ヘレンの強化、開始
翌日、ガッスルたちに教えてもらったダンジョンへとやって来た。
一応、ダンジョンに挑戦する旨を伝えるためにギルドに寄ったのだが、ギルド内はいつも通り露出狂や破壊魔といった変態で溢れており、ガッスルも最終的には笑顔で送り出してくれた。
こうしてやって来たダンジョンは、テルベール付近の山の中にあり、一般人が訪れることはないだろう。
だからだろうか、特別ダンジョンの前に受付や検査するような人はおらず、大きく盛り上がった地面にぽっかりと空いた穴がただあった。
そんなダンジョンを前に、俺は付いて来ている皆に明るく声をかけた。
「さて、それじゃあサクッと攻略していこうかー」
「おー!」
「ノリが軽いっ!」
俺の声に答えてくれたのはサリアだけで、ヘレンは頭を抱えていた。
「私、今からとんでもないダンジョンに入るのよね? 何なの? この緩さ。おかしくない?」
なにもおかしくはない。これが普通なんです。
それはともかく、今回のダンジョンだが、全員で探索するわけではない。
ルーティアは一度ルシウスさんや魔王軍の人たちと合流するためそちらに向かい、ルルネとオリガちゃん、そしてゾーラが付き添いとして同行することになったのだ。
……ルルネは俺の方についてくると言い張っていたが、オリガちゃんに捕まったのと、食事をちらつかされ、簡単に同行することを承諾していた。アイツ、俺じゃなくて食べ物に忠誠を誓ってるよね。
なので、今回ヘレンのレベルアップについていくのは、俺とサリア、そして冒険者としても先輩であるアルの三人だけだった。
「本当ならもう二人……回復役と盾役がパーティーとして欲しいところだが……」
アルがそう呟きながら俺を見る。
「……はぁ……」
「何そのため息!?」
アルのあからさまな溜息に俺は文句を言いたくなった。まったく、人の顔を見て溜息を吐くなんて!
「溜息も出るに決まってるだろ? 世の中の冒険者連中がパーティー組んで攻略する中、お前一人がパーティー全部の役割だもんな」
「そんなことないけど!?」
俺一人が本当にパーティーすべての役割ができるかはともかくとして、世間一般的にはダンジョンというモノは六人一組のパーティーで攻略するものらしい。
決して俺のようにダンジョンそのものを破壊してクリアなどするはずがないそうだ。ごもっともです。
「まあなんだっていいわ。とにかく入ろうぜ。話はそこからだ」
微妙に納得できない気持ちのまま、早速ダンジョンに足を踏み入れると、ヘレンは顔を引き締めた。
「何そんなに緊張してるの?」
「緊張するもんでしょ!?」
おかしい。どれだけ過去を振り返っても、ヘレン程緊張していた記憶がない。それこそ【果てなき悲愛の森】でさ迷っていた時でさえ、ここまで緊張の面持ちじゃなかった気がする。まああの時は緊張以前にただ生きるために必死で、一周回ってハイになってたってのはある。
「それで? ここからどうすればいいの? 普通に戦ってレベルを上げるってワケ?」
「なんだ、それじゃダメなのか?」
「もちろん、レベルが上がればステータスも上昇するし、『超越者』になれればそれだけで脅威になる……でも、戦闘経験や技術の研鑽は時にそのステータスの差すら覆すのよ? もちろん私はレベルも上げたいけど、そういった技術の向上も求めてるワケ。カイゼル帝国に対応するには、それでも足りないかもしれないんだから……」
おおう、マジか……俺としては簡単にレベルが上がればそれでいいって考えてたけど、どうやらヘレンはそれだけじゃ物足りないようだ。
「じゃあ、こうすればいいんじゃない?」
「え?」
どうしたもんかと考えていると、サリアが名案を思い付いたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
「誠一、ちょっとそこまで歩いてくれる?」
「は? ああ…………うそぉん!?」
サリアに促されるままその位置まで歩いた瞬間、天井からは大量の槍が、地面は落とし穴に、横の壁からは毒矢が一斉に襲い掛かって来たのだ。
そのすべてを俺は自分でも引くくらい気持ち悪い体勢で躱した。
「こんな風に、自分から罠に飛び込むのはどうかなっ!」
「アホなの?」
ヘレンは真顔でそう告げた。すまん、サリア。俺もそれはどうかと思う。
「ってか、罠に自分からかかりに行っちゃダメだろ!? 何のための罠だよッ!」
「え? 訓練用?」
「ダンジョンが不憫……!」
常識人のアルがすぐさまツッコむと、サリアは不思議そうな顔でそういった。いや、確かに訓練になりそうだけど、罠を用意したダンジョン側の気持ちを考えると可哀想だよね!
「むー……結構いい案だと思ったんだけどなぁ。ゾーラちゃんのいたダンジョンの時も、誠一がほとんどの罠に自分から向かってたし、そういう訓練なのかなって思ってたんだけど……」
「……ひとまず、誠一先生がどこまでいってもデタラメだってことが分かった。それと、やっぱり普通にレベル上げでいいわ。私はそこまでデタラメじゃないし」
「風評被害が過ぎるッ」
おかしい。何一つとして俺の本意じゃないのに、勝手にデタラメ扱いは泣くぞ。
そんな俺の様子を無視し、ヘレンたちはダンジョンの奥へと向かう。
「…………え、俺、この状態で放置?」
未だに気持ち悪い体勢で罠を避けていた俺は、人知れず泣きながら三人の後を追うのだった。
◆◇◆
「――――ハアッ!」
結論として、ヘレンのレベルアップが目的になったため、レベル的に格上であっても危険な状況になるまでは戦闘での手助けはすることなく道中を進んできた。その代わりというか、基本的にヘレンと魔物が一対一の状況になるように、他の魔物は俺やサリアたちが相手をしている。
一対一にしているとはいえ、どこまで行けるかは分からなかったが、実際に戦わせてみると、ヘレンは習得している武術らしきもので魔物を翻弄し、確実に、丁寧に倒していった。
今も『アーマー・マンティスLv:201』という、全身鉄色の巨大なカマキリを相手に、二本の短剣を駆使し、渡り合っている。
そしてついに、アーマー・マンティスの鎌を弾き返すと、その流れでアーマー・マンティスの頭を斬り飛ばし、アーマー・マンティスは光の粒子となって消えていった。
「ふぅ……またレベルが上がったみたい」
「お! おめでとう」
俺はヘレンが戦っている間に襲って来た、超巨大バッタである『キラー・ホッパーLv:411』の足を掴み、逆さ吊りに持ち上げながらそう労った。
だが、何故かそんな俺をヘレンは冷たい目で見てくる。
「……私が時間をかけて戦っているとはいえ、その間だけでも非常識を止めることができないワケ?」
「どこに非常識要素があるの!?」
さすがに理不尽じゃないか? 俺はちょっと襲って来たバッタがあまりにもでかくて、思わず子供心くすぐられたから捕まえただけなのに。子供の時って、大きな虫見つけるとテンション上がらなかった? 俺は上がった。
――――だいたいこんな感じでダンジョンを進んでいくと、アルが不意に立ち止まる。
「おい、ちょっと止まれ」
「ん? どうかしたのか?」
「……足跡だ」
「え?」
アルはその場にしゃがみ込むと、地面を確かめる。
俺も同じようにそこを見たが、俺にはアルの言うような足跡が確認できなかった。
「あ、本当だ!」
「そうね、しかも魔物じゃなくて、人間みたい……」
おっと? 分からないの俺だけ? むしろ、何で皆は分かるの? どう見てもただの石造りの地面じゃん?
すると俺の様子に気付いたアルが、呆れた様子で訊いてきた。
「……誠一。お前、分かってないな?」
「そそそそんなことナイですヨ!? コレデショ!?」
俺は必死に悟られないように適当に地面に触れると、『ガコッ』という嫌な音が響き、俺の足元が突然消えた。
「また罠ですかあああああああああ!?」
またも自分でもドン引くような動きで体を捻りつつ、宙を足場にその罠を回避した。
「ふぅ……助かったぜ」
「いや、足跡分からねぇくせに何でそんな即死級の罠を回避できるんだ?」
「むしろ俺からするとなんで足跡なんて分かるんですか?」
足跡だけじゃなく、今の罠もそうだけど、どう見てもただの地面じゃん。
「はぁ……お前にもできないことがあって安心したと言うべきか、それとも冒険者のくせにこんな初歩的なこともできないことを嘆くべきなのか……」
「というより、誠一先生がちぐはぐ過ぎな気がするけど……」
「私はよく森の中で獲物を探すときに足跡とか参考にしてたから、慣れてるだけだよ!」
サリアの慣れというのはどう考えても野生動物の本能や知恵なのでちょっと違う気もするが、どうやらこういった罠の有無の確認や、足跡を見つけるのは冒険者の必須技能らしい。
まあ罠に関しては専門にしている冒険者もいるそうで、そっちの方が知識や見抜くスキルが高いのはもちろんだが、それでも最低限度の知識は必要とのこと。
……よくよく考えれば俺ってまともな冒険者としての知識を身に着けることなく今まで過ごしてきたからな。足跡なんて言われてもそりゃ分からんよ。
色々ぶっ飛んだ体ではあるが、そういった経験で得ていく技術は、俺にはまだまだ足りないな。
新たに一つ課題が分かったところで、俺は改めてアルに訊いた。
「それで、そこに足跡があることの何が気になるんだ? ガッスルたちも一度は入ってるだろうし、別に不思議じゃないだろう?」
「それが、この足跡は比較的新しいんだよ。それに、このダンジョンは誠一の言う通りガッスルたちが一度調査して、危険だと判断したはずだ。入り口付近に特別な見張りとかは立ってなかったが、テルベールの冒険者連中にはその情報は当然伝わっているだろうし、あの連中が好き好んで訪れるとは考えにくい」
「え? でも……あのいつも破壊だ! って叫んでる人なら挑戦しそうじゃない?」
「まあ……確かに性格的には可能性があるが、ここに来る前にギルドで見かけただろ?」
「そういえば……」
一度ギルドに寄ったとき、机を破壊しながら高笑いしている姿を見たのは確かだ。
「そして、この足跡が引き返した形跡はねぇ。だから、必然的にこのダンジョン内にまだ足跡の主が残っていることになる」
「それって……一般人が迷い込んだかもしれないし、他の冒険者が挑戦してるかもってことか?」
「一般人の線はまずねぇな。ここまで来るのに魔物と遭遇することなく来れるなんてあり得ねぇし、何より魔物のレベル的に遭遇したら終わりだ。他の冒険者にしても、挑むとするならS級の連中くらいだが……」
アルは難しい顔で地面の足跡を睨んだ。
「……まあ、考えても仕方ねぇか。さっきも言ったが、引き返した形跡がねぇし、もしかしたらダンジョン内で会えるかもしれねぇからな」
「ふーん……でもダンジョン内で他の人に会うのって結構多いの?」
ダンジョンって真っ先に地球のゲームが浮かんじゃうから、何となくダンジョン内で他のメンバーに会いにくいイメージを勝手に持っているんだけど……。
「そりゃあ人気のダンジョンなんかに行けば、獲物の取り合いだってあるぞ。まあ、暗黙のルールとかはあるし、そこまで無法地帯ってワケでもねぇが……」
「じゃあ会ったら挨拶しないとね!」
サリアが無邪気にそう言うが、アルはどこか難しい表情を浮かべた。
「さて、この先にいるヤツが、果たしていいヤツなのかってところだな……」
「え?」
「……何でもねぇよ。それより、せっかくのダンジョンだ。ヘレンのレベル上げだけじゃなく、もしかしたらちょうどいいアイテムなんかが宝箱から見つかるかもしれねぇぜ?」
「そうよ! レベルだけじゃなく、装備も重要よね。純粋に力を求めすぎて、そんな単純なことが頭から抜けてたわ……」
「まあ実力が伴わねぇと、武器がよくっても無駄だがな。んじゃ、この調子でレベル上げをしつつ、アイテム探しもしようかね」
「はい!」
アルの言葉に嬉しそうに頷いたヘレンは、そのままアルの後を追いかけていった。
「……元々の担任、俺だよね?」
「元気出して!」
サリアの優しさに、涙が止まらなかった。
◆◇◆
「ふぁ~……眠いなぁ」
誠一たちが順調にダンジョンを攻略しているころ、【魔神教団】の『神徒』である、≪絶死≫のデストラはのんびりとダンジョンを歩いていた。
その姿はとてもダンジョンを攻略している人間に見えず、超強力な魔物が蔓延っているにも関わらずどこまでも無防備だった。
「お、宝箱はっけーん」
そして罠が仕掛けられているかもしれないというのに、デストラは躊躇なくその宝箱を開けた。
すると、宝箱から紫色の煙が噴出し、デストラの顔にかかる。
「うわっ、けほっけほっ」
しかし、デストラは軽く顔をしかめるだけで、何も変化が起こらなかった。
「も~! わざわざ致死性の毒煙を仕込まなくてもいいじゃないか~」
デストラの言う通り、宝箱に仕掛けられていた罠は、一瞬でも吸えばそれだけで死んでしまうほど強力な毒煙であり、例え息を止めていても皮膚から侵入し、結果死に至る危険なモノだった。
「まったく、ダンジョンのくせに生意気だなぁ――――殺しちゃおうかな?」
少しせき込むだけのデストラが目を細めてそう言うと、ダンジョン全体が急に震え出した。
しかし、デストラが宝箱の中に何かが入っていることに気付くと、さっきまでの雰囲気が嘘のように霧散し、ウキウキとした様子で宝箱の中身を確認する。
「お、ラッキー! ショボいアイテムじゃなくて、ちゃんとした武器だー」
中に入っていたのは『血河の剣』という伝説級の武器だった。
漆黒の剣身にまるで血管のように張り巡らされた赤い筋は、不気味に脈打っている。
「えっと? ……へぇ、斬りつけた相手の傷が塞がらなくなるのかー。それも、持ち主の意思で自由に変えることができると……」
『鑑定』スキルで武器の能力を読み取ったデストラは、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。
「うん、うんうん! いいじゃんいいじゃん! 実に僕好みだねぇ! なんだよ、結構いいアイテム置いてるじゃん!」
デストラが上機嫌になったことにより、ダンジョン全体の震えも収まった。
すると、剣を眺めてはしゃいでいたデストラに、今まで気配を消し、天井に張り付いて様子をうかがっていた『アサシン・スパイダーLv:789』が、音もなくデストラの背後に降りると、そのまま襲い掛かり――――。
「ギィ、ギッ!? ギ、ギィ……」
――――アサシン・スパイダーは絶命した。
「ん?」
そして今更アサシン・スパイダーに気付いたと言うように、デストラは背後を振り向く。
「おー、なんか狙われてたみたいだね。ま、運がなかったってことで」
何の感情もなく、ごく自然に襲い掛かるすべてが死ぬことが分かっているかの如く、デストラはそう口にする。
訳も分からぬまま死んだアサシン・スパイダーの死体を無視して先に進もうとするも、不意にデストラは立ち止まった。
「ん~?」
そして自身が辿って来た道の先を見つめ、何かに気付いた。
「……へぇ。こんな場所に人が来るなんて思わなかったなぁ。僕のことを見られたら面倒だし、ここで切り上げてもいいけど、それだとユティスに怒られちゃうからなぁ。なら残るは一つだよね~」
デストラはそういうと道の先に向けて掌をかざし、何かをしようとするが――――。
「――――やーめた。ここから殺しちゃってもいいけど、どうせなら死ぬ顔、見たいもんね♪」
そういうと、再び先に進み始めるデストラ。
「さて、どんな人が来るのかなぁ? 楽しみだなぁ」
――――こうして、着実にデストラと誠一たちの邂逅は近づいていた。
そして、この場で切り上げて去らなかったことが……デストラにとって、すべての終わりだった。




