復活を待つ魔神
『――――ああ、力が戻ってくる』
何も見えぬ暗闇の中、一つの紫色の炎が浮かんでいた。
その炎は不気味に揺らめきながらも、目を離すことが出来ない妖しい魅力を放っている。
『あと少し……あと少しだ。あと少しで、我は復活することができる……』
あらゆる感情の込められたその言葉を正しく理解できる者はこの世にはいない。
何故なら、この炎こそが【魔神教団】の崇める存在であり、正真正銘の神なのだ。
神々の思いを、その神々によって創られた人間たちが理解できるはずがない。
――――魔神にとって、この封印された星やそこで生きる生物たちなどは興味を割く対象にすらなりえない。
それはこの魔神を崇める【魔神教団】の者たちであっても変わらないのだが、その事実は知ることはない。
創造主である神々を人間が崇め、絶対服従するのは当たり前であり、その人間の存在そのものを消すことさえ、神にとっては造作もないことなのだ。
ただ、今は封印されているため、生物たちへの干渉力はない。
しかし、封印が解かれれば――――この魔神がただ『消えろ』と念じるだけで、星どころか宇宙や世界すら消えてしまうだろう。
とはいえ、封印されている事実は変わらない。
『――――集え、我が【使徒】よ』
静かに炎がそう告げた瞬間、まるで紫の炎を囲い込むかのように幾つもの暗い光がその場に現れる。
光は大きく輝くと、やがて人型となり、紫の炎に首を垂れる形で幾人もの人物たちが集結した。
すると首を垂れている人物たちの中で、一番紫の炎に近い男が口を開いた。
「――――お呼びでしょうか? 我が君」
その男は、ウィンブルグ王国を襲撃した【使徒】たちを回収した常に笑みを浮かべている男だった。
魔神は笑みを浮かべている男の言葉に頷きながらもあることに気づいた。
『む? 貴様以外の【神徒】はどうした?』
「申し訳ありません。他の三人は相変わらずでして……もしよろしければ力ずくで連れてまいりましょうか?」
『いや、よい。ヤツらはヤツらで我が力のために動いているのだろう。今はそれよりも重要なことがある。……喜べ。我の復活は近いぞ』
「!」
魔神を崇める【使徒】たちにとって、この魔神の言葉は待ち続けたものだった。
『そう、我の復活は近い。ここまで我のためによく動いてくれた』
「あ、ありがたき幸せ……!」
『うむ。そこで貴様らには最後の仕上げに入ってもらう』
「っ! そ、それは……」
魔神の言葉に、笑みを浮かべている男は表情を崩した。
だが、その表情はすぐに笑みに変わるも、いつも以上に深く、不気味な笑みになっていた。
『それぞれが今まで我のために動き、この星に【災いの種】を蒔いてきたことだろう。……中にはデミオロスのように、我の力を奪われ【災厄の種】を蒔けずに終わった者もいるが、あれはデミオロスが己の力を過信した結果だ。まあ何かしらの計画は立てていたようだが、それも阻止された今となってはどうすることもできぬ。それに他の者たちは【災厄の種】を順調に蒔くことができたようだしな』
魔神の口から語られたデミオロスが力を失ったという言葉に、今初めてその事実を知った【使徒】たちのなかで反応したが、魔神の言葉を遮ることはなかった。
『ある者はその土地に、ある者は人心に……その【災厄の種】を、大切に育て上げよ。そして最後の禍を起こし、この世を混沌に叩き落すのだ。それで我の復活は完全となる――――よいな?』
「「「はっ!」」」
全員がより深く頭を下げた。
すると笑みを浮かべている男が静かに手を挙げる。
「我が君。一つ、お伝えしたいことが……」
『なんだ?』
「実は先日、ロディアスたちがウィンブルグ王国で行われた魔王の娘と人間族の会談を襲撃し、魔王の娘の暗殺を謀りました。そしてロディアスたちは順調に引き連れていた魔物どもを使って侵攻していたのですが、ウィンブルグ王国側の思わぬ援軍にロディアスもレスターも、そしてエドマンドもやられてしまいました」
『……何?』
「おい、ユティス! テメェ……そんな話俺たちは知らねぇぞ!?」
笑みを浮かべている男――――ユティスからの説明に他の使徒たちは驚き、そしてそのことをすぐに報告しなかったユティスに別の使途がくってかかった。
だが、ユティスはその笑みを崩すことなく続ける。
「ええ。伝える必要がありませんでしたから」
「なっ!?」
「先ほども言いましたが、思わぬ援軍……それも戦闘部隊の【使徒】であるロディアスたちを倒すだけの実力者が現れたのです。さらに言えば、その者の情報は一切ない……今までこのような実力者が存在していたのであれば、噂の一つくらいあってもおかしくないようなモノ。それがないのですから、迂闊に手を出すのは得策ではありません。その未知の戦力も気になるところですが、それ以上に我が君の力を取り戻すほうに注力したほうが最終的にはいいと判断いたしましたので、他の者たちにも余計な心配をさせぬために黙っておりました。だってそうでしょう? 我々【使徒】が返り討ちにあっているなか、またやられるかもしれない【使徒】を送り込むより我が君を少しでも早く復活させ、我が君に消してもらう方が早い上に確実ではありませんか」
「おい、テメェ……魔神様を何だと思ってやがる!? 魔神様の手を煩わせるなど――――」
『よい。ユティスの言う通り、我が復活さえすればどのような存在も障害になりえぬ。最後にすべてを消せば同じことだ』
「ま、魔神様がそうおっしゃるなら……」
ユティスにかみついていた男は、魔神本人がそう言ったためにしぶしぶと引き下がった。
『だがユティスよ。その話が本当だとして、何故貴様は手を貸さなかったのだ? 我が【使徒】の中でも特別な……【神徒】たる貴様が。貴様は過去・現在・未来とあらゆる時空を移動できる。ならばロディアスたちを倒した者を排除することもできたはずだ。つまり、貴様が手を貸せばいたずらに【使徒】を失うことはなかっただろう。違うか?』
突然、紫色の炎が激しく燃え上がった。
その炎は決して熱くはないのだが、その場にいる【使徒】たちは巨大な『ナニカ』に押しつぶされそうになりながらも必死に首を垂れる。
ユティス自身もその威圧を受け、その笑みは引きつりながらもなんとか言葉を絞り出した。
「お……畏れながら……ロディアスたちは私の能力にてギリギリのところで回収いたしました。そしてその回収に向かった際、その場にいた者こそお伝えしたいことなのです」
『何?』
魔神は威圧を消すと、その場で【使徒】たちは激しく咳き込み、空気を求めて喘いだ。
『ロディアスたちを退けた者より、優先して伝えるべき者だと?』
「は、はい……回収に成功したエドマンドから話を聞いたところ、ロディアスたちは魔王の娘とウィンブルグ王国の王が会談を行うことを知り、その会談の場で魔王の娘を殺すことで人間と魔族の間に大きな亀裂を出そうとしました。そして結果的にロディアスたちは未知の援軍に敗れるも、エドマンドはその能力によって、魔王の娘に『呪具』を使うことに成功した――――はずだったのです」
「ど、どういうことだよ? 『呪具』っていやあ、『呪い』を与える道具だろ? 『呪い』は魔神さまでもなければ解く方法はないはずだ!」
ユティスの語った内容が信じられない様子で、また同じ男がユティスにかみつく。
しかし、ユティス自身も信じられないため、微かに眉をひそめた。
「ええ、そのはずです。ですが、その魔王の娘は……その場にいた一人の青年によって、呪いを解かれたそうなのです。しかも、ただ『呪い』を解くだけでなく、『呪い』という一種の祝福に反転させる形で……」
「はあ!? む、無茶苦茶だ! 嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐きやがれ!」
「……私だって、これが嘘ならばどれだけよかったことか……しかし、現に魔王の娘は救われ、ロディアスたちは捕まる寸前だったのです。そして、何故か私はロディアスたちが倒される前の【過去】に飛ぶことができないどころか、その青年が現れたあの場に過去、そして未来でさえ、干渉することができなくなりました。だから私はギリギリであの三人を回収することになった。こんなことは今まで一度もなかったというのに……」
「マジかよ……」
ユティスに食って掛かっていた男は、珍しく困惑しているユティスにそれ以上言葉をつづけることができなかった。
【魔神教団】の【使徒】たちの中でも、特に強い力と特殊な能力を持つ【神徒】の一人であるユティスは、過去・現在・未来と自由に移動することができる能力を持っていた。
しかもその能力はユティスや魔神が封印されているこの星内部だけに限らず、全次元・全時空・全宇宙・全世界にも及び、どこにでも出現することができる。
ユティスが気に入らずとも、その能力は信頼していた男だからこそ、ユティスの言葉が信じられなかったのだ。
『ユティス』
「はっ……」
『復活が近いとはいえ、未だすべての力が戻らぬ我だ。その存在が我の復活の妨げになるというのであれば……消せ。他の【神徒】も呼び寄せ、その未知の戦力とやらや、貴様の能力が通じなくなったという人間消し去るのだ。【使徒】ならばともかく、貴様ら【神徒】ならばそれも可能だろう。何せ、我の力を多く授けたのだからな』
「はっ! 他の【神徒】に急いで伝え、必ず我が君の脅威となる可能性をすべて潰してみせましょう」
『期待しているぞ。――――ここにいる【使徒】たちよ。世界中に蒔いた【災厄の種】を育てよ。そして世界に終末を。それこそが我の望みだ。我を封印する際に他の神々どもの力の残滓があるこの星を我の贄とすることで、我は復活と同時に他に並ぶことのない唯一の存在となるであろう。その暁には、貴様らにも大きな加護を与えてやろう』
「「「はっ!」」」
【使徒】たちは一斉に頷くと、また暗い光となり、その場から消えていく。
そして再び一人となった魔神は、忌々し気に呟いた。
『この我の脅威になりうる可能性……だと? あり得ぬ、あり得ぬぞ。我は神だ。人どころか世界を消すなど造作もない我に、脅威となる? ……フン。バカバカしい。ただ、煩わしいことに変わりはない。まあそれも【神徒】どもが向かったことで、じきに解決するだろう。我の復活は、もう止められぬのだからな――――』
魔神の炎は静かに揺らめくと、まるで瞼を閉じるかのようにゆっくりと消えていくのだった。




