デストラの所持品
『レベルがお上がりになりました』
デストラを倒した瞬間、俺の脳内にそんなアナウンスが流れた。え、またレベルが上がったの? ウソでしょ?
今回は別に倒したって言えるほど動いてないんだけど……。
「ねぇ、私のレベルが上がったんだけど、どういうことよ……」
どうやらレベルが上がったのは俺だけではないようだ。
「レベルが上がったのは一つだけ?」
「え? えっと…………おかしいわね。レベルが609って書かれてるんだけど……」
サリアが首を傾げながら訊いてきたのに対し、ヘレンは自身のステータスを確認すると何度か目をこすった。
どうやらデストラを倒した? ことによってヘレンは望んでいた『超越者』になれたようだ。いや、本当に何でそんなにレベルが上がったのか分からないけど。
「ま、まあいいじゃないか! これでヘレンの目的も達成だろう?」
「…………そうね。とりあえず、誠一先生と一緒にいれば常識から勝手に逃げていくことが分かったわ」
「常識から逃げていくって何!?」
「そのまんまの意味じゃねぇか? あんなにヤバそうだったデストラって野郎が訳も分からないまま、オレたちも異能? とやらも変わってたことに気付かずに終わったわけだしよ」
半目でそう言ってくるアルに、俺はその場に崩れ落ちた。
そんなバカな……常識が俺から逃げるなんて……。
だが、落ち込む俺とは別に、サリアはいつも通り明るく口を開いた。
「でもよかった! 誠一から常識さんが逃げてくれたおかげで、私たちは無事なんでしょ? だからありがとう!」
「お、おう? そうか? それなら……」
結果的にサリアたちが無事なら、まあ常識から逃げられてもいいよね! ……あれ? いいのか?
「ま、ヘレンのレベルも上がったみたいだし、今そいつが気を失ってる間にステータスでも確認しときな」
「あ、俺もレベルが上がったから確認するね」
「お前はどこまでデタラメになれば気が済むんだ?」
別にデタラメになりたいわけじゃないですよ!?
どこか納得しないままステータスを開くと……。
「あ、俺、ステータスが家出中だったわ……」
「ステータスが家出って何!?」
俺のステータスの状況を知らなかったヘレンはこれでもかと言わんばかりに目を見開いた。いや、俺もよく分かんないや。
でも、ステータスが見れないから、正直スキルの確認とかできねぇのか……。
ふとそんな風に思っていると、本日大活躍中の脳内アナウンスさんが急に話しかけてきた。
『新規で獲得したスキルを表示いたしますか?』
「え、そんなことできるの!?」
『はい。では表示いたします』
思った以上にアッサリと解決してしまい、拍子抜けしていると、不意に視線を感じた。
するとアルとヘレンが怪訝そうな表情で俺を見てくる。
「……誠一。お前、誰と会話してんだ?」
「え? ……脳内アナウンス?」
「やっぱお前おかしいわ」
「解せぬ」
ヘレンもアルの言葉に頷くと、『あ、また誠一先生の非常識な行動ね』と言わんばかりに俺から視線を外した。なんでだっ!
予想外の扱いに納得できないでいると、俺の視界に半透明のウィンドウが出現した。
『こちらが、今回獲得した種族スキル、【みんな違って、みんないい】になります』
「なんて?」
今、何て言った? どう聞いてもスキル名とは思えないような単語が飛び出した気がしたんだけど……。
『【みんな違って、みんないい】になります』
「勘違いじゃないだと!?」
もうそれ普通のスキル名じゃなくて、詩の一節じゃん! その詩、好きだけどね!
っていうより、肝心の効果は何なの? 全く想像つかないんだが……。
『みんな違って、みんないい』……種族だけの特有技能や、遺伝子による特殊技能、突然変異の結果として見に着いた技能や、魂に刻み込まれた固有の技能など、あらゆる技術・技能体系を習得できます。その範囲は現在誠一様が存在する星内に留まらず、別の星、世界、次元、神々にまで及び、誠一様が「あ。あれいいなぁ」と思うだけでそれと同じ以上の能力が誠一様専用に昇華された状態で習得されます。
俺の体が本当に自重しない……!
てか、いつの間にかスキル内の説明にさえ名指しの固有名詞として登場しちゃってるんですけど!?
何? つまるところ、今までこの世界のスキルしか使えなかったのに、その制限がいきなり解除されたってこと? それにしたって解除の仕方がはっちゃけ過ぎてる! 何で少しずつ解除していくってことができないのかなぁ!?
それより、スキルの内容がスキル名からかけ離れているという事実……!
みんな違ってみんないいって言ってるのにその個性を俺が奪っちゃうのはどうかと思うよ!?
誰にも悟られることなく、俺は自分のスキルにツッコんだ。
「さて、コイツをどうするかねぇ?」
そんな俺をよそに、気を失っているデストラを前にしてアルが困惑した表情でそういう。
「一番はランゼさんに渡すことじゃないかな? 王様だし、【魔神教団】の情報も欲しいと思うからさ」
「まあそれが妥当か。ただ引き渡す前に、妙な行動されても困るから、持ち物だけは没収しておこうぜ」
「あ、それは俺がやるよ。もしアルやサリアたちに何かあったら嫌だからさ」
「そ、そうか? なら……頼む」
俺の言葉にアルは顔を赤くすると、そのまま引き下がった。
さて、早速調べたいわけだが……デストラが手ぶらなことを考えると、アイテムボックスに入れてる可能性が高いんだよなぁ。
もしアイテムボックスに仕舞われているなら、俺じゃどうしようもないんだが……。
いきなり持ち物調査で躓いていると、今日はよく聞く脳内アナウンスが流れた。
『スキル【進化】が発動いたしました。これにより、対象のアイテムボックスに干渉することができます』
もう今日は俺の体にツッコむのは疲れたのでスルーします。
アッサリと解決してしまったことに微妙な気持ちになりながらも早速確認しようとするが……対象のアイテムボックスに干渉ってどうすりゃいいんだ?
首を捻っていると、いきなり俺の目の前に半透明なウィンドウが出現し、よく見るとそこにはデストラのアイテムボックス内のリストが書かれていた。
リスト内にある『フレイム・ナイフ』とやらを押してみると、何もないところから真っ赤な刃を持つナイフが出現した。おお、スゲェ。本当に干渉できてるよ。
ってか、ここのリストに載ってるアイテムって、もしかしなくてもダンジョン内で手に入れたヤツか?
道中確かに宝箱を見つけてもほとんど空だったし、今まで大した戦果もなかったわけだが、こんなところでまとめて手に入るとは……なんだかデストラがゲームとかで出現する、多くのアイテムを落とすボーナスキャラに見えてしまった。経験値も多かったみたいだしね。もう一人出てこないかな?
そんな感じで色々見ていっていると、中にはヘレンに向いている武器やアイテムもあった。
「お、ヘレン。これなんかヘレン向きじゃないか?」
「え?」
俺がそう言いながら渡したのが、『風刃』と『雷刃』という名前の、二本の短剣だった。
どこか日本的な意匠を感じ、『風刃』は緑色の綺麗な刃、『雷刃』は黄色の綺麗な刃で、それぞれが風と雷を刃に薄く纏わりついている。
効果は『風刃』が持ち主の俊敏力を高め、なおかつ敵の飛び道具……弓矢や弱めの魔法を自動で逸らす効果を持ち、『雷刃』は『風刃』と同じく俊敏力を高め、斬りつけた対象を麻痺させる効果を持つ、神話級の武器だ。
神話級って言うくらいだから、このダンジョンはやはり高難易度のダンジョンだったようだ。
俺から二本の短剣を受け取ったヘレンは、見惚れた表情で短剣を見つめる。
「綺麗……」
「これならヘレンの武器として使えるだろう?」
「……いいの? これ、とんでもない代物みたいだけど……」
しかし、何故かヘレンは急にそんなことを言った。
「『鑑定』で見たけど、神話級なんて普通じゃお目にかかれないような武器だし、使えば誰でも強くなれるのよ?」
「え? 俺がいるように見える?」
「あ、そうね……」
ちょっとした冗談のつもりで言ったのだが、よくよく考えれば本当にいらないや。
「で、でも、売れば一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入るのよ?」
「うーん……でも俺、使えきれないほどお金持ってるからなぁ……」
「本当に誠一先生ってなんなの?」
そんな哲学めいたこと聞かれても困っちゃうよね。もう俺自身も俺のことが分かんないし。
「とにかく、遠慮せずに受け取りなよ。元々ここにはヘレンの訓練のために来たんだからさ」
「で、でも……」
「ヘレンちゃん、大丈夫だよ! 私も自分の武器がちゃんとあるし!」
「そうそう。ここで変に遠慮しても仕方ねぇぞ? 理由は分かんねぇが、力が必要なんだろう? なら受け取っとけ」
俺だけでなく、サリアやアルからもそう言われたヘレンは、最後は二本とも受け取った。
他にもヘレンに使えそうな物がないかと探してみたが、これ以上にいいモノは見つからなかった。
それに、レア度も神話級が最高で、夢幻級もなかった。
ただ、いくつか物騒な効果を持つ武器が出てきたため、本当にここでデストラを倒すことができて良かったと思う。何だよ、斬りつけた相手の傷が塞がらなくなるって。怖すぎるだろ。
もしこれらが【魔神教団】の連中に渡っていたかもと思うと、全然笑えない。いや、デストラは魔神のことを見下してたし、実際に渡すのかどうかは分からないけどな。
こうして某青いタヌキのように辺りにデストラのアイテムボックスから取り出したアイテムを散乱させていると、とあるアイテムに目が留まった。
それは何の変哲もない、ただの透明な水晶のように見え、これだけ何故かデストラのアイテムボックスではなく、ポケットに入っていた。
「あれ? これって……」
よく見ると、何だか見たことがあるような気もするその水晶に、俺は首を傾げる。
まあ見ても分かんないから早速『上級鑑定』で調べようとしたところで、サリアに話しかけられた。
「誠一、どうかした?」
「え? ああ――――」
それに反応して振り向こうとした瞬間、俺の手から水晶が滑り落ち、慌てて掴もうとするが化物みたいなステータスを持つはずの俺でも元がどんくさいため、掴めたと思えば取りこぼすという動作を何度も繰り返し、最終的に落としてしまった。
すると落ちた水晶は割れ、中から煙が飛び出して俺の体を包み込むと――――!?
「へ!?」
「せ、誠一!?」
「おいっ!」
――――俺は見知らぬ森の中に立ち尽くしているのだった。




