≪人間≫VS≪王剣≫?
「あのぉ……止めにしません? 争いは何も生まないと思うんですけど!」
「……」
「無言で剣の手入れしないでもらえます!?」
あの後、俺の抵抗むなしく、ザキアさんに連行される形で闘技場にまで移動した。
俺は止めようって言うのに、ザキアさんや他の兵隊さんたちはやたら好戦的だし、サリアたちは俺の応援を始めるしで誰も止めてくれない。分かってる? 戦うの俺だからね?
「じゃ、じゃあ対話しましょう! 俺たちには口があり、言葉がある! さあ、レッツトーク!」
「言葉は不要。剣で語る」
「剣に口は付いてませんけど!?」
何で誰も彼もが剣で語れると思ってんだっ!
この世界、全員顔についてる口は飾りなのかなぁ!?
一人で騒ぐ俺をよそに、ザキアさんは手入れしていた剣を鞘に納めた。
「あ……や、やっと会話をする気になったんですね!?」
「お前など、居合の一撃で十分だ」
「もう何でそんなに攻撃的なの?」
この世界の人たちのほとんどは戦わないと落ち着かない生き物なの? 教えて、おじいさん!
『違います』
まさかの答えが返ってきた!? え、どこ!? アルプスのおじいさんここにいるの!? ここ異世界ですけど!?
『おじいさんではありません。世界です』
よし、俺の頭がおかしくなったみたいだ。
まあ仕方ないよな。ダンジョン消し飛ばしたり、ちょっと人間辞めすぎだもんな。
冥界じゃないんだし、世界の声が聞こえるなんて変だよなぁ!
どうやら最近色々なことが起こりすぎて疲れていたらしく、気持ちを切り替えるため頭を振ると世界を名乗る変な声は聞こえなくなった。よし、正常。でもそのうち病院行こう。俺の頭が……って言うより、体がおかしい。うっかりで何かを救ってしまう程度には。
「と、とにかく! 暴力とかダメだと思います!」
「……」
「いや、本当に何かしゃべってくれません!? 会話ってキャッチボールだから! 今の俺は壁当てだよ!?」
「黙れ。いくらお前が言辞を弄そうと無駄だ」
「返ってきた言葉が辛辣ぅ!」
「うるさい、黙って剣を抜け」
「キャッチボールにならねぇぇぇぇええええ! 一方的に剛速球を投げつけられてるぜ……!」
俺のキャッチャーミットはそこまで分厚くないからね? そのうち泣いちゃうよ?
全米が泣くレベルで必死に訴える俺の言葉もむなしく、ザキアさんは淡々と準備を進めると、冷めた目で俺を見てきた。
「一つ言っておこう。この勝負……と呼べる結果になるとは思わぬが、お前は何もできずに終わるだろう」
「え?」
俺、ほぼ強制的に勝負を受けさせられて、何もできないの!? 俺のいる意味は!?
「……では、お前に無力だということを教えてやろう。バーナバス、審判を」
「う、うむ……」
バーナさんは俺の方を心配そうに見つめるが、やがて諦めたように溜息を吐いた。え、そこで止めてくれないの?
「では……『王剣』ザキア対誠一の試合……開始ッ!」
始まっちゃったよっ!
ど、どうしよう? 戦わないとダメなんだろうか……。
慌てる俺をよそに、ザキアさんは柄に手を伸ばした。
「では、これで終わりだ――――死ねっ!」
「これ模擬戦だよね!?」
殺意たっぷりのザキアさんの言葉に驚いていると、ザキアさんは一気に鞘から剣を抜こうとして――――。
「ぶふぅ!?」
――――盛大にずっこけた。
◆◇◆
ザキアは初めてのことに戸惑いが隠せなかった。
今までどんな状況だろうと隙を見せることなく、格下相手であればその一太刀ですべてを終わらせてきたザキアだが、まさか戦う以前に何もないところでこけると思わなかったのだ。
今回もしっかりと闘技場の足場を確認し、こける要素は何一つないと思っていた。
だが、いざ誠一を相手に突撃を仕掛けたザキアは、まるで体がすべてを拒絶するかの如く動かなくなり、結果的に顔面から地面に突っ込む形となった。
「あ、あのぉ……大丈夫ですか? かなり勢いよく顔からこけましたけど……」
「……」
そのうえ、戦うべき相手であるはずの誠一にすら心配され、ザキアは顔が熱くなる。
しかし、その感情を少しでも表に出さないように取り繕いながら、その場に起き上がると静かに剣を抜こうとした。
「ふっ――――ふんぐぅ!?」
そして剣は抜けなかった。
どんなに力を込めても、ザキアの誇る【魔宝剣フィフティア】は鞘から抜けない。
まるで剣としての役割を放棄するかのように、今まで戦場を共にしてきたはずの魔宝剣が動かなくなったのだ。
――――なんだ。何が起こっているんだ!?
ザキアは自分の身に起きている現象に混乱していた。
そのままある意味敵の前だというのにザキアは必死に剣を鞘から抜こうと頑張る。
だがそれでもザキアの剣はまるで誠一と戦うことを拒否しているように動かなくなった。
そんな剣を抜くことに必死になってるザキアに対し、誠一もどうしていいか分からないのでただ黙って見ていることしかできない。
すると業を煮やしたザキアが剣を抜くことを諦め、鞘の状態で剣を上段に構えた。
「剣が抜けずとも、これで十分だ……! くらえ、【覇天衝】! ぐあああああああああ!?」
「えええええ!? 自滅ぅ!?」
ザキアは上段に構えた剣を振り下ろし、誠一に対して技を発動させるが、何故かその技は誠一に向かうことなくそのままザキアに返ってきた。
本来ザキアを中心に大気を震わせるほどの暴風を生み出すはずが、そのザキア本人を暴風が巻き上げたのだ。
意味が分からないまま吹き飛ばされたザキアは錐もみ回転しながら地面に顔から落ちる。
「うわぁ……痛そう……」
「……」
またも誠一の憐みの声が聞こえるが、今のザキアは羞恥ではなくただただ混乱していた。
一体何が起きているのか分からない。
その場から立ち上がろうとすれば、今度は自分の足がその役目を放棄するかのように力が抜け、それを耐えて何とか体を支え、一歩踏み出せば今度は何の変哲もない地面が急に摩擦力を失い、ザキアは地面にしっかりと足をつけることができずに再び盛大にこけた。
「なんだ……俺の身に何が起こってるんだ!? 俺の体はどうしたというんだっ!?」
混乱するザキアは自身の身に起きている現象がただ怖くて仕方がなかった。
何せ、今のザキアにはまともに立ち上がることすらできないのだ。それも、全く原因が分からない。
この異様な光景を見ているバーナバスやサリアたちだが、ザキアと同じようにただただ困惑するしかない。
何せ、この模擬戦が始まってから、ザキアはずっと自滅しかしていないのだ。
特にザキアの率いている第二部隊の面々は目の前の光景が信じられず、呆然とするしかない。
「な、ならば魔法で……!」
「あ、それは止めた方が……!」
近づいて攻撃ができないと悟ったザキアは、すぐに魔法で攻撃する方向へと方針を変えた。
「これならどうだ……【フレイムバレット】! ぐああああああああ!?」
「言わんこっちゃねぇ……」
ザキアの発動させた魔法は、誠一の懸念通りザキア自身に襲い掛かり、まぐれだと思ったザキアがその後も諦めずに魔法を使用するも、そのすべてがザキア自身に襲い掛かっていた。
ボロボロになるザキアを見て、ただ悲しい気持ちになる誠一はゆっくりとザキアに近づく。
「あの……なんだかよく分かりませんけど、こんなこと止めません? 俺と模擬戦しても意味ないですし……」
「うおおおおおおおおおっ! ぐはあああああああああああ!?」
「話聞かねぇなぁおい! そして自滅!?」
誠一が近づいたことでチャンスと思ったザキアは、その場でスキルを発動しまくった。
だが、そのすべてが自分へと襲い掛かり、ボロボロだった姿が更にボロボロになる。
それでも誠一に勝つために剣を握ると、さすがに哀れに思ったのか、【魔宝剣フィフティア】がついに鞘から抜けた。
「っ! これで……っ!」
自分の相棒である剣が抜ければ、もはや誠一など敵ではない。
そう思ったザキアが再び誠一に襲い掛かろうとすると、【魔宝剣フィフティア】は『あ、それは困る』と言うように剣身がひとりでにぐにゃりと折れ曲がった。
「何故だああああああああああ!」
「し、知らねぇぇええええええ!」
それでも折れ曲がった剣で誠一に襲い掛かろうとすれば、もう完全に剣がその存在意義を否定するかのようにさらにぐにゃぐにゃに折れ曲がって、ザキアの手から滑り落ちた。
地面に転がる自身の相棒を前に、ザキアは肩を震わせる。
「……もういい。剣も魔法も使えぬのなら、この体で十分だっ!」
そして誠一がザキアを心配して近づいていたこともあり、ザキアは至近距離で誠一に殴りかかった。
「うおおおおおっ――――ぶほあああああああああ!?」
その拳は誠一の頬でなく、自分自身の頬に突き刺さった。
ザキアの本気の拳は中々の威力で、自分を大きく吹き飛ばす。
スキルや魔法、武器ですらない自分の体から反撃を食らったザキアは呆然と殴った頬を撫でようとして、何故か体が勝手に動いて往復ビンタが繰り出された。
「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ!?」
もう何故自分で自分をビンタしているのかさえ理解できないのに、それを避けようと体を動かそうとしてもピクリとも動いてくれない。
ザキアの意思とは裏腹に、完全にザキアの体は誠一と戦うことを拒絶していたのだ。
その後もこれでもかというくらいにザキアの体はザキア自身を痛めつけ、最初の時の勢いはどこに消えたのか、息も絶え絶えとなってその場に転がっていた。
すると今まで困惑して見ていた第二部隊の兵士たちが怒りの籠った目で誠一を睨む。
「貴様ああああ! ザキアさんに何をしたあああああああ!」
「ええっ!? お、俺関係なくね!?」
「問答無用、貴様のような卑劣なヤツ、俺たちが相手をしてやる……!」
「お、おい!」
第二部隊の副隊長であるオルフェが慌てて止めようとするが、他の兵士たちは自身が慕うザキアがボロボロにされたことで誠一を倒さなければ気が済まなかった。
バーナバスもさすがに止めようかと迷ったていたが……。
「……まあいいじゃろ。どうせワシの学園もなくなるんじゃ、最後に面白いモノを見るのも一興じゃて」
「そこ止めるところじゃない!?」
審判であるバーナバスも認めてしまったため、誠一はこのまま第二部隊のオルフェ以外のすべてと戦わなければいけなくなった。
だが、その戦いは起きなかった。
「な、なんだぁ!?」
「け、剣が折れ曲がったぞ!」
「よ、鎧が重いぃぃぃぃぃいいいいいい!?」
誠一をどう痛めつけようかと考えていた第二部隊の面々は、戦う前に自身の身に着けていた武器のすべてが誠一と戦うことを拒絶し、武器としての存在を放棄した。
中にはその放棄した結果、粉々に砕け散って修復不可能なモノまで現れ、気付けばザキアと同じように身一つで戦わなければいけない状況に。
それでも闘志を衰えさせない兵士たちが誠一に突撃しようとすると、その強い意思とは別に今度はそれぞれの体が誠一と戦うことを放棄し、その場から逃げ出そうとした。
――――そう、『体』が、逃げ出そうとしたのだ。
「ぎゃああああああああ!」
「う、腕がああああああ!」
「目が……目が痛ぇよぉおおおお!」
「うぇええええええ!? なになになになになに!? 何が起きてんの!?」
まるで体のパーツ……筋肉、骨、神経、細胞の一つ一つがその場から逃げ出そうとした結果、兵士たちの体は勝手に自壊した。
骨はその場から逃げようとして脱臼し、目は神経を伴ってそのまま眼孔から抜け出そうとする。
髪などの体毛は毛根ごと一斉に逃げ出し、歯はその場にすべて抜け落ちた。
阿鼻叫喚となる第二部隊の面々を前に、何故こうなったのか理由を知らない誠一はとにかく焦っていた。
「どうなってんの!? いきなり模擬戦に乱入してきたと思ったら体中から血を流し始めるし!? ここなんかウィルスでも蔓延してんの!? そういうの漫画やドラマの中だけにしてくれない!?」
あまりにも痛々しい光景に誠一は顔をしかめると、第二部隊の面々の体はこのままだと誠一の機嫌を損ねると思い、それぞれが元の役割に戻った。
おかげで先ほどまで絶叫していた兵士たちは、地面に転がって必死に体の様子を確かめる。
「あ、ああ……俺の手が……ちゃ、ちゃんと動く……」
「目も見える……ちゃんと見える……!」
「よかった……よかったああ……」
誠一と戦うと思ったからこそ、このような状況を招いたわけだが、まさか世界そのものと、武器やスキル、魔法に自身の体といったすべてが敵に回ると誰が想像できるだろうか。
そしてこの惨劇を引き起こした誠一自身も、自分の味方がとんでもないことになっていることに気づいておらず、この騒ぎの原因もよく分かっていない。
そのため、誠一からすればザキアの行動も第二部隊の面々に起こった現象の数々も、ただの怪奇現象にしか見えず、怖くて怯えているのだった。
第二部隊の兵士たちが正常な体に戻ったことに狂喜していると、何とか立ち上がるまでに回復したザキアが真剣な表情で誠一を見つめた。
「……これが、お前の力だとでも言うのか?」
「え? いやいやいや、そんなワケないでしょ!? ………ないよね?」
誰に聞くわけでもない誠一の問いには誰も答えなかった。
しかし、ザキアはその答えに納得できず、憤怒の形相で誠一を睨みつけた。
「俺だけでなく、仲間までコケに……許さん」
「さすがに理不尽が過ぎない?」
誠一は涙目だった。
だが、ザキアは聞く耳を持つことなく、性懲りもなくまた誠一に襲い掛かろうとすると――――。
「っ! 【転移の宝玉】!」
「なっ!? オルフェ、何を――――」
今まで黙って見ていた第二部隊副隊長のオルフェが、懐から手のひらサイズの透明な球を取り出し、勢いよく地面に投げつけた。
投げつけられたその球は砕け散り、中から煙が噴出してザキアやオルフェ、そして第二部隊の兵隊たちすべてにまとわりついた。
そしてその煙が完全にザキアたちを包み込み、やがて煙が晴れるとそこにはザキアたちの姿はもうなかった。
あまりにも突然の展開に、誠一は呆然とする。
それは誠一だけでなく、バーナバスたちも同じで口をポカンと開けることしかできなかった。
真っ先に正気に返ったバーナバスが戸惑いながらも宣言する。
「あー……勝者、誠一君……?」
もはや、模擬戦だったのかさえ、誰にも分からない。
それほど一方的な結果だった。
すると誠一は呆然としたまま呟く。
「……俺、本当に何もできなかった……」
「そういう意味じゃねぇだろ!?」
アルトリアのツッコミが、闘技場に響くのだった。




