなくていいなら、次元くらい斬れちゃいそうだけど……。
ていうか……あれ? じゃあ今のって斬撃の無駄?
「うわあ……ショックだ……」
「な、何なのだ、貴様は! 本当に人間か!?」
「にに、人間ですけど!?」
失礼しちゃうな、もう!
それよりも、無敵の存在っていう割には俺をやたら怖がってるように見えるが……もしかして?
「なあ、一つ確認したいんだが……」
「な、何だ!?」
「俺なら別に、朝じゃなくても倒せちゃったりする?」
『……』
俺の問いに、夜王だけでなく全員が押し黙った。え、マジ?
ルーティアのお父さんが俺ならって言ってたのってそういうこと?
「そうか……なら倒すか」
「ちょ、ちょっと待ったああああああああ!」
夜王は素早く立ち上がると、俺から距離をとる。
「貴様、余を本当に倒すつもりか!? そんな虫を潰すかのように!?」
「そりゃあ……ルーティアのお父さんも倒せって言ってたし……っていうか、散々雑魚だのゴミ言ってたお前には言われたくねぇよ!?」
「黙れ黙れぇ! 余はこの世を統べるに相応しい存在なのだ! 貴様らなどと比べるな! それに、よいのか!? 余を滅ぼすということは、まだ微かに残っている小娘の父親も死ぬのだぞ!」
「っ!?」
「え?」
その言葉に俺は思わず動きを止めると、夜王はニヤリと笑った。
「は、ハハハ! どうだ、手が出せないだろう!? 余を滅ぼすには、この体を消し飛ばすしかない。そうすれば、貴様らの求める父親も消えるぞ? ええ!?」
「それは……」
そんなこと言われちゃあ、簡単に手が出せねぇじゃねぇか。
俺が手を出せないと分かったことで、夜王は再び気を大きくし、勝ち誇った様子で次々としゃべり始めた。
「ハハハハハ! やはり勝つのは余なのだ! もし朝が来れば、余ではなく小娘の父親の精神が余に勝り、そのまま消えていただろう。だが、魔神教団とか名乗る阿呆どもは、余を生み出すため、小娘の父親の封印を利用したうえで、余にとって最も有利なこの場所に繋げたのだ。そして! この場所は、朝日の役割を果たす天体が存在しない! つまり、永遠に朝が来ることはないのだ!」
もはや自身の勝利が揺らぐことはないと確信した夜王は、俺たちを馬鹿にするように嘲笑う。
そんな夜王をどうにかするために、俺の持つスキル『同調』を発動させ、俺たちと同じように精神を一つに……とか考えたが、その場合、夜王……ルーティアのお父さんの体がその対象になり、今その体を支配下に置いているのは夜王なので、消えてしまうのはルーティアのお父さんの方だ。
そして、今の俺のスキルではこの夜王だけをどうにかする方法がない。
俺が気づいていないだけで方法はあるのかもしれないが、少なくとも今の俺が思いつかない時点で意味がない。
それはサリアたちも同じで、悔しそうに夜王を睨んでいると、ルーティアが何かを決心した様子で口を開いた。
「誠一」
「ん?」
「夜王を……倒して」
「え?」
「なあ!?」
まさかルーティアが父親を倒してもいいと言うとは思わなかったので、俺は驚く。
そしてそれは夜王も同じであり、先ほどまでの余裕はどこに消えたのか、焦り始めた。
「な、何を考えている!? 余を滅ぼせば、貴様の父親も永遠に消え去るのだぞ!」
「分かってる。でも、お前の狙いは……こうして時間を稼いでいる間に、お父さんの精神を取り込み、完全になること。違う?」
「ぐ!?」
図星だったようで、夜王は言葉に詰まった。
俺がこうして手を出せない間に、夜王はルーティアのお父さんの精神を完全に取り込み、どんな状況でも無敵な存在になるつもりだったようだ。
「だから私は……お父さんの望み通り、お前を倒す」
「ぐぎぎぎ……き、貴様ぁあ!」
夜王の顔は真っ赤に染まり、再び周囲の闇夜を使って俺たちに猛攻撃を仕掛けてきた。
だが、俺はそのすべてをブラックの一振りで切り払う。
しかし、今度の夜王は後がないと言わんばかりに攻撃の手を緩めない。
「クソがクソがクソがああああああ! 消えろ消えろ消えろ! 早く消えろ、ゴミの分際で!」
夜王は俺たちに攻撃を仕掛けてきている間にも、必死に体の中にあるルーティアのお父さんを取り込もうとしていた。
夜王の攻撃を適当に切り払いながら、俺はあることを考えていた。
――――本当に俺は、コイツをルーティアのお父さんごと消し飛ばすしかないのか?
……そんなわけないだろ。
散々俺を精神的に疲弊させてきた俺の体だぞ。
朝が来ない?
来ないなら、呼べばいい。
「ルーティア」
「誠一……お願い」
目に涙をため、夜王を倒すことを懇願するルーティア。
そんなルーティアの頭を軽く撫で、夜王に向き直った。
「クソが! あと少し……あと少しで……!」
「……」
「誠一……?」
目の前で喚く夜王をすぐに倒さず、集中するように目を閉じた俺に対し、ルーティアは困惑の声を上げた。
「誠一! 早くしないと、お父さんが――――!」
「ルーティアちゃん、大丈夫だよ!」
「え?」
「誠一が、全部何とかしてくれるから!」
困惑するルーティアに対し、そんな言葉を贈るサリア。
「ま、この程度が何とかできねぇとは思わねぇよな」
「アルトリア?」
「心配いらねぇよ。アイツがどんだけ理不尽で非常識な存在か、オレたちはよく知ってる」
「……ん。確かに。誠一お兄ちゃんなら……楽しい結果が待ってるよ」
「楽しい、結果?」
アルとオリガちゃんの言葉に呆然とするルーティア。
「わ、私も、絶対に無理だって思っていた外の世界を、こうして見ることができているんです! ですから、誠一さんに任せれば大丈夫ですよ!」
「ゾーラ……」
「何を心配している?」
「え?」
ゾーラの実感のこもった言葉を聞いていたルーティアに、俺たちのやり取りに興味を向けていなかったルルネも声をかけた。
「主様がいる時点で、お前が心配する要素はどこにもない。ただ安心して食べ物のことだけ考えてろ」
「た、食べ物?」
「……それは食いしん坊だけ」
無茶苦茶なルルネの言葉に、オリガちゃんがすかさずツッコんでいた。
全員、俺のことを信頼してくれている。
でも、これだけは言わせてほしい。
俺、そこまで理不尽でも非常識でもないからね!? できることがちょっと増えたかなぁ? ってレベルだから!
いや、そんなことはどうでもよくて、今は朝を呼ぶために……久しぶりに新しい魔法を生み出すのだから。
さあ――――朝といえば何だ!?
――――通勤・通学ラッシュ。
確かに朝だけど! 日本の忙しい光景だよね!
「……誠一お兄ちゃん、顔がすごいことになってる」
「……おい、本当に大丈夫か不安になってきたぞ」
「だ、大丈夫ですよ! ……たぶん!」
ごめん、ちょっと待って!
ほら、他に朝といえば……早起き、朝練、朝礼?
だああああああ! イメージが湧かないっ!
何だ!? 簡単だと思ったら意外と難しいぞ!?
「はぁ……はぁ……あと……あと少しで……!」
「……! 誠一お兄ちゃん、急いで! 夜王が!」
なんと、夜王がもうすぐでルーティアのお父さんを取り込み終えてしまいそうらしい。
真面目にやってるんだけど、焦ってるのと俺自身の想像力が乏しすぎて……!
もっと単純に考えるんだ!
太陽そのものをイメージするとか!?
……それをしたら、直接太陽が出現してこの星そのものが蒸発する未来が見える……!
文字通り『朝を呼ぶ』魔法じゃないと……。
朝を呼ぶ……朝がくる……朝が来た……!
「――――!」
そこまで考えて、俺は一つのイメージにたどり着いた。
それは――――。
「っ! は、ハハハ! もう終わりだ! ついに……ついに余は――――」
「――――コケコッコォォォォオオオオ!」
空気が、凍った。
…………あれ、俺、今なんて言った?
イメージすることに必死すぎて、自分が何て口走ったのか分からない。
周囲を見渡すと、サリアはニコニコしており、ルルネは意味ありげに頷いているが……アルは額に手を当て、オリガちゃんたちは呆然としている。
そして何より、夜王も『コイツは何を言ってるんだ?』といった表情を向けてきていた。あ、あれー?
俺が首を傾げていると、脳内にアナウンスが流れる。
『スキル【魔法創造】が発動しました。天体召喚魔法【コケコッコー】が創造されました』
………………。
「コケコッコォォォォオオオオ!?」
何だ、その魔法名は!? 名付けたの俺だけども!
た、確かに、朝が来るってイメージでニワトリの鳴き声を思い浮かべた! 思い浮かべたさ!
口に出しちゃってたかぁぁぁぁああああ!
頭を抱える俺に、アルが頬を引き攣らせながら口を開く。
「一応、聞いておくぞ……お前、ふざけてねぇよな?」
「ふ、ふざけてません!」
額に青筋が浮かんでいるアルに、俺は思わず気を付けの姿勢でそう答えた。
「そうかそうか……って信じられるワケねぇだろ!? お前、本当にこの状況分かってんのか!?」
「わ、分かってるよ? 分かったうえで、この状況を何とかするために魔法を創ってて、ついその魔法名が口から出ちゃったっていうか……」
「魔法を創るって時点で大概だが、魔法名どうにかなんねぇのかよ!?」
俺もそう思います。
今までシリアスな雰囲気だったのに、一気に霧散してしまった。どうしてこうなった。
アルに説教されている俺を、呆然と見つめていた夜王は正気に返った。
「ハッ!? こ、この状況下で耳にするはずのない言葉に驚いたが……もう終わりだ! 余は、ついに完成――――」
夜王がそこまで言いかけた瞬間、周囲が一気に明るくなった。
「は?」
それはジワジワ夜が明けるとかではなく、本当に一瞬で夜から朝に切り替わったのだ。
空を見上げると、太陽に似た星が、燦燦と光を地上に降り注いでいる。
もしこの状況に声を当てるとするのなら、今頭上で輝く星は、『はい、ドーン!』ってくらいの勢いでやって来たに違いない。
再び呆然と空を見上げていた夜王だったが、その体から煙が出ていることに気づくと急に苦しみ始めた。
「うっ!? ば、バカなあああああ!? な、何故、夜が……一瞬で!?」
その答えは、やはり俺の創りあげた魔法にある。
アルの説教を受けながら、こっそり今回創った魔法を確認すると……。
『天体召喚魔法:コケコッコー』……太陽の役割を果たす天体を召喚する魔法。たとえ夜しかない星であっても、この魔法を使えばどんな距離も関係なく太陽と同じ役割を果たす星が一瞬で駆けつける。ちなみに、眠っている人間の眠気を吹き飛ばすことも可能。
やっぱり何度名前を確認しても酷かった。
天体召喚魔法なんていう仰々しくもカッコいい魔法系統なのに、名前が酷い!
ていうか、朝にするってだけなのに内容はかなり難しいのね。確かに太陽的な星がないから朝が来ないわけで、朝にするためにそれを召喚しちゃうって発想はどうかと思う。俺が創った魔法だけど。
そして何気に、最後の一文がありがたい。
朝って眠いもんね! これがあれば遅刻の心配はねぇな!
「おい! 話聞いてるのか!?」
「ごめんなさぁい!」
俺の意識が説教されていることに向いていないことを察したアルが、すごい形相で睨んできたので俺は思わず土下座をした。
そんな俺に、アルはまだ何か言いたげだったが、それをぐっと飲みこみ、ため息を吐いた。
「っく……はぁ……まあ、結果として朝になったし、よかったんだろうけどよ……」
「じゃ、じゃあ許してくれるんですかね……?」
「別に本気で怒っちゃいねぇよ。ただ、お前があんまりにもふざけると、今まで深刻に感じていたオレがバカみてぇってだけだからな……」
「はい、すみませんでしたッ!」
怒られるより、そうやって疲れた表情される方が堪えるね!
でもこれだけは分かってほしい。
ふざけたくてふざけてるワケじゃないの! 真面目に考えた結果がコレなんで! ……救いようがねぇな。
頭を下げまくる俺の横で、サリアやオリガちゃん、ゾーラは空を見上げていた。
「うわぁ! 一気に朝になったねー」
「……ん。眩しい」
「す、すごいですね! 星が違っても、空の色は一緒です!」
「本当だ!」
「……青い」
さらに、ルルネも視界が一気に明るくなったことで、さらに目を血走らせて周囲を見渡していた。
「これだけ視界が晴れれば……! どこだ!? どこに私のご飯は!? ……って草しかないではないかッ! 食えるか、こんなもの!」
「お前、元はロバだからな!?」
草が食えないってウソ言ってんじゃねぇよ。
完全に緊張感というか、シリアス感がなくなってしまった俺たちを、ルーティアはただただ困惑して見つめている。
「えっと……何が、どうなったの? 急に朝になるし、皆緊張感がないし……」
「まあ細かいことは気にするな。朝になったんだし、いいじゃん?」
「う、うん。……あれ? そもそも何のために朝にしたんだっけ?」
「あ」
ルーティアの言葉ですっかり忘れていた夜王のことを思い出し、夜王の方に視線を向けると……。
「な、何でぇぇぇぇええええ!? ど、どうじで、余を、誰も気にじないのだあああああ!? だ、だずげでええええええ!」
体中から煙を噴出させ、すごく苦しんでいた。
……あれ、大丈夫なんだろうか?
いや、夜王自体は消えてくれていいんだけど、皮膚が解けてるから煙が出てるとかじゃないよね?
恐る恐る夜王の体を確認するが、特に皮膚が焼けただれているとかそんな様子は見られない。
「ふぅ……よかった。無事だな!」
「無事じゃないよおおおおおおおおおお!」
夜王が無事かどうかを確認したんじゃなく、ルーティアのお父さんの体が無事かどうかを確認したんだから当然だろ。
俺の反応に絶叫していた夜王だが、最後はその場に膝をついた。
「こ、こんな……はず、じゃ……なかっ――――」
「っ! お父さん!」
夜王が前のめりに倒れる瞬間、ルーティアのお父さんの雰囲気へと変わった。
それがルーティアにも分かったようで、地面に倒れる寸前で父親を抱きかかえる。
すると……。
「ん……ここ、は……?」
「お父さん……お父さん。私。ルーティア。分かる?」
涙を浮かべるルーティアを、お父さんは優しく微笑んで見つめ、その涙をそっと拭った。
「ああ……分かる。分かるよ」
「っ……お、お父さあああああん!」
ルーティアは今まで我慢していたものが決壊したように、大きな声を上げて泣くのだった。




