森の中の出会い
――――拝啓、父さん、母さん。それにサリアたち。お元気ですか?
僕は今――――。
「――――芋虫に追いかけられてまああああああす!」
「「「プギュルルルルルルル!」」」
デストラの持ち物から出てきた水晶のせいで、こうして魔法が使えない見知らぬ森へと飛ばされた俺は、あれからあてもなくさまよい続け、気付けば一夜明けた。
自重しない体のおかげか、眠気も空腹も感じない俺は、夜通しで探索を続けたのだが、人がいるような痕跡を見つけることができないでいた。いや、眠たくもなく、お腹もすかないって本格的に人間辞めてると思う。
それはともかく【果てなき悲愛の森】に飛ばされた当初と比べれば、俺の実力的な問題や、サリアたちと通信とはいえ連絡が取れるといった状況から、精神的な余裕は大きかった。
だが、森を探索中に襲い掛かって来た巨大なアゲハチョウのような『バーサク・パピヨンLv:78』を倒したところ、周囲にいた全長5メートル程もある緑色のブヨブヨした芋虫……『バーサク・キャタピラーLv:55』の大群が、怒り狂った様子で俺に襲い掛かって来たのだ。
しかもその数が尋常じゃなく、数百体はいるように見える。
「バッタとか蝶とか成虫なら大丈夫だけど、芋虫はさすがにキモイぃぃぃいいい!」
「プギュルルルルルルル!」
本当にそんな声で鳴くのかよとツッコミたくなるような鳴き声を背に受けながら、俺は必死の逃走劇を繰り広げていた。
というのも、俺が全力で走れば逃げられるのは間違いないんだけど、それをしちゃうと森が吹っ飛んじゃうというかなんというか、自然破壊は本意じゃないので!
とはいえ、このままだとジリ貧なのは間違いない。
嫌だけど……嫌だけど、倒すしかねぇのか……!
俺は決意を固めると、打って変わって『憎悪溢れる細剣』を抜きながら芋虫の大群に向き直る。
そして――――。
「いい加減にしやがれッ!」
周囲の森になるべく影響が出ないように意識しながらブラックを振るうと、大群の先頭にいた芋虫を真っ二つに切り裂き、その斬撃は止まることなく大群のど真ん中にいた芋虫たちをも切り裂いた。
その結果――――。
「「「プ、プギュルルラアアアアアア!」」」
緑色のドロッとした体液が、こっちにまで飛び散って来た。
「…………」
俺はそれを無言で眺め、再び芋虫たちに背を向ける。
「やっぱキモイぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいい!」
無理無理無理無理! 戦闘力がどうとかじゃなく、生理的に無理! 倒すたびにこっちの精神力がやられるってどうよ!?
俺は再度逃走を始めると、気付かないまま崖の上を突っ切っていた。
「…………ん? あれええええええええ!?」
あまりにも逃げることに必死になりすぎて、崖に気付かないってアホ過ぎない!?
いきなり地面がなくなったことに驚き、俺は何の対策をとるまでもなく30メートル以上はある崖から地面へと落ちた。
「ふげっ」
顔面から地面に着地した俺だが、痛みは特になく、鼻血すらでていない。やっぱ人間じゃねぇや。
起き上がって崖の方を見上げると、芋虫たちが崖の上で俺を恨めしそうに見ているのが見えた。
どうやら芋虫たちもこの崖を飛び降りてまでは追いかけてくることはしないらしく、そのまま去って行った。
……そういや、『空王のブーツ』履いてたのに、それを発動させる余裕がないってどんだけよ。そうすりゃこんな間抜けな落ち方はしなかったのに……。
本当に焦りすぎて色々抜けてると思いながらも、気を取り直し、背後へと視線を向け、再び疲弊した。
「ええ……この森、どんだけ広大なの……?」
崖から落ちた先も森で、ここでもまだ魔法が使うことができない。
試しに『空王のブーツ』を使って上空まで移動し、魔法を使ってみたが、それでも発動しなかった。こりゃ上空含めて一つの空間みたいになってるね。
それでも装備の効果は魔法とは違うようなので、首飾りもだし、ブーツの効果もちゃんと発揮している。なんか転移系の道具を持ってたらよかったんだけどなぁ。
「ま、言っても仕方ないか。とにかく魔法が使えそうな場所までいかないとなぁ」
ない物ねだりなので、俺は改めて目の前の森へと足を踏み入れた。
◆◇◆
「ん?」
しばらく歩いていると、不意に耳に水の流れる音が聞こえてきた。
「これは……川かな?」
川があるってことは、それを辿ればもしかしたら人里みたいなのがあるかもしれない。
「ひとまず、音のする方に行ってみるか」
現在、時間的には昼頃だろう。ちょうど太陽が真上辺りにある。
そして昨日から夜通しで歩き続け、疲れはしていないが、少し体が埃っぽい気がする。もし川が清潔なら、全身水浴びをしなくても、せめて顔くらいは洗いたい。
芋虫の大群以降、魔物に襲われることなく順調に進んでいくと、遂に水の音がする場所へ辿り着いた……!
「着いたぞおおおおおおおお!」
「へっ!?」
「へっ?」
――――そこには、紫色の長い髪に、血のような赤い瞳を持つ女性が、目を見開いて俺を見つめていた。
ちょうど水浴び中だったようで、紫の髪や肌には水が滴っている。
そして、水浴び中ということは、目の前の女性は当然衣服を着ていないわけで……。
「「……」」
互いに見見つめ合い、空気が固まると――――。
「――――きゃああああああああああああああああああああ!」
「――――ぎゃああああああああああああああああああああ!」
俺と女性はお互いに叫んだ。
「って、何でアンタが叫ぶのよ!?」
すると、女性はすぐに手などで体を隠しながら俺を睨みつけながらそうツッコむ。
「こ、こんな外で裸になるなんて……変態っ!」
「ちょっ、おかしくない!? ここは私が詰問する場面でしょ!?」
「た、確かに……」
「なんなの、アンタ!?」
「――――何事ですか、陛下!」
女性の的確な指摘に思わず頷いていると、その背後からゴツイ鎧に身を包んだ、背の高い女性が姿を現した。
鎧姿の女性は、白色の長い髪を三つ編みにして一つにまとめ、肩から垂れ下げている。
そんな女性が俺の姿を確認すると、目つきを鋭くさせ、いきなり斬りかかってきた!
「なっ!? この……賊がっ!」
「ちょっと、弁明の余地……」
「死ねっ!」
「もうヤダこの世界の人!」
どれだけ俺が発言しようとしても、一方的に無視して攻撃されちゃうんだからたまったもんじゃないよね!
動きの鋭さなどはルイエスと似たような感じがするので、もしかすると実力もルイエスと同じくらいかもしれない。
だが、そんな攻撃を俺は自分でも気持ち悪いと思うような体勢で避けた。
「その気色悪い動き……やはり、悪の手先か!」
「ずいぶん抽象的な決めつけですねぇ!?」
悪の手先って何よ? 【魔神教団】のこと? まあ動きはどこぞの邪神ばりに気持ち悪いと俺も思うけどね!
とはいえ、俺がちゃんと確認せずに川に来たのも事実なので、俺から女性に攻撃をするわけにもいかず、ひたすら攻撃を回避し続ける。
さて、どうやって誤解を解くか――――。
「――――やめよ、リエル」
すると、いつの間に着替えたのか、何だかやたらと豪華な服を着た先ほどまで水浴びをしていた女性が、妙に貫禄のある雰囲気でそう告げた。いや、雰囲気だけじゃなく、口調も変わってる……?
「っ! しかし、陛下……!」
「余は止めよと言った。二度言わせるな」
「ハッ……」
よく分からないが、目の前の女性のおかげでリエルと呼ばれた鎧姿の女性は剣を収めた。
ただし、俺を睨みつけるのは忘れず、何か変な動きをすればすぐに叩き斬ると言わんばかりの表情だ。ええ? 怖い……。
あまりに形相に引いていると、豪華な服を着た女性が俺を真っすぐ見つめてきた。
「貴様、何者だ?」
「へ? 何者って……ぼ、冒険者の誠一です?」
これでいいのか? でも、他に答えられそうなこともないし……。
自分の返答が本当にいいのか迷っていると、何故かリエルさんと目の前の女性は幾分か警戒心を弱めた。
「ふむ……名前の響きからして、カイゼル帝国のスパイではなさそうだ……」
「しかし、異世界から召喚した勇者という可能性もございます」
「それもなかろう。あ奴には首輪も腕輪もついておらぬ。あの国が、勇者を首輪、腕輪なしで野放しにするとは考えられぬからな」
「では、教団の?」
「それも薄いだろう。どちらにせよ、敵であるならば余が一人の時点で攻撃しているはずだ」
俺に聞こえないような声でヒソヒソ話す二人。あのー? 目の前で内緒話はどうかと思うんですよね。
とはいえ、恐らくリエルさんと豪華な服を着た女性のこの森に対しての慣れた感じから、恐らくこの近辺で生活してるだろうから、そこにやって来た俺はどう見ても怪しい存在だろう。
「えっと……すみません。俺も一つ教えていただけますか?」
「何だ?」
最初に叫んでいた人と同じとは思えないほど、威厳たっぷりな女性。本当に同一人物?
「その、ここら辺で魔法が使える場所はありませんか?」
「あったとして、それを余が教えるとでも?」
「ええ……」
いや、確かに見ず知らずの他人である俺に教える義務はないですよねぇ……。
思わず疲弊する俺に対し、リエルさんは眦を吊り上げた。
「貴様……そのような探りを入れ、何をするつもりだ?」
「何って……転移魔法で帰りたいので、魔法が使える場所に移動したいだけですけど……」
「転移魔法……ふむ。敵ではなさそうだが、野放しにするには危険な存在だな」
何やら不穏なことを呟く女性。
すると、そんな俺たちのところに新たな人物が木々から飛び降り、女性の前で跪いた。
「――――陛下」
「ん? どうした」
その人物は、オリガちゃんとは少し意匠の異なる黒色の地味な服を着ており、密偵やら隠密やら忍者といった言葉が似合いそうな存在だった。
顔も目元以外は黒色の布で隠され、性別も分からない。いや、『上級鑑定』使えば分かるんだろうけど……下手に動いて余計に警戒されちゃ困るもんね。
忍者らしき人物は跪いたまま、冷静な声音で女性に告げた。
「またも賊が帝都へ向かってきております」
「チッ……鬱陶しい。今すぐ帰るぞ」
「「ハッ!」」
もう完全に俺はのけ者状態で、目の前のやり取りを眺めていることしかできなかったのだが、忍者らしき人物が不意に俺に視線を向けた。
「ところで、陛下。あの者はいかがいたしましょうか」
「放っておけ。今は時間が惜しい。……いや、待て」
俺に背を向け、二人を引き連れて去ろうとした女性は、一度足を止めると俺にもう一度視線を向けた。
「もし仮に敵であり、邪魔されても面倒だ」
そして近くの木々に目をやり、女性が息を吹きかけた瞬間、それぞれの木の幹に炎が灯った。
その炎は柔らかく、何故か脈動しているように見える。
「足止めしろ」
それだけ告げると、女性たちは今度こそ立ち去っていった。
…………。
「ハッ!? いやいや、俺も連れていって――――」
そこまで言いかけた途端、さっきの女性が息を吹きかけ、何故か木の幹に脈動する炎が灯った木々が動き始め、地面から木の根を出し、器用に木の根を使って人のように歩くと、俺の前に立ちはだかった。
「えええええ!? 木が歩いた!?」
思わず『上級鑑定』を使用するも、魔物ではないようで、レベルも名前も表示されない。
だが、目の前の木はまるで俺の足止めをするかのように動いているのだ。
えっと……これ、倒していいの? ダメなの?
でもここで足止めされちゃうとまた森をさ迷わなきゃいけないわけで……。
本気で困惑していると、突然木が口を開いた。
「私の話、聞いていただけますでしょうか?」
「え? は、はい。…………はい?」
俺はまじまじと木を見つめる。
すると、木にはいつの間にか目と口ができていた。
…………。
「木がしゃべったあああああああああああああああ!?」
俺の叫び声が森に響き渡るのだった。




