変わらぬ彼女
「神無月先輩とあいりんは何故あんなことになったのか……」
家庭科室で翔太たちと衝撃の再会を果たした俺だったが、あの後は神無月先輩がもう一度勇者たちと今回の学園祭の出し物について話し合うっていうので別れた。
ただ俺としては当初の目的である翔太たちの腕輪をどうにかできたので、ひとまず安心だ。
学園祭があるとはいえ、アグノスたちはまだテストも終えていない。
だからこそベアトリスさんが勉強を教えるのだが、俺は今その授業で使う教材をとりに行っていた。
「まだこの学園のことをちゃんと把握できてないけど、確かこっちだったよな?」
普段来ない場所にその教材が置いてあるらく、若干不安に思いながら移動している時だった。
「――――! ――――!」
「ん?」
不意に言い争う女性の声が聞こえた。
「なんだ? いったい……」
内容までは聞き取れないが、穏やかじゃないことだけは分かる。
……こっちの方だな。
声のする方にとりあえず向かうと、どんどん人気のない場所へと続いており、辿り着いたのは階段下の空きスペースという本当に人目に付かない場所だった。
さて、こんなところで何をやってるんだ……?
ひとまず声をかけようと覗き込むと――――。
「ねえ、邪魔しないでくれる? アタシらそこの女に用があるんだけど」
「用って何!? そうやって暴力を振るうのが用だっていうの!?」
「そうだって言ったら? アンタには関係ないでしょ?」
「関係ないって……黙ってられるワケないよ! 皆イライラするのは分かるけど、他の子に八つ当たりしちゃダメだよ!」
「はあ? マジムカつくんですけど。マジでなんなの?」
「コイツ、ちょっと顔がいいからって調子乗ってない?」
「……あ、ねぇねぇ! この際やっちゃわない?」
「……いいねぇ。ここで痛めつけて、アタシらの奴隷にしようよ」
「っ!?」
そこには、三人の女子生徒に壁際まで追い詰められた――――日野陽子の姿があった。
日野の背後には怯え切った表情を浮かべる女子生徒がもう一人おり、どうやら日野があの三人から女子生徒を守っているようだ。
そんな光景を見て、俺は懐かしく感じた。
……日野は変わらないな。そしてそのことが、俺はとても嬉しい。
地球では助けてもらってばかりだったが、今の俺なら……。
「ねぇ、何してるの?」
「あ?」
三人の女子生徒に声をかけると、そのうちの一人が不機嫌そうにこっちを振り向いた。ガラ悪いなっ!?
「アンタ誰?」
「俺はこの学園の教師――――」
「あっそ。興味ないから引っ込んでてくんない?」
聞いといてそりゃなくね!? 女子って怖い!
「そういう訳にもいかないよ。だってそれ、どう見ても問題のある場面だよね?」
「……だから? それで、アンタにどう関係があるの?」
「つか、ウチらが誰か分かってて言ってる?」
いや知らねぇよ。初対面ですけど?
「たかが学園の教師ごときが、ウチら勇者の邪魔しないでほしいんだけど」
「そーそー。ほら、分かったら失せろよ」
すぐに俺から興味を失った三人の女子生徒は、再び日野達に視線を戻した。
そして何のためらいもなく腕を振り上げると――――。
「ッ!」
「おいおい、暴力はやめなさいよ」
「なっ!? おい、離せ! 気持ち悪いんだよ!」
「それは傷つくんですけど!?」
ちゃんとトイレ行ったら手を洗うし、別に汚いモノ触ってないからね! 酷い言いがかりだ。
一人の女子生徒の腕を掴んで止めると、彼女たちは一斉に俺から距離をとり、激しく睨みつけてくる。
「ねえ、セクハラで訴えてよくね? マジ最悪」
「あ、じゃあさっきの写真で撮っておけばよかったなぁ」
「まあいいや。今からコイツを脅せるような写真を撮ったらいいっしょ」
「oh……」
え、女子ってこんなに怖いモノなの? それとも俺が神無月先輩たちのせいで麻痺してただけ?
……いや、あれはそもそも別の生き物なんじゃないかと思うよね。
「はい、ウチら勇者に逆らった罰ね。もうアンタに拒否権どころか人権ねぇから」
「初対面の人間にすら人権奪われるのね……」
もうこうやって俺の意見通らないのには慣れたからいいけど。やっぱりよくねぇわ。
「まずコイツを先にぶちのめして、そのあとアンタも同じようにしてやるよ」
「っ!」
すでに俺のことなんて眼中にない女子生徒は日野に視線を向け、その視線を受けた日野は体を強張らせた。
「んじゃあちょっと寝てな……!」
なんて暴力的なんだろうか。
女子生徒は何の躊躇いもなく俺の顔面目掛けて拳を繰り出してきた。
それを見て俺は……。
「ぎゃっ!?」
「え!? あ、ど、どうして!?」
「うわぁ……容赦ねぇなぁ……」
普通に避けた。
その結果、俺を逃がさまいと背後に回っていた別の女子生徒の顔面に拳が当たり、そのまま派手に吹っ飛んだ。
「あの子、友達じゃないの? 今のスゲェ痛そうだったけど……」
「て、てめぇぇぇぇえええええ!」
「――――何すんだよ、お前えええええええ!」
すると吹っ飛ばされた女子生徒が鼻血を流しながらすごい形相で殴った女の子に詰め寄った。
「あ、あれはわざとじゃなくて――――」
「はあ!? んなの関係ねぇ! ウチの顔を殴りやがって……おらあ!」
「ぎゃへ!?」
すると先ほど吹っ飛ばされた女子生徒が今度は殴ってきた女子生徒に殴り返した。
同じように激しく吹き飛ぶ女子生徒。てか女子生徒って一括りにすると分かりにくいな。
よし、最初に殴ったのが女子生徒Aで殴られたのが女子生徒B、そして傍観してるのが女子生徒Cだ。完璧だな。
いつの間にか俺や日野たちのことなんて蚊帳の外で殴り合いを始める女子生徒AとB。
「アタシ、アンタのことがずっと気に入らなかった! 何でアンタに仕切られなきゃいけねぇんだ!」
「うるせぇ! ウチもお前なんか大っ嫌いだよ! おら、死ねよ!」
ええ……言葉遣いがやべぇな……もう取り繕う余裕すらねぇじゃん……。
俺が全力で目の前の女子生徒AとBの殴り合いに引いていると、女子生徒Cがおろおろしながら止めようとする。
「ちょ、ちょっと止めなよ! ウチらが殴り合う必要なんて――――」
「ああ!? てめぇもなにスカしてんだよ!」
「いぎっ!?」
本当に容赦ねぇな!?
傍観してたはずの女子生徒Cまでもがそのまま喧嘩に巻き込まれ、俺と日野たちは困惑する。
うーん……。
「とりあえず、こっちに来て」
「ええ!? あ、は、はい……」
激しく殴る蹴るの喧嘩を繰り広げる横を何とも言えない顔で見送りながら日野たちがこっちにやって来る。
「さて、もう大丈夫でしょう。ほら、今のうちに行きな」
「あ、ありがとうございます! えっと……貴女も助けてくれて、本当にありがとう!」
「え? あ……そ、そんな! 当然のことをしただけだよ!」
日野が庇っていた女の子は何度も頭を下げると、すぐにこの場から離れていった。
「それで、君も行かなくていいの?」
だが、何故か日野はこの場に残った。
「ええ……彼女たちは私と同じクラスの子ですから……それで、何とかして止められませんか?」
さっきまで殴ろうとしてきた相手まで心配するって……すごいな。
とはいえ、これを俺が止めるには……いや、無理だろ。怖いわ。
でもこうなったのって俺のせい? んなこと言ったって避けなきゃ殴られちゃうじゃん! その先に女子生徒Bがいたのは完全に不幸な事故だし。
いろいろと解決方法を考えていると、俺は思わず口にしてしまった。
「はあ……こんな時に神無月先輩がいればうまくまとまりそうなんだけど……」
「――――呼んだかい!?」
「――――どこから湧いて来やがったああああああああああああああ!?」
「え!? せ、生徒会長さん!?」
なんと、その場に現れたのは神無月先輩だった。自分で言ってて意味が分からないねぇ! さっきまでこの場にいなかったじゃん!? 本当にどこから湧いたの!?
突如現れた神無月先輩に日野も同じように驚く。
だが驚く俺たちをスルーして、神無月先輩は目の前の惨状を見て溜息を吐いた。
「はあ……彼女たちは最近勇者組の中でも素行に問題が出てきた女子たちだな」
そう呟くと神無月先輩は何のためらいもなく女子生徒たちの下へ向かっていく。
いったい、どう解決するんだ? やっぱり生徒会長だからスマートかつカッコよく解決を――――。
「眠れ!」
「「「ふげええええ!?」」」
「さらなる暴力だとおおおおおおお!?」
何のことはない。
神無月先輩は三人の女子生徒をまとめて殴り飛ばし、壁に叩きつけた。
だがその衝撃で三人の女子生徒は気を失い、そのまま地面に倒れ伏す。
そんな彼女たちの足を無造作に引っ掴むと、引き摺り始めた。
「この子達は私が預かろう」
「あ、はい」
「ではな」
もう少し絡んでくるかと思ったが、神無月先輩はそのまま女子生徒たちを引き摺って行く。
「ふっ……ここですぐに去れば仕事が出来る女として見られる上に誠一君がいつもとは違う私の反応にヤキモキするだろう……完璧だ!」
全部聞こえた。
色々台無しにしながら去っていく神無月先輩を見送っていると、日野が声をかけてきた。
「あの……」
「え? ああ、どうした?」
「その……助けていただき、ありがとうございます!」
「ええ? いや、俺は何もしてないよ。……何か仲間割れが始まって、それすらもさっきの女性が止めてくれたわけだし」
「そうだとしても、あの場で声をかけてくださっただけでもとても嬉しかったんです。だから、ありがとうございます」
日野はそういうと丁寧に頭を下げた。
実際に俺は何もしてないんだが……でもこの感じは日野らしいなと俺は思った。
そこで俺はふとあることに気づいた。
よく考えれば、日野も神無月先輩たちと同じように腕輪をつけられてるのか……。
でも今の俺は顔を隠してて日野は俺のことを知らないわけだし……いや、そもそも覚えられてるかな? それに覚えられてたとしても俺と日野はスゲェ仲が良かったわけでもない。
でも俺のことを助けてくれたりしたわけで……どうにかして日野の腕輪を外したい。
俺は日野の優しさに何度も助けられたしな。
今度は俺が動く番だろう。
そうやって色々考えた俺は……結局偶然を装って外し、勝手に着けてしまおうということにした。
そこでいかにも何も知りませんよ? という感じを装いながら日野の腕輪を指さす。
ここでまさかのアルと観劇に行った際に手に入れた【演技】が発動する。負の遺産がこんなところで働くなんて……!
「その腕輪……」
「はい? あ、これですか? これは私たち勇者がカイゼル帝国の方々から頂いた特殊な腕輪らしいですよ? 何でも力を強くしてくれるとか……すごいですよね!」
「へぇ……少し見てもいい? こういう不思議な道具に興味があるんだ」
「ええ、いいですよ? あ……ただこの腕輪一度つけると外れないらしくて……このままでもいいですか?」
「うん、大丈夫」
日野は特に何かを疑うこともなく素直に腕輪を見せてくれた。
いや、この場合【演技】スキルがヤバい。ごくごく自然な形で日野を誘導しているのだ。手に入れた経緯が違えば嬉しいんだけどねぇ!
内心で涙を流しながらその腕輪に俺が軽く触れると、俺はすぐに『リ〇カーン大統領』を発動させた。
すると腕輪はあっさりと外れ、その場に落ちる。
「え!? ど、どうして腕輪が……」
「どうやら外れないというのは嘘だったみたいだね。でもこうすれば……はい、元通り」
「え? え? 外れないのが嘘って……何度も試して外れなかったからてっきりそういうものなのかと……」
困惑している日野をよそに俺はすぐに腕輪をもとの形にして日野の腕に装着した。
「ごめんね、何だか混乱させちゃったみたいで……」
「い、いえ。私も予想外でしたし……それに元通りになっているようなので、多分大丈夫でしょう」
日野はそういうと優しく笑った。
「……あ! 私、そろそろ授業なので行きますね。本当にありがとうございました!」
ふと時間の経過に気づいた日野はもう一度深いお辞儀をした後、小走りで去っていった。
「ふぅ……これで本当に、カイゼル帝国の隷属から守りたい人は守れたことになる……のかな?」
また一つ懸念が消えたことを実感したところで本来の目的を思い出し、俺も慌てて教材をとりに向かうのだった。
『おはようガーディアン!(仮)』の方もよろしくお願いいたします。
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