新たなダンジョンへ
「――――というわけで、帰ってきました」
「お前は本当に唐突だな……」
無事? アメリアたちのもとから転移魔法でウィンブルグ王国のテルベールに帰った俺は、すぐにサリアたちが泊っている『安らぎの木』まで移動し、サリアたちと合流して帰ってきたことを報告した。
「誠一、お帰り! どうだった?」
「……色々ありすぎて、疲れた……」
サリアがいつも通りの元気いっぱいな様子でそう訊いてくるが、本当に疲れた……木とか木とか、あと木とかのせいで。
いや、後半はアメリアが褒賞の件で爆弾発言を投下したことで、そっちの対応にも疲れたわけだけど。
思わずげんなりとした様子の俺に対し、アルが怪訝そうな表情を浮かべるも、すぐに表情を改めて訊いてきた。
「ところで、ヘレンの故郷はどうなったんだ?」
「ああ、それは大丈夫だよ」
「大丈夫って言うが……中々大変だったんだろ? ヘレンが血相を変えて飛び出したくらいだ。聞いた話だとカイゼル帝国の進撃と、魔神教団っていう二つの勢力を同時に相手にしなきゃいけないとか……」
「あー……その二つはひとまず邪魔だったから、まとめて陸ごと海に捨ててきたよ」
「お前、本当にいい加減にしろよ」
何故か真顔でアルにそう言われてしまった。おかしい。俺としては最適解だと思ったのに。
「何とぼけた顔してんだよ!? どう考えてもおかしいだろ? 何だよ、陸ごと海に捨てるって!?」
「いや、足場がないと死んじゃうでしょ?」
「そういうことを言ってんじゃねぇよ!」
知ってる。でも、俺も正直何であんなことしたのか分からないんだよね。できるって分かっちゃったからやったってのもあるけど、まあ周囲の雰囲気に流された感はあるよね。黒歴史かな?
頭を抱えるアルには申し訳ないが、諦めてほしい。俺は諦めた。俺の体は、俺の手には負えないんだ。俺の身体なのに。
思わず遠い目をしていた俺だが、ふとあることに気づいた。
「……あれ、そういえば、ルーティアやオリガちゃんたちはどうしたの?」
もともとヘレンのレベル上げのためにダンジョンを訪れたわけだが、その際、ルーティアたちはルシウスさんのもとに向かったはずだ。
そんなことを考えていると、サリアが教えてくれる。
「そうだ、誠一! そのことなんだけど、オリガちゃんたちはダンジョンに向かったよ!」
「え?」
「もともとは誠一が帰ってくるまで待つつもりだったらしいが、どうも魔神教団の動きが怪しいってのと、誠一が帰ってくるのが予想より遅くなりそうっていうんで先に出ちまった」
「な、なるほど……じゃあ、ルーティアのところにはオリガちゃんとルルネ、それにゾーラがいるのか? ルシウスさんや魔王軍の面々は?」
「魔王軍の人たちは魔王国に帰ったみたいだけど、ルシウスさんはまた別のダンジョンに用があるって言ってルーティアさんとは別行動らしいよ? あ、ゼアノスさんも一緒についていったみたい!」
「そうなの?」
そういや、確か羊の話ではあと二つダンジョンが近々真の意味で踏破されるって話だったが……そうか、ルシウスさんたちは黒龍神を解放するために向かったのか。
「あれ? それじゃあ、ルーティアたちはどこのダンジョンに行ったんだ?」
「それが、ルーティアの父親が封印されてるダンジョンみたいだぞ」
「ええ?」
それはつまり、ルーティアの父親を封印から解放するためってことだよな?
でも、羊の話では、確かにルーティアの父親が封印されているダンジョンを真の意味で踏破することができれば、父親は解放されるって話だったが、その真の踏破の条件が父親の封印を解くことなのだから当然だろう。
だが、羊はそのダンジョンが攻略されるとは口にしなかった。あくまで黒龍神のダンジョンが攻略されると言ったのだ。
そして、もう一つ解放されると言われていたダンジョンこそ、件の魔神教団の崇めている魔神が封印されているダンジョンらしいし……ああ、だから魔神教団の動きが怪しくなったのか。つまり、そっちの封印も解けると。
いや、帰って来て早々、考えること多すぎるだろ。
「そもそも、なんでルーティアはダンジョンに行こうと思ったんだ? 俺らがダンジョンに行くとき、ルシウスさんたちに会いに行ったことと何か関係があるのかな?」
「ああ、それはもともと父親のことについてルシウスさんと話しに行くつもりだったから、あの時は別行動したらしいぜ」
「なるほど……?」
となると、ますます訳が分からないんだが……。
俺が困惑していると、アルが思い出した様子で俺に言う。
「そうそう、そういやそのルシウスさんから伝言もらってたんだった」
「伝言?」
「ああ。『帰ってきたら、ぜひルーティアを助けてあげてほしい』、だってよ。ルシウスさんの話じゃ、ルーティアは別に真の踏破のために父親が封印されているダンジョンに向かったわけじゃないっぽいぜ?」
「そうなの?」
「いや、踏破できそうならしちまえって感じだったが……オレも詳しいことは分からん」
ええ? ますます訳が分からなくなったが……まあルシウスさんに頼まれなくても、ルーティアのことは助けるつもりだ。
でも、真の踏破は無理だと思う。
羊の野郎はムカつくが、この手の話題に対してウソは吐かないだろう。
……まあ、羊ですら予測不能の事態に陥って、解放しちゃったみたいなことはあるかもしれないが。いや、あるのか?
「まあ、何はともあれ早くルーティアたちのもとに向かった方がいいな。そのダンジョンがどこか分かる?」
「ああ。場所は――――【嘆きの大地】だ!」
「な、嘆きの大地……!」
アルの言葉に、俺は驚き――――。
「……って、どこだ?」
「だと思ったよ……」
俺の反応に、アルは呆れかえるのだった。
◇◆◇
――――時は遡り、誠一たちがヘレンのレベル上げのためにダンジョンを訪れていたころ、ルシウスの懸念通り【嘆きの大地】を魔神教団が占領していた。
すると、【嘆きの大地】に派遣されていた魔神教団の使徒たちが資料を手に、語り合っている。
「……やはりこの地は魔物を強化する力があるようだな」
「ああ。さすが、魔王が封印された地というだけある」
そういうと、使徒のひとりはカラカラに干上がった大地に、ぽっかりと空いている穴へと目を向けた。
その穴は、まるですべてを吸い込んでしまいそうなほど不気味で、暗い。
そして、その穴を囲むように不思議な文様が干からびた大地に刻み込まれていた。
「それにしても、魔族の連中もバカだよな。裏切者がいて、自分たちの王が封印されてるこの地を俺たちに占領されているんだから……」
「そう言うな。所詮は魔神様の加護すら受けられぬ劣等種よ。そのような連中にはこの地にたどり着くのも一苦労というものだ」
「確かにな。それを考えると、この地に封印した当時の勇者には感謝だな。まあ難点としては魔王国に近いってことだが……」
「おいおい、逆にそれがいいんじゃないか。手にできる距離にあるのに、近づけない……その悔しい感情と無力感が、魔神様の糧となるのだから」
使徒の言う通り、こうして魔王国領の近くにルーティアの父親が封印されているダンジョンが存在していたのだが、そこにたどり着くまでの道のりには非常に強力な魔物が徘徊しており、とても近づくことができなかった。
例え魔王軍の最強格であるゾルアやゼロス、そしてジェイドでさえまともに進むことができないほどで、今までルーティアたちは諦めることしかできなかった。
だからこそ、この地を絶好の場所として捉えた魔神教団は、魔王国の裏切者の手引きで魔王国にあっさりと侵入すると、そのまま【嘆きの大地】まで移動することができたのだ。
【嘆きの大地】までの道のりも、魔神の加護を持つ使徒にとっては何ら苦戦することなく、容易にたどり着けてしまう。
それほどまでに魔神の加護は強力だった。
「だが、いよいよ我らが魔神様の復活も目前だ」
「そうだ! 魔神様が復活した暁には、この世界を魔神様に支配してもらうのだ」
「――――そのためにも、この場所はとても重要なのですよ」
「ハッ!? ゆ、ユティス様!?」
突如、使徒たちの前に現れたのは、魔神教団の中でもさらに強力で、魔神から加護を超えた寵愛を受けている神徒の≪遍在≫のユティスだった。
しかも、そのユティスの後ろには、興味深そうに周囲を見渡す男がもう一人いる。
浅黒い肌に無造作に伸ばされた黒髪。
瞳は金色に輝き、どこかクロヒョウを想起させる。
革ジャケットを羽織った非常にラフな姿の男は、ある程度周囲を見渡した後ユティスに怪訝そうな表情を向けた。
「んー……ユティス、俺にここを守れって言ってんのか?」
「ええ」
「おいおい、何もねぇじゃねぇか。こんな場所じゃ俺の力は役に立たねぇぞ?」
「いえいえ、ご謙遜を。≪共鳴≫のヴィトールさんがこの場所を守ってくださるというだけでも安心なのです」
≪共鳴≫のヴィトールと呼ばれた男はますます不思議そうな表情を浮かべた。
「なんでったって俺がこんな場所を? 誰も狙いやしねぇだろ。てか、狙えるほど強くもねぇだろ」
「いえ、それが最近ではそう楽観視できる状況でもないのですよ」
「はあ? あの≪幻魔≫のジジイがカイゼル帝国で面白半分に『超越者』を量産してんのは知ってるが、それ以外じゃこの場所に来られる奴らなんざいねぇだろ?」
「お忘れですか? すでに我ら魔神教団の使徒が三人もやられているのです。しかも、カイゼル帝国の兵士でもない存在に」
「だったら、そいつを直接狙えばいいじゃねぇか。得意だろ? お前さん」
呆れた様子でそう告げるヴィトールだったが、ユティスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「それができればよかったのですがね……」
「は? ……待て待て待て。まさか、お前さんの力が通じねぇってのか?」
「非常に腹立たしいことですがね」
ユティスが心の底から悔しそうにそう口にする姿を見て、ヴィトールはユティスの言葉が本当だと悟った。
「まさかお前さんの能力がね……お前さん、俺たち神徒の過去や未来でさえ視ることができるんだろ?」
「ええ」
「なら、弱体化したとかってわけじゃねぇな。俺の未来も過去も、そう簡単に見えるわけがねぇ。特に≪絶死≫の野郎とか無理なのに見えるんだろ? アイツ、自分が勝つ未来しか残してねぇし、そもそも過去とか殺してるだろ」
「ええ。確かに過去は殺しつくされて見えませんが、未来は常に変動しますから。どこか一つの世界線であれば、視ることは可能です。さすがにその未来に行くのは恐ろしいですが……」
「ま、その未来ごと殺されちゃおしまいだもんな!」
大声をあげて笑ったヴィトールは、すぐに真面目な表情に戻ると改めて訊ねる。
「んじゃあ、ここを俺が守ればいいんだな?」
「ええ。もうすぐ魔神様が復活されます。ですが、復活したとしてもまだ力は完全ではありません。ですから、世界中の人間から負の感情を集める必要があるのです」
「そこら辺はいつもと変わらねぇが……なんでまたここを?」
「ここには魔物を強化する力があるのですよ。それに、奥地に封印されている魔王の存在もいい。何か適当な器を見繕って、無理矢理にでも体と魂の両方を押し込めれば強力な手駒になるでしょう。魔王を使った駒であれば、倒される心配も少ないですしね」
「でもそれ、封印されてる魔王はどうなるんだ?」
「それはもちろん、自我は不要なので殺しますよ。必要なのはその肉体と魂だけですから」
ごく自然と当たり前のことのように魔王を殺すと口にするユティスに対し、ヴィトールは凶悪な笑みを浮かべた。
「そりゃそうだ」
「分かっていただけたようで何よりです。では、私はここらへんで失礼しましょう」
「おう、ここの守備は任せとけ。まあ、誰も来ねぇとは思うがよ」
「そうですね。……では、貴方たちも≪共鳴≫の手を煩わせることなく、働くように」
「「は、はい!」」
すると、ユティスは帰る前に、ヴィトールとユティスという魔神教団の最高幹部二人を前に固まっていた二人の使徒にそう声をかけ、二人の返事に満足そうに頷くとその場から消えていった。
それを見送ったヴィトールは、その二人の使徒に指示を出す。
「んじゃあ、お前さんらはさっきまで……ってか、いつも通り仕事してくれ」
「は、はい」
「ヴィ、ヴィトール様はどうするんでしょうか?」
一人の使徒が恐る恐る訊ねると、ヴィトールは笑みを浮かべる。
「俺か? 俺は……寝るさ」
そう言って、ヴィトールは本当に寝始めてしまった。
――――これが、彼の最後の休息とも知らずに。




