誠一流、解決策
明日に備え、誠一たちが休み始めた頃、【封魔の森】では同じようにカイゼル帝国が陣を敷いていた。
そんなカイゼル帝国の兵士たちは、それぞれ野営の準備をしつつ、敵国付近だというのに酒を取り出し、まるで警戒した様子もなく宴のような食事を始めた。
「隊長、アイツらしぶといですね」
「フン、全くだ」
今回のヴァルシャ帝国遠征における指揮を執っていたのは、カイゼル帝国第一部隊隊長のオーリウス・フェンサーだった。
第二部隊とは違い、貴族で構成された第一部隊だが、その誰もがやはり『超越者』となっている。
「しかし……ザキアの野郎が使えないせいで俺たちがこんな辺境までやって来ることになっちまったじゃねぇか」
「本当に……これだから平民は嫌いなんですよ。無能ばかりのくせに、口だけはよく回る」
「アイツらは黙って俺らに金を納めてればいいのによぉ」
オーリウス率いる第一部隊の面々は、ザキアたちやカイゼル帝国の国民をただの金づるとしてしか見ていなかった。
「そういえば隊長。今夜は攻撃を仕掛けなくてもいいんですか?」
「あ? そうだな……面倒だし、いいだろ」
「め、面倒ですか……」
オーリウスは手にした酒を飲みながら、部下の言葉に答える。
「だってそうだろ? 俺らは陛下の力で『超越者』になったんだ。本気を出せばいつでも潰せる」
「はあ……」
「おいおい、何を心配してるんだ? コイツを見てみろ」
オーリウスは立ち上がると、近くの木を掴んだ。
「フンッ!」
そしてオーリウスが力を込めた瞬間、指は固い生木を貫き、大地にしっかり根を下ろしていた木を引き抜いた。
「見ろ、この力を! 俺たち全員が今までできなかったようなことが可能なんだ。胸糞悪いが、この場所では魔法が使えない。だがそれがなんだ? 俺たちにはこの力もある。どこに心配する要素があるんだ? それに……オラッ!」
オーリウスは片手で木を持ったまま、兵たちから少し離れた位置で足を踏み鳴らすと、その地面は大きく沈み、クレーターが出来上がった。
「アハハハハハ! スゲェぜ、この力! この力があれば、負けることはねぇ! そうだろ!?」
「そうですね……私が間違っていました」
「フン、分かればいい」
オーリウスは手にしていた木を無造作に投げ捨てると、粘着質な笑みを浮かべる。
「それに、アイツらにはもうどうすることもできねぇさ。他国に助けを呼ぶことさえなあ? なんせほぼすべての国を我々カイゼル帝国が支配しているんだ。ここからジワジワと……アイツらが悲鳴を上げるのを楽しもうじゃねぇか」
オーリウスの言葉に、他の兵士たちも暗い笑みを浮かべる。
すると兵士の一人が思い出したように口を開いた。
「そういや隊長。ヴァルシャ帝国を落とした後、俺たち褒美ってあるんですかね?」
「心配するな。ヘリオ様からは国を落としたら、そこにいる平民どもは好きにしていいと言われてる。存分に遊べ!」
「ひゃっふぅ! さすが【幻魔】様だぜ!」
「こりゃますます頑張らねぇとなぁ!」
下品な笑みを浮かべ、それぞれがヴァルシャ帝国を侵略した後のことを妄想し始める。
「ククク……楽しみだよなぁ? それに、ヴァルシャ帝国の【女帝】っていやあスゲェ美人って話だし、その側仕えどももいい女が多いって言うじゃねぇか。しっかり楽しませてもらわねぇとな?」
「隊長! いいんですかね? その女帝を我々が先にいただいても……ヘリオ様は平民だけは好きにしていいって言ったんじゃないですか?」
「バカ野郎。そりゃあ貴族の子女や女帝は陛下やヘリオ様たちが欲するだろうさ。だからこそ、俺らで楽しんだ後、殺すんだよ。何、陛下やヘリオ様には自決したとでも伝えればいい。そうなってもおかしくない状況だしよ。殺しちまえば確認のしようもねぇ。こんな辺境まで来てんだ。身分の高い女どもで遊んでも罰は当たんねぇよ」
酒を飲み、酔いが回って来ているオーリウスはそんなことを平然と言う。
もし他の身分の上の者にこの話が聞かれていれば、オーリウスといえどもただでは済まなかっただろう。
だが、もとよりオーリウスと似た思考回路の者たちで構成された第一部隊であり、皆酒に酔い、そして募る欲望に歯止めがきかなくなった今、誰も咎めることはなかった。
それどころか皆、ヴァルシャ帝国にいる女帝やその側近たちをどう汚すか、そんなことばかり考えていた。
「いやあ……何時まで持つかねぇ? 案外、もうすぐ降伏するって言ってくるかもなぁ?」
近い未来、自身に跪き、許しを請う女帝の姿を幻視しながら、オーリウスは舌なめずりする。
彼らは戦争中というにもかかわらず、酒を飲みながらもはや自身の勝利を信じて疑わなかった。
この夜にヴァルシャ帝国側からの襲撃があるとも一つも思っていない。
実際、ヴァルシャ帝国側にカイゼル帝国へと夜襲を仕掛けるだけの人数も余裕もないため、オーリウスたちの考えは正しいのだが、それでも警戒心がなさすぎた。
「俺たちが狩る側だ。ゆっくりじっくり、相手が苦しむのを楽しみながら行こうじゃねぇか」
――――だからこそ、彼らは自身が今まで体感したことのない『理不尽』に襲われる。
それはたとえこの夜にヴァルシャ帝国に攻撃を仕掛けていたとしても、変わることのない未来だった。
◆◇◆
「フン……雑魚が。あの調子だと近いうちに死ぬだろうな」
オーリウスたちが酒を飲み、完全にリラックスしているところ、少し離れた位置からフードを被った人物が息をひそめて眺めていた。
「全く……あと少しでヴァルシャ帝国内を混乱に陥れることができたというのに、あの女帝め……」
フードの人物は忌々し気にそう呟くと、ヴァルシャ帝国の方を睨む。
「……まあいい。ヴァルシャ帝国内での任務は失敗したが、今はこの戦争を利用させてもらおう。このままヴァルシャ帝国がカイゼル帝国の手に落ちれば、さぞ上質な『負の感情』が集まることだろうよ」
そう笑うフードの人物の手の甲には、【魔神教団】の『使徒』の証である紋章が刻まれていた。
「カイゼル帝国の兵どもは間抜けだから俺の存在に気付いていないが、ヴァルシャ帝国は我々の存在に気付き、警戒している。だが、俺は決して姿を見せない。姿を見せずとも、ここにいる魔物やカイゼル帝国の兵どもを陰から強化してやればいいだけだからな。存分に俺のことを意識しながら戦うといい」
フードの人物はリエルやスインたちが警戒し、今の戦争に横やりを入れている『使徒』だが、その姿をリエルたちは捕捉することができずにおり、カイゼル帝国だけでなく、この『使徒』にまで意識を割く必要があった。
「まあ、俺から意識を外せば、その瞬間殺しちまうワケだが」
そして意識を割くのは、フードの人物の言う通り、一瞬でもこの『使徒』に隙を見せれば、殺される可能性があるということを予測してのことだった。
カイゼル帝国のバカ騒ぎを眺めつつ、自身も休むために木に登り座ると、ふと思い出す。
「そういえば……この場所にはデストラ様も来るという話だったが、どうなったんだろうか? あのお方が来れば、今のようにいちいち隠れながら行動する必要もないのだが……」
【魔神教団】最強の一人であるデストラが元々ここに来ることを知っていたフードの人物は、何時まで経っても来ないことに首を捻る。
「……まああの方も忙しい身だ。きっと他の『神徒』様や魔神様直々の依頼を受けているのかもしれない。とはいえ、いずれは来るだろうから、それまではこの俺がしっかりこの場所をかき乱してやろう」
もうデストラがこの地を踏むことはないのだが、そんなことを知らないフードの人物はそう結論付け、休んでしまった。
――――そして、彼もまた、訳の分からぬ『理不尽』を体感することになるのだった。
◆◇◆
「――――さあて、やってみますかね?」
翌日。
朝早くから俺は正門から外に出ると、軽く準備運動しながら【憎悪溢れる細剣】を抜く。
兵士さんたちもそれぞれ準備を始めているが、俺一人で正門の外に出たもんだから門番の兵士さんたちも訝しそうに俺を見ている。まあアメリアたちにも一言も言わずに出てきたしな。
「そういや、昨日木が次とか言ってたと思うが、何をさせたかったのかね?」
元々木に依頼される形で手助けにやって来たわけで、昨日は回復薬や回復魔法といった後方支援的な力の使い方だったわけだけど……まだ俺が知らないような問題があるんだろうか? ま、これが終わった後にでも聞けばいいか。
いくつかの視線を感じながらも、俺は自分のやりたいことのために行動を始めた。
「まずは……カイゼル帝国の兵はどこかな……っと……!」
その場で軽く飛び上がると、一瞬で【封魔の森】を見渡せるところまで到達した。
そして俺はその空中からカイゼル帝国の兵士たちがいる位置を探してみると、そこまで遠く離れていない位置にヴァルシャ帝国の兵士さんとは違う鎧に身を包んだ兵士の集団を発見した。あれがカイゼル帝国の兵士だろう。
他に見落としがないか、『世界眼』のスキルなどで確認して見ると、どうもそのカイゼル帝国の兵士たちが集まってる場所の付近に、何やら一人だけ別の反応がある。
ソイツを『世界眼』の能力で確認したところ、どうやらコイツが【魔神教団】の『使徒』だということが分かった。
幸いソイツとカイゼル帝国の兵士たちの位置は近いので、今回俺がやりたいことでまとめて解決できそうだ。
それを確認したところで飛び上がった位置まで自然落下していくと、ふと上空にいる俺をポカンとした表情で眺めている門番さんたちの姿が目に入った。
『……』
皆これでもかと言わんばかりに目を見開いて口を開いているんだが、正直これで驚かれたら今からやることみてどう反応するのか気になってくる。
まあそれはともかくとして――――。
「とっとと終わらせますかねッ!」
自然落下を続ける中、俺は手にしたブラックを握り直すと、一度空中を足場にしてカイゼル帝国の兵たちの背後まで一気に跳んだ。
一瞬で背後に移動したということもあるが、兵たちは鬱蒼とした森の中にいるので、木々が邪魔をして上空にいる俺の姿は見えていない。
俺はそれを確認すると、【封魔の森】で陣地を構えているカイゼル帝国の兵士たちからそこそこ離れた距離目掛けてブラックを振り抜いた。
するとブラックから超巨大な斬撃が出現し、カイゼル帝国の陣地の後ろに大きな溝というか、切込みというか、一つの境界線ができあがった。ちなみに、その斬撃は少し斜めに地面に入るようにしている。
さすがにその斬撃の規模と衝撃の大きさに気付いたのか、カイゼル帝国の陣地が騒ぎ始めた。
だが、斬撃が俺から……いや、上空から放たれることを想定していないようなので、見当違いな方向を探し始めた。
このままだとそれぞれが移動を始めてしまい、俺の考える方法の邪魔になるので、作業を続けた。
「フッ! ハッ! ハアッ!」
最初に放った斬撃の要領で、カイゼル帝国や隠れているだろう【魔神教団】の連中が逃げ出さないように、斬撃痕で正方形を作り上げた。そしてどれも少し斜めに切込みが入るように、斬撃を飛ばしてある。
かなりの大きさに正方形の切込みを入れた俺は、そのまま地面に到着すると、目の前に正方形の一辺となる斬撃痕があり、俺はそこに手を差し込んだ。
「さて、本当にできるのかね?」
自分でも半信半疑に思いながら――――俺はその地面ごと持ち上げた。
「おい、マジか」
自分でやっといてあれだが、まさか本当にできるとは思っていなかった。
――――俺がやろうとしたこと。それは、【封魔の森】の一部ごと切り取って、そのままどこかへ運んじゃえという、普通は考えない、作戦とも呼べない作戦だった。
俺が持ち上げたことで、目の前には切り取った分の広さがごっそりくり抜かれた形となり、目の前には【封魔の森】がなくなる。
切り込みを斜めにしたことで、切り抜いた【封魔の森】の地面は四角錐となっており、一番深いところは数十メートルくらいありそうだ。
「えっと……重さを感じないんだけど……」
そんな切り取った【封魔の森】の一部を手にしながら、俺は思わずそう呟く。
四角錐の先端を右掌に乗せてみるが、何の重みも感じない。おい、マジかよ。
てか、大きさが大きさだからしないけど、これ、指先に乗せても重さ感じなさそう……。いつからこうなった、俺の体よ。
『……』
自分の体のぶっ飛び具合に呆然としていると、不意に視線を感じたのでその方向に顔を向ければ、門番さんたちと、正門が目を見開いて口をポカーンと開けていた。でしょうねぇ! やってる俺も同じ心境だよ!
ただ、このまま持ち続けるのもあれなので、俺はその場から大声で門番さんに訊く。
「すみませーん! この近くに海があるって話だったんですけど、どっちですかー!?」
「……あ、あっち……?」
「ありがとうございまーす!」
完全に呆然としながらも恐る恐るとある方向に指をさしたヴァルシャ帝国の兵士さんたちにお礼を言い、俺はその教えてもらった方向に斬り抜いた【封魔の森】を持って、移動を始めた。
◆◇◆
『……』
意気揚々と片手に【封魔の森】を携えて去って行く誠一を、ヴァルシャ帝国の門番や正門は唖然と見送ることしかできなかった。
というより、目の前で一瞬にして行われた現象に、理解が追い付かないのだ。
誠一の姿が見えなくなったというのに、遠くでは誠一が持っている【封魔の森】の一部が見え、今もなお、移動を続けている。
しばらくその光景をワケも分からず見つめていたが、門番の一人がようやく我に返った。
しかも、その一人が運よくこの門番たちをまとめている一人だったため、すぐさま命令を出す。
「ハッ!? お、おい! 今すぐ城へ走れ! リエル様……いや、陛下にお伝えするんだ!」
「つ、伝えると言いましても……何とお伝えすれば!?」
「それは……分からん!」
「ええー!?」
「だってそうだろう!? どう伝えろって言うんだ!」
「じゃあ隊長が伝えてくださいよ!」
「無茶言うな! 目の前で客人となった人物がいきなり飛び上がったかと思えば、いきなり目の前に巨大な切込みができ、それを客人は持ち上げ、そのまま運んでいっただなんて……うむ、自分で言ってて訳が分からんな! よし、もう寝るか! 俺らの手に負えん!」
「ね、寝ちゃまずいでしょう!? カイゼル帝国の兵士が――――」
「その兵士たちごと運ばれてるぽいぞ」
「……」
隊長格の兵士の言葉に、部下は黙って誠一がくり抜いた方を見ると、確かにカイゼル帝国の兵士の姿は見えなかった。
「――――寝ましょう!」
「そうだろう!」
もう考えることを放棄した門番たちは、いっそ清々しい気持ちで仕事を放棄する。
だが、さすがに全員帰るのはまずいということで、正門と一緒に残る兵士も何人かいた。
それでもほとんどの門に詰めていた兵士たちは、目の前で起こった信じられない出来事に精神的な疲れを感じ、帰って行った。
ただ、そこは一応最後の責任として、もうどう伝えていいのか分からないが、帰ることにした兵士の面々でリエルたちに先ほどの出来事を伝えるために城まで移動を開始するのだった。
◆◇◆
「お、本当に海じゃん」
門番に人に教えられ、無事森を抜けた俺は、目の前に広がる海を見て、一つ頷いた。
「よし、とりあえずここから離れた場所に適当に浮かべれば来れないだろ」
早速、『空王のブーツ』の効果で空に浮かび上がると、そのまま軽く海の向こうまで移動する。ただし、歩いていると何時まで経っても帰れないので、手にした【封魔の森】の一部に影響が出ない程度に軽く走りながらだ。
するとさすが意味わからない身体能力になっている俺。一歩踏み出しただけで景色が変わり、後ろを振り向けば先ほどまでいたヴァルシャ帝国までの陸地が見えない。うん、もう今更だな。
それでもまだ足りないなぁと感じた俺は、しばらく海の上を走っていると何やら禍々しい気配漂う海のところに来ていた。
そこは目に見えて分かる程、巨大な渦潮がいくつも存在し、何故か上空のそこだけ、大雨落雷が降り注いでいるのだ。
しかも、渦潮群の真ん中には、初めから用意されていたかのようなちょうど手にした【封魔の森】の一部ぶんくらいの広さの静かな海面が。
「うん、あそこでいいか」
だって見るからにこの手にした【封魔の森】の一部を置いてくれって言わんばかりの空間だしさ。いや、実際そんなことのために用意されたわけじゃないんだろうけど、せっかくだ。
俺はゆっくりそこに【封魔の森】の一部を下ろすと、本当にぴったりと渦潮群の中央に嵌った。
「おお、スゲェ」
あまりにも綺麗に嵌ったもんだから思わず感動しつつ、そろそろアメリアたちも起き出すだろうということで帰ることに。
「ま、ここならもうヴァルシャ帝国まで来れないでしょ」
最後にもう一度【封魔の森】の一部を見ると、その周辺の渦潮から、何やら不穏な気配が漂う巨大な龍の尻尾のようなモノや、俺が運んだ【封魔の森】の一部程ではないけど、それに迫る巨大な魚影が、あちこちから見えた。
「……うん、帰ろう」
あそこからどうやって抜け出すかは知らんけど、まあ頑張ってくれ。カイゼル帝国の兵士は皆『超越者』らしいし、何とかなるでしょ。木材はいっぱいあるし、船くらいは作れるんじゃないかな。
「さあて、ここからなら魔法が使えるんだろうけど……」
今はもう、【封魔の森】が近くにないので、転移魔法を使ってそれこそサリアたちの元にも帰れるんだが……。
「まあアメリアにも挨拶してないし、何ならくり抜いた森をどうにかしないといけないもんな」
そういうワケで、大人しくヴァルシャ帝国まで帰ることに。
ただ、行きはちゃんと門を出て来たし、いきなり帰って来て驚かしてもあれだから、転移魔法で移動するのは海が見えた【封魔の森】を出てすぐの場所でいいか。
そうと決まれば早速転移魔法を発動させ、俺は無事に【封魔の森】と海が見えるところまで帰ってくるのだった。




