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荒々しい入国

「――――誠一様」

「ああ、何かいるな」


 木に連れられて森の中を進んでいると、不意に生物の気配を感じた。

 俺としては芋虫の大群とかじゃなければなんだっていいんだが、何がいるのかね?

 そんな風に思っていると、その気配の方から今度は人の声が聞こえてきた。


「――――ッ!」

「――なって――んだ!」

「――邪魔――じゃ――か……!」


 よく聞くとどうもその魔物と戦っているらしく、俺は思わず木を見た。


「おい、なんか襲われてるっぽいけど……」

「……この気配は陛下の兵士ではありません。恐らく敵国の兵士だと思われます。なので放置でいいでしょう。それに、危機的状況というわけでもなさそうですし」


 木の言う通り、微かに聞こえる声は怒鳴り声が多いが、焦りや恐怖といった感情は伝わってこない。それどころか、面倒くさそうな雰囲気と余裕すら感じる。


「まあ木がいいって言うなら俺も動かないけどさ……敵国の兵士ならそれはそれで戦力の確認とかした方がいいんじゃねぇか?」

「……確かにそれらも大切ですが、私としましては一刻も早く誠一様に陛下の国まで向かってほしいのです」

「その陛下の命令で足止めされてたんだけどな」


 陛下って人も、まさか自分が生み出した存在が自分の意思で俺を連れてくるなんて考えもしなかっただろうなぁ。

 こんな得体のしれない人間を自国に引き入れたいとは思わないでしょうよ。


「それに、恐らくですが、彼らが魔物と戦っているのも偶然ではないでしょう」

「え?」

「つまり、陛下の臣下による一つの作戦かと。よく聞くと、敵国の兵士たちは徐々に国から遠ざかっているので、一旦束の間の休みといったところでしょうか。しかし、本当に束の間でしょうから安心している暇はありません。先を急ぎましょう」


 そう告げる木に俺は特に文句もなく、ただ後ろをついていった。

 そして――――。


「ここです」

「おぉ……!」


 俺はついに、目的地に辿り着いた。

 木の言う通り、本当に森のど真ん中に街があったのだ。

 テルベールのように大きな城壁に囲まれており、その城壁の上には兵士たちが忙しなく動いている。

 そしてその城壁の向こうから見える、大きな城が印象的だった。

 何て言うか……テルベールのお城は某夢の国的なお城の形なんだけど、この街のお城はタージ・マハル的な見た目をしているのだ。

 そんな街を前に俺は感動しながらも、ふとした雰囲気を感じた。


「なんていうか、ピリピリした雰囲気だなぁ」


 現在敵国との戦闘中ということもあり、どことなく街がピリピリしているようなのだ。

 実際、目に見える距離で兵士さんが忙しなく動いているし、ケガしてるっぽい人を急いで運んでる姿も見られる。


「えっと……ここからどうすりゃいいんだ? さすがに正面からは入れてもらえないと思うんだが……」

「? 何を言ってるんです? 正面から行きましょう」

「バカなの?」


 え、こんなにピリピリした場所に、得体のしれない男が真正面から向かって受け入れられるとでも思ってるのか?

 本気でそう思っていると、木は笑った。


「誠一様……何のために私がここにいると思っているんです? 私がいれば、ちゃんと入れますよ」

「お、おお。それもそうか。お前はその【女帝】さんに生み出された存在だもんな」

「ええ。それに、どのみち正門からしか入る方法はございません。ですから、早く行きましょう」


 木に促されるまま俺はその正門とやらに近づいた。

 すると、徐々に見えてくる正門が普通じゃないことに気付く。


「な、なあ……俺の目がおかしくなければ、門に目と口がついてるように見えるんだが……」

「それは正門も私と同じく陛下に生み出された存在だからですよ。あの門は不正入国や犯罪者などの侵入を防ぎますし、元が門ですから睡眠も必要なく、門の開閉に人を割かないで済むので、完璧な門番として機能しております」

「おお……」


 なるほど、確かに門に人格を与えれば、そんなすごいことまでできちゃうのか。

 すごい機能に感心しながら街に近づくと、城壁の上にいた兵士たちが俺の姿に気付いた。


「おい、あれ――――」

「まさか――――」

「すみませーん! 俺は――――」


 そこまで言いかけた瞬間、城壁から一斉に矢が放たれた。……え?


「うぇええええええ!?」


 その矢はすべて俺めがけて射られたもので、俺はダンジョンの罠にかかったときと同じように、気持ち悪い体勢で矢を避けた。


「ちょ、ちょっと木さん!? 話と違いません!? お前がいれば大丈夫なんじゃないの!?」


 すごい体勢のまま木に抗議の声を上げる中、城壁の上にいる兵士さんたちはそんな俺の姿を見てさらに警戒心を上げた。


「おい、まだ生きてるぞ!」

「とにかく矢を放て!」

「決して街に近づけるな!」

「死ねぇ!」

「ひぃぃぃぃいいいいい!」


 全然受け入れてくれる気配がしないッ!

 思わずそうツッコみたくなる思いを必死に押し殺しつつ矢を避けていると、不思議なことに矢が俺から避け始めたように感じ始めた。

 ……あれ? この現象、前にザキアさんたちと戦った時の減少に似ているんだけど……。

 矢が当たらなくなったことで、当然城壁の上にいる兵士さんたちもそれに気づき、眉をひそめる。


「おい、攻撃が当たってないぞ!」

「何をしている! しっかり狙え!」

「狙ってるに決まってるだろ!」

「なに? ならアイツの力か。どんな手を使ったか知らないが、ずっとは続かないだろう。今はひたすら攻撃し続けろ!」


 しかし、どうも国の兵士さんたちの結論として、今は俺の何かしらの力で当たっていないと思ったらしく、いずれ終わりが来るだろうという予測から攻撃が続けられた。

 それを見て、俺は一つの不安が頭をよぎった。

 ――――俺なんかにこんなに矢を使っちゃっていいの!? これ、敵国の兵士用なんじゃない!?


「おい、木! お前の力で何とか攻撃を止めてくれ!」


 今まで避け続けていたのを、国の矢の消費を考えてできるだけ折ったりしないように気をつけながら回収しつつ、木にそう伝えるが……。


「……誠一様。話しかけないでください。私が誠一様と会話したら私まで攻撃されるじゃないですか。私は木。ただの木です。いいですね?」

「ぶっ飛ばすぞテメェええええええええええ!」


 俺言ったよね! 警戒してるし、絶対入れてもらえないってさぁ!

 必死に矢を回収していると、木が溜息を吐いた。


「仕方ないですね。私が話をつけましょう」

「最初からそうしろよ……!」


 木は俺が大量の矢を回収している中、正門に近づいて声を上げた。


「門を開けてください。私は不審な木じゃありませんよ!」

「ふ、不審じゃないとは……」

「いや待て。陛下が今の戦で操っている木には、ちゃんと印がつけられているはずだ! ソイツにはその印がねぇぞ!」

「……おや? 雲行きが――――」

「――――そいつも殺せ!」

「ダメじゃねぇかあああああああああ!」


 そもそも不審じゃない木ってなんだよ! 目と口があって動く時点でもう怪しいよね!

 木も俺と一緒に攻撃されることになり、さらに攻撃の波が強くなっていき、本格的に国の矢の在庫が心配になって来ていると、木と同じような存在の正門が口を開いた。


「……ムッ。ムムム!? 皆さん、攻撃を止めてください! あの木から、私と同じ力の気配を感じます!」

「なんだと!?」

「ってことは……陛下が森で能力を使ったってことか?」


 正門の一声により、城壁の上にいた兵士さんたちは一度攻撃を止め、おかげで俺はようやく一息つくことができた。


「……おい、全然普通に入れなかったじゃねぇか」

「おかしいですね……私、森の中じゃ人気者だったんですがね。私を知らないとはとんだ無知の集団です」

「お前本当に何様だよ!?」


 木に人気者もクソもねぇよ。俺らが分かるわけねぇだろ。

 両手じゃ抱えきれない量の矢を何とか上手く積み重ねていると、正門から兵士さんたちが何人か警戒しながら俺たちの元にやって来た。

 そして俺が積み上げた矢のタワーを見て、兵士さんは目を見開く。


「お前、その矢は……」

「あ、これお返ししますね。元々今戦ってる相手用の矢だったんでしょうから、なるべく折らないようにしたんですが……」

『――――』


 俺の言葉を受けて、兵士さんたちはどこか絶句しているようだった。あれ? いらん気遣いだったのかな?

 すると真っ先に中央にいた兵士さんが我に返り、俺の隣で立っている木に目を向けた。


「その木は……」

「あー……何て言ったらいいんですかね……そのちょっとした手違いで森の中でこの国の【女帝】様? と出会ったんですが、その時に俺が怪しいってことでこの木が俺の足止めに使われたんですよ」

「ええ。実にいいチョイスです。私でなければ誠一様の足止めは不可能だったでしょう」

「実際に足止めされちゃったからなんも言えねぇ……」


 俺と木の発言にますます驚いた様子の兵士さんたちは、お互いに顔を見合わせるとひとまず正門付近まで案内? というか連行された。

 さすがにまだ門の中には入れてもらえず、何やら俺を正門まで連れてきた兵士さんの一人が待機していた兵士さんに話しかけ、話を受けた兵士さんがどこかに走り去っていくのを眺めるしかなかった。

 どうも走って行った兵士さんは、俺のことを国のお偉いさんに伝えるために向かったらしい。

 そのお偉いさんからの連絡があるまでの間、俺と木は兵士さんたちからたくさん質問をされていた。

 どこから来たのかとか、どこの国所属だとか、何が目的だとか、とにかく俺の情報を抜き取ろうとしている兵士さんたちにちょっと精神的に疲れながらも、俺は嘘を吐くことなく一つずつ答えていった。

 だが、元々この国に来た経緯が【魔神教団】のデストラが持ってた水晶が原因だったので、それを伝えたところ兵士さんたちはさらに顔を険しくし、また新たに兵士さんの一人がどこかへ走って行った。

 そんな感じで質問に答え終えると、そのお偉いさんがやって来るまで俺と木は監視されながら正門の外で待つことになった。


「なあ、お前がいればすんなり入れるって話だったよな?」

「ええ、そうですね」

「じゃあこの状況をどう思う?」

「何を言ってるんです? 私一人なら問題なかったでしょう。誠一様が怪しいのが問題なのです」

「否定しづらいじゃねぇか……でもお前だけだったとしても入れてもらえたとは思わないけどな」

「そんなことありませんよ。ねえ? 兵士さん?」

「不審な木を入れるわけないだろう」

「なんですと!?」


 やっぱり最初から俺たちが普通に入れる道はなかったようだ。

 まあ結果的にこうして入れるかもしれない状況にまで持ち込めたので、それはよかったんだけどさ。

 兵士さんを交えて軽い会話をしていると、唐突に正門の方から敵意混じりの言葉が飛んできた。


「――――貴様ッ!」

「え?」


 声の方に視線を向けると、そこには俺を睨みつける鎧姿の女性……リエルさんが立っていた。

 だが、どうやらこの場にやって来たのはリエルさんだけじゃないようで、俺を警戒しているのか、姿や気配を消しながら俺の背後にもう一人誰かが回り込んでいるのも感じる。多分、リエルさんたちと合流していた黒ずくめの人だろう。


「一体何しに来た? わざわざ殺されに来たと?」

「いやいやいや、何で自分から死にに行かなきゃいけないんですか……俺はここにいる木から陛下? を助けてほしいって言われてきたんですよ。なあ?」


 同意を得るために隣に佇む木に声をかけるが、木は何故か目をつむり、黙っていた。


「……おい?」

「誠一様。話しかけないでください。よくよく考えれば私、命令無視みたいなものなので怒られるじゃないですか。だから今の私はただの木です」

「いや、もう遅いと思うが……」


 そもそも正門付近に木は生えてないのに、俺のすぐ隣に一本だけ木が生えてたらおかしいだろ。


「おい。その木からは確かに陛下の御力を感じる。恐らくあの時陛下から足止めを命令された存在だと思うが……何故ここにこんな怪しい男を連れてきた?」

「あ、バレてます?」

「本気でバレてないと思ってたの?」


 コイツ、頭がいいんだか悪いんだかどうなんだ。いや、コイツ以上に俺がアホなだけだろうけど。なんせまんまとコイツの策略通り足止めされちゃったワケだし。

 もう隠せないと思ったのかアッサリ擬態を解いた木は、リエルさんを真っすぐ見つめた。


「私は陛下に生み出され、陛下のことを第一に考えております。そして、今陛下の危機をお救いできるのが、こちらの誠一様だけだと思ったから、私はここまで連れてきたのです」

「なんだと? こんな怪しい男が、陛下を救う? バカを言うな。誰にも今の現状を変えることはできん。もう、どうにもならんのだ」


 そう告げるリエルさんは悲痛な表情を浮かべた。

 しかし、すぐに表情を険しいものに変えると、再び俺を睨みつける。


「それで、貴様は一体何なのだ? 冒険者だということは聞いたが……」

「えっと……」


 俺はこの【封魔の森】とやらに来た経緯をひとまず説明した。

 するとすべての話を聞き終えたリエルさんは、再度確認するかのように訊いてくる。


「つまり、貴様は【魔神教団】の『神徒』とやらのせいでここにいると?」

「まあそう言うことになりますね」

「ならば【魔神教団】の一員ではないと?」

「それはないです。嫌ですよ、あんなよく分からない集団と一緒にされるなんて……」


 いや、本当に嫌だろう。その魔神とやらも知らんし、むしろ迷惑かけられまくってるんだから。


「そうか……ならば、カイゼル帝国の者か?」

「へ? カイゼル帝国? 何でカイゼル帝国が出てくるのか分かりませんが……違いますよ?」

「……」


 俺の言葉を聞いたリエルさんは、一瞬俺の背後に視線を向けると、幾分か警戒を緩めた。何だろう、後ろにいる人とアイコンタクトでもしたのかな。


「……どうやら本当に無関係のようだな」

「え?」

「――――いいだろう、ついてこい」


 リエルさんはそう言いながら正門の方へと向き直ると、視線だけを俺に向ける。


「何故そこの木が貴様なんぞを呼び寄せたのかは知らんが……貴様では何の助けにもならんことを教えてやろう」


 そう言って、俺と木を正門内に通すのだった。

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