混沌の家庭科室
「ちょちょちょちょちょ……!」
心の準備も何も出来ていない状況の中、突然連れてこられた翔太たちを前に、俺は慌てて神無月先輩を引っ張って教室の隅へと移動した。
「アンタ何考えてるんですかねぇ!?」
「誠一君……大胆だな、君は……私の口からソレを言わせたいだなんて……」
「本当に何考えてんですか!?」
「……仕方ないな、教えよう。誠一君から皆がいる目の前で二人っきりの状況へと引き込んでくれたからこのまま【ピー】や【ピー】しちゃってもよいのでは? って考えてて……」
「そういうこと聞いてんじゃねぇぇぇぇええええええ!」
しかも内容は予想以上に酷かったよ! もうヤダ、この人。
「タイミングってものがあるでしょう!? 見てくださいよ、翔太たちやウチのクラスの顔! 困惑しきってるじゃん!? 分かるでしょ!? 少なくとも今じゃねぇ!」
「ハハハハハ。私は誠一君に会えて嬉しいよ」
「もう意味が分からないんだよなぁ! とりあえずありがとうございます!?」
神無月先輩のメチャクチャ具合にツッコミが追いつかないが、それでも純粋に会えて嬉しいと言ってもらえれば悪い気はしないので、俺は思わず感謝の言葉を口にしてしまった。
するとそんな俺たちの姿を不審な目で見ていた翔太が声をかける。
「神無月先輩……本当にどうしたんですか? ソイツって確か校内対抗戦の時にFクラスのベンチにいたヤツだし……知り合いですか?」
「何を言ってるんだい? 誠一君じゃないか」
「…………はい?」
『えっ!?』
「oh……マジかこの人……」
俺の心の準備などお構いなしに次々と爆弾を投下していく神無月先輩。いや、早いところ会って、腕輪を外さなきゃいけないのは分かってるんだけどさ……今まで避けてきたぶん色々と……ね?
「いやいやいや、神無月先輩? 確かに誠一に会えなくて寂しいってのは分かりますが、さすがに見ず知らずの他人を誠一にするのはどうかと……」
「何!? これを見てもまだ誠一君じゃないと言うのか!?」
神無月先輩はそういうと俺のフードを取り払い、俺は素顔を晒すことになった。だから心の準備……。
「いや、別人じゃないですか!?」
「ですよねー」
分かってた……『進化の実』を食って見た目が完全に変わった俺が誠一だって気づかれないことくらい分かってたんだ……。
そんなことよりも見た目が変わったうえで俺だって気づいた神無月先輩がおかしいんだよ……! あいりんもだけどさ!
「――――呼んだっスか!?」
「呼んでねぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!」
もうどうなってるの!? S級冒険者でさえ変態だと思ってたけど負けず劣らずの変態が地球にもいるのはどうかと思うよ!?
思わず叫びながらツッコんだが、あいりんは確かにこの家庭科室にやって来た。本当に何なの? 俺の体ですら習得できない特殊なスキルでも持ってるワケ?
あいりんに続く形であいりんの友達たちも家庭科室にやって来た。
「愛梨! テメェいきなり走り始めたと思ったら……」
「はぁ……はぁ……マジ最悪……何でこんなに走らされなきゃなんないわけ?」
「愛梨、せめて説明して」
「せいちゃんに会わなきゃダメな気がしたっス!」
「それは説明ですらない」
何やら翔太たちと同じようにあいりんに振り回された感じだな。
ともかく完全に蚊帳の外状態であるFクラスの面々のうち、正気に返ったベアトリスさんが口を開いた。
「あのう……皆さん何か御用でしょうか……?」
「え? あ、ああ……騒がしくてすみません。そこにいる女性……まあ俺たち勇者組のリーダーみたいな人なんですが、その人が急に『誠一君の手料理!?』って叫んでちょっと表現しがたい動きで突撃していったものですから……」
「ああ、確かにちょうど誠一先生が料理を作ったところでしたね。それにしてもよく分かりましたね?」
「え……?」
ベアトリスさんの言葉を聞いて、翔太だけでなく賢治たちまでもが再び固まる。
「え、えっと……? 今、本当に誠一って言いました……?」
「だからそう言ってるでしょ? 何? あの女と同じで誠一先生の知り合いじゃないわけ? 何で顔が分からないのよ」
『……』
翔太たち全員が無言で俺の顔を凝視してきた。
「せ、誠一です……」
『……』
再び無言。
そして――――。
『えええええええええええええええええええええええええええ!?』
今日一番の絶叫が、家庭科室に響き渡った。
◆◇◆
「さすがに意味が分からねぇだろ!? 何をどうしたらこの学園のFクラスの担任になるわけだ!?」
何とか翔太たちを落ち着かせた俺は、【果て無き悲愛の森】から始まって現在に至るまでを語った。
何気にベアトリスさんたちにも初めて話す内容がほとんどだったので、皆真剣に聞いてくれたのだが、その結果が先ほどの翔太の言葉だった。
「ごめん、誠一お兄ちゃん。私もさすがに信じられないよ……」
「美羽まで……」
翔太の妹である美羽も真顔でそういう。
「あのプニプニで最高の触り心地だったお腹がなくなるだなんて……!」
「……ん?」
何やら予想だにしなかった言葉が美羽から聞こえたような気がしたが……き、気のせいだろう。
「それにしても本当に変わったねぇ、誠一君。全然気づかなかったよー」
「うんうん。これならもうみんなに馬鹿にされることはないんじゃないかな~?」
「だな。むしろ、馬鹿にできるだろ……」
翔太の彼女である絵里さんと賢治の彼女である梨香さん、そして賢治が思わずといったふうにそう口にした。
そんな賢治たちの様子を見て、ヘレンが呆れながら訊いてくる。
「誠一先生……アンタ、何をしたのよ?」
「ええ? だ、ダイエット……?」
『それはない!』
翔太たち全員から否定された。解せぬ。
すると黙ってやり取りを見ていたサリアが目を輝かせる。
「誠一の幼馴染かぁ……どんな昔だったのか知りたいなぁ」
「えっと……貴女は……?」
そういえば確かに【果て無き悲愛の森】でサバイバル生活を送ったことは話したが、サリアのことはちゃんと説明してなかった。話すとスゲェ長くなるし。
不思議そうな表情を浮かべる翔太に、サリアは満面の笑みで答えた。
「サリアです! そして誠一のお嫁さんです!」
またもや爆弾が投下された。
事情を知る神無月先輩やあいりんたちのグループは特に何の反応も示していないが、今日初めて出会った翔太たちの衝撃はかなりのモノだったらしく、呆然としている。
「え、いや、ちょっと待て。お嫁さん……お嫁さんんんん!?」
「どういうこと!? 誠一お兄ちゃん! 彼女どころかお嫁さんって何!?」
「おいおい……俺らの知らねぇところでどんだけやらかしてんだよ……」
「あー……その……どう説明すりゃいいんだ、これ……」
まず何から話せばいい? サリアがゴリラなこと?
「待て、誠一。お前……確かにこれまでのことをざっくり話してくれたんだろうが、色々重大な部分話してねぇだろ!?」
「おいおい……俺がそんなことするわけないだろー?」
「今まさに重大発表されたばっかりなんだが!?」
そうだった。
「お前……確かに始め俺たち勇者組の中にお前がいなかったときは心配したさ。でも今までもなんだかんだ面白おかしくお前は切り抜けてきたからこの異世界でも生きてるって信じてた。信じてたが……さすがに予想外が多すぎる!」
「まあまあ、落ち着けよ」
俺のせいだけど。
何とか翔太たちを宥めているとそんな俺の隣にルルネが急に出てきて胸を張った。
「うむ。先ほどの主様の話の中に出てこなかったが、私はサリア様と主である誠一様の下僕であるルルネだ」
追加で爆弾どころかすべてが吹っ飛んだ。
結局ルルネの発言がカギとなり、さらに根掘り葉掘り異世界に来てからの俺の行動が暴かれ、ここにはいないアルのことや、オリガちゃんやルイエス、そしてルーティアの話にも繋がって、さらなる混沌が家庭科室を包み込むのだが……それは別の話。家庭科室でってのがウケるよね。




