学園の閉鎖
「――――学園が、閉鎖することになりました……」
「へ?」
『は?』
学園祭から五日後。
俺はFクラスのHRの前にオリガちゃんと授業で必要なモノを運んで戻ってくると、俺がHRを始める前にベアトリスさんがそう口にした。
え、てか……閉鎖?
……。
「閉鎖ああああああああ!?」
『ええええええええええ!?』
「おい、何で誠一まで驚いてんだ!?」
アグノスたちと一緒に驚いていると、何故かFクラスにいたアルにそうツッコまれた。え、知らなかったから驚いてるんですけど!?
するとベアトリスさんが申し訳なさそうな表情をして、教えてくれる。
「すみません……誠一さんが授業で使う教材をとりに行っている間、職員室で教師たちに学園長がそう告げたのです。そしてその内容があまりにも衝撃的すぎて、誠一さんがその場にいなかったことにも気づきませんでした……」
「……ああ! 確かにあのとき誠一いなかったな。オレも今まで忘れてたぜ……」
「俺の存在感薄っ! いや、いいんですけど!」
まあ確かに学園が閉鎖するなんて聞いたら、俺に意識を割く余裕なんてなよな。
アルがこの教室にいるのも、もしかして学園が閉鎖するから授業もなくなったって理由で?
つか、それにしたっていきなりすぎじゃね!? 何がどうしたらそんな決定が!?
確かにあの【魔神教団】ってヤツの襲撃で学園に対する不信感が募っていることは知ってたけど、その不信感や暗い雰囲気から気分を変えるためにバーナさんが学園祭を始めたんじゃないの!? 閉鎖しちゃったら意味ねー!
何のためにあの恥ずかしい時間を……あ、思い出したら死にたくなってきた。これ以上はよくない。
「べ、ベアトリスの姐さん! なんだって急にそんなことが……」
アグノスが思わずといった様子でそう訊くと、ベアトリスさんは表情を曇らせ、一瞬ブルードに視線を向けた。
「……どうやら、この学園をカイゼル帝国が運営することになるそうです」
「なっ!?」
「っ!? バカな!」
カイゼル帝国が? どうして?
色々言いたいことはあるが、そのカイゼル帝国の……しかも第二王子であるブルードには情報が回っていないようで、俺たちと一緒に驚いている。
「あり得ん! いくらカイゼル帝国が……父上が世界統一を狙っているとしても、この学園は各国からの援助金と人材、そして生徒によって成り立っている。それを一方的に排斥して運営するなど……各国が黙ってないぞ」
「詳しい話は私も聞いていないのですが……今、この大陸のほとんどがカイゼル帝国の勢力圏となったそうです」
「はあ!? なんだそりゃ!? んなのどうすりゃそんなことになるんだよ!? いくら大国でもたかが一国だろ!?」
アグノスの言う通り、ベアトリスさんの言葉は到底信じられるものではなかった。
だって、もし仮にカイゼル帝国が何らかの因縁をつけて他国を侵略すると、他の国も警戒したり同盟を組んだり……とにかく何かの対策を立てるはずだ。
その対策がそんな簡単に崩される事態何てそうそう起こるものなのか? まして、世界中を統一して管理できるのか? 無理だろ。
「……ちょっと待ちなさいよ。カイゼル帝国の勢力圏ってことは、侵略されたってわけでしょ……? それがほとんどって……! ヴァルシャ帝国、ヴァルシャ帝国はどうなったの!?」
「おい、ヘレン!?」
「おおお、落ち着いて! ど、どうしたの!?」
何やら血相を変えてヘレンがベアトリスさんに詰め寄ろうとするが、それアグノスたちが必死に宥める。
ヴァルシャ帝国? 何かで聞いた気がするけど……思い出せん。
それより、ヘレンの取り乱しようを見ると母国なのかな?
「ヘレンさん、落ち着いてください。ほとんどの国が実質的な支配下に入ったそうですが、そんな中でもウィンブルグ王国、ヴァルシャ帝国、東の国、そして魔族の国のみ抵抗を続けているそうです。ただ、そこは今にも戦争が起きそうな状況らしく、この膠着状態がいつまで続くか……」
「……それを聞いて安心した。強くなるために誠一についてきてたのに、その護るべき国が無かったら私は……」
「はい。私も、師匠の下に修行として来た身……それが帰るべき祖国がないなど、とても笑える状況じゃありません」
「……」
そうだよ……ルイエスとルーティアは、無関係じゃない。もちろん俺もだけど。
ルーティアは魔族軍の方々の制止を振り切って……まあ結果的に許可は出たけど、俺に付いてきたんだ。強くなるために。
もちろん【魔神教団】から身を護るって意味もあるんだけど、それ以上に強くなるってゾーラのいたダンジョンで決めたはずだ。
ルイエスだって、ランゼさんを何とか説得してここに来たんだ。
……ただ、ベアトリスさんの言うことが本当なら、父さんたちのいるウィンブルグ王国も大丈夫ってことなんだろう。まああそこの兵隊さんたちやギルドの連中がいるからあまり心配してないし、何よりゼアノスたちや元勇者、そして最近はサリアのご両親までいるからなぁ……あれ? 過剰戦力な気が……ま、いっか!
とりあえず、ヴァルシャ帝国とやらが無事だと聞かされたヘレンは、その場に座り込んでしまった。うーん……本当にどうしたんだろう?
「……話を続けますが、カイゼル帝国が現在多くの国を支配下に置いたことにより、この学園を各国で運営するということができなくなりました。そしてその旨を一週間ほど前、どうやら学園長に直接話が来たらしく、今すぐ学園を閉鎖するなら、生徒の皆さんが母国に帰るまで手出しをしないと約束したそうです」
「……なるほど、その話を持ち掛けたのは第二部隊の隊長か」
「あ? 知り合いか?」
「……まあな。もし他の部隊の人間が来ていたのなら、そう簡単に生徒を解放するはずがない……むしろ平気で人質として使うような連中ばかりだ。だからこそ、そんな提案をする人間は一人しかいない」
「……なあ、お前の国を悪く言いたかねぇが、クソか?」
「…………返す言葉もないな。すまない」
珍しくブルードがアグノスの言葉に頭を下げていた。
まあとりあえず、何で閉鎖するのかは分かった。いや、納得はできねぇけどさ。
閉鎖する理由と合わせて、もう一つ聞いておきたいことがあるんだ。
「あの……一ついいですか?」
「はい、なんですか?」
「ブルードの言葉やベアトリスさんの話通りなら、生徒たちはとりあえずは家族の下に帰れるんですよね?」
「ええ、そうですね。学園長も生徒たちの身の安全を考え、この決断を下したそうです」
「なるほど……なら、教師である俺たちは?」
「クビです」
「あらやだ、端的!」
「お前は少しはブレろ!」
アルに頭を叩かれてしまった。いや、ブレろって言われても……これが俺クオリティってやつなので。
って言うか、俺って今は教師をしてるけど地球じゃ学生で、まさか退学の前にクビを経験しちゃうの? フゥー! レアだね!
なんか色々情報が多すぎてテンションがおかしくなってる俺をよそに、ベアトリスさんはアグノスたちを見渡した。
「……本当は、このまま皆さんを最後まで教えたかったのですが……どうやらそれは叶いそうにないですね。フフ……最近は皆さんもしっかり勉強してましたし、テストを楽しみにしていたのですが……」
「ベアトリスさん……」
ベアトリスさんは、アグノスたちが魔法を使えない時からずっと真剣に向き合って、教えて来たんだよな……それがこんな形で終わるなんて、誰も想像できなかっただろう。
「……さて、悲しむ時間はありませんよ? 今日はどうやら最後の確認としてもう一度カイゼル帝国の方々がいらっしゃるそうです。最初にカイゼル帝国の方々が訪問された際にカイゼル帝国出身の生徒や勇者の方々は連れて帰られたようですが、他の方々は今から荷物の整理などを――――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は思わずベアトリスさんの言葉を遮ってしまった。
いや、でも……!
「連れて帰られたって……今、この学園に勇者たちはいないんですか!?」
確かに、学園祭の後片づけをしている時から神無月先輩たちを見ないとは思っていたけど、それは神無月先輩を含む勇者たちは出店をやったわけじゃないし、何より他の勇者たちへの指示だとかそういうモノがあるからいないんだと思ってた。
そのあとも見ることはなかった……というか、神無月先輩から突撃してこない限りは普段は会う要素がないのだ。
だから特に意識していなかったんだが……。
「誠一さん。こちらを」
「え、これは……?」
焦る俺に、ベアトリスさんは一枚の手紙を渡してきた。
「学園長から渡されました。神無月さんからの手紙だそうです」
「!」
俺は急いで手紙を開けると、その内容に急いで目を通した。
そして……。
「……神無月先輩は、変わらないな」
そこには、もう腕輪の効力が失われているからこそ先生方や他の勇者たちを見捨てられない。私は私のできることをという神無月先輩の言葉と、俺は俺にできることをと、書かれていた。
昔から神無月先輩は、自分のことを後回しにして、周りの皆を助けてきた。
だからこそ皆も神無月先輩を慕っていたし、尊敬していたんだ。
それはこの異世界に来ても、やっぱり変わっていない。
……いや、ある意味特殊な方向に変わってはいたけど!
「……でも、それだけじゃないんだろうな」
神無月先輩はずっと、俺を巻き込まないようにって……そう考えてくれていた。
だから俺には黙ってたんだろう。もちろん、俺に会いに行くことをカイゼル帝国が許してくれるたとも思わないけど。
「ふぅ……色々、本当に納得できませんが……ここで俺が騒いでも仕方ないんでしょうね」
正直、どうして俺たちを放っておいてくれないんだという気持ちしかない。
アグノスたちだって、好きでこの場から離れるわけじゃないんだ。
本当に……戦争って、なんなんだろうな……。
クラス全体が暗い雰囲気に包まれる中、ブルードが不意に俺たちに向けて頭を下げた。
「……本当にすまない。俺の国が……父上のせいで、こんなことに……」
頭を下げるブルードの顔は見えないが、その声は震えていた。
だが――――。
「はあ……おい、前も似たようなこと言ったが、お前は関係ねぇだろ? クソみてぇなことをしてるのも、悪いのも全部お前のオヤジだろうが。テメェが謝んじゃねぇ!」
「そそ、そうですよ! ブルード君のせいじゃありません!」
「……気にするな、というのは無理だろうが……ブルードが気に病むことじゃない」
アグノスやレオン君、そしてベアードの言う通り、ブルードへの落ち度はないはずだ。
ただカイゼル帝国の第二王子ってだけで、その生まれも選べるわけじゃない。それを責めるのはおかしいだろう。
そんな皆の言葉を受けて、ブルードは顔を上げることなく体を震わせた。
「父上……一体なぜ………………すまない……本当にすまない……」
「ブルード……」
……ここでカイゼル帝国に対して、何のしがらみもなければ何か行動を起こしたのかもしれないけど……ブルードにとって、カイゼル帝国の王様はお父さんなんだよな。
色々複雑な心境だが、俺も父さんたちが大事だからこそ、ブルードの立場になったとき……どうしてもすぐに行動することができない。
………………うん、決めた。
「ベアトリスさん。この後、そのカイゼル帝国の人がやって来るんですよね?」
「え? は、はい」
「あ、兄貴?」
俺の質問ベアトリスさんとアグノスたちは怪訝な表情を浮かべる。
「ちょっと、色々考えたんですけど……人生経験もないし、何より頭のよくない俺にはどうすることが正解なのか分かりません」
カイゼル帝国をどうこうしようとしても、その国には何の関係もない人たちが生活しているんだ。
それを俺にはどうすることもできない。
だから……。
「どうせ今日限りでクビになるんだし、最後に文句を言いに行こうぜ!」
『へ? も、文句?』
俺の言葉に、生徒たちは間抜けな表情を浮かべるのだった。




