どこまでも変わらない誠一たち
「それにしても……目的地まで予想以上に遠いんだな」
「ん?」
テルベールを出発して三日ほど経過したころ、俺はふとそう口にした。
すると、サリアも俺と同じように感じていたらしく、頷いていた。
「そういえば、確かに結構歩いてるよね!」
「だよなぁ……」
「でも、それって周りに人も魔物もいないからじゃない?」
「ああ、なるほど……」
サリアの言う通り、あのラクダルマとやらの遭遇から、魔物には出会っていない。
本当に生き物どころか、草木の一本すら生えていないのだ。
俺は特に影響ないが、アルやサリアから流れる汗を見ていると、やはりこの地は暑いことが分かる。いや、俺が暑さを感じないのは装備のせいじゃないのよ? アルが見た目だけで暑苦しいっていうから脱いでるからね? でも暑くないんだからどうしようもない。やっぱり人間やめてるわ。
照り付ける太陽の下を歩いているにもかかわらず、俺は汗一つ流していなかった。
これ以上そのことを考えると俺の精神衛生上よろしくないので置いておくが、サリアの言う通り、時間が長く感じるのは周囲に何もないからってのも大きな理由の一つだろう。
すると、俺とサリアの会話を聞いていたアルが、呆れた様子で教えてくれる。
「結構歩いてるっていうが、一日の進み具合で言うとそんなでもないぞ。サリアの言う通り、周りに何もないから体感時間が長く感じるってのはあるけどな」
「そうなの? でも、ここまで長期的な移動なんて、それこそバーバドル魔法学園に行くときくらいしか記憶にないし……」
「……いつもぶっ飛んでるから忘れそうになるが、誠一は長期的な遠征自体は経験がないんだったな」
「いつもぶっ飛んでる!?」
アルの言う通り、俺って戦闘力みたいな面ではぶっ飛んでるけど、それ以外の経験に関しては素人同然なんだよな。改めて考えるとかなりちぐはぐしてる。
アルの言葉に呆然とする俺に対し、アルはジト目を向けてきた。
「自分の行動を思い返してから驚けよ」
「普通じゃない?」
「普通じゃない!」
おかしい。ここまで一般人代表みたいな存在はそういないのに。
「まあお前が普通かどうかなんざこの際どうだっていいが……」
「ど、どうだっていい……」
「一つ覚えとけ。まず、こうして遠征する際は、その場所で寝泊まりをする。それで、オレたちはどうしてる?」
「えっと……転移魔法でテルベールまで戻って、宿屋のベッドで眠って、昨日の場所からスタートしてる?」
「もうこの時点で普通じゃねぇのが分かるな」
なんてことだ。
快適さを選んでいたら、いつの間にか普通から離れていたらしい。そんなつもりは一切ないのに……。
でも確かに、こうして長期間外で過ごすと考えていなかった俺は、野宿するための用意を何もしていない。
それに対し、アルは自身のアイテムボックスに野宿用のセットを常備している。
ここが長年冒険者としてやって来た人間と、ただの一般人との差だろう。
それでも、俺は野宿すると思ってなかったから、つい転移魔法で帰って、次の日同じ場所からもう一度出発すればいいやって言った時のアルの顔が無の境地に至っていたのは、この先忘れることはないだろう。
だって快適な方がいいじゃん。ベッドで寝られるならその方がいいよね。そういうことにしましょう。
まあ、先に出発したっていうルーティアたちは、アルみたいに野営準備はしてるんだろうな。ダンジョン内で育ったゾーラはそんな知識がないにしても、ルルネは論外だし……ルーティアは若干箱入り娘感があるから怪しいけど、途中まで魔王軍の人たちと一緒にいたならそのことを魔王軍の人が教えないことはないだろうし、何より一番一人旅慣れしてそうなオリガちゃんがいるんだから、そこら辺は大丈夫だろう。
「それにしても……何だかここら辺、地面がボコボコしてねぇか?」
「そうだねー。気を付けないと転んじゃいそう」
「だな。それに、生き物自体は見かけねぇが、それがいた形跡みたいなのは見えてきたな」
最初は干上がった大地だけだったのだが、今俺たちのいる場所は足元が何かに穿たれたかのように穴ぼこだらけで、アルの言うように何かしらの生き物の骨が落ちており、この場所にも生物がいたことがうかがえる。
そんな会話をしながら歩いていると、ふと俺たちの視界に、巨大な植物らしきものが目に飛び込んできた。
「ん? 何だあれ?」
「さあ?」
「……まあ今まで植物を一つも見てないのに、あんなあからさまに……しかも巨大な植物があれば、誰だって警戒するわな」
アルの言う通り、今まで植物は見ていないのにいきなり目の前に現れればそれを警戒するのは当然だろう。
しかも、近づくにつれてその植物の全容が見えてきたわけだが、その植物の花にあたる部分は、まるで大砲のような形をしており、いかにも何かを飛ばしてきそうだ。
「あー……考えることは一緒だと思うが、あれ、避けた方がいいよな」
「そりゃそうだな」
頬を引き攣らせながらそういうと、アルは頷く。
いや、どう考えてもこの足元の穴ぼこの正体じゃん。アイツが元凶じゃん。
急いでその場から離れようとしたところ、ふとその巨大植物はその花を俺らの方に向けると――――。
「っ!? 避けろ!」
アルの一言に、俺たちは慌ててその場から飛び退くと、今まで俺たちが立っていた場所を、すさまじい速度で何かが穿った。
恐る恐る穿たれた位置を見ると、煙を上げながら人の頭ほどもある種らしきものが埋まっている。
「び、ビックリしたね」
「ああ……とにかく、あの植物は避けて――――」
そう言いかけた瞬間、地面に埋まっていた種が割れ、唖然とする俺たちの目の前でどんどん成長していき、ついには先ほど砲弾のような種を撃ってきた植物と全く同じ植物が、新たに生えた。
「そ、そんなのアリかよ……」
アルが頬を引き攣らせながらそういうが、俺もそう思う。
すると、新たに生えた植物も含め、再び俺たちに砲弾のような種を飛ばしてきた!
「うおおおおお!?」
「こ、これ、どうすりゃいいんだよ!?」
アルが必死に避けながらそう叫ぶ。
砲弾の種を避けるたびに新たに生え、どんどん攻撃の数が増えていくのだ!
「このっ……エイ!」
そんな砲弾の種に、サリアが顔をゴリラに変え、飛んできた砲弾に合わせて、火属性魔法を放った。
すると、炎を受けた種は弾け、中から細かい種子が再び俺たちに襲い掛かった!
「ワワワ!」
「サリア!?」
「大丈夫!」
至近距離でその種子の攻撃を浴びたサリアだったが、どうやらうまく躱したようだ。
とはいえ、この植物無茶苦茶すぎるだろ!
砲弾のような種を飛ばしてくるは、それを燃やそうとすれば中から細かい種が散弾銃のように飛んでくるとか……。
すると、アルが手にしている斧で種を弾き飛ばしながら言った。
「この種、燃やせば弾けるが、普通の武器で攻撃すりゃあ防げるぞ!」
「わ、分かった!」
てか、こんな危険な植物がいるところを本当にルルネたちは通ったのか? もし通ったのなら大丈夫だったんだろうな? ……あの落ちてた骨がオリガちゃん達ってオチはないよね? 大丈夫だよな!?
ちょっとシャレにならないことを想像してしまい、頭を振る。縁起でもないことは考えるのをやめよう……。
そもそも、この植物は何なんだ?
攻撃を避けながら『上級鑑定』を発動させると――――。
『???Lv:???』
「何も分からねぇじゃねぇかッ!」
レベルも名前も『?』とかどうなの?
それも、こんな道中で出てきていい敵なわけ? どう見てもラスボスみたいな表記じゃね?
能力も近づこうにも砲弾の嵐で近づけないし、避ければ数が増え、砲弾の数も増えるのだ。悪夢でしかない。
まあ当たっても大丈夫なんだろうけど……当たって本当に大丈夫だったらより人間から離れてる気がするから考えたくないよね!
「チクショウ、近づけねぇんじゃ反撃のしようがねぇぞ!」
アルが砲弾を弾きながらそういうのを見て、俺はふと思いついたことをしてみることにした。
それは――――。
「どっせい!」
「誠一!?」
俺は飛んできた砲弾を、『憎悪渦巻く細剣』の剣身部分で、バッティングの要領で打ち返した。
すると、ピッチャー返しのように、俺は撃ってきた植物の花の部分を的確に打ち抜いていく。
しかも、そんな俺の行動によりまさか仲間? の植物がやられるとは思っていなかったようで、植物に感情があるのかは知らないが、困惑した様子で他の植物の動きが止まる。
そんな植物の様子を無視しながらも、俺は思ったより遠くに飛んでいく種を手庇をしながら見送り、感心した。
「おー、やってみるもんだな」
「……お前がいるとき、この手の心配はするだけ無駄だったな」
アルはもう疲れたと言わんばかりにそう言いながらため息を吐いた。え、これって褒められてるよね?
もう一度種飛ばしてこないかなぁとか思いながら『憎悪渦巻く細剣』を振り回していると、俺と同じように手庇を作って種を見送っていたサリアが、あることに気づいたように言った。
「おー……あれ? 誠一」
「ん?」
「種どこかに飛んで行っちゃったけど、大丈夫かな?」
「え?」
「だって、あの種って地面に打ち込まれると新しくこの魔物? が生えてきたでしょ?」
「あ」
サリアに言われるまで、俺はその可能性に至らなかった。
あ、あれ? やらかしたかな?
すると、動きを止めていた植物たちが、ハッと思い出したかのように動き出し、再び俺たち目掛けて攻撃を再開した。
しかも、心なしか最初より攻撃に威力があり、怒っているようにもみえる。
「ほら、誠一! お前が変な方法で倒すから怒ったじゃねぇか!」
「そんな理由で怒ってんの!?」
それに、変とは失敬な。
てか、絶対に仲間が倒されたから怒ってるんだと思う。
それよりも、俺は少し気になったのが、さっき打ち返して倒した植物はいつも通り光の粒子となって消えていったにもかかわらず、何もアイテムを残さなかったことだ。
前回、ゾーラのダンジョンでドロップアイテムは本来絶対手に入るってものでもないって聞いていたが、それでも俺が倒してきた魔物は今までドロップアイテムを必ず残してきた。
もしかして、この植物って魔物じゃないんだろうか? よく考えるとルルネのいた魔物販売店でもUMAがいたくらいだし……。
落ち着いて考えたいが、植物は攻撃の手を緩めてくれないので、まずはここにいる植物を全滅させることにする。
「なあ、アル」
「あ!? 何だよ! こっちは……避けるので、必死、だってのに……!」
「ご、ごめん。その、この近くに人里ってないんだよな?」
「あるように見えるか!? ここにたどり着くまでも人里どころかまともな生物すら見かけてねぇだろ!」
「確かに」
なら、さっきの倒し方でいいか。
火属性魔法で焼いてもいいんだろうけど、ちゃんと燃やし尽くさないと種子が弾けて悲惨なことになるし、何よりアルやサリアからするとこの土地は暑いのだ。わざわざ熱気を増やす必要もない。
それに、周囲に人里がないんなら、ここじゃない別のところで勝手に自生してくれてもいいしな。ほら、こんなに干上がった大地なんだし、緑あった方がいいよね?
「てなわけで、バッター誠一、いっきまーす」
「真面目にやれ!」
「はい」
俺は怒られながらも、次々と飛んでくる種子を撃ち返し、ついには周囲の植物を全滅させるのだった。




