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これからと暗躍する者たち

「――――で、学園が閉鎖したからお前と誠一たちは戻ってきたと?」

「はい」


 ウィンブルグ王国の国王、ランゼことランゼルフは、目の前で平然とそう告げるルイエスに頭を抱えた。

 ヘレンの強くしてほしいという願いから少し誠一たちの間で相談があったものの、結局ヘレンの意思は固いらしく、誠一はヘレンも連れてウィンブルグ王国に帰って来ていた。

 そして、誠一はこれからの行動を決めるためにも一度ギルド本部に顔を出しに行き、ルイエスは帰還の報告をしに王城へと戻っていた。


「いや、元々近衛のお前が守るべき俺を置いて出ていったこと自体がおかしいんだが……それにしたって自由すぎやしねぇか?」

「聞いてください、陛下。私のレベルが700を超えました」

「全然話を聞いてねぇな!? って700!?」


 そのレベルにランゼは目を見開いて驚いた。


「何がどうすればそんなとんでもねぇレベルになるんだ!? 前に『超越者』になったっていきなり言われた時以上の驚きなんだが!?」

「師匠がダンジョンを消滅させた際、その過程に私も付いていった結果です」

「何一つ分からねぇ! ダンジョンの消滅ってなんの話だよ!? それに誠一が関わってるって!?」


 散々ルイエスの言葉に驚いたランゼは、大きな溜息を吐くと気持ちを落ち着かせる。


「はぁ……お前が冗談を言わないのは知ってるから本当のことなんだろうが……誠一のヤツは一体何者なんだ? アイツ、妙に自分のこと隠したがってた節があると思うんだが、それにしては俺のことを呪いから救ってくれたりと只者じゃねぇのはもうバレバレだろ。隠す気があるのかねぇのかまったく分からねぇじゃねぇか……」

「そういえば、どうやら師匠はカイゼル帝国の勇者と同郷らしいですよ」

「お前は俺をどれだけ驚かせれば気が済むんだ!? え、じゃあアイツ……異世界人なの!?」

「そうらしいです。ただ、カイゼル帝国に召喚されたわけではないようなので、勇者というわけではないとおっしゃっていましたが……実力は比べることすらおこがましいほど、差が開いています。もちろん、師匠が上ですよ?」

「んなもん聞くまでもねぇ。でも勇者より強いってどうなの? カイゼル帝国涙目じゃねぇか……」


 ランゼは疲れたように椅子にもたれかかった。


「あー……本当にカイゼル帝国の連中はまともなことしねぇなぁ……異世界からガキどもを勇者として召喚するわ、今回のように世界中に宣戦布告するわ……」

「そういえば……この国は大丈夫だったのですか? 今こうして陛下と話すことができているので問題なかったのでしょうが、それでもほとんどの国がカイゼル帝国に下ったと聞いています」


 ルイエスの問いに、ランゼは真剣な表情に変わった。


「ああ、そのことについてだが……これもまた誠一に助けられた」

「え?」

「【魔神教団】の連中が襲ってきたときのことは覚えているか?」

「……はい」


 その時の状況を思い出し、ルイエスは表情を曇らせる。

 ――――ウィンブルグ王国と魔王国の会談が行われた日、【魔神教団】が魔物の軍勢を率いて襲ってきた。

 この事態にウィンブルグ王国と魔王国はその場にいた全戦力を投下し、ギルド本部も協力する形で魔物の軍勢と戦闘が行われた。

 しかし、魔物の軍勢や一部の使徒は陽動であり、真の狙いは魔王の娘であるルーティアで、何とか使徒の攻撃を防げたと安心するも、使徒の方が一枚上手で、ルーティアは【呪具】によって倒れた。

 魔物の軍勢も数が多く、尋常ではない力を持つ使徒たちにS級冒険者やルイエスたちは苦境に立たされ、ルイエスも使徒の凶刃によって倒されるかと思われた。

 だが、ここに誠一にウィンブルグ王国のテルベールへの移住を勧められた初代魔王や暗黒貴族ゼアノスの登場で、形勢は一気に逆転した。

 ゼアノスのレベルは魔物の頃の名残なのか1500を超え、初代魔王であるルシウスや元勇者であるアベルたちもそのレベルに近い実力の持ち主だった。

 そのため、ゼアノスたちのおかげで使徒による襲撃は防ぐことができ、さらには宝箱によって連れてこられた誠一の魔法で、ルーティアも無事に目を覚ますことができた。


「【黒の聖騎士】を含め、俺の国の兵士は優秀だ。それは胸を張って言える。だが……何故か、カイゼル帝国の軍勢すべて、『超越者』だって言うんだから笑えねぇ」

「……その話は学園で第二部隊隊長であるザキアという男からも聞きました。本当だったんですね」

「ああ。んで、さすがに我が国の兵士たちが優秀でも、こればかりはどうしようもねぇ。レベルによるステータスの差ってのはそう簡単に覆せるモノじゃねぇし、ギルド本部も戦争ってこともあるが、何よりカイゼル帝国がほぼすべての国を支配したことで支部も占領され、かなり厳しい状況になっていてな。頼る先がねぇし、さすがに俺もダメだと思ったぜ。だが……」


 そこまで言うと、ランゼはその時の光景を思い出して引きつったような笑みを浮かべた。


「……魔族軍の連中を鍛えるって名目で仕事を得たゼアノスとルシウスの二人が、テルベール近くに構えていたカイゼル帝国の軍隊にそいつらだけ連れて突撃して、無傷で相手を撤退にまで追い込んだんだ」

「は?」

「いや、本当になんなの? あの人たち。ゼアノスってヤツは何か昔本で見たことあるような名前だし、ルシウスに至っては初代魔王だって? もう無茶苦茶だろ……」

「……お疲れ様です」


 さすがに哀れに思ったのか、ルイエスもランゼに向かってそういうので精一杯だった。


「いや、いいんだぜ? おかげでカイゼル帝国はウィンブルグ王国から手を引いて、今はこうして無事に過ごせてるわけだしな。……そういや、ロベルトたちもお前が帰ってくる少し前にここに到着して、今は休んでるぞ」

「そうですか……であれば、カイゼル帝国第二部隊の隊長が言う通り、他の生徒も無事に帰ることができたのでしょう」


 ザキアから口でそう告げられてはいても、実際に確認できるわけではないので、仮にも攻めた国の王子がこうして無事に帰って来ていると知り、他の生徒も同じように帰還できているだろうとルイエスは推測することができた。


「まあこっちはこっちでお前がいない間に色々あったワケだが……ルイエス、お前自身がよく知ってるだろう? なんせ、あの中立だったバーバドル魔法学園を占領に来たくらいだしな」

「……はい。あの国のせいで師匠たちは学園を去ることになりました。これは許せません」

「……お前、本当に変わったな。というか、誠一絡みになると一応国王であるこの俺以上にそっちを優先するしなあ……昔のお前を知る身としては、感慨深いもんだ」

「? そうですか? 師匠のことを考えるのは弟子として当然では?」

「……あー、お前がどういう感情で動いているのか……何よりその感情をお前が知らないのなら、俺から言えることは何もねぇよ。フロリオのヤツに教えてやらねぇと……」

「?」


 ランゼの言葉の意味が分からず首をひねるルイエスだが、ルイエス自身、誠一にここまで執着と関心を寄せる理由を知るのは……もう少し先の話になる。今はまだ、ルイエスは誠一への感情に名前を付けることができなかった。


「まあいいや。んで、今アイツはどうしてんだ?」

「アイツ?」

「誠一だよ。お前と一緒に帰って来てるんだろう?」

「ああ、師匠でしたら――――」


◆◇◆


「――――おお、誠一君、アルトリア君、サリア君! 久しぶりじゃないか! どうかね、私の筋肉は!?」

「まず第一に訊くことそれか!?」


 俺……柊誠一は久しぶりにギルド本部を訪れると、いつものようにブーメランパンツ姿のガッスルがマッスルポーズをとり、そう訊いてきた。

 ――――ヘレンに強くなりたいと言われてから俺たちはとりあえずこの王都テルベールまで戻ってきて、ルイエスはランゼさんに帰還を報告するために一度別行動となり、俺たちはヘレンの件も含めて、情報を得るためにギルド本部を訪れていた。

 ヘレンを鍛えるって言われても何をすればいいのか分からないし、ギルド本部なら今の世界情勢を含めてそういった情報も得られるだろうという期待も込めて、来ていたりする。あとはヘレンがまだギルドに登録してないってことだったから、この先一緒に行動するなら登録しておいた方が都合がいいので一緒に来てもらっている。

 後でゼアノスや父さんたちの様子も見に行かないとな。ルーティアも魔族軍の皆さんがどうしているか気になるだろうし、サリアもアドラメレクさんたちに会いたいだろう。

 久しぶりのギルドということもあり、ギルド内を見渡すと……。


「破壊だ破壊だ破壊だああああああああ! ……でもそれより支部の連中が気になる」

「さてと……今日も広場で私の裸体を……」

「スラン氏……靴下は脱がないのですかな?」

「む? おっと……私としたことが……ははは、どうやら支部のことが気になって気が散っているようだ。そういうウォルター氏も最近は幼い子供たちと距離を置いているという話ですが……」

「いやはやお恥ずかしい……どうも最近はどこかボーっとすることが多くて……」


 今までと同じように、それぞれが自身の欲望に忠実に生きているようだったが、どこかそれが空回っているように見えた。

 そのことを疑問に思いながら首をひねっていると、ガッスルは苦笑いを浮かべる。


「ふむ……どうやら我々の様子がおかしいことに気づいてしまったようだな」

「あ……やっぱりか? 何となく元気がないって言うか、なんていうか……」


 いや、元気が有り余ってるのもそれはそれで困るんだけどな。主に兵隊さんが。

 とはいえ、魔物の軍勢が攻めてこようが笑顔で戦っていた皆が、今は微妙に元気がないのでそんな姿を初めて見る俺は戸惑う。

 それは俺だけでないようで、サリアや俺以上に付き合いが長いであろうアルも不思議そうにしていた。


「みんな元気ないね。どうしたの?」

「おい、ガッスル……サリアの言う通り、一体どうしたってんだ? お前もよく見れば肌の艶がねぇし……いつもなら筋肉がどうだっていって、スキンケアもやってただろ?」

「あー……何、君たちがここに帰ってきた理由に少し関係することだよ」

「え? 俺たちが帰ってきた理由? それって……」


 俺たちが再びこうして戻ってきたのは、バーバドル魔法学園がカイゼル帝国に占領されることになったからだ。

 ガッスルは珍しく真面目な顔をすると、今のギルドの状況を教えてくれる。


「カイゼル帝国が世界に宣戦布告をし、その宣言通りほとんどの国がカイゼル帝国の手に落ちてしまった。今残っている国も、もはやこのウィンブルグ王国とヴァルシャ帝国、そして魔王国に東の国だけだ。ただ一つ幸いなことに、この国には誠一君の知己であるゼアノス君たちがいる。彼らには【魔神教団】の襲撃の際にも大変世話になったが、彼らのおかげで今こうして平穏な毎日を過ごせているのだ。まあこれも仮初の平穏ではあるのだが……」


 仮初ってことは、またカイゼル帝国が何かを仕掛けてくるかもしれないってことか。

 もうカイゼル帝国って名前を聞いただけでも悪いヤツらなのかなって思っちゃうくらい俺からすれば心象悪いけど、でもルルネが参加した大食い大会の中にもカイゼル帝国の出身者がいたし、その人は普通だと思ったんだけどな。まあ名前が中々個性的だったけど。


「まあともかく、ゼアノス君たちのおかげでカイゼル帝国の脅威から身を守れているが、状況は決して良くない。何せ、あの国の兵士たちすべてが『超越者』となったのだ。どのような手を使ったのかは知らないが、これはとても見過ごせるものでもないし、何よりゼアノス君たちがいなければ本当に世界がカイゼル帝国に征服されていたといっても過言じゃないだろう。私の筋肉をもってしても、これを覆すことは難しい……」


 難しいだけで頑張れば覆せるのか? 筋肉ってすごい。

 それよりも、『超越者』ってやっぱり周りから見ればとんでもない存在なんだなぁ。今ここにその『超越者』とやらが数人いるけど。


「そしてこの国のギルドは安全であるが、他の国にも支部はたくさんある。今回カイゼル帝国にその多くの国が占領されたことにより、その支部がどうなったのか、情報が入ってこなくなったのだ。そのため、今こうして我々は少しでも多くギルド支部の情報を集めているが……芳しくないな」

「そうか……」


 どうやらギルド内の異様な雰囲気の原因は、そのギルド支部の人たちの様子や安否が知りたいかららしい。

 もう一度ギルド本部内を見渡していると、ガッスルがふと気づいたようにヘレンたちに視線を向けた。


「そういえば、見慣れない顔が二つほどあるな。まあそれとは別に何故この場に魔王の娘さんがいらっしゃるのかとても聞きたいのだが……」

「えーっと……護衛兼仲間として【魔神教団】の襲撃以降、バーバドル魔法学園に一緒にいたから……ですかね?」

「意味が分からないね! ハハハ!」


 俺も他人なら意味が分からないと思うが、これを笑って済ませるのはどうなのだろうか。

 すると俺たちのやり取りを黙って見ていたヘレンは、いきなりガッスルへと口を開いた。


「……貴方が、ギルド本部のギルドマスターなのよね?」

「む? まあそう言うことになるな! もっぱら筋トレしかしていないがね!」

「それは誇ることじゃない」

「……一つ、訊きたいわ。これはギルドの情報から推測して教えてほしいの。カイゼル帝国に対して、ヴァルシャ帝国は……どれくらいもつ(・・)の?」

「え?」


 予想外の質問に俺が驚くも、逆にガッスルは驚いた様子もなく冷静に答えた。


「ふむ……君はヴァルシャ帝国出身のようだね」

「……ええ」

「…………正直に言おう。ヴァルシャ帝国の命運は、もはやカイゼル帝国が握っているといってもいいだろう」

「っ! それ、は……何故かしら?」

「簡単なことだ。ヴァルシャ帝国の兵士は精強であり、女帝も実力者だという話は有名だが……」


 すみません。全部初耳です。


「……いくら兵士が精強で女帝が強かろうとも、『超越者』となった兵士をそのヴァルシャ帝国の兵力以上に抱えるカイゼル帝国に勝てる道理はない」

「…………ヴァルシャ帝国の近くには、ここの【森】と似たように【封印の森】もあるわ。それでもかしら?」

「聞いていただろう? もはや、カイゼル帝国はこの国の【森】や【海】を気にする必要がないほど、強くなったのだ。だからこそ、この国にも侵攻の手を伸ばしてきた。それはヴァルシャ帝国であっても変わらない。彼らのステータスは、それほどのモノなのだ」


 ハッキリと告げられた言葉に、ヘレンは黙って俯いてしまった。

 ……いまだによく分からないが、ヘレンは何故か強くなろうと焦っている。

 それは自分のためなのか、はたまた誰かのためなのか……。

 何とも言えない空気が俺たちの間に流れると、ガッスルはまるで空気を変えるように明るく告げた。


「とにかく、今は再会を喜ぼうではないか! それで、彼女ともう一人、そこの女の子はギルドに登録するのかな?」

「わ、私ですか? ど、どうしましょう……」


 唐突に話を振られたゾーラはわたわたと慌てるが、それを微笑ましそうにルーティアが見つめていた。


「好きにしたらいいと思う。ゾーラはもう、自分の意思で選択できるんだから」

「じ、自分の意思で……」


 それから少しだけ悩む様子を見せたゾーラは小さく頷いた。


「あの……私もギルドに登録したいです!」

「……私もお願いするわ。あった方が便利だって、誠一先生も言ってるし……」

「そうかね! ならばさっさと登録を済ませてしまおう! エリス君! エリスくーん!」


 ガッスルが受付の向こうに声をかけると、エリスさんの声が聞こえてきた。


「はーい! 少しお待ちになってください!」

「……とのことらしいので、すまないが少し待っててくれ。それにしても……魔王の娘に関しても驚きだが、そちらのヴァルシャ帝国の女の子に蛇族の子とは……中々異色の面々が集まりつつあるようだね」

「た、確かに……」


 今更だが、今のメンバーは『人間(化物)』をはじめ、ゴリラに元災厄にロバ、元暗殺者にメデューサと魔王の娘……。

 これ、普通なのってアルとヘレンくらいじゃない? ねぇ、こんなことある? 普通。冷静に考えるとぶっ飛びすぎじゃない? そもそもゴリラとロバがメンバーにいるのがおかしいわけだし。

 エリスさんが来るまでの間に、ヘレンとゾーラの自己紹介を済ませると、少ししてから急いだ様子のエリスさんがやって来た。服はちゃんと受付嬢の格好をしている。よかった。


「すみません、お待たせしました」

「いえいえ。それと、お久しぶりです」

「エリスさん、久しぶりー!」

「元気だったか?」


 俺やサリア、アルの言葉を受けたエリスさんは、あのSMの女王姿なんて全く連想できないほど、可愛らしく笑った。


「ええ。皆さんもお元気そうでなによりですわ。それと、何人か初めましての方がいらっしゃいますが……」

「あ、その中でもこの子とこの子の登録をお願いしたいんです」

「かしこまりました。では、お二人ともこちらへどうぞ」


 ゾーラとヘレンはエリスさんに促され、その場で手続きをすると、にっこりと笑った。


「はい。これでヘレンさんとゾーラさんの仮登録が終了しました」

「仮登録?」

「あ、そういえばそうだった……」


 ヘレンが不思議そうに首をひねる中、俺はこのギルドが手続きをしてそのまま登録になるわけじゃないことを思い出した。


「はい。こちらでは、仮登録をした方に試験官を一人つけさせていただき、その人の適性を見るようにしているのです。登録される皆さんが戦闘が得意というわけではありませんからね」

「そういう意味では、ちょうどよかったじゃないか! ここにはアルトリア君がいる。彼女に監督をしてもらうといいだろう」

「まあオレは構わねぇぜ。二人ともそれでいいか?」

「私は特に問題ないけど……」

「わ、私も大丈夫です!」

「うし、そんじゃあとっとと試験だけでも済ませるか。おい、ガッスル。何か試験用にいい依頼はねぇのか?」

「もちろん用意しているとも! 誠一君が登録したときのように、ここにいるメンバーではほぼ達成不可能な依頼がね!」

「それどんな依頼だよ!? つか、それって危険なもんじゃねぇだろうな?」

「ああ、危険度でいえば特にそう言うことはないさ。だが、アルトリア君も知ってる通り、彼らは戦闘に関しては一流であっても、採取や雑用系はもう才能がないといっていいほどダメでね! 依頼が申し込まれてもそのまま放置になってしまうのさ!」

『いやぁ、照れるぜ』

「どこにも照れる要素ねぇだろ!?」


 ガッスルとアルの会話に聞き耳を立てていたギルドの面々は、清々しいほど笑顔でサムズアップしてきやがった。

 ああ……確かに、俺がやった依頼もスライムの討伐以外はここの面々がしてそうな依頼じゃないもんな……。

 建物の解体はちょっと微妙だけど、俺がやらかしたみたいに何も考えずに適当に壊されて終わりそうだし、犬の散歩……とはちょっと違ったけど、ミルクちゃんの散歩をしようもんならまず入り口でその格好や隠しきれない変態性から門前払い食らいそうだし、一番ヤバいのは孤児院の依頼だろう。

 特にウォルターさんなんか近づけちゃダメだからな!? あの人、本当に兵隊さんのお世話になっちゃうよ。

 それに孤児たちにとって、悪影響でしかない。あんな変態、近づけちゃダメ。

 サリアもこの会話で孤児院のことを思い出したのか、優しく笑った。


「みんな元気かなぁ。クレアさんも元気だといいけど……」

「……サリアお姉ちゃんん。またあとで誠一お兄ちゃんたちと一緒に行こ?」

「あ、それもそうだね!」


 オリガちゃんの言う通り、あとで孤児院に顔を出すのはいいかもしれないな。ちょっと最近荒むような事件が多すぎるから、癒しが欲しい。子供って可愛いよね。……ウォルターさんと一緒にするなよ!?

 アルはギルドのメンバーを見渡して大きな溜息を吐くと、頭をかいた。


「はあ……まあ仕方ねえか。それにコイツら用の依頼として考えれば都合がいい。おい、誠一!」

「え?」

「オレはこのまま二人を連れてちゃちゃっと試験してくるからよ。お前は『安らぎの木』で部屋を確保しといてくれ」

「分かったよ」

「んじゃあ、頼んだぜ。……部屋割は、その……オレもサリアもいるんだし、無理に男女別にしなくてもいいからな」

「ふぇっ!?」


 頬を赤く染めてそういうアルは、慌ててそのままヘレンたちを引き連れてギルドを出ていった。

 ま、まあ『安らぎの木』に泊まっていた時は、サリアと一緒に泊まっていたから問題はないんだけど……。

 アルのあんな反応を見せられると、こちらとしても恥ずかしいんですが。


「……アルトリアさん。本当に可愛らしくなりましたよね」

「……そうだな。昔の彼女の姿からは想像できないくらいだ」


 そんな様子を同じように見つめていたガッスルたちもしみじみとした様子でそう語った。

 ここでアルたちとも別行動になったわけだし、宿の件もあるから一度『安らぎの木』に向かおうとすると、ガッスルに引き留められた。


「そうだ、誠一君」

「ん?」

「さっきの彼女……ヘレン君だったが、強くなりたいと、言っていたんだよね?」

「え? まあそうだけど……」

「一つ確認なんだが、彼女は戦闘自体は得意なのかな?」

「そうだな……」


 ガッスルにそう訊かれ、俺は改めてヘレンと戦った時のことを思い返す。

 Fクラスの中でも頭一つ抜けるレベルで戦闘スキルがあり、レイチェルと同じように何かしらの武術を学んでいるような節は見られた。

 それも、レイチェルは槍術限定っぽかったが、ヘレンは何故かとても多くの武術を知っていたように思える。

 それ以外にも戦った時の足運びとかから考えると、確実に強いといえるだろう。

 まあ進化前の俺なんかとは比べ物にならないほど強いですよね!


「ヘレンは学園の中でもかなりの実力者だって話だし、実際に強いと思うよ」

「そうか……」


 ガッスルはそういうと少し考える様子を見せた。

 そのことを不思議に思い、首をひねるとエリスさんが何かに気づいたように声を上げた。


「あ……ガッスルさん、まさかとは思いますが、あの場所を教えるつもりですか?」

「……うむ、そうだな」


 少し躊躇いながらも頷くガッスルにエリスさんは厳しい表情で告げる。


「ガッスルさん。それは危険すぎます。今日登録したばかりの彼女たちを行かせるなんて……」

「だが、ギルドの規定としてはランクフリーなはずだ。行くこと自体は私たちに止める権利はないよ」

「で、ですが……」

「それに、誠一君やアルトリア君もいるんだ。まあ大丈夫だろう。なっ、誠一君!」

「話が全く見えないんですけど?」


 何も分からない状況で『なっ』とか言われても困るんですが。一体何の話をしてるんだ?

 思わず半目でガッスルを睨むと、ガッスルはまるで悪びれた様子もなく豪快に笑った。


「ハハハハハ! すまない! いや、どうも彼女が強くなりたいというから、そのための場所を提供しようと思ってね」

「場所?」


 なんだ? それ。

 俺だけでなくサリアたちも首をひねる中、ガッスルは真面目な表情で続けた。


「実は、このテルベールではカイゼル帝国の侵攻の他に、もう一つある事件が起こったのだ」

「ある事件?」

「ああ――――ダンジョンの出現だよ」

『えっ!?』


 俺たちはガッスルの言葉に驚くのだった。


◆◇◆


「――――行ってしまったのぉ」


 誠一たちが王都に戻り、それぞれが新しい生活を始めようと動き出しているころ、バーナバスも自身の身の振り方を考える必要があった。


「……ここがなくなるなんて……思いもしなかった。世界は、どうなってしまうんじゃろうな……」


 バーナバスは魔法使いとして世界最高峰の実力を有しているからこそ、冒険者や国への士官を考えれば、本来は何も考える必要がない。それほどまでにバーナバスの力は魅力的なのだ。

 だが、現在は多くの国がカイゼル帝国の手に落ち、ギルドですらまともに機能していないこの現状では、バーナバスは思うように動けなかった。

 もしここでヴァルシャ帝国やウィンブルグ王国に行こうとすれば、その力を邪魔だと思うカイゼル帝国に消される可能性が今以上に高まるからだ。


「……まあ、今更かもしれんがの」


 カイゼル帝国第二部隊隊長のザキアとも穏便とは言い難い一方的な宣告を受けた今、バーナバスが深く考えるまでもなくカイゼル帝国から脅威だと認識されているだろう。

 しかし、それ以上に今のバーナバスには、どこかの国に仕えようという気持ちは湧いてこなかった。

 それは長年勤め続けてきた世界で唯一の中立を誇る学園……バーバドル魔法学園での日々が、バーナバスにとって何よりも大切なモノだったからだ。

 永い時を生きるエルフである彼にとって、未来ある若者たちが次々と成長していく姿を見守るのは、何時まで経っても眩しい光景だった。


「その未来すらも、こうして奪われてしまうとは……」


 だが、もうその光景を目にする機会は二度と訪れないかもしれない。

 カイゼル帝国がバーバドル魔法学園を支配することにより、世界から中立は消え去り、残るは恭順か反逆か。

 これから先、カイゼル帝国やそのカイゼル帝国に支配された国々の若者たちは、未来の選択をすることができないだろう。


「儂の力は……ここまで無力なモノじゃったのか……」


 ≪魔聖≫と呼ばれ、世界最高峰の魔法使いとして君臨してきたバーナバスにとって、人生で初めて自身の無力さを実感した瞬間だった。

 とはいえ、何時までも悩み続けることはできない。

 だからこそ、どこかで心の折り合いをつけ、未来に目を向けなければならないことは長年生き続けるバーナバスにはよく分かっていた。

 ただそれでも、今まで多くの若者を見続けてきたからこそ、彼は信じていた。


「ここから先は、未来ある若者たちが選択するときなんじゃ。その選択の先に、光があることを、儂は信じるしかない」


 静かにそう学園に向けて告げると、やがてバーナバスはある場所へ移動を始めた。

 それは以前襲撃してきた【魔神教団】の使徒が収監されている場所であり、手はずとしては、この後ザキアを含むカイゼル帝国に引き渡すことになっていた。

 バーナバスを一瞬で拘束する腕を持つデミオロスと裏切られたアングレアの二人を一人で相手にするのはかなりリスクがあるが、何故かデミオロスのあの強大な力は失われ、アングレアは裏切られた影響か、バーナバスたちに友好的な態度を見せていたため、今となっては脅威はほぼない。

 もはや学園長ではないバーナバスだが、これだけはカイゼル帝国云々を抜きにして、何とかしなければならない問題だと考えていた。


「奴らの存在は……儂らやカイゼル帝国といった問題以上に、この星の問題じゃろう。奴らの望みが叶ったその先には、何も残らぬ虚無じゃろうしな」


 学園の中でも知る人が限られる地下室へと続く階段を降り、分厚い鉄の扉に辿り着くと躊躇いなくその扉を開けた。

 すると――――。


「――――おや、どうやらここの主が帰って来てしまったようですねぇ」

「なっ!? 貴様は!?」


 そこには、不気味な笑みを浮かべ続ける【魔神教団】の使徒――――ユティスがデミオロスたちを監禁している檻の前に立っていた。


「貴様……何者じゃ!? 今すぐその檻から離れんか……!」


 すぐさま魔法を発動させ、ユティスを拘束しようとするバーナバス。

 『魔聖』と呼ばれるだけの実力を発揮し、以前デミオロスに使用された光属性最上級魔法の『封魔の光』を発動させた。

 その魔法の発動速度は一般的な魔法使いとは比べ物にならず、常人では反応できる速度ではなかった。

 だが、ユティスはただの人ではなかった。


「ずいぶんと物騒な歓迎ですねぇ」

「何ッ!?」


 ユティスに迫っていた『封魔の光』はユティスの体からにじみ出た黒いモヤに触れると、その魔法は一瞬で消え、何故かバーナバスの体の周囲に出現した。


「こ、これは――――」

「では、大人しくしててください」

「ぐあああああああああ!」


 『封魔の光』はバーナバスの支配下から離れ、いつの間にかユティスの手に支配権は渡り、バーナバスはその身を光の環で拘束された。


「もっと歯向かう相手は選ぶべきですよ? 『魔聖』」

「貴様は……貴様は一体何なんじゃ!?」


 苦し気な表情を浮かべながらも必死にそう尋ねるバーナバス。

 するとユティスは笑みを深め、綺麗なお辞儀をした。


「これは失礼。私は【魔神教団】の『神徒』、≪遍在≫のユティスと申します。以後、お見知りおきを」

「≪遍在≫……じゃと……?」


 バーナバスには男の言っている言葉の意味がほとんど分からなかった。

 しかし、ユティスはにっこりと笑うだけで多くを語ろうとしない。

 すると不意にユティスは檻の中でブツブツと何かを呟くデミオロスに視線を向けると、目を見開いた。


「これは……一体どういうことでしょうか? あのデミオロスが見る影もない……それに、魔神様のおっしゃっていた通り、魔神様の御力が感じられない……」


 今度は大人しく収監されているアングレアに目を向けると、再び顔をしかめる。


「……こっちの『使徒』のなりそこないは何故無事なのか……色々と疑問が尽きませんが、どうもこの件に関しても私の『転移』は発動しないようだ。こうも立て続けに力が封じられると……とても腹立たしいですねぇ」


 その言葉とは裏腹に、その空間いっぱいにユティスの殺気が広がった。

 あまりにも強烈な殺気に、バーナバスですら身をすくませる。

 するとユティスは何かを思いつくとそのままバーナバスへと近づいた。


「そうだ、実際に私がその場所まで跳べない(・・・・)のであれば、貴方の記憶だけでも覗き見してしまいましょう。何、すぐ終わりますよ。貴方の記憶に私の意識を少し跳ばす(・・・)だけですから」

「な、何をするつもりじゃ? や、止めろ!」


 『封魔の光』で封じられた体を必死によじり、その場から逃げようとするもユティスにバーナバスは頭を掴まれた。


「では、デミオロスがこの学園を襲った日に何があったのか……そのすべてを見させてもらいましょうか」


 そしてユティスは目を閉じると、それに合わせてバーナバスの意識も遠くへと飛んでいった。

 しばらくの間、同じ体勢でじっと動かなかったが、やがてユティスは目を見開いた。

 それに合わせて、記憶を探られたバーナバスは大量の汗をかき、必死に呼吸をする。


「はっはっはっはっ!」


 記憶を探られたバーナバスがここまで疲れているのには理由があった。

 それはこのユティスの技を受けた人間は、その時の記憶を鮮明に思い出すなどというレベルではなく、もう一度同じ体験を繰り返すことになるからだ。

 つまり、デミオロスに動きを封じられ、痛めつけられた過去をその身で再度味わうことになったのだ。

 ――――それも、たった一度ではない。

 ユティスはデミオロスを倒した存在を知るためだけに、何度もその部分を繰り返し覗き見た。

 その結果、バーナバスは全身を襲う激痛や何もすることができない無力感を繰り返し体感することになった。

 本来であれば廃人になってもおかしくないレベルで精神的な苦痛を与えられるこの技だが、長年生き続け『魔聖』と呼ばれるバーナバスだからこそ、ギリギリ耐えることができるレベルだった。

 しかし、そんな弱り切ったバーナバスなど気にも留めず、ユティスは己の身に起きていることが信じられないと言うように自身の手を見つめた。


「バカな……記憶ですら辿ることができないだと……? 一体どうなっているというんだ……」


 本気を出せば過去・現在・未来とあらゆる時空・次元・世界に同時に存在することができるユティス。

 それだけの力を持っているからこそ『神徒』に選出され、さらなる力を与えられてきた。

 だが、その自身の誇りともいえる力がまるで通じない状況にさらされ、ユティスはそのことに対する驚愕と怒り、そして……わずかな恐怖心を芽生えさせた。

 しかし、そんな感情から逃げるように顔を振る。


「……私が恐れるわけにはいかない。それはすなわち、魔神様の御力が通じないと認めるのと同じだからだ。大丈夫、見ることができないのは私の力不足だ。魔神様なら、見るまでもなくその存在を消すことが可能だろう。今はただ、このことを伝えるのが先決か……」


 ユティスは指を一つ鳴らすと、先ほどバーナバスの『封魔の光』を消した黒い煙が現れ、檻の中にいるデミオロスとアングレアを包み込んだ。


「……あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない……」

「なっ!? これは――――」

「あなた方は、貴重なサンプルです。安心して運ばれなさい」


 そしてもう一度指を鳴らすと、その檻の中にはデミオロスもアングレアの姿も綺麗になくなっていた。


「っ!? 貴様、二人をどこへやった!」

「そんな情報、私が簡単に流すと思いますか?」

「くっ!」


 悔しそうに顔を歪めるバーナバスを前にして、ユティスは悪魔のようにささやいた。


「大丈夫ですよ。貴方の心に宿るその小さな力への渇望に……私は【種】を与えましたから」

「何を――――」

「では、これにて――――」


 バーナバスが問い詰める前に、ユティスは指を鳴らし、デミオロスたちと同じようにその姿を消すのだった。

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