褒美の行方
本日より、『進化の実~知らないうちに勝ち組人生~10』が発売されました。
書き下ろしの話もございますので、ぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです。
翌日。
改めてアメリアに呼ばれた俺は、再びアメリアの執務室を訪れた。
昨日は褒美がどうとかで少し揉めたが、果たしてどうなることやら……。
あの話し合いの後は、アメリアの言う通り御馳走や大浴場にも行かせてもらって、至れり尽くせりな対応をしてもらったため、正直これ以上褒美といわれても困るというのが俺の気持ちだ。これ以上何かしてもらうと、俺の精神的に申し訳ない気持ちになる。
そんなことを考えながら部屋の中に入ると、アメリアとヘレン、そしてリエルさんとスインさんが集まっていた。
ただ、何やら全員そわそわしており、なんとなく様子がおかしい。
俺は首をかしげながらも口を開く。
「えっと……こうして呼ばれたってことは、何がもらえるのか決まったのか?」
「え、ええ。そうね」
「なるほど……」
「……」
「……」
…………あれ?
決まったんだよな?
何故か黙った状態の……しかも、よく見ると顔が赤いアメリアに、俺は嫌な予感がした。
なんだろう、具体的に何がどう嫌なのかは分からないが、この後絶対にややこしくなるような展開が待ってる気がする……!
謎の第六感が働き、今すぐにでもこの場から帰りたい衝動に駆られていると、一向に口を開く気配のないアメリアに背後で控えていたリエルさんがおずおずと口を開いた。
「その……陛下。黙ったままでは、誠一殿も何がなんだか分からないかと……」
「わ、分かってるわよっ!」
アメリアは一度咳払いをすると、頬を赤く染めたまま俺をまっすぐ見つめる。
「誠一。貴方に与える褒賞を言うわね」
「は、はい」
相手の様子に思わず俺も居住まいをただすと、アメリアさんは高らかに言い放った。
「貴方への褒美は――――私よッ!」
「はい! …………はい!?」
今、なんて言いました?
わたし? ワタシ? WATASHI? それともタワシ?
「私よ、私! ヴァルシャ帝国の女帝であるこの私が、貴方への褒美だって言ってんの!」
「いやいやいやいや! ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「なんで待たなきゃいけないのよ!?」
「え、俺がおかしいの!?」
待ってほしいと思うのは普通じゃない!? だって話についていけてないよ、俺!
「何をどうしたらそんな結論に至るんだ!?」
「文句ある!?」
「なにゆえケンカ腰!?」
顔を真っ赤にしたまま、俺にそう言い切るアメリアにただただ困惑することしかできない。
すると、そんなアメリアの様子を見かねたスインさんが苦笑しながらアメリアさんに言った。
「陛下。ちゃんと説明しないと、誠一殿には何も分からないよ。ほら、何もわかってない誠一殿が困惑してるじゃないですか」
「そんなの、黙って受け取ればいいのよ」
「んな無茶苦茶な……」
黙って受け取れるわけないでしょう。
あまりにも無茶苦茶なアメリアに、スインさんはため息をつく。
「はぁ……昨日の話し合いでは、一応誠一殿に提案するだけで、受け取るかどうかは誠一殿の自由という話だったでしょう? 何をどうしたらそんな強引な展開になるんですか……」
「だ、だって……こういう経験ないし、どうしたらいいのか分からなくなっちゃって……」
「そんな自分を差し出すような経験がそうそうあってたまるもんですか」
まったくもってスインさんの言う通りだと思います。
スインさんの言葉に内心で頷いていると、スインさんは俺に視線を向けた。
「仕方ないから、私のほうで説明させてもらうけど……ハッキリ言うと、今のヴァルシャ帝国に誠一殿の働きに見合うだけの褒美となるものがないんだ。いや、全盛期のヴァルシャ帝国でさえ、誠一殿に渡せるようなものはないだろう。それほどまでに誠一殿のしたことは素晴らしいことなんだ」
「はあ……」
「だからこそ、陛下は決断したんだ――――その身を誠一殿に差し出すとね」
「はい、そこぉ!」
俺は思わずそうツッコんだ。
「渡せるようなものがないところまでは理解できたけど、何をどうすればそんな結論に!?」
「簡単な話だよ。ヴァルシャ帝国の女帝であるアメリア様を差し出せば、実質誠一殿にヴァルシャ帝国を差し出すのと同じ意味だってことさ」
「無茶苦茶だ……それにしたって、そのヴァルシャ帝国を守るために戦ってたのに、結果的に俺に渡してちゃ意味がないでしょう……」
「そこはほら、誠一殿を信頼しているからさ。誠一殿なら、例えヴァルシャ帝国を手に入れたとしても、好き勝手な政治を行おうとか考えないだろう?」
「そりゃあ……国なんかもらっても、どうすることもできないから今まで通りにっていうと思うけど……」
「そういうことさ。誠一殿になら、例えヴァルシャ帝国を引き渡してもヴァルシャ帝国として存続することができる……そう考えたんだよ」
何をどうしてそんな結論に至ったのかは分かったが、やはり俺には荷が重いし、何よりもう俺にはサリアたちがいるのだ。
スインさんの説明を受けていると、焦れた様子でアメリアが再び口を開く。
「ああ、もう! 何が問題なのよ! 貴方は私も手に入るし、国も手に入るんだからいいじゃない!」
「そこでよかったねと思えるほど図太くないんですが!?」
小市民を舐めないでほしい。
悲しいことに胸を張っていると、アメリアは唸った様子から一変し、何やら名案が浮かんだと言わんばかりに晴れやかな表情になった。
「そうだわ! それじゃあ、私だけでなくヘレンもつけるわ!」
「「へ!?」」
完全に無関係を貫いていたヘレンに、突然話題が飛び火した。
「ちょちょちょ、ちょっと、お姉ちゃん!?」
「仕方ないでしょ? これもヴァルシャ帝国のためよ!」
「いや、そうかもしれないけど……!」
「なら、ヘレンだけでなくリエルとスインもつけるわ!」
「わ、私も!?」
「おー……完全に暴走し始めたねぇ」
もはや制御不能のアメリアに、ヘレンとリエルさんは驚き、スインさんは遠い目をしていた。
いや、遠い目をしたいのは俺のほうなんだが……。
というか、俺の感じていた嫌な予感が的中しちゃったじゃん……だから帰りたかったのに……。
俺が目の前にいるにも関わらず、言い合いを繰り広げる四人。
その姿に部屋に帰っちゃダメかなと考えていると、突然執務室の扉がノックされた。
「何よ!? 今こっちは忙しんだけど!?」
そう言いながらもちゃんとアメリアは部屋に入るように言うと、一人の兵士が慌てた様子で転がり込んできた。
「へ、陛下!」
「? どうしたのよ、そんなに慌てて……」
「に、庭が……庭が大変なことになっております!」
『は?』
俺たちは顔を見合わせると、その庭とやらにひとまず向かうことにするのだった。




