ダンジョンの情報収集とギルドの試験
「新たな……ダンジョン?」
「ああ、そうだ」
あまりにも予想外な内容に俺たちがそろって驚くと、ガッスルは真面目な表情で頷く。
「これは最近……それこそ誠一君たちは知っているであろう、カイゼル帝国の侵攻を初代魔王やゼアノス君が退けた後、出現したのだ」
そんなにいきなりダンジョンが出現したりするもんなんだろうか?
バーバドル魔法学園にダンジョンが出現したとき、バーナさんはそんなに多くないって言ってたと思うんだけど……。
そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、ガッスルは苦笑いを浮かべながら首を振った。
「残念ながら、誠一君が思っているほどダンジョンは簡単に出現しないさ」
「そうですわ。それこそ新たなダンジョンの出現なんて数十年ぶりなはず……ウィンブルグ王国の歴史で見れば、もっと古いですわよ?」
「……」
そんな貴重なモノに二回も遭遇するっておかしくない? しかもあまり嬉しい類のモノでもないしね? ……いや、冒険者なら喜ぶべきところなんだろうけど、基本的にはあまり危ないことはしたくないからなぁ。まあ今更なんですが。
……あれ? そういえば、近々あと二つほどダンジョンが攻略されるって羊の野郎が言ってて、その一つが魔王のダンジョン、そしてもう一つが魔神のダンジョンって話だったと思うんだが……。
もしかして、俺たちじゃ攻略できないようなダンジョンなんだろうか?
多分、魔物や罠は気をつければ大丈夫だと思うんだけど……真の意味で踏破しろってなると、運とか未知の要素も絡んでくるもんな。
だからこそ、俺たちが仮にこのダンジョンに挑んだとしても、攻略はできないだろうと俺は思うことにした。羊の野郎はムカつくが、こういう面では嘘を吐くとは思えないしな。
「ちなみにですが、何でダンジョンが出現したのかとか原因は分かってるんですか? ダンジョンって普通に危険なイメージがあるんで、その原因が分からないまま放置って言うのはかなり危険だと思うんですけど……」
「その点についてだが、我々はカイゼル帝国の連中が原因だとみている」
「え? カイゼル帝国が?」
ダンジョンの出現でさえ予想外なのに、またここでカイゼル帝国が絡んでくるの?
「そうだ。先の話にも繋がるが、カイゼル帝国の兵士たちはどういった方法をとったのかは知らぬが、皆『超越者』となり、レベルが550以上ばかりの化物の集団となった。そんな強大な力を与えることができるのは、何かを犠牲にして発動する『呪具』か、それこそ世界の至宝クラスの魔道具のどちらかだろう。だからこそ、そのいずれかの道具の影響を受けた人間が短い時間とはいえその場に固まっていたため、何らかの影響をその土地に及ぼしたのではないかと考えている」
「これはギルド側の見解なので、本当に正しいとは言い切れませんが……もし似たような事例が各地でカイゼル帝国の侵攻があってから起きているのなら、もはや間違いはないでしょう」
そうか……カイゼル帝国は別にこのウィンブルグ王国にだけ攻めてきたワケじゃないから、他の国でもダンジョンが出現しているのかもしれないのか……って本当に原因がそうなら迷惑しかかけねぇなあおい!
「とりあえずダンジョンの出現に関しては分かりましたが……そのダンジョンは完全に新しいタイプですか? モノによっては別のダンジョンに繋がる入口が開いたってパターンもあるって聞いたんですが……」
「ああ、それに関しては一応調べてあり、今のところ完全に新しいダンジョンだということだ。もちろんまだできて間もないから、隠し扉などがあって、その先が別のダンジョンということもあるかもしれないがね」
「なるほど……でも、何でそれを俺たちに? なんかヘレンが強くなりたいって言うのと関係がありそうな口ぶりだったけど……」
「それはだね、誠一君。そこのダンジョンの危険度がとてもじゃないがあり得ないほど高いからなのだ。何せ、そのダンジョン内で出現する魔物のレベルがとんでもない」
「そ、そんなに?」
普段ふざけているガッスルが真面目な表情でそう言うので、本当に危険なダンジョンなんだろう。
そんなガッスルの雰囲気に俺だけでなくサリアたちも姿勢を正すと、ガッスルは話をつづけた。
「しかし、それだけ危険だからこそ、強くなりたいと願うあの子にはぴったりだと思うのだ。ただし、そこで人類の到達点であるレベル500を超え、『超越者』となれるかは彼女次第だがね。ただまあ私はあまりその点については心配していない。何、強くなろうとするその心と、その心を受け止め、助けてくれる筋肉さえあれば! 人類の限界など簡単に超えることができるのさ!」
キラーンと白い歯を輝かせながらマッスルポーズをとるガッスル。言ってることはまともっぽく聞こえるけど筋肉について語ったり、その格好ですべてを台無しにしている。
そんな俺たちの会話を聞いていたルーティアは、不思議そうな顔で呟いた。
「人間っていうのは不思議。私たち魔族には特にレベルの上限なんて存在しないけど……人間にはそんな限界が存在するのね。でもだからこそ、集団での戦闘は強いし、厄介なのに……そんな人間が『超越者』なんていうステータスの面でも強くなってしまったら、他の種族に勝ち目はない。だからこその制限が与えられていたのかもね。まあその制限を取り払う何かがあるようだけど……」
「フン。主様以外の人間どもが基本貧弱すぎるのだ」
「……それはさすがに魔族の私でもおかしいと思う。誠一を【人間】ってことにしちゃうと、他の人間が可愛そう」
「それ以前に俺が可愛そうじゃない!?」
ステータスでは【人間】って表記されるのに、その【人間】を否定されちゃうと本格的に俺が何者か分からなくなっちゃうからね!?
「そういえば、エリスさんは何でそのダンジョンに行くことを止めようとしたの?」
そんな純粋な疑問をサリアは口にすると、エリスさんは溜息を吐いた。
「誠一さんたちはギルドの中でのダンジョンの扱いってどうなっているか知ってます?」
「え?」
そう言われてみれば……知らない。
というのも、ギルドに登録するための試験中にいきなり【黒龍神のダンジョン】に飛ばされ、さらにバーバドル魔法学園に雇われてからは一つの依頼として行っただけなので、何かしらのギルドのルールというモノを気にする必要がなかった。まあ知らないから気にすることができなかったって言うのが正しいんだけど。
「いいですか? 本来依頼などはギルドにおいては達成できるかどうかの判断として、それぞれランクが設定されております。S級の依頼は、S級冒険者しか受けることができませんし、逆に今現在ヘレンさんたちが受けているような試験用の依頼はランクフリー……つまり、ギルドに登録さえすれば誰でも受けることができます。こういったルールは知っていますよね?」
「はい」
「ではダンジョンについてですが……基本的に、ダンジョンに関する依頼というモノは存在いたしません」
「え? そうなんですか?」
勝手なイメージだけど、大金持ちの人がダンジョンの珍しいアイテムが欲しいとかっていう依頼を出していそうだけど……。
「ダンジョン内での魔物の素材や宝箱から手に入るアイテムは、基本的に見つけた方のモノとなるのが、ギルド内でのルールとなっております。ダンジョンと言うのは冒険者にとっては憧れの場所でもあるのは、こういった一攫千金の夢があるからですの」
なるほど……冒険者は魔物の素材を売ったりするだけで生活する人たちだって最初は思ってた。
それこそ俺がギルドに登録した理由なんて、身分証が欲しかったからだし。そんな一攫千金の夢を追いかけて登録する場所だなんて思いもしなかった。
だって――――。
「じゃあこのギルドに所属してる人たちはの夢や目標は……?」
「私たちの夢ですか? もちろん欲望をさらけ出すことですが?」
『イエス、フリィィィィイイイイイダム!』
「冒険者辞めちまえ」
どこにダンジョンに一攫千金の夢を見る冒険者の姿があるんだ。どこを見ても変態しかいねぇ。
「こほん! 話が逸れてしまいましたが、まあダンジョンとは夢の詰まった場所なのです。そして新たなダンジョンが出現した際には、高ランクの冒険者に一応中の魔物のランク帯を軽く調べてもらい、冒険者への開放を行います」
「え? そ、それって……」
「はい。ダンジョンに入るのに、ランクは関係ありませんの」
「だからこそ、危険が大きいのだ。身の丈に合っていないダンジョンに挑み、命を落とす若い冒険者もたくさんいる……」
「ですから私はヘレンさんたちが今回のダンジョンに入るのは反対なのです。たとえアルトリアさんや誠一さん方が強くとも、今回は異常すぎですわ!」
珍しく焦った様子でそういうエリスさんに、俺は不安を覚えた。
何せ、ガッスルもエリスさんも一番初めに魔物の軍勢が押し寄せてきたとき、その中にはS級の魔物がたくさんいたはずなのに何の躊躇いもなく飛び込んでいったのだ。
そんな二人がここまで危険を感じるなんて……。
そこまで話を聞いた俺だったが、ふと純粋な疑問を思わず口にする。
「でも……そんなに危険で、命を落とす冒険者もいるんなら、入場の制限をかけたらいいんじゃないか?」
俺としては当たり前というか、そうするべきだって言う勝手な観念があるんだが、ガッスルは首を横に振った。
「君は、人の夢を止めることができるのかい?」
「え?」
思わぬ答えに、俺は思わず言葉に詰まる。
そんな俺を優しく見ながら、ガッスルは続けた。
「夢に貴賤はない。お金を手に入れたいという夢も立派な夢だ。そして人にはそれぞれの事情がある。お金が今すぐ必要な者もいるだろう。だが、普通に過ごしているだけでは決して手に入らない大金が必要となったとき、それを稼ぐだけの手段がいくつあると思う? 冒険者とは、自由でなければいけない。そしてその自由には当然対価や責任が付いてくる――――そう、自分の命だ」
「っ!」
あまりにも真っすぐで、端的な言葉に、俺はただ息をのむ。
「彼らは自分の命を賭け、その夢を叶えようと挑戦するのだ。ギルドは、そんなバカげた夢を追いかける彼らを止めはしない。その代わり、できる限り彼らがその夢を叶えられるよう、サポートする。それは情報であったり、人脈であったり……。それこそが、冒険者ギルドの存在意義なんだよ」
「……」
今まで『冒険者』という存在を深く考えたことのなかった俺にはとても衝撃的な話だった。
ただ、それ以上にカッコいいな、と……ちょっと思ってしまった。
そんな風に思っていると、ガッスルは照れたように笑う。
「……まあアレコレ言ったが、エリス君が君たちがダンジョンに入るのは心情的に反対であっても、その先に求めるものがあるのならば、我々は止めはしないということさ」
「……本当に不本意ですが、私も元は冒険者だった身。それぞれの事情というモノや、夢を追いかける気持ちは理解しますわ」
ガッスルやエリスさんは、まだ出会って間もないヘレンのためにここまで考えてくれた。
もちろん、決めるのはヘレン自身だろうけど……ほぼ確実にこの話を聞いたヘレンはダンジョンに潜ると言うだろう。
なら、元教師としての俺ができることって言えば……。
「……なあ、ガッスル」
「む? どうした?」
「そのダンジョンについてなんだが、情報をもらえるか? 出現する魔物のレベルや罠の種類とか、そういう必要なモノをさ」
「……了解した」
ガッスルはすぐにエリスさんに指示をすると、エリスさんも資料を取りに一度ギルドの奥へと引っ込んだ。
さて、どんなレベルの魔物が出てくるんだろうな? ガッスルたちが警戒するほどだから相当だと思うけど……。
あ、そうだ。資料を取って来てもらっている間に出現した最高レベルの魔物だけでも聞いておこう。
「ちなみに、その新しいダンジョンの中の魔物の中で一番レベルが高かったのは何だ?」
「そうだな……【マーダーマンティス】でレベル600だ」
「…………………………ん?」
俺は耳を疑った。
あれ? 今……レベルが600って聞こえた気がするけど、600ってそんなに高いレベルじゃないよな?
「すまん、ガッスル。もう一度レベルを教えてくれ」
「600だ」
「気のせいじゃねぇ!?」
あれ!? レベル600ってそんなに高いほうか!? ダメだ、ゾーラのいたダンジョンで完全に感覚がバグってる……!
「ふむ……どうやらさすがの誠一君であっても、このレベルには驚いたようだな」
「え、いや、その……」
「……レベル、低くない?」
「オリガちゃん!?」
ぼそっとオリガちゃんがそう呟いたので、俺は思わずツッコんだ。
だが、その声はちゃんとガッスルにも届いていたようで、オリガちゃんの方を驚きながら見ている。
「お、オリガ君。今、君……レベルが低いといったかな……?」
「……ん。言った」
「か、勘違いじゃなく? レベル、600だよ? 『超越者』ですら軽く捻りつぶされる相手だよ?」
「……私、レベル850」
「意味が分からないんだが!?」
ガッスルは大きく叫ぶと、俺の肩を掴んだ。
「せせせ、誠一君! ど、どういうことだね!? オリガ君のレベルが850!? もう『超越者』とかっていうレベルではないだろう!?」
「おお、前はレベル710って聞いてたけど、レベルアップしたんだー」
「そういう問題じゃない! ってレベルアップ前でさえ710!?」
ゾーラのいたダンジョンでレベルを聞いた時は710だったけど、あれからも魔物は倒してたからレベルが上がっててもおかしくはないよな。
「この短い間に君たちの間に一体何があったんだ!? 私の筋肉も聞いてないよ!」
「いや、筋肉に話すことはねぇだろ……」
そう言いながら、俺はバーバドル魔法学園に出現したダンジョンのことを簡単に説明した。
もちろん、ゾーラとそこで出会ったことも伝える。
「いやはや……長年ギルドマスターをしてきたワケだが、私はここまでぶっ飛んだ人物は見たことがない! 何だね!? ダンジョンを消し飛ばすとは!? そんなこと、私の筋肉をもってしても不可能なのだが!?」
「でしょうねぇ!」
本当はできちゃいけないんだよ。その不可能を可能にしてしまった俺がおかしいんです。
そんなことを言っていると、ガッスルは真面目な顔をした。
「前々から誠一君の潜在能力は実感していたが……カイゼル帝国の件さえなければ、君にも異名が付いただろうね」
「え、それって……」
何となく嫌な予感がすると、ガッスルは実にいい笑顔で言い切った。
「我々S級の仲間入りさっ!」
「それだけは嫌だあああああああ!」
変態の仲間になるのだけは……それだけは勘弁してください! もう手遅れかもしれないですけど!
「持ってきましたわ……って、あら? どうしましたの? 先ほどまで暗い雰囲気でしたのに……」
するとダンジョンの資料を持ってきてくれたエリスさんが、俺たちの様子に気づいて首を傾げた。
「聞いてくれ、エリス君! ここにいるオリガ君のレベルはいくつだと思うかね?」
「え? そうですわね……500には到達していないでしょうから、高く見ても480程では?」
「850だそうだ」
「ついに脳みそが筋肉になりましたの?」
「え、そう思う!? 照れるじゃないか!」
「手遅れでした……それで、からかうのはいい加減にしてもらえません? レベルが850だなんてそんな……」
「……ん、見ていいよ」
オリガちゃんがすっとエリスさんに近づき、自身のステータスを開示すると、エリスさんはそれを見て真顔になった。
「……私も脳みそ筋肉になったようですわ」
「最高じゃないか!」
「筋肉は黙っててくださいませ」
「それも褒め言葉!」
ガッスルを適当にあしらいながらもエリスさんは何度もオリガちゃんのステータスを確認し、やがて大きな溜息を吐いた。
「はあ……どうやら本当のようですわね。それに、オリガさんがこれなら、他の皆さんもレベルが同じようなことになっているのでは? いったい何をすればこんなことに……」
「ああ、それは……」
エリスさんにもガッスルにした説明をすると、エリスさんは吹っ切れたように笑った。
「もう私の手には負えませんわ」
「ご、ごめんなさい?」
……咄嗟に謝ったけど、これ俺が悪いのか? まあいいや。
ふと自分の行動に疑問を感じていると、エリスさんは真面目な表情になる。
「ですが……オリガさんでこれなら、今からお渡しする新しいダンジョンの資料も無駄になることはなさそうですね。それこそ先ほどのお話のように消し飛ばす可能性も……」
「そんなことしませんよ!? …………た、たぶん!」
「すでにご自分の言葉に不安になってるじゃないですか……」
だってダンジョンが消し飛んだのもある意味事故なんだ! こう、ダンジョンの天井を崩してゾーラに空を見せてあげたいっていうさ! そんな純粋な思いからの行動の結果、悲しい結末を迎えただけなんだよ! ダンジョンがね!
「あの時は本当にすごかったんだよー! 誠一がえいって剣を振ったら、もうダンジョンがなくなってたの!」
「主様なら当然の帰結ですね。まだ世界への配慮があるからこそ、その程度で済んでいるのですから」
「同じ人間ですか?」
「人間です」
サリアとルルネの言葉に、さらにエリスさんは疑惑の目を向けてきた。だ、だ丈夫。俺は人間のはずだから。確認しようにもステータスが旅に出ちゃってるから確認できないんだけどね!
「まあいいですわ。むしろここまで戦力が揃っているのであれば、何も心配いらないでしょう」
「そうだな。――――誠一君」
「ん?」
「彼女……ヘレン君がヴァルシャ帝国でどんな立場なのか、そして今の現状にどんな感情を抱いているのかは出会ったばかりの私は知らない。だからこそ、前のアルトリア君の時のように……手を貸してあげてくれ」
「……うん。俺なんかの手助けがいるのなら、俺は俺ができることを頑張るよ」
――――こうしてヘレンがいない間にダンジョンの情報を貰った俺たちは、そのままアルとの約束通り『安らぎの木』へと向かうのだった。




