文句
「――――バーナバス。今日が約束の日だ。準備はできているか?」
「……」
俺――――ザキア・ギルフォードは再びバーバドル魔法学園に来ていた。
このバーバドル魔法学園は世界中の国々から援助金や教師などの人材を派遣されることによって、中立として運営されてきた。
もちろんそんな学園であっても完全に中立というのは難しく、目に見えないところで大きく利権関係が動いていたのだ。
それでも中立は中立。
中立であり続けることができるこの学園は、とても稀有な存在だった。
……だが、それももう終わりだ。
俺の祖国であるカイゼル帝国の王、シェルド・ウォル・カイゼル様が世界統一に動き出したのだ。
最初は俺も反対した。
俺の恩人でもある先王の思想から大きく外れているといのもあるが、何より戦力的な要因や資源など、どう考えても現実的ではない。
だからこそ、陛下が世界統一に強行したときは……陛下を討とうと、考えた。
しかし――――それは叶わなかった。
まさか、陛下に……いや、王族にあんな切り札が――――。
「……本当に、この学園を閉鎖すれば、生徒たちは無事に家まで帰れるのじゃな?」
思考の海に沈んでいると、学園長であるバーナバスが険しい顔でそう訊いてきた。
「ああ。それは保証する。俺たちはこの学園の生徒たちが無事に帰るまで、手を出すことは一切しない。事実、もうすでにこの学園に残っている者は数人しかいないだろう?」
「……フン。これが貴様でなければ……信じなかったのだがのぉ……」
……バーナバスは決して俺を信用しているわけではない。
俺以外の者であれば何かをするということこそ、信じ切っているのだ。
そしてその考えは間違いではない。
もしここにいるのが俺でなければ、交渉も何もせず、そのまま学園内を制圧し、生徒たちを人質にまたカイゼル帝国の交渉材料の一つとしたことだろう。
それだけのことを可能にする戦力が……今のカイゼル帝国にはあるのだ。
「まあいい。――――では、これよりこのバーバドル魔法学園はカイゼル帝国の――――」
「――――ちょっと待ったああああ!」
「っ!?」
「なっ!? せ、誠一君!?」
突然、この学園長室に乱入者が現れた。
その者の姿は怪しく、フードを被っているため顔を見ることが出来ない。……誰だ? この男は……。
するとそんな男の後に続いて、他にも数人息を荒げながらやって来る。
「お、おい……せ、誠一……テメェ……足、速すぎんだろ……」
「…………そんなことより、本当に乱入したのか、この男……」
よく見ると、陛下の第二子息であるブルード様の姿が見えた。
いきなり乱入してきた男に対して、俺の部下の一人が声を荒げた。
「貴様……何者だ! 今我々の隊長とこの学園の長で重要な話し合いをしている! それを邪魔するとは……どうなるか分かっているのか!?」
「分かりません! でも今日でクビらしいので、文句言いに来ました!」
「も、文句ぅ!?」
「ハッキリ宣言したなぁ、おい!」
あまりにも清々しい物言いに、俺たちは思わず呆気に取られてしまった。
呆然とする俺に対し、フードの男は顔を向けると指をさしてくる。
「はい、そこ! 貴方が一番偉そうなんで貴方に言いますが、まず迷惑なんですけど! 俺クビですよ、クビ! リストラ! 分かります!? もし経験するなら退学の方が先なはずなのに、まさかのクビを先に経験するという……なんてレア!」
「う、うむ?」
なんなんだ、この男は。何が言いたいんだ。
「世界統一だかなんだか知りませんけど、よそでやってくれません? 俺たちを巻き込むの、本当にやめてほしいんですけど! 貴方たち偉い人に振り回される小市民の気持ちも考えてくださいよ! 俺たち無力なんですから!」
「お前が無力とかどんな詐欺だっ!」
「それは酷くない!?」
未だに理解が追い付いていない俺たちを置いて、謎の男とその後についてきた褐色肌の女がまるで夫婦漫才のようなやり取りをしている。いや、俺たちは何を見せられてる?
今まで完全にこの場の空気を支配していたはずの俺たちが――――気づけば一人の男に振り回されているのだった。
◆◇◆
俺――――柊誠一は、特に考えがあるわけでもなく本当に文句を言うためだけにこの学園長の部屋に突撃してきた結果、何やらゴツゴツした鎧姿の男性たちがバーナさんと会話をしているところに出た。いやあ、考え無しに突撃したけど、こうして文句言う相手がいて運がいいね! いつも以上にノリと勢いで来ちゃったよ!
そして今は俺が感じたことをとりあえず一番偉い人っぽい男の人にぶちまけてる最中だ。
「だいたいですねぇ、ここにいるブルード! 他のカイゼル帝国の子供たちや勇者は先に連れて帰ったのに何で彼は置いて帰ったの!?」
「た、確かに……!」
ブルードも俺の言葉に頷き、目の前の偉い人だと思われる男の人に顔を向けると、その男性は気まずそうにしながら視線を逸らした。
「わ、忘れてました……」
「俺は忘れられてたのか!?」
まさかの事実! 仮にも王子様じゃないの!? もうカイゼル帝国のやること全部に驚きだよ!
すると俺に指摘された男性は咳払いをした後、鋭い視線を俺に向けた。
「先ほどから黙って聞いていれば……お前は誰なんだ? 悪いが、部外者は帰ってくれ」
あー……確かに、名前を言ってなかった。しかも相手は目上の人なのに。
いくら文句を言うとはいえ、そういうところはちゃんとしないとね! ……まあガッスルとかはもう出会いとか諸々の事情によって敬語を使ってないけどな。ごめんね!
「ごほん! えっと、この学園長のバーナバスさんに教師として雇われた、冒険者の柊誠一です」
「冒険者……?」
「おいおい、冒険者って……どこの国にも所属してねぇ浮浪者どもじゃねぇか」
「それに名前の響きからして東の国出身か?」
俺が名乗った瞬間、相手の兵士たちはざわつく。そんな変な自己紹介したかな?
「そうか。俺はカイゼル帝国第二部隊隊長、ザキア・ギルフォードだ。今回、このバーバドル魔法学園の閉鎖・運営のために派遣された」
俺が首をひねっていると、一番偉い人っぽかった男性――――ザキアさんも名前を言ってくれた。
「それで、誠一。お前は文句を言いに来たといったが……その文句を言ってどうするつもりだ?」
「どうも何も、文句を言うだけですけど?」
「は?」
「え?」
『……』
何故か、学園長室に沈黙が訪れた。
あれ? 変なこと言ったか? アルたちも驚いてるけど、俺は文句を言いに行くって伝えたと思うんだけど……。
「いや、何自分だけ普通みたいな顔してんだ!? そもそも文句を言いに行くって行動自体がおかしいんだから、その後何かあるかもって思われても仕方ねぇだろ!」
アルにごもっともすぎるツッコミをいただいてしまった。
するとザキアさんは溜息を吐いた。
「はぁ……時間の無駄だったな」
「え?」
「お前が何者で、どんな経緯があってこの場所に来たのかは知らないが……いくら文句を言おうと無駄だ。これはカイゼル帝国が決めたことで、誰にも覆せるものではない」
「いやいやいや、おかしいでしょ! 確かに文句言いに来たのは自己満足ですけど!」
「やっぱり自己満足なのか……」
ブルードが疲れたように呟いた。ごめん、許して! 基本勢いだけで生きてるから!
「自己満足ですけど、カイゼル帝国の決定が絶対って言うのは納得いかないんですけど? そもそも何でこの学園が閉鎖されなきゃいけないんですか?」
「簡単なことだ。カイゼル帝国の帝王、シェルド・ウォル・カイゼル様が世界統一に動き出し、戦争が始まったからだ」
「いや、誰です?」
「だ、誰だと!?」
カイゼル帝国の帝王ってのは分かったけど、俺その人知らんし。
「まあその帝王様が世界統一に動き出したってのは分かりました。でもそれって必要なことなんですか? わざわざ戦争をしてまで? 世界統一って言うくらいですから、カイゼル帝国の国民のためとかって理由じゃないでしょう?」
「……確かに、今回の戦争は国民を思っての戦争ではない。ただの陛下の欲望による戦争だ」
「そんな……父上……」
ザキアさんの言葉に、ブルードはますます暗い表情を浮かべる。
そんなブルードを見て、アグノスが何かを言いたそうにしていたが、ベアトリスさんに止められていた。まあここでアグノスたちが出てくると余計にややこしくなるもんな。
俺が出てこなきゃややこしくならなかったって? …………そうだね!
「はあ……あの、そんな戦争が認められるんですか? ただ一人の欲望で戦争をして、国民が許すと? 少なくとも俺は嫌なんですが……」
「もう陛下が決めたことだ。そもそもお前はカイゼル帝国の国民ではないし、拒否権も与えられない」
「見知らぬ他人にすら人権否定!?」
俺、人権拒否されること多すぎじゃね? 種族の【人間】、ちゃんと息してる?
「大体、戦力的に勝てると思ってるんですか? 世界VSカイゼル帝国みたいなもんでしょう? それに貴方たちは納得してるんですか? そんな個人的な望みで戦争することを」
「…………」
「え、納得してないの!? 納得してないのに従ってるってどういうこと!?」
いくら何でもそれはおかしいだろ!
納得してないんなら、クーデター? だのデモ? だのを起こせばいいはずだ。
国民全員がこの戦争に賛成って言われちゃったらどうしようもないけど、この戦争を全面的に喜ぶ人なんているのか?
だからこそ、内乱とかになるかもしれないけど、少なくとも賛成派より否定派の方が多いんだからクーデターを起こせば成功するだろう。
俺の言いたいことが伝わったのかは分からないが、ザキアさんは首を横に振るだけだった。
「無理だ。もう、陛下を止められる者は誰もいない……今の陛下は、人間ではなくこの世で最も強い存在となったのだ」
「この世で最も強い存在?」
何それ。誰の話ですか? 今度会った時、相手が化物だったら怒るよ?
だってザキアさんの言い方だと、まるで化物にでもなったかのような言い方だもんな。
思わず首をひねる俺だが、ザキアさんはその話を詳しくするつもりはないらしい。残念。
「……それと、カイゼル帝国が世界を相手に勝てるわけがないと思っているようだが、それは違う」
「へ?」
その瞬間、ザキアさんは何故か腰に差していた剣を抜き放った。
それを合図に、他の兵隊さんたちも剣を抜く。
「――――俺と同等、またはそれに近い実力の兵士が数万もいるのだぞ」
「なっ!?」
「ぐっ!? こ、この圧力……!」
ザキアさんや兵士たちが剣を抜いた瞬間、近くにいたブルードやアグノスたち、そしてバーナさんが顔を青くする。
「この程度で音を上げているようでは話にならん。……無理もないだろう。≪王剣≫と呼ばれる俺と同等など――――」
「いや……それで?」
「は?」
「え?」
俺の質問に、ザキアさんだけでなくバーナさんやブルードたち、そして第二部隊の兵隊さんたちが間抜けな表情を浮かべていた。
「聞いてなかったのか? この≪王剣≫である俺と同等の存在が数万もいるんだぞ?」
「お、オウケン? 無知で申し訳ないんですが……有名人? その、ザキアさんみたいな有名人がたくさんいるってこと? ん?」
「……おい、誠一。マジで言ってんのか? ……ってオレも言いたかったんだがなぁ……」
混乱する俺に対し、アルが額に手を当て、天を仰ぎながら呟いた。
よく見ると、ブルードたちとベアトリスさんはザキアさんが剣を抜いた瞬間に苦しそうにしていたが、俺やサリア、アルにルルネといったゾーラのいたダンジョンに向かった面々は何ともなさそうだった。……あれ? これ、ザキアさんが何かしてたのか?
「ば、馬鹿な!? お前たちは何故平然としていられる!? ここにいる第二部隊はすべて、『超越者』の領域に足を踏み入れたんだぞ!」
「あ、俺たちと同じですね」
『ぶふぅ!?』
俺の言葉にザキアさんたちだけでなく、バーナさんやアグノスたちも噴出していた。……そういや『超越者』ってすごいんだっけ? 身近な人が『超越者』ばっかりだから麻痺してた。いや、周囲に強い人たちが多すぎるんだよ。ギルド本部の皆だったり、ゼアノスたちだったり……。
「えっと、とりあえずその『超越者』がたくさんいるから勝てると……」
「そ、そうだ」
ええ……? マジで? ……俺の中だとギルド本部の連中に一方的に面白おかしく倒される未来しか見えないんだけど……。
それに仮にカイゼル帝国がウィンブルグ王国に戦争を仕掛けたとしても、今はルシウスさんやゼアノスもいるし……本当に勝てるの? 『超越者』って500レベルを超えたらでしょ? ゼアノスなんて元々1500だぞ?
もう一度、脳内で戦闘シュミレーションをしてみた。
…………。
「ご愁傷様です……」
「なんなんだお前は!?」
おっと、口に出ていたようだ。すみません。
元々無理だと思っていたカイゼル帝国の世界統一とやらがより一層……それどころか俺の考えが決定づけられてしまった。
「……お前の言動や振る舞いを見るに、そこの女たちは『超越者』なのだろう」
「はあ」
「だが、お前はどうなんだ? お前からは強者としての雰囲気や立ち振る舞いが一切見えない。そんなお前が俺に勝てるとは思えん」
「え?」
強者としての雰囲気? ……そりゃただの一般人ですから、どこかの達人みたいに『こいつ……デキる……!』って雰囲気は出せませんよ。まあ冥界でどこぞの達人のような『そこにいるんだろ?』って感じで生命力というか、気配を察知するすべは身に着けましたけど。
だからアル、そんな『こいつマジか』みたいな目でザキアさんを見ないの! サリアたちも顔を見合わせない!
「俺に勝つことすらできないような者が、なおさら陛下には勝てるわけがない。陛下に勝てなければ陛下に文句を言うこともできん。お前には無力というモノを味わわせてやろう」
「へ? あの……どういうことでしょうか?」
突然雲行きが怪しくなり、恐る恐る聞くとザキアさんは淡々と答えた。
「簡単なことだ。俺と戦い、お前が力がないということを分からせてやろう」
「どういう過程を経てそうなった!?」
この魔族軍の人たちといい、この世界は脳筋ばっかりかよ!
訳も分からぬまま、文句を言いに来たはずが何故か模擬戦をすることになってしまうのだった。




