夜王
「……なあ、だいぶ下りてるけど、まだつかないのかな?」
ルーティアのお父さんのいるダンジョンに突入した俺たちだが、なんと未だに階段を下り続けていた。
ダンジョン内部は、石壁に松明がかけられており、そこまで暗くない。
数が少ないとはいえ、今まで潜ったダンジョンはどれも迷路だったり部屋だったりが存在した。
だが、今の俺たちは迷路どころか部屋にすらたどり着いておらず、何なら魔物も見ていない。
「……おい、ルーティアよ。本当にここにいるんだろうな? かれこれ三十分は下り続けているぞ」
「ここにいる。それは、確かに感じてる」
「ぐぬぬ……ならばせめて、魔物くらい置かんか! 食えぬではないか!」
「……食いしん坊。それはおかしい。魔物が出ないのはいいこと。それだけ体力を消耗しない」
「その魔物を食えば失った体力などすぐに回復するだろう。むしろ、未知なる食べ物を食べられることで得ですらある」
「……もう知らない」
オリガちゃんはルルネの反応にため息を吐いた。
今のところルルネに人間の飯を食わせたことは俺の人生で失敗したことトップスリーに入るな。マジで。
俺もルルネの反応に呆れながら進んでいると、このダンジョンに入って初めての扉にたどり着いた。
その扉自体は特別派手な装飾がされているというわけでもないが、分厚く、頑丈そうだ。
「これは……アルは何か分かる?」
「ん? さすがに中に入ってみなきゃ確実なことは言えねぇが……長年冒険者としてダンジョンを潜ってきた身としては、何となくこのダンジョンの主的な存在の部屋っぽい気がする」
「え? いきなりボスの部屋とかそんなことあるのか?」
「今までの経験で照らし合わせればないって言うが……ダンジョンはそもそも不明なことが多いからな。それこそゾーラのいたダンジョンも驚きの連続だったしよ」
「そんなものか……」
アルの言葉に俺が納得していると、ルーティアが真剣な表情で扉を見つめていた。
「……どうしたの? ルーティアお姉ちゃん」
「この先に……お父さんの気配がする」
「ええ!? じゃ、じゃあ、この扉の向こうにはもうルーティアさんのお父さんがいるんですか?」
「多分……」
「何だっていいではないか。早く出会えるのならそれに越したことはない」
「……本音は?」
「早く出てご飯が食べたい!」
「……ルーティアお姉ちゃん。食いしん坊は無視していいよ」
「う、うん」
「オリガ!?」
いや、オリガちゃんの対応が正しいと思う。
すると、ルーティアと同じように扉を見つめていたサリアが、首を捻っていた。
「ん? どうした? サリア」
「え? あ……うーん……気のせい……だと思うんだけど……」
「? 何か気になることでも?」
「うん……気になるっていうか……扉の向こうからルーティアちゃんと似た気配がするから、多分ルーティアちゃんのお父さんがいるのは確実だと思うんだけど……何となくモヤってするっていうか、なんていうか……」
「それは……いつもの野生の勘ってヤツか?」
「うん、そうだね」
「ふむ……」
一見ふざけているようなやり取りだが、サリアの野生の勘はバカにできない。
扉の先に行くときは、多少警戒しておいた方がいいだろう。
それにしても……サリアは何てこと無いように扉の向こうからルーティアと似た気配がするって言ってたけど、そんな気配は全く分からないぞ、俺。
もちろん冥界でルシウスさんやゼアノスの修行で気配を察知する術は身に付けたけど、その気配の種類とか判別は全くできない。
どうやってるんだろうな? 俺からするとどれも同じように感じるんだが……。
ふとそんなどうでもいいことを考えていると、ルーティアは決心がついたようで、扉に手を当てた。
「うん……大丈夫。行こう」
そして、扉を開け、その先に入ると――――。
「え?」
「これは……」
――――夜空が広がっていた。
ゾーラのダンジョンでもそうだったが、このルーティアの父親が封印されているダンジョンも、どういう原理か、まるで別世界のような空間が広がっていたのだ。
周囲に建物のような影はなく、草原が広がっており、空には光り輝く星と月のようなものが浮かび上がっている。
俺の知識としては月だと思うが、ここって異世界だもんな。月に似た別の星だろう。むしろ月が地球にいたころと同じような大きさで見えたら、今いる世界って地球から案外近いことになっちゃうし。
全員で扉の中に入ると、扉はひとりでに閉じていき、消えてしまった。
「なっ!? 扉が消えた!?」
「……ん。完全に消えた」
驚く俺をよそに、オリガちゃんが扉のあった位置を調べてくれたが、どうやら本当に消えてしまったらしい。
つまり、俺たちはこのダンジョンに閉じ込められたことになる。
転移魔法で脱出できるとは思うが……まあ最悪前と同じようにダンジョンの天井をぶち抜いて脱出するけど。
でも、どう見てもダンジョンっぽくないんだよなぁ。
というのも、外にいるときと何ら変わらない空気の匂いや、今も俺たちの肌をなでる風が、とても地下に疑似的に生み出された偽物の世界だとは思えなかった。いや、ダンジョン内に広がる世界が、偽物の世界って決まってるわけじゃないけど。
でも、ゾーラのダンジョンで感じた時以上に、このダンジョンでは外にいるような感覚を覚える。本当にダンジョン内部なのか?
ひとまずこの場所に留まっていても仕方がないので、この何もない草原を突き進む。
【嘆きの大地】は周囲一帯が荒野で暑かったが、この場所は風もあるし、青々とした草原が広がっており、爽やかさすら感じる。
魔物の出現などを警戒しながら進んでいると、ふとルーティアが足を止めた。
「あ……」
「ん? どうした?」
ルーティアが目を見開き、何かを見つめて立ち止まっているため、俺たちもルーティアの視線を追ってその先を見ると……一人の男性が立っていた。
その男性は魔王軍の人たちが着ていた軍服を身に着けており、その上から赤色のマントを羽織っている。
体つきはかなりガッシリとしており、とても渋いおじ様といった顔立ちをしていた。
オールバックの髪や瞳はルーティアと同じ色をしていた。
ルーティアはその男性を呆然と見つめる。
「お、お父さん……」
その一言だけで、俺たちは目の前にいる男性が誰なのか理解した。
どこかルーティアの面影を感じなくもないが……予想以上に厳つい男性だな。もっとこう、ルシウスさんやゼアノスみたいな優男風の男性像をイメージしてたわ。
そんなくだらないことを考えていると、ルーティアの父親である男性は軽く微笑み、手を広げた。
「――――久しぶりだな、ルーティアよ」
「っ! お父さん……!」
一体どれほどの期間離れ離れだったのかは分からない。
でも、こうして出会えた今、ルーティアは今まで我慢していたものを解放するように、走りだした。
だが――――。
「っ! ルーティアちゃん、ダメ!」
「サリア!?」
「え!? な、何で止めるの!?」
なんと、サリアが急にルーティアに抱き着き、父親に近づくことを止めてしまった。
そのことに俺たちが驚き、ルーティアに至っては理解できないと言わんばかりにサリアを見つめる。
しかし、サリアはルーティアを解放することなく、ルーティアの父親に厳しい視線を送った。
「貴方……ルーティアちゃんのお父さんじゃないよね?」
「え?」
「……君は誰なのだ? 我々家族の再会を邪魔するとは……」
あり得ないと言わんばかりに目を見開くルーティアと、不愉快そうに顔をしかめるルーティアの父親。
突然の不穏な状況にオリガちゃんとゾーラはオロオロし、アルもなんていえばいいのか分からず困惑していた。
かくいう俺も困惑しており、この中で唯一ルルネだけが周囲に魔物……というか食べ物がないかを探していて俺たちの様子など気にしていなかった。
ルーティアはサリアの拘束から何とか逃れると、キッとサリアを睨む。
「サリア。適当なこと言わないで。私が、お父さんを間違えるはずがない。ここにいるのは、本当のお父さん」
「違うよ! いや、本当のお父さんなんだけど、違うんだよ!」
「サリアの言ってることは、分からない。邪魔をしないで」
サリアは適切な言葉が見つからないようで、必死にルーティアを説得しようとしているが、ルーティアは気にせず父親に近づこうとした。
それを見て、サリアは俺に視線を向ける。
「誠一! ルーティアちゃんを止めて!」
「誠一……貴方も私の邪魔をするの?」
「ええ……?」
俺としては全く状況についていけていないんだが……。
ルーティアは目の前にいる男性が父親だというのは間違いないと言い切るが、サリアはそれはあっているけど違うという。
……ヤバい、ますます訳が分からなくなってきたぞぅ!
サリアたちに視線を戻すと、どこか懇願するように俺を見つめるサリアと、真剣な表情で俺を見るルーティア。
ただ、一つだけハッキリしていることがある。
俺は、サリアを信じている。
サリアの感じている何かが、野生の勘なのかは分からない。
でも、サリアが理由もなくこんなことを言い出さないことだけは分かっている。
「ごめんな、ルーティア。俺はサリアを信じる。だから、君をあの人のもとに行かせるわけにはいかない」
「……無理にでも行くって言っても?」
「その無理が効かないくらい、俺は理不尽になるよ」
俺をルーティアが睨み続けていると、不意に笑い声が聞こえてきた。
「……ッククク……クハハハハハ……!」
「お父さん……?」
その笑い声の主はルーティアの父親であり、父親は顔を手で覆いながら耐え切れないと言わんばかりに大声をあげて笑う。
「傑作だ! 実の娘が、父親のことを見抜けないとは何て間抜けな話なんだ!」
「え……」
「だが、同時に不愉快だ。そこの女のせいで、この体でその娘を殺してやろうと思ったのに……貴様らのせいで計画が狂ったではないか」
「お、お父、さん? 何を言って……」
呆然と呟くルーティアに対し、父親……否。父親の姿をしたナニカは、歪んだ笑みを浮かべた。
「まだ分からぬか? 我は貴様の父親などではない。きさまの父親は――――死んだよ」
「――――」
「ルーティア!?」
「テメェ……!」
目の前の男の言葉に、ルーティアは呆然としたまま膝をついた。
慌てて俺がルーティアを支えると、男の態度を見かねたアルが、いきなり男目掛けて襲い掛かる。
だが……。
「ずいぶんと野蛮な女だな? 余の前に立つのだ――――ひれ伏せ」
「っ!?」
その瞬間、アルはまるで見えない何かに上から押さえつけられるように、その場に崩れ落ちる。
だが、膝はつかず、その謎の圧力に耐えていた。
「ほう? 余の言葉に抗うか」
「う、るせぇ……この、似非貴族が……!」
「何だと……? っ!?」
アルの言葉に激昂しかけた男だったが、そのすきを見逃さず、オリガちゃんが男の背後に回っており、首目掛けてクナイを突き立てた。
「……首、もらった」
「ぬぅ、鬱陶しい……」
オリガちゃんの攻撃はしっかりと届き、クナイが首に突き立つも、男は顔をしかめるだけでたいしてダメージを受けているようには見えない。
だが……。
「吹ッ飛ブ」
「はあ!? 何だ、貴様は! ガハッ!?」
男の懐に潜り込んだサリアが、そのがら空きの腹目掛けて渾身の一撃を放った。
その衝撃はすさまじく、男の背中から衝撃が突き抜ける様子さえ視認でき、その余波で周囲の草が激しく揺れる。
空中に放り出された男は、そのままルルネの方に飛んで行ったが、ルルネはその様子に全く興味を示した様子もなく、鬱陶しそうに足で蹴り払った。
「食べ物探しの邪魔だ!」
「ぐぼあ!?」
その蹴りは綺麗に横っ腹に突き刺さり、男は無残な姿で遠くに飛んで行った。
その一連の流れを見ていた俺は、呆然としたまま呟く。
「えーっと……俺もさっきのヤツの言葉はどうかと思ったから、手を出そうと思ってたんだけど……必要なかったみたいだな……」
「そ、そうですね。というより、生きてるんでしょうか? あの人……」
ゾーラの言う通り、普通ならオリガちゃんの攻撃で致命傷だろう。しかもあのクナイには特殊な効果もあり、状態異常を引き起こすことさえできるのだから。
何はともあれ、吹き飛んだ男より、今はルーティアの方だ。
「ルーティア、大丈夫か?」
「……お父さんが、死んだ……」
声をかけるも、未だに先ほどの男の言葉が信じられないようで、虚ろな表情で呟いていた。
……なんて声をかければいいのか、俺には分からない。
俺も、地球に居た頃、父さんたちが死んだって聞いたときは、全然状況を飲み込めなかった。
ただ、今の男の姿が紛れもなくルーティアの父親なのだとすれば、父親の姿を悪用しているヤツということになる。
それは、俺も許せない。
とはいえ、先ほどのサリアたちの連携で、とても無事だとは思えないが――――。
「――――ハハハ。驚いたぞ」
「ッ!?」
「ソンナ……確実ニ体ノ芯ヲ捉エタハズ……」
「……ん。私も首に、クナイを確実に刺した。またさっきの神徒って人と同じような能力?」
なんと、あれだけの攻撃を受けたはずの男は、無傷で何事もなかったかのように歩いて帰ってきたのだ。
確かにこれは、オリガちゃんの話で聞いていた神徒の能力が真っ先に浮かぶが……それにしては、サリアたちに何か影響が出ているように見えない。
すると、男は不愉快そうに顔をしかめた。
「貴様……余を誰と比べておる? 不敬であるぞ!」
「……じゃあお前は誰だって言うんだよ」
俺の質問に対し、男は大きなため息を吐いた。
「はあ……無知とは恐ろしいものだな。余を知らぬとは……いいだろう。教えてやろう。余は、『夜王』なり」
「夜王?」
聞き慣れない言葉に首を捻り、サリアたちの様子も見てみるが、全員知らないようだ。
「『夜王』たる余を! 夜の支配するこの場所で! 倒せるはずがあるまい?」
「んなの、やってみなきゃ分からねぇだろ……!」
「へ?」
「誠一、ダメ!」
「ぶへら!?」
一瞬で夜王とやらに俺は近づき、殴り飛ばそうとした瞬間、サリアの制止する声が耳に届いた。
そのため、もとより世界を壊さない程度に手加減していたものを、さらに手加減した形で俺の拳が夜王の顔面に突き刺さった。
再び遠くに飛んでいく夜王を見送りつつ、俺はサリアに訊く。
「さ、サリア。なんで止めたんだ?」
「だって、あの人の体は、ルーティアのお父さんのモノだから……」
「え?」
「――――その通りだ、小娘」
「ん?」
手加減したとはいえ、かなり遠くまで飛んで行ったはずの夜王が、もうすでに俺たちの近くに戻ってきており、俺が殴った鼻の部分をさすりながら帰ってきた。
サリアたちが攻撃した時と違い、俺の攻撃を受けた夜王はダメージを受けているようである。
そして、夜王は心なしか俺に怯えた視線を向け、ぼそぼそと何かを呟いていた。
「お、おかしくないか? 夜の支配者たる余にダメージを……」
「何言ってるのか分からないけど……どうやって戻って来たんだよ? かなり遠くまで飛ばしたつもりなんだが……」
俺の質問に、夜王はハッと正気に返ると、勝気な笑みを浮かべた。
「フッ……分からぬか? 余こそが夜であり、夜こそが余である。つまり、夜のある場所に余は存在するのだ。この夜が支配する場所で、余が移動できぬ場所も、距離も存在せぬ」
どうもこの夜王とやらはやたらと夜に関係する能力を持っているみたいだ。
「だからこそ、夜の支配するこの場所では、余こそが――――があっ!?」
「っ!?」
突然、夜王が胸を押さえ、苦しみだしたことで、俺たちは夜王から距離をとり、警戒をした。
すると――――。
「ルー……ティ……ア……!」
「え……お父……さん……?」
先ほどとは打って変わって、夜王の雰囲気ががらりと変わったのだった。




