試食会
「さて、それじゃあ喫茶店で出すメニューを作っていきましょうか」
『はーい』
学際の出し物を決めた俺たちは、ベアトリスさんの提案で料理の試作品を作ることになった。
それで料理のために家庭科室に来たんだが……。
「初めてこの学園の家庭科室に来たけど、地球と変わらねぇなぁ」
驚くことに、流し台やコンロなど、どういう原理かは分からないが地球のキッチンと大差ないように感じた。
多分いつぞやの王都カップのカメラみたいに、魔法の不思議パワーだろう。本当に魔法ってすごい。
「うわあ! 誠一、ここの台所広いね! 森の中で料理するのよりいいモノが作れそう!」
「も、森の中!?」
何気ないサリアの一言にアグノスは目を見開いた。
よく考えればこんな立派なキッチンすらないあの森の中で、あそこまでハイクオリティな料理を作り出すサリアのスペックの高さよ。
「はい、雑談はそこまでにしてください。それで、さっそく皆さんの料理の腕を確認する意味も込めて作ってもらいたいのですが……そうですね、この家庭科室には食材もたくさんありますし、皆さんが想像する喫茶店のメニューを作ってもらいましょうか」
「べ、ベアトリス先生……それは……りょ、料理が出来ない私もしなきゃダメかしら……?」
珍しく狼狽えた様子を見せるヘレンだが、ベアトリスさんはとてもいい笑顔で言い切った。
「はい!」
「……ヘレン、諦めろ」
「そうだぜ? まあどんだけクソ不味い料理でも誰も気にしな――――」
「うるさい!」
「ぐぼあ!? な、なぜ……ただ、慰めただけだろ……」
ヘレンの鋭い拳がアグノスの腹を抉ると、そのままアグノスは倒れた。
アグノス、それは慰めとは言わないんだよ……。
始めるまでにひと悶着あったが、ヘレンも渋々といった様子で料理を始めた。
するとまだ開始数分しか経っていないにも関わらず、明確な差が出始めた。
「完璧な私が作るからには完璧な料理を作りますよ」
イレーネはそういいながら明らかに一般的ではない珍しい調理器具やら調味料やらを使ってどこぞの宮殿に出てきそうな料理を作っている。
「喫茶店ですし~、ケーキがいいですよね~」
レイチェルはニコニコと楽しそうにケーキを作っていた。
「いい感じにできた! ……ちょ、ちょっとくらいつまみ食いしてもいいよね……?」
フローラは自分で作ったパンケーキらしきものを食べ始める。うん、フローラは料理できたとしても厨房には立たせない。
「このままでも……もぐもぐ……美味しいぞ……料理する……もぐもぐ……必要なんて……もぐもぐ……ないのではないか?」
ルルネ、論外。
それぞれが個性的な調理を進める中、サリアは――――。
「誠一、愛情タップリ籠メルカラ、シッカリ食ベテネ」
何故かエプロン姿のゴリラになっていた。
「なんでだよ!? 何で人間の姿で料理しないの!?」
「エ? コノ姿ノ方ガ細カイ作業ガ出来ルカラダヨ?」
「そのぶっとい指で!?」
おかしいだろ! 明らかにゴリラのほうが指太いじゃん! 何で人間の時より器用なの!?
「モウ、私ノエプロン姿ガ可愛イカラッテ……照レナクテモイイノニ」
「今のどこに照れる要素があったんですかねぇ!?」
ゴリラの裸ワイシャツでさえインパクト強かったのにゴリラの制服エプロン姿もなかなかすごいよ!
とはいえサリアが作るケーキや軽食のサンドイッチなんかはどれも美味しそうだった。さすが過ぎる。
皆の料理を見ているとあっという間に時間が過ぎ、遂に試食することになった。
今回食べるのは俺とベアトリスさん、オリガちゃんにゾーラ、そしてルーティアとルイエスの六人だ。
ルーティアとルイエスも参加するって話だが、まあ料理くらいは生徒で作った方がいいだろうということで今回は除外した。
「それでは男性陣の料理からいただきましょう」
ベアトリスさんに従って、俺たちはアグノスたちの料理から食べることになった。
まずはアグノスの料理だが……。
「すげぇワイルドな料理だな……」
アグノスの出した料理は焼いた骨付き肉を少しオシャレに盛り付けた、料理といっていいのか分からないモノだった。
ただ味は普通に美味しいのだが、喫茶店ぽいかといわれれば違うだろう。
続いて登場したのはブルードの料理で、まるで英国のアフタヌーンティーのような、超オシャレな料理だった。
「フン。それなら喫茶店ぽいだろう」
「これは……すごいですね」
「王都の人気店にもありそうなレベルですね」
「私の国の貴族に食べさせても通用するレベル」
「ふわああ! こんな美味しい食べ物があるんですね!」
「……ん、美味」
ベアトリスさんだけでなく、ルイエスたちもブルードの料理を絶賛した。うん、間違いなくブルードは厨房に回るだろう。とはいえ、ブルードはカッコいいからできればお客さんの相手もしてほしいし……まあそこはシフト制で厨房を回せば問題ないだろう。
続いてベアードの料理だが、こちらはごくごく普通の食パンに目玉焼きのセットが出てきた。味も問題ないし、ベアードも厨房で大丈夫そうだな。
最後にレオンが出した料理はパスタだった。
「ぼ、僕なんかが作った料理でいいんでしょうか……? あ、す、すみません! 口答えせずに作ります!」
性格はともかくとても美味しいし、レオンも厨房で大丈夫だろう。
結局アグノス以外は調理係でも行けそうだと分かった。いや、アグノスもちゃんと教えればちゃんとした料理も作れそうだけどな。
予想以上に男性陣が優秀の中、遂に女性陣の料理を食べることに。
「さあ、完璧な私の完璧な料理をどうぞ!」
「お、おおう……」
イレーネが出してきた料理は……もはや俺の理解を超えていた。
なんだコレ。このサクサクッとした茶色い薄いヤツは何? しかもなんで螺旋状なの?
あとこの緑色のソースも何? 見たことない料理だけど盛り付け方がすごくてどこぞの高級レストランで食べるようなモノばかりだった。
味は美味しいのだが、何の味か分からない。え、ナニコレ怖い。
貧乏舌の俺にはイレーネの料理のすごさは分からなかった。
だが、逆に美味しいモノを食べているであろうルイエスたちは唸っていた。
「これは……素晴らしいですね……」
「うん……お城で出てくる料理と遜色ないかも……」
「当然です。採算度外視の超高級食材を私の完璧な調理技術で仕上げましたから」
「採算度外視はダメです。なので不採用」
「あれ!?」
ベアトリスさんの一言でイレーネは不採用になった。うん、採算度外視はアウトだろ。店として成立してねぇ。
「私は~、ケーキを作ってみました~」
続いて登城したのはレイチェルの作ったショートケーキで、シンプルながらもしっかりと美味しかった。うん、これは採用だろ。
満場一致レイチェルの採用が決まると、今度はフローラの番に。
「あのぅ……気づいたらなくなってまして……」
「美味しかった?」
「はい!」
「不採用」
「あれええええええ!?」
あれー? じゃねぇだろう。しかも気づいたらなくなるってどんなウソだよ。しっかり見てたし。
「主様! 私は――――」
「はい、次ー」
「主様!?」
料理してないのを知っているため、ルルネは完全スルーした。
すると人間に戻ったサリアが笑顔で料理を出す。
「はい! 私はオムライスを作ったよ!」
サリアが作ったのは、ふわとろの半熟卵で作られたオムライスだった。
しかも丁寧にケチャップでハートまで書かれてある。
「うーん! これは美味しいですね!」
「……ん、サリアお姉ちゃんの料理美味しい」
サリアの料理の腕を知ってる俺だが、やっぱりサリアの料理は格別だった。ゴリラの時にどうやったらこの料理技術を身につけられたのか未だに謎だ。
ゾーラとオリガちゃんだけでなく、ベアトリスさんたちも文句なしで絶賛したため、サリアも無事調理係に任命された。
そして最後に登場したヘレンの料理は――――。
「……ほら、できたわよ」
――――皿だった。
「料理は!?」
「消し飛んだわ」
「消し飛ぶって何!?」
どんな調理したんですかねぇ!?
俺だけでなくベアトリスさんまでもが微妙な表情を浮かべていると、ヘレンは詰め寄って皿の一部を指さした。
「ほら、でもここに残ってるでしょ!」
「はい?」
「ほら、ここ!」
ヘレンの指さす場所には、目を凝らさないと見えないなんか黒っぽい粒が一つだけ乗っかっていた。
「あの……これは……?」
「私の料理の残りカスよ」
「残りカスを食わせようとしないでくれる!?」
もはや料理ですらねぇ!
予想以上の料理のできなさにベアトリスさんは苦笑いしながらもなんとか言葉を絞り出した。
「えっと……人にはそれぞれ得意不得意がありますし、ヘレンさんは料理を運んだり注文を聞いたりする係で行きましょう! 大丈夫です! 料理が出来なくても生きていけますよ!」
「……はい」
遠回しに絶望的だと言われたヘレンは静かに泣いた。先生、それトドメさしてます。
結局、調理係になったのはブルード、ベアード、レオン、レイチェル、そしてサリアの五人になるのだった。




