食いしん坊、宇宙を体得
謎の飛来物による攻撃が続いている中、オリガは締め付けられていた首が解放され、必死に空気を求めて喘いだ。
「カハッ! ガハッ、ゴホッ……はぁ……はぁ……」
気を失う寸前まで息ができなかったこともあり、必死に呼吸をするオリガ。
まだ息は荒く、このまま完全に息が整うまで休憩したいところだが、今はそんなことを気にしている場合ではないと、急いで周囲の状況を確認した。
「ぶべべべべべべべべべべべべ」
「まだまだあああああああああああああああああああああ!」
「………………」
そこには、オリガの目では捉えられない速度で飛来する何かに貫かれ続けるヴィトールと、その飛来物を口いっぱいに詰め込むルルネの姿が。
「……ルーティアお姉ちゃん、ゾーラお姉ちゃん」
オリガは、何も見なかったことにした。
そして、すぐさま気を失っているルーティアに近づき、回復薬を使用する。
「う……ここ、は……」
「……大丈夫?」
「う、うん……っ!? アイツは!?」
「……知らない」
「え?」
オリガの反応に驚きながらも、ルーティアはすぐに周囲を見渡す。
「――ぼへ! ――ぐへ! ――あが! ――ぷぎょ! ――ひべ! ――ぷぱ!」
「足りぬ……足りぬぞおおおおおおおおおおおおおおお!」
「………………」
ルーティアもまた、見なかったことにした。
「ゾーラは……」
「……ん。今すぐ、石化を解く」
ゾーラに石化を解く薬液を使うと、ゾーラの体にまとわりついていた石が剥がれ落ちた。
「はっ!? お、オリガちゃん、ルーティアさん! 大丈夫ですか!?」
「……ん。大丈夫」
「私も」
「よ、よかった……って、あの人は!?」
オリガ、ルーティアと全く同じ行動をとったゾーラだったが、目の前で繰り広げられる光景をゾーラには無視することができなかった。
「あ、あの……あれ、どういう状況なんでしょうか……?」
「……さあ?」
「さ、さあって……」
「……私が起きたときには、ああだった」
「そ、そう……やっぱり、私の見間違いじゃなかった……」
ルーティアは現実逃避をするかのように、遠い目をしていた。
自分たちがあれだけボロボロにされた人物が、意味の分からない飛来物にボロボロにされ、さらに同じようにボロボロだったはずのルルネが、その飛来物を食べているのだから、その心情はお察しの通りである。
ルーティアたちからすれば、ヴィトールは危険な存在であるため、できればこの飛来物にやられている隙に倒してしまいたいが、ヴィトールの力が未だによく分からないため、うかつに手を出すことができない。
かといって、ルルネを引きずってでも連れて、ヴィトールを無視して進むには飛来物の嵐の中に突っ込んでいくことになり、それもまた、ルーティアたちには不可能だった。
運よく、ルーティアたちには被害がないことだけが救いである。
それに、ヴィトールの力には、遠距離から攻撃してくる手段もあるため、運良く逃げられたとしてもまだどうなるのか分からなかった。
どうすることもできず、ただ黙って目の前の光景を眺めていると、ついに謎の飛来物の嵐がやんだ。
そして、そこにはズタズタに削り取られた地面と、ボロボロの体を晒すヴィトール。それに、口をモグモグさせながらもどこか不満げなルルネだけが残った。
「チッ……勿体ない……勿体なさすぎる……私は何個の食べ物を逃したというのだ……? すべての食べ物を口にするには、私の口は小さすぎる……!」
「……食いしん坊が無茶苦茶言ってる」
ボロボロになっていたにもかかわらず、そう告げるルルネはとても元気そうだった。
ひとまず傷だらけで地に伏せているヴィトールを警戒しながら、急いでオリガたちはルルネと合流した。
「……食いしん坊」
「ん? オリガたちか。そういえば無事か?」
「ええ、まあ……さっきまで死にかけていたけど」
「わ、私も自分の能力で石化してしまうなんて情けないです……」
「……それより、ここから早く逃げよう。アイツの力は分からないけど、直接戦うよりは――――」
「――――ああ、クソが……クソッたれが……!」
『っ!?』
吐き捨てるような言葉に、オリガたちは反射的にその方向に視線を向けた。
すると、もうすでに傷が治り、ゆらりと立ち上がるヴィトールの姿があった。
ヴィトールは完全に立ち上がると、激しい憎悪のこもった目をオリガたちに向ける。
「おい……誰の許しを得て逃げようとしてやがんだ……ああ!?」
「っ!」
「あり得ねぇ。あり得ねぇよ。なんだよ、あの意味の分からねぇ物体の嵐は……なんで傷は治ってんのに、ダメージが抜けねぇんだよ……俺の体は何度も鳴ってんのに……!」
「……鳴ってる?」
オリガはヴィトールの言葉の意味が分からず、首を捻った。
すると、ヴィトールは傷が癒えたオリガたちを見て、首を振る。
「いや……俺の能力は消えちゃいねぇ。その証拠に、あの雑魚どもは俺の体に共鳴して壊れかけてたんだ。なら、今頃あの物体を放ったクソ野郎は同じようにズタボロになって消えてんだろう。だが……どうしてだ。どうして空っぽなはずの俺の体がこんなに痛ぇんだよぉぉぉおおお!」
「っ!」
そう叫んだ瞬間、周囲にすさまじい魔力の波動が広がった。
オリガたちはその余波だけで吹き飛ばされそうになるも、何とか持ちこたえた。
ヴィトールの謎の力によって、オリガたちの攻撃がそっくりそのまま自分の体に反映される前は、ルルネの攻撃を受け、『痛い』と口にしていた。
だが、今のヴィトールの表情は、その時以上に苦悶に満ちており、見た目だけで言えば傷は治っているにも関わらず、とても不思議だった。
血走った眼をオリガたちに向けたヴィトールは、歪んだ笑みを浮かべる。
「もう一度だ。もう一度、お前らを地獄に叩き落とす。お前らの刺激で、俺の能力を確かめてやるよ……」
フラフラとした足取りで近づいてくるヴィトールに、オリガたちはどう動くべきか必死に考える。
逃げようにも、ヴィトールの速度に対抗できるのはこの場ではルルネしかおらず、ルーティアやオリガ、ゾーラが狙われればまず逃げることはできない。
それに、逃げずに守りに徹するにはあまりにも相手が強く、かといって反撃してしまえばその瞬間、また同じことの繰り返しだろう。
オリガだけでなく、ルーティアやゾーラもいい案が浮かばず、近づいてくるヴィトールを見つめることしかできなかった。
――――ただ一人を除いて。
「そこまで刺激が欲しいなら、私がくれてやろう」
「る、ルルネ!?」
突然腕を組み、仁王立ちしたルルネがオリガたちを庇うようにヴィトールとの間に立った。
すると、その姿を見たヴィトールは歩みを止め、厭らしく笑う。
「おいおい、さっきまで地面にうずくまってた雑魚が何言ってやがんだ? 散々実感しただろ? お前程度じゃあ、俺を楽しませることはできねぇってよぉ」
「貴様こそ勘違いするなよ。未知なる食べ物を食べた私を止められる者は……主様しかおらぬ」
「……そこは冷静なんだね」
ルルネの冷静な自己分析にオリガが思わずツッコんだ。
だが、ヴィトールからすればルルネは何も変わっていない様に見えるため、鼻で笑う。
「ハン! あの意味の分からねぇ物体がたまたま食えるもんだったとして、それがお前の強さとどう関係してるっていうんだよ」
「私はあの種を食べたことで、体に宇宙を得た……」
「……食いしん坊、何言ってるの?」
意味ありげに腹をさするルルネに対し、オリガはそうツッコまずにはいられなかった。
ヴィトールもさすがに意味が分からず、頬を引き攣らせる。
「宇宙だあ?」
「私は実感した。欲しいものをすべて食べるには、私の口では足りない。ならば、体内で宇宙を生み出すしかないではないか」
「ちょっと何を言ってるのか分からねぇ」
「……同意」
敵だというのに、ヴィトールの言葉はオリガだけでなくルーティアたちとも全く同じ感想だった。
しかし、ルルネはそんなヴィトールを気にした様子もなく、尊大な様子で告げる。
「貴様に分かってもらう必要はない。御託はいいからかかってこい」
「……ぶっ殺す」
ヴィトールは一瞬にしてルルネとの距離を縮めると、拳に魔力や魔神から授かった力などを込め、その腹に叩き込んだ。
「死ね、クソが!」
「食いしん坊!?」
まさか避けもせず、仁王立ちした状態でいるとは思わなかったオリガは、慌てて駆け寄ろうとした。
だが……。
「あ、あれ? ルルネさん、何ともないみたいですよ……?」
「……ウソ」
「た、確かに攻撃は当たったと思うけど……」
間近で見ていたオリガたちでこの混乱なのだから、攻撃をした張本人であるヴィトールの驚きはもっと上だった。
「なんだよ……なんで平然と立ってられるんだよ……! 今の一撃を地に向ければ、大陸を沈められるほどのエネルギーの塊だぞ!?」
「――――不味いな」
「ま、不味い?」
驚くヴィトールをよそに、ルルネはがっかりした様子でそう告げた。
「今、私は貴様のそのエネルギーやら衝撃やらをすべて食った。そして、それが不味かったといっている」
「何を……言っているんだ……!?」
「言っただろう? 私は体に宇宙を生み出したと」
「答えになってねぇ!」
まったくもってその通りだった。
だが、ルルネはヴィトールの様子にどうしてこの程度のことが理解できないのかと言わんばかりにあからさまなため息を吐いた。
「はあ……バカの相手をするのは疲れるな……」
「この状況で俺が見下されるだと!?」
「いいか、よく聞け。私は体の中に宇宙を……もっと厳密にいえば、ブラックホールを生み出すことで、無限に食べ続けられるようになった。そして、このブラックホールの力により、私は遠く離れた食べ物まで、認識すれば食べられるようになった。それもこれも、あの未知なる食べ物を食べたことにより到った境地だ」
「聞いても分からねぇだと!?」
ヴィトールには理解できないが、ルルネの言っていることを誠一が聞けば、真っ先にピンク色の人気キャラクターが頭に浮かんだことだろう。
「それに、口から摂取できるものだけが食べ物ではないことに気づいたのだ。だからこそ、私は、私の体すべてを、口と同じように変えたのだ。こうすることで、私が一度に食べられる量も増えた!」
「気持ち悪い上にやっぱり分からねぇ!」
敵からも気持ち悪いと言われてしまうルルネは、もはやどこに向かっているのか分からなかった。元はロバだというのに。
「貴様に分かってもらうつもりはない。さっさと消えろ」
「ルルネ、それはダメ!」
ルルネはもう十分だと言わんばかりに、無造作にヴィトールに目掛けて蹴りを放った。
慌ててルーティアが止めようとするも、ルルネの攻撃は止まらず、ヴィトールの腹に突き刺さる。
その瞬間、ヴィトールは凄まじい衝撃を腹に感じながらも、ニヤリと笑うが――――。
「ハッ! これでお前も――――ごぼあ!?」
ヴィトールは口から血を吐きだし、その場に崩れ落ちた。
「ヴぁ、ば、かな……!? ど、どうじで!?」
いつまで経っても消えない痛みと傷に、ヴィトールは腹を抱えて蹲る。
そんな光景にオリガたちが唖然とする中、ルルネだけは冷たく見下ろしていた。
「な、何をしだあああああああ!」
「蹴っただけだが?」
「蹴った……だけだと……!? なら、どうじで……どうじでおばえは、無傷でいる!?」
「おかしなことを口にするな。私が蹴ったのなら、ダメージを負うのは貴様だろう?」
「ぢ、違う! お、俺の中身ば、空っぽだ! 内臓がどが、ぞう、いう問題じゃ、ねぇ……! 概念どじで、俺どいう存在ば、どんな攻撃を受け、ようが、空っぽだから、ダメージも、傷も、もどに、戻る、んだぞ!?」
「……」
「ぞれ、だけじゃねぇ……! 俺、ば、その空っぽな、体を利用じで、ありとあらゆるダメージを攻撃じでぎだヤツらに共鳴ざぜるこどができるんだ……! だがら、お、お前が、立っているのは――――」
「長い」
「ぶへら!?」
「「「ええ……」」」
ルルネはせっかく能力を語っていたヴィトールの顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
しかし、ルルネには興味のない内容だったようだが、オリガたちにはヴィトールの能力の概要を何となくつかむことができた。
体の中身が空っぽという点のみ理解ができなかったが、体が空っぽで、そこを攻撃するとその部分を強制的に攻撃した側に共鳴させ、破壊するということは理解できた。
ヴィトール自身は≪共鳴≫の異名を持っているが、能力の仕組みを聞くと≪反響≫の方がしっくりくる気がするも、ただ跳ね返すだけでなく、ヴィトールが空っぽだからこそヴィトールの体にダメージが蓄積することがないということと、≪共鳴≫させて破壊するという点から、今の異名が付けられていた。
そんな事情も散々苦しめられた能力もどうでもいいルルネは、ボロボロになって完全に気を失ったヴィトールに対して鼻で笑った。
「フン。何やらほざいていたようだが、未知なる食べ物を食べた私には些細なことにすぎん」
「……やっぱり食いしん坊はおかしい」
オリガのその言葉に、ルーティアとゾーラは頷くのだった。




