団結するヴァルシャ帝国
「リエル、スイン。これはどういうことだ?」
「その……」
「何と言いますか……」
突如木の後にやって来た【女帝】と呼ばれる女性に、回復の間で喜んでいた兵士さんたちはもちろん、あのリエルさんやスインさんがなんと説明すればいいかといった表情でお互いの顔を見合わせていた。
そんな兵士さんたちを見ていると不意に視線を感じたのでその方向を見ると、俺と木を怪訝そうな顔で見ていた。
「貴様……何故ここに? 確か、あの場で木に命を吹き込み、足止めを命じたはずだが……いや、何故その木もここに? 余の命令はどうした?」
「(私はただの木私はただの木私はただの木私はただの木……)」
「……おい。貴様を誰が生み出したと思っている? 貴様の考えは丸聞こえだぞ」
「ノオオオオオオオオオオオオ!?」
木による【ただの木計画】が一瞬で破綻したことにより、木は今まで聞いたことのないような叫び声を上げた。……南無南無。
「貴様も何無関係そうな顔をしている? 貴様が何かをしたのは明らかだろう?」
「うっ……」
鋭い視線で見つめられ、俺は思わず言葉を詰まらせるが、目の前の女帝さんは何があったか言うまで逃がさないといった様子でこちらを見ている。
とはいえ、特に聞かれて困ることもやましいこともしていないので、俺は普通に答えた。
「えっと……とりあえずここに連れてこられた時、重症の方が多くいらして、見ているだけでも辛そうだったので全部治しました」
「ぜ、全部治した!?」
すごい形相で改めて兵士さんたちを見た女帝さんは、呆然としながらよろめく。
「ど、どうなってるって言うのよ……あんなに地獄のようだった回復の間が、少し眠っていた間に天国になってるワケ……?」
「あ、外にいる兵士さんたちには最上級回復薬を渡しておいたんで、そちらも全員傷は癒えてると思います」
「アンタ何言ってんの!?」
「陛下、口調口調!」
スインさんに指摘された女帝さんはハッとっした表情を浮かべると、一つ咳払いをした。
「んん! ……まさか、余が眠っている間にここまで訳の分からぬことが起きているとは……それにいつもであれば、力を多く使った後は妙に疲れ、中々疲れがとれぬというのに、今は妙に調子がいいような……」
「あー……その、陛下。この誠一君の魔法が実はこの回復の間だけにとどまらず、城中……いや、この街全体に行き渡ってたので、その影響かと……」
「本当に何なのアンタ!?」
何故か涙目になりながら叫ぶ女帝さんに、俺は何て答えればいいか分からなかった。いや、俺こそ知りたいよね。ホント、『人間』ってなんでしょう……。
思わず遠い目をしていると、ここぞとばかりに木が女帝さんに向かってアピールを始めた。
「陛下、陛下! 私ですよ、この誠一様をここまで連れてきたのは! どうです!? 助かりました!?」
「でも命令違反には変わらないわよねぇ?」
「oh……」
木は器用に両手を地面に着くようにして項垂れた。コイツ、どんどん人間臭くなってるな。
「てか、本当に何なの? 私がカイゼル帝国に降らなかったばかりに皆が傷ついて、死ぬんじゃないかって……そんな絶望的な状況だったのに、何で寝て起きたら全部解決してるの? おかしくない?」
「陛下……心中お察しします……」
「本当に酷い言われようだなぁ!?」
まあ皆が元気になったからいいんだけどね!
女帝さんは何度か頭を振ると、敵意もなく、まっすぐな瞳を向けてきた。
「――――余は貴様に礼を言わねばならんな。名は……何だったかしら?」
「そこで素になっちゃうの?」
確かに【封魔の森】で名乗ったとはいえ、あの時はお互い気まずいわ俺は怪しいわでまともに覚えることはしなかったのだろう。
なので俺は特に文句もなく改めて名乗りを上げた。
「俺は冒険者の柊誠一です。そこのリエルさんやスインさんにはもう事情説明をしましたが、ウィンブルグ王国の王都、テルベール付近に出現したダンジョンを攻略中、【魔神教団】の『神徒』と名乗る者と交戦し、倒した後に危険なモノがないか所持品を調べてたところ、その『神徒』が持ってた水晶の力で見知らぬこの地にやって来ました」
「そ、そうか。予想以上にハードかつ訳の分からぬ理由だな……んん! 余はこのヴァルシャ帝国を治めている、アメリア・フレム・ヴァルシャだ」
「へ? ヴァルシャ帝国?」
女帝――――アメリア様の言葉に俺は思わず驚いた。
ヴァルシャ帝国って……ちょうどヘレンがここに戻るために強くなるって言って、ダンジョンを攻略してたんですけど? あれれ?
「む? どうかしたのか?」
「い、いえ、大丈夫です。はい」
ひとまずまさかの俺がヴァルシャ帝国に来ていることは置いておいて、それよりもここで起きていることに対応することが先決だろう。
「では、誠一。貴様には礼を言う。今はまだ正式な礼を渡すことができぬが、多少は期待しているがいい。……無事に帰ることができればな」
「はい? それってどういうことです?」
アメリア様の不穏な発言に思わずそう訊くと、アメリア様はどこか諦めかけた表情で語った。
「もう貴様も分かっているとは思うが、現在、このヴァルシャ帝国は攻撃を受けている。それはこの地を支配下に置こうとしているカイゼル帝国と――――【魔神教団】の二つだ」
「え、二つ!?」
しかもよりによってなんでそんな面倒な二つに狙われてるの!? どっちもロクでもないじゃん!
「貴様はどうやら個人的な因縁で【魔神教団】と関係があるようだが……」
「個人的な因縁というか、行く先々で向こうから勝手にやって来るというか……」
あんな面倒くさい連中とわざわざ関係を持ちたいとは思わないからね。魔神もよく分かんないし。
「とにかく、このヴァルシャ帝国はその二つの敵を相手にしている」
「じゃああの負傷した兵士たちは……?」
「いや、表立っての攻撃や負傷の原因はカイゼル帝国の兵士どもだな。奴ら、どのような手を使ったのか、すべての兵が『超越者』となっているのだ。そしてこの地に千を超えるその『超越者』の兵を仕向けてきた」
「……よく持ちましたね」
「【封魔の森】に救われた。魔法が使えないからこそ、奴らは広範囲に攻撃をする手段がない。それに森は鬱蒼としており、足場も悪い。元々大勢で移動するには向いておらん。あとは……我々の邪魔にもなるが、元々森に生息している魔物を上手くぶつけ、何とか凌いでいたというわけだ」
「なるほど……」
「【魔神教団】の方だが、こちらはもっと厄介だ。今のカイゼル帝国と我が国の戦争ですら奴らにとってはただの利用価値のある行事にすぎぬらしい。森にいる魔物に何やら妙な術か薬を用い、強化してくるのだ。そのくせその実行犯が掴めない」
「えっと……何でその魔物が強化された原因が【魔神教団】だと? 確かにやりそうですけど……」
「単純な話、昔から我が国に潜伏していたため、似たような事例がいくつかあるのだ。何度も捕まえようとしたが、一向に捕まる気配もない。それに奴らは何が目的かは知らぬが、人々の負の感情とやらを集めているらしい。最近は連中の動きもなかったのだが、この戦争で負の感情が稼げると思ったのだろう。再び動き始めたみたいだ。業腹だが、間違いなく今の我が国には負の感情が蔓延している」
「陛下……」
悔しそうにそう告げるアメリア様を、リエルさんとスインさんは心配そうに見つめた。
だが、アメリア様はすぐ何かに気付くと、先ほどまでとは一転し、無表情になる。
「――――今の余の表情は忘れよ。よいな」
「え? は、はい」
何が問題だったのかは分からないが、忘れろって言われたので忘れます……とはさすがにいかないので、思い出さないようにする程度でとどめよう。
「さて、話を戻すが……貴様に正式に礼をできるかどうかという話だったな?」
「そうですね」
「今言った通り、もはや我が国は絶望的状況にある。それは貴様がもたらした回復薬や回復魔法で我が兵たちが力を取り戻したとしてもだ」
「――――そんなことありません!」
すると、今まで黙って俺たちの話を聞いていた、さっきまで負傷していた兵士の一人がそう叫んだ。
「私たちはまだ戦えます、陛下!」
「そうです! 次こそは、カイゼル帝国の連中を完璧に退けてみせます!」
「まだ絶望的などではありません!」
口々に戦えると戦意を漲らせ、アメリア様に言う兵士さんたち。
だが、アメリア様は首を横に振るだけだった。
「いいや、無理だ。余の能力をもってしても、圧倒的に数が足りぬ」
「そんなこと……」
「ないと言うのか? 我が国はどこにも救援を呼べぬのに? それに比べ、奴らはいくらでも救援を呼ぶことができる。今以上の数の兵士が集まり、人海戦術で【封魔の森】を攻略されてしまえば、一瞬で我が国は滅ぶだろう」
「それは……」
「それにだ。奴らには他に支配下に置いた国から物資を得ることができる。それも、このヴァルシャ帝国、ウィンブルグ王国、そして東の国以外からだ。我々は常に消耗戦を強いられる中、奴らは常に万全の状態で襲い掛かってくるだろう」
「……」
アメリア様の言葉に兵士の皆さんは何かを言い返そうとするが、結局言葉が見つからず黙ってしまう。
「……そもそも兵力から違うのだ。それを余は分かっていなかった。……最初に降伏勧告が出された時、余は勝てると思っていた。土地、余の能力、そして精強な兵士たち。余の国は最強だ。そんな余の国を滅ぼさんとする愚か者どもをこちらこそ滅ぼしてやろうと……だが、そんなものはただの幻でしかなかった」
アメリア様は静かにそう目を瞑ると、やがて何かを決心した様子で兵士たちを見渡す。
「皆、すまない。余の選択が、皆を危機に巻き込んだ。ここからは余が責任をとる」
「責任? ……まさか、陛下!? いけません!」
リエルさんが目を見開き、アメリア様を止めようとするも、アメリア様は首を横に振る。
「いいや、余は決めた。これより、ヴァルシャ帝国は――――否。アメリア・フレム・ヴァルシャは、カイゼル帝国に降伏する」
完全にそう言い切ったアメリア様の言葉に、一瞬回復の間は静寂に包まれたが、すぐに兵士さんたちは我に返った。
「な、なりません、陛下!」
「我々はまだ戦えます!」
「それに陛下が責任!? 私たちもその責はあるはずです!」
「お考え直しください!」
リエルさんや他の兵士さんたちがそう叫ぶ中、スインさんだけ、アメリア様を複雑な表情で見つめていた。
「……もうこれ以上、皆を傷つけるわけにはいかぬ」
「ですがッ!」
「よい。よいのだ。それに、余がたとえ死んだとしても血脈は――――」
アメリア様はそこまで言いかけ、どこか遠くを見つめながら儚げに笑ったかと思うと、また表情を引き締めた。
「明日、余はカイゼル帝国の陣地へ向かい、降伏する旨を伝える。皆、安心するがいい。余の命をもって、皆を守ろう」
『……』
皆、ただ黙ってアメリア様の言葉を聞くしかない。
――――そう、思っていた。
「――――嫌です!」
「リエル?」
リエルさんは目に涙を貯めながらアメリア様を見つめると、ハッキリとそう口にした。
「リエル、余の命令が――――」
「聞けません! こればかりは……絶対に、聞けませんッ……!」
リエルさんはついに堪えきれず、泣きながらそう叫んだ。
「私は最後まで、陛下のお傍におります! 貴女を一人で戦わせたりしない……!」
「陛下。私も最後までお供致します」
「リエル、スイン……」
その場に跪き、二人とも涙を流しながら真っ直ぐアメリア様を見つめる。
すると他の兵士たちも、次々と思いを叫び始めた。
「陛下、そんな悲しいこと言わないでください!」
「俺たちは陛下の剣であり、盾です!」
「皆、死ぬその時まで! 変わらぬ忠誠を貴女に誓いますッ!」
「陛下……!」
『陛下ッ!!』
一斉に跪き、首を垂れる兵士さんたち。
その姿を見て、アメリア様は涙を流した。
「皆……バカね。本当に大バカよ。私だけが犠牲になれば、皆は助かるかもしれないのに……」
もう【女帝】としての口調も崩れ、ただ一人の少女として涙するアメリア様。
そんなアメリア様に、スインさんは笑顔を浮かべた。
「陛下。また口調が崩れてますよ?」
「う、うるさい! 仕方ないでしょ!? アンタたちのせいよ!」
必死に泣いているのを誤魔化すため、アメリア様は涙をぬぐった。
そしてもう、その時は先ほどまでの諦めきった表情ではなく、前を向く強い意思を感じる表情に変わっていた。
「皆の者……ありがとう。皆の忠義、しかと受け取った。共に最後まで戦い抜こうぞ……!」
「「「おおおおおおおおおお!」」」
回復の間どころか、城すべてが揺れるほど、大きな雄叫びが上がる。
それぞれが手にした武器を高く突き上げ、アメリア様に勝利を捧げようと意気軒昂とした態度で互いを奮い立たせ合っていた。
「なあ……この国はすごいな」
「ええ。我が主の、自慢の国ですよ」
思わず隣でその光景を眺めていた木に伝えると、木はどこか誇らしそうに微笑んだ。
「貴様……いや、誠一殿」
「え?」
皆の様子を眺め、感心していると、口調や雰囲気が柔らかくなったアメリア様が俺に声をかけてきた。
「誠一殿はどうする?」
「どうする、とは?」
「誠一殿は元々この国の人間ではない。それどころか、事故でこの危険な場所に来ている。だからこそ、誠一殿までこの戦いに付き合う義務はない」
「それは……」
確かにアメリア様の言う通り、俺は元々この国の戦争に参加する義務も手助けする義理もないと言えばない。
「それに、誠一殿にはすでに回復薬の件や回復魔法などで力になってもらっている。ここから先は我々の問題といってもいいのだ」
「うん。それに、今ならまだカイゼル帝国も陣地に引っ込んでるから、一人だけ離脱をするのも可能かもしれない。正門にいた兵士たちに聞いたけど、何やら特殊な方法で矢も効かなかったようだし、実力的にも逃げるのは問題ないんじゃないかな?」
「まあ……」
「誠一殿の話を聞く限り、誠一殿には待っている人がいるのだろう?」
「……」
アメリア様にそう言われ、すぐサリアたちの顔が浮かんだ。
だが……。
「いえ――――俺はそこにいる木に、貴女を助けてほしいとお願いされたんです」
「え?」
「それだけじゃありません。その……ほら、最初の出会いなんて俺の不注意みたいなものですし、そのお詫びといいますか……」
「……。ッ!?」
一瞬何のことか分からなかったのか、首を捻ったアメリア様は、【封魔の森】での出会いを思い出し、顔を真っ赤にした。
「ああああアンタ! あの時のことは忘れなさいよ! いい!? 今すぐ抹消するのよ!?」
「えっと……ど、努力します」
「努力じゃなくて絶対に忘れて! じゃないと物理的に消すわよ!?」
「え、怖い」
物理的に消すって何。記憶どころか頭ごと消されそうな勢いなんですけど。
「もういいわ……アンタがここに残るって言うなら、部屋を貸してあげる。もうすぐ夜になるし、幸いカイゼル帝国は本気を出せばいつでも私たちを滅ぼせるって考えてるし、じわじわいたぶるように攻めてくるから、夜の襲撃はないはずだから寝ることはできるはずよ。……本気で気を休められるかは知らないけどね」
戦争とかなら夜襲がありそうなもんだが、どうやらカイゼル帝国は今のところその兆候がないみたいだ。本当にジワジワ痛めつけて遊んでいるんだろう。性格悪いな。
「【魔神教団】の方も、直接狙ってくることはないから、攻撃を仕掛けてくるならカイゼル帝国と同じはずよ。だから、今はしっかり休みなさい。大丈夫。夜襲があれば見張りから連絡があるし、アンタが爆睡してても叩き起こしてあげるから」
「そ、それは怖いですね……」
叩き起こすついでに記憶も持ってかれそうだ。
てか今気づいたんだが……。
「その……アメリア様? 先ほどから口調がもう素に戻ってますけど……」
「………………あーもう面倒くさい! この際だからアンタにはもうあの口調は使わないわよッ! だからアンタも敬語はなくていいわ。いちいち様付けもさん付けも不要よ。年も近そうだし、呼び捨てでいいわ」
「へ、陛下!?」
突然の敬語解除宣言に俺もだがリエルさんも驚いていると、アメリア様……いや、アメリアはなんてことないように言う。
「だってこの状況で、しかも手伝ってくれる相手に敬語を求めるのも変でしょう? それに今は公務でもないんだし。敬語で話す時間がもったいないわ」
「そ、そうかもしれませんが……」
「とにかく、今の間だけでもってことで。いいわね?」
「は、はあ……」
思わず気の抜けた返事をしてしまったが、アメリアは満足気に頷いた。
「よし、それじゃあスイン? 誠一を部屋まで案内してあげて」
「かしこまりました」
こうして俺は、スインさんに連れられて部屋まで案内されるのだった。
◆◇◆
「――――てな感じで、ヴァルシャ帝国とカイゼル帝国の戦い? に参加することになりました」
『何でお前は普通に過ごすことができねぇんだ!?』
スインさんに案内された部屋で、首飾りを使ってサリアたちに今までのことを連絡すると、アルにそう怒られてしまった。いや、俺だって普通に過ごしたいんですよ?
「でも見過ごすわけにはいかないじゃん? 目の前で決死の覚悟で戦う人たちを見ちゃうとさ……何か少しでも手助けというか、一人でも命が助かるようにしたいんだよ」
『そりゃあ……そうかもしれねぇけどよ……』
「それに、俺だって戦いたくないよ。怖いし」
今まで模擬戦だの【魔神教団】との戦いだの色々あったが、俺はそもそも戦いは怖いのだ。皆すごい形相で襲ってくるし。
そんな風に思っていると、首飾り越しにアルの大きな溜息が聞こえる。
『はぁ……もう誠一が決めちまったんならしょうがねぇ。ただ、絶対に無事でいろよ?』
「それは間違いなく。傷一つない状態で帰るよ」
『……いや、誠一がそう言うんだから大丈夫なんだろう』
『そうだね! でも、気をつけてね?』
「ああ、ありがとう」
サリアも俺の行動を認めてくれつつ心配してくれ、俺は思わず笑みを浮かべた。
ひとまずそれ以外にも今俺がいる場所や状況をできるだけ伝えていると、俺はふと思い出した。
「そういえば、デストラはどうした?」
『あの人はちゃんとランゼさんに渡してきたよ!』
『……王様もお前の行動に頭痛めてたぞ。意味が分かんねぇって』
「俺も分かんないからね」
こう、何で行く先々でトラブルに巻き込まれるんでしょうね? 本当に嫌になるわ。
「まあランゼさんにちゃんと渡せたんなら大丈夫だろう。そもそもデストラの能力も変わって、今じゃ無害どころか役立つだろうし」
『そこも含めて王様もオレも意味が分かんねぇんだけどな……』
「あと、ヘレンはどうしたんだ? その近くにいるのか?」
そう、ヘレンがヴァルシャ帝国で誰かを助けるためにに強くなろうとしていたのを知っているし、今俺がここにいるから少しでも情報を渡せたらと思ったのだ。
だが――――。
『あー……それなんだが、アイツ、ダンジョンから出た後、そのまますぐ一人でヴァルシャ帝国に向かったぞ』
「は?」
『私たちも止めたんだけど、もう目的は果たしたって言って……』
「……」
ヘレンのその行動力に、俺は呆れればいいのか、称賛すればいいのか……何とも言えない気持ちになった。
まあヴァルシャ帝国に大切な人がいるようだし、仕方ないか。
「ある程度情報を伝えられたらなぁって思ったんだけどな」
『オレとしては、お前がいる時点でヘレンの努力が無駄になったなって思ったぞ……』
「どういう意味ですかねぇ!?」
何で俺がヴァルシャ帝国にいたらヘレンの努力が無駄になるんだ。酷いこと言うぜ。
「まあいいや。明日からまた戦いが始まるだろうし、俺はここら辺で休むよ」
『……そうか』
『誠一、本当に気をつけてね?』
「おう。それじゃ、お休み」
二人にそう挨拶をして連絡を終えると、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。
「……」
ボーっと天井を見つめながら、思わず考える。
明日、普通に戦えば皆ケガをするだろう。それどころか命を落とす可能性もあるんだ。
もしここで魔法が使えたなら、『ジャッジメント』とかでカイゼル帝国の兵士たちだけを狙い撃ちできたんだろうけど、何故か魔法が一向に使えるようにならないので、それ以外の方法を考えるしかない。
……まあ木が言ってたみたいに、俺が魔法が使えないのも俺の体なりの理由があるのかもな。ルルネとかの言葉を借りるなら、世界なりの理由……かねぇ? まあそんなことないと思うけど。魔法みたいに意思疎通したわけじゃ――――。
……。
そういや、世界とも会話したことあったね。よし、この話は止めよう。
そんなことより、明日のことだ。
傲慢だろうけど、できることなら誰も傷つけることなく無力化したいんだけど……。
そこまで考えた瞬間、俺は一つのアイデア……どころか、馬鹿げたことを思いついた。思いついてしまった。
「いやいやいや、さすがにそれは……」
自分で考えておきながらあまりにもぶっ飛びすぎて、あり得ないと否定しようとするのだが、俺の体が『労力ですらない』と言ってる気がしてならない。
……まさか、本当に出来ちゃうのか? もしできちゃうなら……。
あれこれ考えちゃ否定しようとするも、できるという予感しかしない。
後は……俺の気持ちの問題か。
いや、今更気持ちがどうとかって言ってる場合じゃないよな。
俺はベッドから起き上がると、気合を入れ直すために頬を叩いた。
「ふぅ……あれだけ普通がいいって思いながら、思考回路がどんどん普通じゃなくなっていくなぁ――――ま、いっちょ『人間』っぷりをみせてやろうかね!」
そう決意すると、俺は明日に備えて布団に入るのだった。




