しゃべる木と決意
俺は目の前で急に目や鼻や口といった部位が出現し、しゃべり始めた木に驚いた。
っていうか、『全言語理解』のスキルが働いた結果とかじゃねぇぞ、これ!? だって目や口があるんだよ!?
色々ツッコみどころ満載な存在に、俺自身もどう対応していいか分からず困惑していると、木は落ち着いた様子で再び話しかけてきた。
「まあ立ち話も何ですし、座りませんか?」
「あ、はい」
……いやいやいや、普通に返事したけど、木に座ること勧められる体験ってそうないと思うんです。
そう思いながらも座っちゃう俺は、何だかんだと今まで意味不明な現象に立ち会いすぎて、慣れてきていると思う。嫌だなぁ。もっと平和がいい。
すると、木は何かに気付いた様子で申し訳なさそうな顔をした。
「こりゃすみません。こちらが引き留めたのにお茶もお出ししないとは……木だけに気が利きませんでした。プっ……クククク」
「自分のギャグで笑うの!?」
やっぱりこの木、色々変だろ。多分他の木がしゃべれるようになったらここまで変なこと言わないと思う。知らんけど。
「ささ、お茶をご用意……おっと、器がございませんね。お手数をおかけしますが、私の体をくり抜いてコップをお作りください」
「嫌ですけど!?」
怖い怖い怖い。この木、変ってだけじゃなくて怖いんだけど。何で自分の体くり抜かせようとするの? 痛くないの? そうだとしても嫌だよ?
「では、そちらに生えてる気を木からくり抜きましょう」
「最初からそうすればよくない?」
俺のツッコミは無視されながら、どうやってるのかは知らないが木は器用に木からコップの形をした容器をくり抜いた。ヤバい、自分で言ってて頭がこんがらがってきた。
すると木は自身の頭? に生い茂る葉っぱに手を伸ばすと――――。
「んぎぃぃぃ! はぁ、はぁ……いぎぃっ!」
「……」
もう死ぬんじゃねぇかと言わんばかりに辛そうかつ痛そうな表情で、葉っぱを引き千切るとコップの中に入れた。
「オエェェェエエ!」
そして、口を開くとそこから涎のようなモノをコップの中に入れ、満足げに頷いた。
「ふぅ……さ、どうぞ」
「ウソでしょ?」
これ飲めって言ってんの? え、アホ?
あんなに痛そうにしながら千切るところも見せられ、なおかつ涎っぽいもので作られたお茶? なんて誰が飲みたいの? 木と人間の感性違うからね?
「そうですか……残念ですが、お茶は私が後で飲むとして、先に本題に入りましょう」
木はコップを横に置くと、真剣な表情でそう言う。俺としては最初から本題に入ってほしかったが、それを言うとまた話が逸れそうなので黙っとく。
「さて、まず第一に私という存在についてです」
「まあ、いきなり木が動き出したわけだし、不思議だよな」
なんか豪華な服着た女性が息を吹きかけたら動き始めたんだよな。一体何なんだ?
「私は陛下によって、生み出された疑似生命体です」
「はい? って言うか、リエルさんも陛下って言ってたけど、もしかして……」
「ああ、陛下は名乗られなかったようですね。貴方様のご想像通り、陛下は【女帝】でございます」
「……」
はい、やらかしましたね。
そんな身分の高い人の湯浴み中に遭遇するとか死刑ものですね!
「まあそこはいいでしょう」
「俺にとったら死活問題ですけどね!?」
「貴方様なら何とかなるでしょう。そんな気がします。木だけに」
「いちいち鬱陶しいなぁ、そのギャグ……!」
「まあまあ。……話が逸れましたが、私は陛下の持つ力によって、命を与えられた存在なのです」
「そんなスキルや魔法があるのか? どう考えても命を与えるって神様の領域だと思うんだが……」
「それは陛下の力はスキルでも魔法でもないからですよ」
「え?」
スキルや魔法でもないって……つい最近でいえば、デストラがそんなこと言ってたな。
「陛下の持つ力を私が名づけることはできませんが、陛下は【命なき存在に偽物の命を与える】力があるのです。この命というのが、いわゆる人間などと同じであり、こうして目や口が現れ、話すことができるようになったわけです」
「はぁ……まあ命って言っても、木なら元々生きてるっちゃ生きてるもんな。それが動けるようになって、話せるようになったってことだよな?」
「そうでございます」
あの女性の能力の内容を口に出しては見たが、かなりメチャクチャだな。
「その能力って制限はないのか?」
「そうですね……使うたびに魔力を消費するように、精神力を消費するようで、精神的に疲れるようですが、それも回復すればまた使えるので実質制限はないかと」
「それじゃあ、お前みたいな存在をたくさん生み出すことができるってこと?」
「そうでございます。このお力で、陛下は今も敵と戦っているのです」
「え?」
木はそういうと、姿勢を正し、俺を真っすぐ見つめた。
「誠一様。どうかそのお力をお貸しいただけないでしょうか?」
「えっと……」
「先ほど言った通り、陛下は私を生み出した力で兵力を補い、敵と戦っております。ですが、その敵が強大で、数が多いため、どうしても押されてしまっているのです」
「どうしてそんなことお前が知ってるんだ?」
「それは私が陛下から生み出された存在だからでございます。だからこそ、陛下の事情は多少は能力を通じて知りえることができるのですが……」
「じゃあ、その敵ってのは一体何なんだ?」
その【女帝】さんの湯浴み中に遭遇しちゃったところをお咎めなしにしてもらったってこともあり、その恩返しって言うと変な話だが、困っているようなら手を貸したい。
一番はここで媚び売っておかないと『やっぱり死刑』って言われたら困るからね!
「申し訳ありません。敵の情報に関しては、私には与えられていないため、お答えすることができません」
「oh……」
そこ、一番大事なところじゃない?
敵の情報がないとなぁ……いや、あってもなくてもあんまり関係ないのか……?
「んじゃあ、違う質問だ。ここはどこだ?」
「どこ、と申しますと?」
「俺はこの場所とは違う所にいたんだが、まあちょっとしたミスでここに来てしまったんだ。だから、ここがどんな場所で、近くにはなんて国があるのかとか全く知らないんだよ」
「なるほど、迷子でございますか」
「いや、見方によっちゃあそうだけども……」
「残念ですが、その質問にもすべてはお答えすることができません。私は陛下が【女帝】であることは知っていますが、どの場所を治めているのかは知らないのです」
「俺が知りたい情報のほとんどが分からないって……ダメダメじゃん」
「木に多くを求めないでいただきたいですね」
「俺だって不本意ですけど!?」
何が悲しくて木と会話しなくちゃいけないんだよ。今してるけども。
本当なら俺の質問にちゃんと答えてくれる人が欲しかったのに、この場所で初めて会った人への印象は最悪だし、踏んだり蹴ったりだ。
「まあ落ち着いてください。陛下が治める国は分かりませんが、この森のことでしたら多少はお教えすることができます」
「そうなのか?」
「はい。この場所は私の生まれ故郷ともいえる場所ですから……」
「そりゃそうか」
この不思議な場所で命を与えられたわけだし、そこは規制みたいなものはかからないんだろう。
「さて、この場所ですが、陛下たちは【封魔の森】と呼んでいるようです」
「【封魔の森】……」
「はい。名前や誠一様が実際に体験したことからも分かる通り、この森では魔法が一切使えません。それは単純なことで、この周囲に魔力が一切ないからなのです」
「魔力が一切ない? でもそれが何で魔法が使えないことに繋がるんだ? 魔法を使うには周囲の魔力じゃなくて、自分の魔力を消費して発動するわけだしさ」
「陛下が治める国では知られていることではありますが、魔法は自身の魔力だけで発動できるものではありません」
「そうなの!?」
テルベールの図書館で確認した時にはそんなこと書いてなかったんだが……。
まあ魔力がどうとか言われても、今までまともにそういった理論を考えながら魔法を使ったことがないし、今更と言われれば今更か。
「もちろん、魔法を発動させるためのキッカケとして自身の魔力を消費するのですが、その後が周囲に漂っている魔力が関係してくるのです。それは発動させる者の魔力を『魔法』という形で外に放出するのに、世界に満ちた魔力に伝播させる必要があるからです。一つ例を挙げるとすれば、音の性質に似ています。音は空気を振動させることで発生しますが、その空気が無ければ音は発生しませんよね? それと同じです」
「な、なるほど……」
「ですから、この場所では魔法が使えないのです。……まあ、誠一様でしたらそんな法則、あってないようなモノですが」
「そんなことないよ!?」
そんな世界の法則に喧嘩売るようなことしてない……と思う……けど……自信なくなってきた。
「いや、でも俺は今こうして使えないから困ってるわけだし、俺も使えないよ」
「それは恐らく、世界が誠一様に気を利かせた結果、あえて使えない状況にいるのでは?」
「世界が気を利かせるって何?」
前にルルネが同じようなこと言ってたけど、意味が分からない。何で世界が俺に気を利かせるんだよ。世界でしょ? 自信持ってくれ。
それに、気を利かせたから魔法が使えないってのも意味が分からない。あれか? 俺が転移魔法に勧められるまま冥界に行ったときと同じなのか? だとするとこの状況は本当に大切なことなんだろうけど……。
「話を戻しますが、こうした特殊な土地ですから、他と違って変わった生態系をしているのです」
「なるほど、だからお前は変なのか」
「私は普通ですが?」
「普通に謝れ」
あれ? 俺も普通に謝らなきゃいけないのか……?
「この森に住む魔物は魔法が使えない代わりに多種多様なスキルを身に着けておりますし、中には陛下と同じようなスキルや魔法にも区分されない、特殊な技能を身に着けた魔物も存在します。それらは総じて身体能力も高く、魔法やスキルにすら耐性があるため、この土地でC級の魔物は他の土地ではS級に相当することもございます」
「なんか修行向きな場所だな」
「誠一様には必要ないでしょう」
「そんなことはないぞ。未だに戦い方はど素人だし、力は制御できてないしでやることが多いからな」
「なるほど。それはともかく、そろそろいいですかね?」
「ん? 何が?」
「足止め」
「…………………………」
俺は思わず目の前の木を見つめた。
「……おい、お前……」
「おや、そんな顔で見ないでください。誠一様も知っていたでしょう? なんせ、目の前で陛下が私に足止めをするように申し付ける様子を見ていたんですから」
「そうだけど……そうだけど! いや、よく考えたらこんな変な木に構わず、あの人たち追いかけてちゃんと会話すりゃよかったんじゃねぇか! 木のくせに生意気なことを……!」
「木だけに?」
「うるせぇよ!?」
あ、コイツあれだ。羊と同じ匂いがする……!
「まあなんだっていいですが、私は足止めのために誠一様とお話をしていたわけではありません。そこまで私も暇じゃないので」
「暇だろ!? 木ってその場所から動かないんだしさあ!」
「心外ですね。私は一日中光合成して、寝て……あれ? 暇……?」
「もうヤダこの木」
羊もそうだけど、この手のキャラとはとことん相性が悪いな、俺。いや、いちいちツッコんじゃう俺も悪いけど。
「まあいいじゃないですか。私としては、誠一様の性格を知りえることができたので、有意義でした。それに、戦闘という方法で足止めなんて一番誠一様には意味がないでしょうし、だからこそ、対話という手段が一番誠一様に効果的だと思いましたので」
「……お前の言う通り、馬鹿正直に足止めされちゃったよ」
もう呆れてツッコむ気力もなくなった俺は、ふと気付いた。
「なあ……じゃあその足止めが終わったらお前はどうなるんだ?」
「私ですか? 私は……任務を遂行した後は元通り、他と同じく木に戻るでしょう。任務の遂行こそが、陛下が私に命を与えた意味ですから。すみませんね。私はその命令を忠実に守らなければならなかったのです」
「……そうか」
俺はそう語る木を見て、少し寂しくなった。
もちろん、羊に似た木の性格は苦手だが、こうして会話をしていた木が、ただ俺の足止めのためだけに生み出され、それが終われば意識が消えるということが寂しく思ったのだ。
「その……お前はいいのか? せっかくこうして会話できて、動くこともできるようになったのに……」
「いいのです。そもそも陛下がいなければ、私はこうして意識を持つこともなく、木として一生を終えたでしょう。そんな中で、私は貴重な体験をしました。木として生きていては、決して体験できない貴重な経験を……」
「……」
木がそういうんだから、それは間違いないだろう。
でも、そんな意識を持たなければ、消えるということもなかったと……俺は考えてしまうのだ。
「――――だからこそ、私は最後は自分の意思で動きます」
「え?」
木はそういうと、地面から木の根を抜き、動き始める。
「私は誠一様を今から陛下の国へと案内いたします」
「へ? い、いいのか? 足止めを命令されたってことは、その国を知られたくないからだろ?」
「そうですが、遅かれ早かれたどり着けるでしょうし、そこは時間の問題です。そして私は陛下を助けていただきたい。だからこそ、陛下の命令ではなく、私の意思として国へと案内するのです」
「お前……」
木は器用に木の根を動かしながら、俺の方に顔を向けた。
「さあ、ついてきてください。私が貴方を責任もって、陛下の国へ送り届けましょう」
――――こうして俺は、木に連れられながら、森の中を進むのだった。
◆◇◆
「あまり離れすぎるな! 孤立するとやられるぞ!」
「衛生兵! 怪我人を連れてけ!」
「クソッ……こいつら、何時になったら諦めるんだ……!」
【封魔の森】で誠一が木に足止めをされている頃、その奥地にある国はとある敵の侵攻を受けていた。
「フン。『超越者』ですらない雑魚が、俺たちに歯向かうなど生意気な……」
「相手は弱小国家だ。とっとと潰せ!」
「オラオラ、どうした!? 雑魚らしく逃げ惑えよ!」
カイゼル帝国を示す旗や紋章が刻まれた鎧を着た兵士たち。
【封魔の森】の奥にある国を攻めている敵は、カイゼル帝国の兵士たちだったのだ。
カイゼル帝国の兵士たちは特殊な方法ですべてが『超越者』となっており、ステータスが侵攻を受けている国の兵士とは比べ物にならない。
本来ならば数舜でも持ちこたえることなく敗れ去るはずが、こうして戦線を維持できているのには理由があった。
「――――行け」
黒と赤が入り混じった、豪華な軍服に身を包んだ女性がそう声を上げると、周囲に飛散した石や木々が命を得たかのように動き始める。
その数は百を超え、どれも人間と同じ大きさだった。
「我が兵を護れ!」
そう号令をかけるのは、ヴァルシャ帝国の【女帝】――――アメリア・フレム・ヴァルシャ。
彼女がそう声を上げた瞬間、人ならざる軍隊が一斉にカイゼル帝国の兵に襲い掛かった。
「チッ。また来やがったぜ」
「こいつら、ヴァルシャ帝国の兵士どもを守りやがる……」
「鬱陶しいんだよッ!」
だが、『超越者』となったカイゼル帝国の兵士には大した脅威とならず、何とか宣戦を維持し続けるので必死だった。
「クッ……」
「陛下ッ!」
――――そしてその代償は、能力を発動させ続けているアメリア自身に襲い掛かる。
思わず膝をつき、息を荒げるアメリアに、側近であるリエルは駆け寄った。
「陛下、これ以上の無理はおやめくださいッ! 後は我々が……!」
「ならぬ……! 今ここで、余が力を使わねば、兵士たちが……!」
必死に立ち上がろうとするアメリアの元に、突如黒ずくめの人物が音もなく現れた。
「――――リエル、朗報だよ。ひとまず近辺の魔物を兵士の連中にぶつけることができた。これで押し戻すことができるよ」
「スイン、でかしたッ! 陛下、一度城まで戻りますよ!」
「ぅ……」
スインと呼ばれた人物の情報を受け、リエルは顔を歪めるアメリアに肩を貸しながら移動を開始した。
するとついに限界に達したのか、アメリアはその場で気を失う。
そんなアメリアを連れ、二人は警戒しながら何とか城まで辿り着くことができた。
そこには多くの兵士たちが慌ただしく駆け回っており、負傷した兵士を治療したりなどが休まされていた。
城のメイドの手を借りながらアメリアを寝室に寝かせると、ようやくリエルとスインは一息ついた。
「ふぅ……スイン。戦況はどうだ?」
「よくないね。やっぱり兵力が違いすぎる。何より、カイゼル帝国の連中すべてが『超越者』だってことが最悪だ」
「……一体何をすれば『超越者』をあんなにも生み出すことができるのか……」
「まあでも、何とか魔物をぶつけたおかげで今はカイゼル帝国も退いたからさ。今は何も考えずに休まないかい?」
「それも束の間だろうがな」
スインの言う通り、【封魔の森】に生息する魔物に邪魔されたカイゼル帝国の兵士たちは、一度態勢を立て直すために退いていた。
『超越者』となった兵士たちであれば、本来魔物相手では苦労することもないはずが、元々の実力が低いままステータスのみ『超越者』入りした弊害で、格下の魔物に苦労していたのだ。
さらにいくら『超越者』になったとはいえ、人間であることには変わりなく、休みなく戦い続けることがいないのも、こうして休憩をする時間を得ることに繋がっていた。
「だが、このままではまずい。今も陛下の御力で何とか凌げている状況だ。それも、今となっては限界だ。救援は?」
「ダメだね。他の国はほとんどカイゼル帝国に降っちゃったし、まだカイゼル帝国に支配されていないウィンブルグ王国はここから遠すぎる。東の国に至っては海を渡らなきゃいけない。まあ渡ったところであそこは相手にしてくれないだろうけど……」
「……どう考えても絶望的、か……」
「そうだね。ウィンブルグ王国が近かったとしても、今【封魔の森】に陣取ってるカイゼル帝国の連中が救援を許さないだろうしね」
「クソッ! 何故アイツらは私たちを……!」
行き場のない怒りに身を任せ、強く壁を殴るリエル。
そんなリエルにスインはかける言葉もなく、険しい表情を浮かべるだけだった。
するとスインはふと思い出したようにリエルに訊いた。
「そういえば、あの森の中で会った男は何だったんだい?」
「ん? さあな。私にも分からぬ。だが、陛下の湯浴み姿を見た罪は消えない。だからこそ殺そうとしたのだが、陛下自身に止められてしまってな……」
「陛下が言うには、カイゼル帝国の人間じゃないみたいだね?」
「ああ。それに、あの【魔神教団】の手の者でもないようだ」
「……そういえば、ソイツらの相手もしなきゃいけないんだったね」
忘れていたというより、直視したくない現実を前にスインは声を落とした。
「何でよりによってこの国に攻めてくるかなぁ。私たちはただ静かに過ごしたいだけなのにさ。本当に理不尽だと思わない? 超厄介な『超越者』の大軍に、正体不明の能力を使う狂信者。そして私たちの味方でもない【封魔の森】の魔物たち……。こんなにも理不尽が襲ってくるなんてさ」
「そんなこと、陛下が一番感じていらっしゃることだ。私たちが泣きごとを言ってどうする?」
「……まあね」
スインは寂し気に笑うと、思わず天を仰いだ。
「はぁ……私たちもここまでかぁ。できることなら普通の女の子らしく、恋とかしてみたかったんだけどなぁ」
「お前が? フッ……すぐに男にフラれて私に泣きつく未来しか見えんな」
「なんだとぉ!? そういうリエルだって浮いた話の一つもないじゃないかー!」
「私はいいのだ。陛下の護衛だからな。そのような時間はない」
「それを言うなら私だって密偵として忙しいもんね!」
そう言い合い、二人は顔を見合わせて笑うと、数年前に飛び出した一人の少女のことを思い浮かべた。
「そういえば、あの子は元気にしてるかなぁ」
「ああ……魔法が使いたい、強くなりたいって言いながら飛び出したもんな」
「フフ……そういう無鉄砲なところは、陛下と似てるよね」
「おい、不敬だぞ。……まあ半分とはいえ、同じ血が流れているわけだしな」
「そうだね。でも、ある意味よかったかもしれない。あの子がここにいたら、私たちより先に敵に飛び掛かってただろうからさ」
「……陛下も口にしないが、そういった意味では安心して、開き直っているんだろう。自分が死んでも、血は残せるとな」
「おいおい、縁起でもないこと言わないでくれるかい?」
「お前も似たようなことを口にしただろうが」
「あれ? そうだっけ?」
もう一度二人は笑うと、改めて真剣な表情を浮かべる。
「――――簡単には終わらせないぞ」
「――――上等」
――――こうしてヴァルシャ帝国へと、『理不尽』が少しずつ近づいてきているのだった。




