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久々の『安らぎの木』にて

 アルとの約束通り『安らぎの木』の前に来ると、俺は感慨深い気持ちになる。


「なんていうか……ここに来ると改めて戻って来たんだなぁって思うな」

「そうだねぇ……この街を出ていくとき、皆見送りに来てくれたもんね!」


 俺の言葉に同意しながら、サリアも優しく微笑んだ。

 少し感傷に浸っていると、不意に袖を引っ張られる。


「……誠一お兄ちゃん、入らないの?」

「え? あ、ああ、ごめんごめん。行こうか」


 袖を引っ張られた勢いでそのままオリガちゃんと手をつなぐと、オリガちゃんは少し照れたように笑った。


「あ! じゃあ私もオリガちゃんのとおてて繋ごうかな!」

「……やった」


 サリアも俺の真似をして、オリガちゃんの反対側の手を繋いだ。

 その姿を後ろで見ていたルルネが、ぽつりと呟く。


「……いいなぁ」

「? 貴女は子供じゃないでしょう?」

「そ、そういう問題ではないのだ! 私だって主様と……」


 背後でルーティアの言葉に過剰に反応しているルルネに対し、オリガちゃんは一瞬ルルネに視線を向けた。


「……ふっ」

「なああああああああああ!?」


 お、オリガちゃん? 今、完全に鼻で笑ったよね?

 黒いオリガちゃんに軽く引きながら宿に入ると、元気な声がかけられる。


「あ! いらっしゃーい! ……って誠一さん!?」

「メアリちゃん!」

「久しぶり」


 俺たちの視線の先には、宿内にあるライルさんの食堂で忙しなく働くメアリがいた。

 メアリは目を丸くして俺たちを見ると、すぐに正気に返る。


「はっ!? お母さん、お母さーん! 誠一さんが、誠一さんたちが帰って来てるよー!」

「えー!?」


 ほどなくして少し慌てた様子で『安らぎの木』の女将さんであるフィーナさんと、その旦那さんのライルさんが俺たちの下にやって来た。


「誠一君とサリアちゃん! それにオリガちゃんとルルネちゃんまで……皆久しぶりねぇ!」

「見たところ元気そうでよかったよ」

「ははは……まあ色々ありましたが、一応元気にしてます」


 一度冥界に逝ってるから死んでるんだけど。


「それで、どうしたんだい? 確か、どこかの学校の講師として依頼を受けたんじゃ?」

「あー……それなんですが、最近の情勢やら何やらでクビになりまして……」

「え!?」

「あ……そ、そうか……」

「クビ!? ちょっと誠一さん、大丈夫なの? サリアさんたちを路頭に迷わせたらダメだよ?」

「いや、さすがにそこまで貧乏じゃないから」


 メアリが大げさに驚いて見せるのは、多分ちょっとした暗い雰囲気を変えるためだろう。さすが看板娘というだけあって、少しの空気の変化も見逃さないな。

 それにお金は腐るほどある。まあ今ステータスさんが家出中で正確な金額は分からないけどね。てか家出する前からもうお金を数えるのやめてたし。今となってはもう金銭感覚なんて一切ない状態で生活してるしな。……ここだけ聞くとダメ人間じゃね?


「んん! 悪いことを聞いたね。それで、ここに来たっていうことは泊りかな?」

「はい。あ、あと三人程追加で来るんですが……」

「となると……全員で八人ね。誠一君、貴方いつの間にか大所帯になったわねぇ」


 いや、本当に。

 するとメアリがニヤニヤとしながら俺を肘でついてくる。


「も~、誠一さんったら~。本当に隅に置けないんだから~! ダメよ? ウチではあまり淫らなことしちゃ」

「何言っちゃってんの!?」


 オリガちゃんだっているのに、なんてこと言ってくれるんだ!

 親父のようなゲスな笑みを浮かべるメアリに対し、サリアがきょとんとしている。


「淫らなこと?」

「もう惚けちゃってー! ほら、あーんなことやこーんなことヤっちゃってるんでしょう!?」

「セクハラ酷過ぎじゃない!?」


 ちょっと、フィーナさんもライルさんもこの子止めてもらえません!? オリガちゃんの教育に悪いんで!

 それに、メアリが想像しているようなことはしていない。いや、俺がヘタレってのもあるんだろうけど、別にそんな機会も雰囲気も今のところないし、何より俺はサリアたちと一緒にいるだけで今は幸せだ。というより、そんな風に考える余裕というか思いもしなかったというか……あれ? これ、俺がおかしいのか? もしかして、世の学生カップルはもっと進んでる?

 俺が圧倒的に遅れているだけかもしれないという事実に震えていると、俺の様子から何をどう察したのか、メアリは目を見開いた。


「ちょ、ちょっと待って……ウソでしょ!? 一緒に学園に言ったり、何よりこの街にいた時も同じ部屋にいたのに何も起きなかったの!?」

「だ、ダメなのか?」


 もうダメだ、俺にはよく分からん。何せ付き合ったことが今までなかったし、誰かに相談をしたことさえない。何もかも分からないのだ。


「ぜ、絶滅危惧種だわ……ここに絶滅危惧種並みに清いお付き合いをしてるカップルがいるなんて……! 世の中のカップルは乱れまくってんじゃないの!?」

「どこ情報だよ」


 何なんだ、その偏りきった考えは。どんなカオスな世界なんだよ。

 あまりにもアレな発言に思わず呆れていると、フィーナさんが頭を押さえながら軽くメアリを小突いた。


「あいたっ」

「メアリ……貴女、耳年増になるのはいいけど、もうちょっと普通の情報や一般的なカップルを知りなさい……」

「えー?」

「……父親としては失格かもしれないけど、ここまでくるとメアリに早く彼氏ができることを願うね。そうすれば一般的なカップルも分かると思うし……」


 ライルさんですら疲れたように笑い、そういった。

 でも、メアリは看板娘というだけあって美少女だし、すぐに彼氏なんてできるだろう。


「……まあいいわ。それで、部屋の話なんだけど、皆一緒の部屋っていうのはさすがに無理ね。でも三人部屋を二つと二人部屋一つならちょうど空いてるけど……どうする?」

「じゃあその三部屋をお願いしてもいいですか?」

「分かったわ。大体どれくらい滞在するつもりかしら?」

「えーっと……あまり考えてなかったんですが、一応一か月分渡しとききますね」


 すぐに八人で一か月分のお金をフィーナさんに渡すと、フィーナさんは微笑んだ。


「はい、確かに受け取りました。もしあれだけど、このままこの街で活動するなら、お金を貯めて家を借りるか買うかのどちらかをした方がいいかもしれないわよ?」

「え?」

「そうだね。宿屋の人間としては言うべきじゃないかもしれないけど、それでも長く滞在するなら泊まり続けるより家を買った方が安く済むからね」

「なるほど……」


 家を借りたり、買ったりするということは今まで考えたことはなかった。

 でも今みたいに情勢が不安定で、このテルベールを拠点に活動していくって考えれば、確かに家を買った方がいいのかもな。

 ライルさんやフィーナさんにお礼を言いつつ、俺たちはアルたちが戻ってくるまでに一休みをするため、それぞれの部屋に向かった。

 俺はサリアとアルの三人部屋で過ごすわけだが、先ほどのメアリの言葉が離れず、妙にサリアを意識してしまう。いかん、今まで通りじゃないと……。

 するとさっきまで大人しかったサリアが不意に俺に声をかける。


「誠一」

「ん?」


 サリアの方に視線を向けると――――。


「交尾、スル?」


 ――――ゴリアがいた。

 俺は一瞬にして澄み渡った心のままに、サリアに告げた。


「遠慮しとくよ」

「残念」


 何故、わざわざゴリラの姿になったのか。そしてサリアもメアリの言葉で意識したのかとか色々言いたいことはあるが、ゴリアのおかげでさっきまでの妙な気持ちがなくなった。うん、強制賢者モードだな。今なら悟りを開ける。

 ――――ただ、前にも想像したが、もしサリアとの間に子供ができたらどんな子供が生まれるんだろうな。


『ウホ』


 ――――うん、やっぱり俺の遺伝子の敗北だわ。いや、想像だからどうなるか知らんけど。

 俺はサリアと一緒に、アルたちが帰って来るまでまったりと部屋で過ごすのだった。

先日の4月30日より、『進化の実』の9巻が発売いたしました。

学園祭の占い師の彼視点の書き下ろしなどもありますので、そちらも楽しんでいただけると幸いです。

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