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逃げる『普通』と潜む悪意

「無事終わったぜ」

「正直、呆気なかったわね」

「た、楽しかったです!」


 『安らぎの木』で宿をとった後、しばらく雑談をしていると、アルたちが帰ってきた。

 どうやら特に問題もなく終わったらしい。


「そっか、何事もなくて安心したよ」

「いや、何事もないのが普通だからな? ……誠一たちの時は酷かったけどよ」

「あ、あははは……」


 そうだよね。初心者用の依頼ってことなのに、俺は建物の解体でアルに怒られるわ、薬草採取は一つも見つけられないわ、挙句に黒龍神のダンジョンだもんな。どう考えても普通じゃない。


「……誠一先生、一体何があったのよ? あの内容で酷くなるなんてよっぽどじゃない?」

「だって普通が逃げていくんだもん……」

「普通が逃げるって何よ!?」


 俺はこの世界に来て普通だった時が一度もない。もう驚きと新鮮の連続だ。


「ま、まあ俺のことはいいじゃないか! それよりもヘレンだ」

「……強くしてくれるのよね?」


 ヘレンは真面目な表情で俺を見る。


「どこまで強くなるとかは正直分からないけど……ガッスルが一つ情報をくれたんだ」

「あ? 情報? なんかあったのか?」

「ああ。どうもこの王都の近くにダンジョンが出現したらしい」

「はあ? ダンジョン?」


 アルは怪訝な表情を浮かべるが、それも仕方ないだろう。

 世間一般的にダンジョンはそうそう出現したりするものじゃないのに、こうも立て続けにダンジョンの出現の情報を耳にしたわけだからな。

 ……確証も何もないけど、【魔神教団】って連中の活動がもしかしたら影響してるのかもな。


「それで? そのダンジョンで強くしてくれるわけ? 言っとくけど、普通のダンジョンじゃ私も満足しないわよ? 私はとにかく強くならないといけないんだから……」

「あ、それは大丈夫だ。出現する魔物のレベルが500くらいらしいからな」

「それは大丈夫じゃねぇだろ!?」


 あれ? そ、そう……なのか?

 アルのツッコミに思わず首をひねり、サリアたちに視線を向けた。


「え? 私はよく分からないかなぁ。黒龍神のダンジョンも、【果てなき悲愛の森】も似たようなレベルだったし!」

「私はそもそも興味がありませんので……」

「……アルトリアお姉ちゃん。昔だったら馬鹿げたレベルだと思ったけど、ゾーラお姉ちゃんのいたダンジョンを思い出したらそんなに驚くことじゃないよ」

「確かに。ゾーラのいたダンジョンは以上に魔物が強かった。正直、魔王国にもあのレベルはそういない」

「わ、私もあのダンジョンが普通だったので、よく分かりません……」


 サリアたちの中でも何がすごいのかいまいちピンときていないようだ。

 そしてアルも、皆の言葉を聞き、頭を抱えた。


「ああ……昔のオレなら有り得ねぇって、普通じゃねぇって言ってたのに……何時から普通じゃなくなったんだ……」

「ど、どんまい?」

「……まあおかげで誠一の足を引っ張る可能性が減ったから、結果的に良かったんだけどよ」


 少し頬を赤く染めながらそういうアルに、俺は頭が上がらなかった。ごめんなさい、俺のせいで皆も人間離れしていたようです。まあゴリラやロバが混ざってるけど。

 そんなやり取りをしていると、俺のレベル500という言葉に固まっていたヘレンが慌てた様子で詰め寄って来た。


「ちょ、ちょっと待ちなさよ! 500!? そんなの普通じゃないじゃない!」

「え? でも、普通のダンジョンじゃ満足できないんだろ?」

「限度ってもんがあるでしょうがっ!」


 そういうもんなのか? む、難しいな。


「まあいいじゃないか。相手のレベルが高ければそれだけ強くなれるわけだしさ。前向きに考えようぜっ!」

「普通なら前向きどころか死を覚悟するような内容なんだけどね……」


 ダメだ俺。本当に普通に逃げられてるわ。感覚がマヒしてるって。


「ちょっと、訊いていいかしら?」

「ん?」


 すると頭を押さえながらヘレンが訊いてきた。


「誠一先生は……私をどこまで強くしてくれるつもりなの……?」

「とりあえず『超越者』になるくらいかな」

「とりあえずで『超越者』なの!?」


 身近な人たちが『超越者』ばかりなので、俺にとってはそこがむしろ最低ラインだと思っている。

 だって強くするって決めたんだから、『超越者』程度にはしてあげたいと思うよね。


「だ、ダメだわ……私の中の常識がことごとく崩れていく……」

「……ん。誠一お兄ちゃんと一緒にいるときは、考えちゃダメ。感じるの」


 オリガちゃん? 俺はいつからそんな概念的な存在になったのかな?

 思わず引きつった笑みを浮かべていると、突然ヘレンが自身の頬を強くたたいた。


「へ、ヘレン?」

「ふぅ……ちょっと気合を入れ直しただけよ。私はどうしても強くなる必要がある……それなのに今魔物のレベルや、『超越者』って言葉にビビってたんじゃ何もできないでしょ。それに、誠一先生の言う通り、『超越者』が相手なんだから……私もそのステージに立たないと……!」


 まあ色々考えることがあっただろうが、最終的にヘレンが決意をするいい機会になったようだ。


「よし、それじゃあ明日から早速挑むためにも、今日はもう休もうか」


 こうして俺たちは明日に備え、それぞれの部屋に戻るのだった。

 ちなみに、俺の部屋はアルとサリアと一緒の三人部屋なのだが……特に何も起きなかったからねっ!


◆◇◆


「――――ふぅん。ここが新しいダンジョンねぇ……」


 誠一たちがダンジョンに備えて休んでいる頃、その挑む予定の新しいダンジョンの前に白髪碧眼の男が一人立っていた。

 男は剣といった武装を一切しておらず、格好はどこにでもいる町人のようにラフだった。

 しかし、その身に纏う雰囲気は邪悪で、触れるものすべてを殺してしまうような恐ろしさが感じられる。


「ここが終わったらテルベールも殺す(・・)わけだけど……めんどくさそうな気配がいくつか感じられるなぁ」


 その言葉とは裏腹に、とこの表情はどこまでも余裕そうで、欠伸をかみ殺すほどだった。


「ま、それよりも……このダンジョンをとっとと踏破して、目ぼしいお宝すべてを回収しないとねー。正直僕だけでも十分だと思うけど……大きな戦いの備えって≪遍在≫のヤツがうるさいんだもんなぁ。アイツも殺しちゃおうかな?」

「――――それは困りますね」

「あれ? 来たの?」


 すると、男のそばに音もなく新たな人物――――【魔神教団】の『神徒』であるユティスが現れた。


「なんだい? もしかして君もこのダンジョンの攻略を手伝うのかい?」

「いえ、私は別件で動いているので。貴方のお手伝いはできません」

「なーんだ、つまんないのー。じゃあ何しに来たんだよ?」

「それはもちろん、貴方にくぎを刺すためですよ」

「はあ?」


 不機嫌そうに眉をひそめる男を無視し、ユティスは続けた。


「いいですか? 我々『神徒』がいかに強大であろうと、不確定要素がある今、備えはしておくべきです。そしてその備えとは、【魔神教団】の戦力の増強。そのためには手軽に強くなれる強力な武器が必要なのです」

「そんなの、魔神様の加護があれば必要なくない?」

「そうも言ってられません。現に、ここテルベールでは以前、『使徒』三人が倒されているんですから」

「それこそ僕関係ないじゃん。そいつらが弱いのがいけないんだろー?」


 不貞腐れた様子の男に対し、ユティスは苦笑いを浮かべた。


「まあそう腐らないでください。貴方以外にもダンジョン攻略を行い、そこから数々の武具を持ち帰って来ているのですから。それに、このダンジョンは他のダンジョンよりもずいぶんと魔物が強いようなので、手に入る武器も期待ができるんですよ。だから確実に攻略できるであろう貴方が選ばれたんです」

「ま、もういいけどね。これが結果的に魔神様のためになるならさー」


 男は溜息を吐くと、一つ気になったことを口にした。


「そういえば、不確定要素って言ってたけど、何かあったの?」

「……まったく。だからあれほど魔神様が招集をかけた際に集まれと言っているのに……」


 珍しくユティスも笑みが消え、呆れた表情を浮かべた。


「いいですか? 先ほど言った、『使徒』が倒された件ですが……その倒した存在をこの私が、知ることができなかったのです」

「……何だって?」


 ユティスの能力をよく知る男は、信じられないといったように目を見開いた。


「他にも、バーバドル魔法学園を襲った『使徒』も捕縛され、その者に下賜されていたはずの魔神様の加護まで消えているのです。その原因を探ろうと学園長である≪魔聖≫バーナバスの記憶ものぞいたのですが……まるで手がかりがつかめない」

「……」

「とはいえ、一つの任務である『使徒』の回収と、バーナバスに『種』を植えること自体は成功したので、戦力は大幅に上がるでしょう」

「相変わらずちゃっかりしてるというか、抜け目ないというか……」

「そこは慎重だと言っていただきたいですね」

「そんなに気にしなくてもいいと思うよ? どうせ僕もいるし、君も含めて『神徒』がいるんだから、魔神様の復活はどう足掻いても変わらないさ」


 ユティスの言葉に男は肩をすくめ、そう告げた。


「まあいいや。癪だけど、君の言う通りこのダンジョンを攻略してあげるよ。それが終わったら、またいつもの作業に戻るんだー」

「今度は何を狙うんですか?」

「そりゃあもちろん、近くに人がたくさんいる場所があるんだよ? さぞかしたくさんの絶望した顔が見れるだろうねぇ」


 男は嗜虐心を抑えきれず、邪悪な笑みを浮かべた。


「いやはや、≪絶死(ぜっし)≫に狙われるとは不憫な国ですね。どこの国です?」

「ヴァルシャ帝国だよ。ちょうどカイゼル帝国とかとの衝突もあって面白いことになってるからねぇ。ま、期待しててよ。またたくさんの負の感情を集めてあげるからさ」


 ≪絶死≫と呼ばれた男はそれだけ告げると、ユティスに手を振りながらダンジョンに足を踏み入れていった。

 その姿を見送ったユティスは小さく呟く。


「……あの≪絶死≫の言う通り、私の考えすぎですかね。まあこのダンジョンの攻略は間違いないでしょうから、私は私の仕事をしましょう」


 そしてユティスは再び音もなくその場から消えていくのだった。

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