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≪共鳴≫のヴィトール

「フッ!」

「ガハッ!?」


 ルルネの鋭い蹴りの一撃がヴィトールの腹に入り、そのままヴィトールの腹に風穴を開ける。

 誰が見ても致命傷であるその一撃に、ヴィトールは口から血をまき散らしながら吹き飛ぶも、ヴィトールはすぐに体から煙を噴出させると、その傷が綺麗に癒え、数秒後には何事もなかったかのように元の体に戻っていた。


「ああ、いいねぇ……いいじゃねぇか! もっとだ、もっと俺を楽しませてくれよぉ!」


 恍惚とした表情を浮かべ、すさまじい速度で突っ込んでくるヴィトールに対し、ルルネは鬱陶しそうな表情を浮かべていた。

 そして、そんなヴィトールの突撃を避けもせず、ルルネはそのままヴィトールの側頭部に綺麗な回し蹴りを叩き込む。

 頭蓋骨が割れ、脳すら潰す感触を感じながらも、また再び無傷で起き上がるヴィトールに対し、ルルネはため息を吐いた。


「口だけのわりに、大したものではないな。いい加減沈め」

「んなツレないこと言うなよぉ! もっとだ……もっと俺を楽しませろ……!」


 いくら無傷になるとはいえ、ダメージを受ける瞬間は確実に激痛が走っているはずなのに、それを感じさせるどころか笑みを浮かべてさえいるヴィトールの姿にオリガたちは戦慄するも、ルルネだけはふと、誠一たちと一緒にいた時見ていた、ギルド本部の面々と似たものを、ヴィトールから感じていた。

 何度も何度も突撃を繰り返すヴィトールは、その速度はオリガたちではとても対処できるものではないものの、ルルネは苦も無く涼しい顔ですべてを捌き、華麗な一撃を叩き込み続けた。

 ヴィトールも謎の力によって無傷ではあるものの、ルルネもまた、ヴィトールから攻撃は一度も受けていないため、無傷だった。

 それでもさすがに何度も突っかかってくるヴィトールに対し、嫌気がさしたルルネは吐き捨てるように告げる。


「いい加減にしろ。私も忙しい。こんなところで時間をとられるわけにはいかないのだ」

「ルルネ……!」


 まさか、食べ物のことしか頭にないと思っていたルルネが、今回この【嘆きの大地】を訪れた理由であるルーティアの父親を早く解放するためだということを忘れていなかったのかと、ルーティアは感動した。

 ルルネの言う通り、早く行かなければ、ルーティアの父親に対し、魔神教団が何かをしているかもしれないからだ。

 その疑念は目の前のヴィトールが現れたことで強まり、余計に早くたどり着くための理由ができたのだ。

 ルーティアやゾーラだけでなく、普段ルルネに厳しいオリガでさえ、見直した表情でルルネを見つめる。


「早く、別の未知なる食べ物を見つけるために……!」

「ルルネ……」


 ルルネは、変わっていなかった。

 すると、もう何度目になるか分からないほど吹き飛ばされたヴィトールは、特に無傷になる回数などを感じさせることもなく、ごく当たり前といった様子で無傷の状態に戻り、起き上がる。


「ったく……凡人どもはこの至高の時間のありがたみがねぇから困る……ただ、お前さんらの言うことも分からなくはねぇ」

「ん?」

「分からねぇか? 仕方ねぇから本気を出してやるって言ってんだよ」

「……今まで散々醜態を見せておきながら、大した自信だな」


 どこにそのような自信があるのかも分からず、ルルネはただ眉をひそめた。

 しかし、そんなルルネの言葉を気にした様子もなく、ヴィトールは体の調子を確かめるように首や腕を鳴らすと、獰猛な笑みを浮かべた。


「そりゃお前――――遊びにいちいち本気は出さねぇだろ?」


 またも同じように接近してくるヴィトールだが、その動きや速度に変化はなく、ルルネは本気で鬱陶しいと言わんばかりに本気の蹴りをヴィトールの腹部に叩き込んだ。


「っ!? がはっ!」

「……!? 食いしん坊!?」


 吹き飛び、口から血を流していたのは、ルルネ本人だった。

 確かにルルネの攻撃は完全に決まり、ヴィトールは避けることも防ぐこともせず、その強烈な蹴りを受けたはずだった。

 しかし、結果として吹き飛んだのはルルネであり、何故かその腹部には強烈な蹴りの跡まで残っている。


「な、何が……」


 ルルネは口から流れる血を飲み込みながらも、ダメージを受けた理由が全く分かっていなかった。

 それは傍から見ていたオリガたちも同じで、オリガたちにはルルネがいきなり吹き飛んだように見えていた。

 そして、この状況を作り上げたであろうヴィトール自身は、不満そうな様子で腹をさする。


「あーあ……本気出しちまうと何の刺激も受けねぇからつまらねぇな」

「な、に……?」

「あん? おいおい、今の一撃でボロボロじゃねぇか! お前さんが散々俺にくれたモノを、お前さん自身で受けたってだけだろ? 何死にそうな顔してんだよ」

「くっ!」


 ルルネはその場から駆け出すと、ヴィトールすら反応できない速度で側頭部に回し蹴りを叩き込む。

 だが……。


「ガッ――――!?」

「ん? 今度は回し蹴りか。確かにいいダメージだよなぁ。痛ぇだろ? それ。ハハハ!」


 またも吹き飛んだのは、攻撃したルルネ本人だった。

 しかも、ヴィトールに攻撃したはずの部位に、そっくりそのままダメージが入っているのである。

 ヴィトールに攻撃するたびに、それが自分の体に反映されているかのようだった。


「さっきまでの威勢はどうしたよ? ああ?」


 まるで自身の力を誇示するかのように、両手を広げながらルルネに近づくヴィトール。


「さ、させません!」


 すると、今までルルネたちの戦闘についていけなかったゾーラが、自身の石化の力を封じている眼鏡を外し、ヴィトールを睨みつけた。

 その瞬間、ヴィトールの足先から徐々に石に変化していく。


「あん? 何だ? こりゃ――――」

「『魔王の手』ッ!」

「おっと」


 足が石化したことにより、その場から動けなくなったヴィトールに、ルーティアはすぐさま漆黒の炎でできた炎の拳で殴り掛かった。

 だが、その攻撃をヴィトールは軽く上体を反らすことで躱す。

 しかし、これは攻撃することが目的ではなく、一瞬だけでもヴィトールの隙を作ることが目的だった。

 そしてその目的が達成されたため、オリガは一瞬にしてルルネを抱えると、ヴィトールから距離をとる。


「……食いしん坊、大丈夫?」

「ぅ……ふ、不甲斐ない……先ほどから腹が痛く、食欲が湧かないのだ……」

「一大事」


 オリガはルルネの言葉に目を見開いた。

 それほどまでに、ルルネが食欲が湧かないというのは大問題だった。

 ルルネを抱えたまま、ルーティアたちのもとに戻ると、体を反らしていたヴィトールがつまらなさそうにしながら、視線をルーティアたちに移した。


「あーあ……雑魚がいきなり横槍入れてきただけじゃなく、ちょっとだけ期待してたそこの蛇女もこの程度とは……お前さんら、俺を楽しませる気あるのか?」

「楽しませる気……? そんなふざけた気持ちで戦ってない。私たちは、この先に行くの」

「無理だよ。お前さんらはここで死ぬ。それ以外はねぇ」

「そ、そんなことありません! 貴方の足は封じました! 無理に動けば、足が砕けますよ?」


 ゾーラの言葉にヴィトールは、笑い声をあげた。


「ハハハハハ! 俺の足が封じられたって!? その『眼』はとんだ節穴だなぁ!?」

「な、何を……え!?」


 信じられないことに、石化したはずのヴィトールの足は元に戻っており、どこにも石化した様子は見られなかった。


「そ、そんな……」


 その光景に力を使ったゾーラだけでなく、ルーティアたちでさえ驚く。

 本来、石化の状態異常は、完全に石化してしまえばその時点で死ぬか、他者により、特殊な薬液や魔法によって解除するのが基本だった。

 それらの理由から、石化は麻痺と並び、他の状態異常に比べても非常に厄介な効果であるというのがこの世界での認識だった。

 ただ、先ほどのように足先や手といった、一部だけが石化した場合は、他者の力を借りずとも自身の手で魔法や薬液により、解除することができる。

 だが、足だけとはいえ、石化したはずのヴィトールは、魔法はおろか、薬液すら使用した様子はなかった。

 呆然とするゾーラに対し、ヴィトールは獰猛な笑みを向ける。


「それよりも、いいのか? お前の足……砕いちまうぜ?」

「え――――」


 ヴィトールの言葉を受け、ゾーラが恐る恐る自身の足を見下ろすと、そこにはいつの間にか石に変わってしまった自身の足が存在していた。


「そん、な……」

「……すぐ戻す」

「させると思うか?」


 オリガが手持ちのアイテムの中からゾーラの石化を解除しようとするも、それをヴィトールが大人しく見ているはずもなく、すさまじい勢いで突っ込んできた。


「させない……!」


 それを防ごうとルーティアが自身の魔法を駆使し、ヴィトールへと放つも、その姿を捉えることができず、魔法が当たらなかった。


「おら、足、砕くぜ」

「ハッ! ガッ!?」

「ああ?」


 力を振り絞り、起き上がったルルネが再びヴィトールに攻撃を仕掛けるも、同じようにその衝撃がそっくりそのままルルネ自身に反映され、再び地面を転がる。

 そんなルルネを冷たく見下ろしながら、ヴィトールはため息を吐いた。


「やっぱりなぁ。本気を出すとすぐこれだ。弱いくせに粋がりやがって。お前さんじゃ、俺の力は越えられねぇよ」

「……そんなの、分からない」

「ん? おっ?」


 いつの間にかオリガはヴィトールの背後に回り、首に手を回し、締め上げていた。

 さらには、オリガの足をヴィトールの足に絡ませることで、その動きも阻害している。

 傍から見ると、無謀な挑戦のようにも思えるが、オリガは誠一と一緒にダンジョンを攻略したことで、『超越者』の仲間入りを果たしており、そのステータスは普通ではない。

 さらに、オリガにはもう一つ考えがあった。


「……ゾーラお姉ちゃん、ルーティアお姉ちゃん……!」

「わ、分かりました!」

「食らえ」


 ルルネの一撃により、生まれた隙をついてオリガに回復されたゾーラは、オリガが締め上げていることで動けないヴィトールに向け、石化の眼を向けた。

 普通なら一緒にオリガまで石化してしまいそうであるが、ゾーラの石化は目に映した対象にのみ、効果を発揮するため、子どもであるオリガの姿はヴィトールに隠れ、影響を受けなかった。

 今度のゾーラの石化は足ではなく、倒すためにヴィトールの顔に向けていたため、ヴィトールの顔はどんどん石に変化していく。


「あ、あ?」


 その様子を感じながら、首を締めあげた状態のオリガが口を開いた。


「……食いしん坊の攻撃は、避けなかった。でも、ゾーラお姉ちゃんの石化を食らってる最中に放たれた、ルーティアお姉ちゃんの魔法は、避けた。お前の力は、一人にしか働かない。だから、私の攻撃、ゾーラお姉ちゃんの石化……無効できない」

「て、テメ、ェ……」


 目から徐々に石化が広がり、目から上は完全に石化し、鼻、頬と石化を続けるヴィトールは、顔に怒りをにじませた状態で固まりつつあった。


「……そして、トドメに――――」

「私が、お前を燃やす」


 必死にオリガの拘束から逃れようとするヴィトールに対し、さらに徹底するため、ルーティアの魔王魔法が展開していた。

 それは、今までのように漆黒の炎でできた手だけでなく、黒炎の巨人がルーティアの背後に現れていた。


「おま、え……も、燃える、ぞ!?」

「私が燃やすのは、お前だけ。当然でしょ?」

「くそ、があああああああああ!」


 黒炎の巨人が、ヴィトールを焼き尽くさんと巨大な両腕で掴みつぶそうとした――――その瞬間だった。


「――――なーんてな」

「え――――がっ!?」

「お、オリガちゃん!? え、あ――――」

「オリガ!? ゾ――――がああああああああ!」


 オリガは見えない何かによって首が締め上げられ、それを解こうと必死にもがき、ゾーラは何と、先ほどまでヴィトールが石化していたように、今度は自身が完全に石化してしまった。

 そして、黒炎の巨人により、攻撃を仕掛けたルーティアは、その自身が仕掛けたはずの黒炎に焼かれた。

 一瞬にしてオリガたちが倒れると、ヴィトールは何事もなかったかのように、無傷なまま、オリガたちを見下ろした。


「で? どうだった? 少しでも勝てるかもしれねぇって気持ちを裏切られたのはよ。ん?」


 ヴィトールは嗜虐的な笑みを浮かべ、もがき苦しむオリガに顔を近づける。


「雑魚ほどよく頭が回ってさ、ちょっとでも強者に歯向かおうとするんだよなぁ。でもな? 雑魚は弱いから雑魚なんだ。いくら頭を回そうが、雑魚が強者に勝てる道理はねぇだろ。違うか?」

「あ、が……」

「どうした? 苦しいのか? お前さんが俺にしてくれたことじゃねぇか。親に習わなかったのか? やられて嫌なことは人にするなってよぉ」


 ヴィトールは興味が失せたようにオリガから視線を外すと、そこに転がるルーティアたちを見渡した。


「あーあ。結局、俺を楽しませてくれるような存在はいねぇってことだな」

「ばか、な……」


 必死に体を起こしたルルネは、そこに広がる光景が信じられない。

 そんなルルネに対し、ヴィトールは思い出したかのようにルルネに視線を向けると、笑みを浮かべながら近づいた。


「おーおー、そうだったそうだった。お前さんには散々楽しませてくれたお礼をしねぇとなぁ?」

「何、を……」

「何って? お前がしたこと、そっくりそのままお前にお返しするんだよ」


 その光景を想像してか、恍惚とした表情を浮かべるヴィトールに対し、ルルネは背筋がゾッとした。

 ここに来て初めて、ルルネは目の前の存在が以前バーバドル魔法学園に攻めてきた【使徒】のデミオロス以上にヤバい存在だと認識する。

 だが、その場から逃げようにも、謎のダメージにより体が動かない。

 一歩一歩近づくことさえ、ルルネの反応を楽しみながら歩み続けるヴィトール。

 自分がどれほど理不尽な存在なのか、それを理解した時の相手の顔を見るのが好きな彼は、この瞬間がたまらなかった。

 ――――だが、彼はただ、本当の理不尽を知らない。

 理不尽も非常識も匙を投げた、『人間』がいることを――――。


「さあて……そんじゃさっそ――――くぅぅぅぅぅぅうううううううううううううう!?」

「!?」


 突然、ヴィトールの腹に、音速を超えた何かがぶつかった。

 その一撃で、ヴィトールは錐もみ回転しながら吹き飛ぶと、その途中で音速を超えた何かはヴィトールの腹を突き破り、さらに遠くへとソニックブームによって地上を削り取りながら飛んでいく。


「がはっ!? な、何――――ぶへ!?」


 腹に風穴が空き、口から大量の血を吐きだすヴィトールの頬に、再び音速を超えた何かがぶつかった。

 その一撃で首が一回転し、どう見ても即死の攻撃を受けたヴィトールだが、その力によって無傷になると、ヨロヨロと起き上がった。


「な、何だ……何なんだ!? 傷は治った。治ったはずなのにににににににににににににに!?」


 そこから雨あられと謎の飛行物体により、ヴィトールの体は貫かれ続けた。

 その光景を、呆然と見ていたルルネは、ふと自身にもその飛行物体が飛んでくるのを察知した。

 ただ、体が動かないルルネは、その飛行物体を口で無理矢理受け止める。


「うぐっ!? ……む?」


 音速を超えているそれを、軽く口で受け止めるという非常識っぷりを披露しながらも、ルルネは口の中に飛び込んできたソレをかみ砕き、味わった。


「これは……何かの種か? だが、何だ、この味、この感覚……不思議と嫌いじゃない」


 謎の物体を飲み込み終えたルルネは、今もなおヴィトールに飛んで行っている物体に目をつける。


「これは、食べ物だ。私の知らない、食べ物だ……!」


 ルルネの食欲に、火が付いた。

 ルルネは飛んでくる物体を器用に口で受け止めるだけでなく、両手両足を使い、次々と捕まえては口に詰め込んでいく。

 とはいえ、すべてを捕まえることはできず、いくつかはヴィトールへと飛んで行っていた。


「くっ! また逃した! もったいない!」


 どう見てもヴィトールがダメージを受けている今、その存在である物体を自身で食べるだけでなく、ヴィトールに飛んで行っていることにさえ怒りを感じる始末。

 だが、あれだけボロボロになっていたルルネの体はいつの間にか回復しており、しかも、妙に力が溢れてきていた。

 ただ、ルルネにとっては、そんなことはどうでもよかった。

 未知なる食べ物が食べられるということが、何よりも重要だからだ。

 たとえそれが、この星のモノでないとしても。


「貴様にくれてやるかああああああああああああああああああああ!」

「いいいいいいらららららららねねねねねねねねええええええええ!」


 次々と打ち抜かれ、身動きの取れないヴィトールはそう叫ぶのだった。

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― 新着の感想 ―
ひっでえ流れ弾だこと(笑)
[良い点] 世界が気を使ったってことですかね...... 圧倒的理不尽。
[一言] もぉー!だから言ったでしょ、誠一!流れ弾が人に当たったら危ないって!
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