学園祭について
「――――学園祭です」
『学園祭?』
翌朝、HRでベアトリスさんがそう言った。
「はい、学園祭です。学園長が、最近の学園内の雰囲気を見て、少しでも明るくなるようにと学園祭を行うことになりました」
「学園祭ってことは……授業がないってことっすよね!?」
「そういうことになりますね」
「よっしゃあああああああああ!」
アグノスは拳を突き上げ、全力で喜んだ。
「ふん……学園祭などしている暇があるのか? 【魔神教団】とやらがまた襲って来るやもしれんぞ」
「ああ? せっかく楽しい行事だっていうのに水差すんじゃねぇよ!」
「馬鹿か。水を差すも何も、事実を口にしたまでだが?」
「でも~、誠一先生がいますし~大丈夫じゃないですか~?」
「…………それもそうだな」
「納得しないでくれる!?」
レイチェルの言葉にブルードは神妙な顔で頷いた。いや、そんな理由で納得できないでしょ!?
思わず驚く俺だが、頭が痛いと言わんばかりに額を抑えたヘレンが口を開く。
「歩く非常識のアンタが何言っても無駄よ……」
「歩く非常識!? 非常識とまで言っちゃう!?」
「非常識でしょ? ダンジョン消し飛ばした挙句、また新しい人連れてきたんだし」
「そうだったよ!」
「えへへへ……皆さん、よろしくお願いしますね」
ダンジョンから帰ってきて、ゾーラをどうするか相談した結果、サリアたちと同じように生徒として暮らすことになったのだ。
そのことをアグノスたちに報告した結果が、ヘレンの言葉である。否定したくても否定できない事実が積み重なっていくのは何故!?
まあ俺の精神的なダメージはともかく、髪の毛が蛇だったり、眼鏡で封じられてるとはいえ、石化の目があるゾーラがどこまで受け入れられるか不安だったのだが、皆気にすることなく受け入れてくれたので本当に良かった。
「確かに驚きました。誠一先生が眼鏡のことを聞いてきたとき、一体何に使うのかと思っていたのですが……まさかこんな形で人を助けるようなモノに使うとは」
「ボク分かったよ! 誠一先生がどうしてモテるのか……非常識になればいいんだね!」
「その考えはおかしいと思うぞ」
「そうです。異性を魅了するには、美しければいいんですよ」
「そ、それも違うような……あ、口答えしてごめんなさい!?」
散々な言われよう。いや、ベアトリスさんは素直な称賛だった。……称賛だよね? 疑心暗鬼になってるよ。
「とにかく、学園祭を行うということは出し物を考えなくてはいけません。何か案はありますか?」
『うーん……』
ベアトリスさんの言葉に皆一斉に唸った。
「あれ? なんか学園祭の定番みたいなのはないのか?」
この異世界で学園祭という概念があるからには何かしらの定番があると思っていたんだが……。
俺の疑問を聞いて、フローラが苦笑いしながら教えてくれた。
「いやいや、先生。ないわけじゃないけど、基本的に学園祭って言えば劇をするのが定番なんだ」
「劇? なら皆も何か劇をやればいいんじゃないか?」
「それほど簡単な話でもない、他クラスが俺たちに舞台を貸してくれるとは思わぬからな」
「ええ……?」
まさかの根本的に劇をやらせてくれないとは思わなかった。
じゃあ一体どうするんだと思っていると、フローラが何かを思いついたように俺に訊いてきた。
「あ、誠一先生! 誠一先生ってもともとは異世界の勇者と同じ故郷の人なんだよね?」
「え? ああ、そうだな」
「じゃあ、誠一先生の故郷の学園祭って、どんな感じだったの?」
「俺のところの学園祭か……。そうだな、劇ももちろんやってたが、それ以外は何か飲食物の販売とか、お化け屋敷といった教室を改造して出来るイベント、あと定番なのはコスプレ喫茶だな」
『コスプレ喫茶?』
俺の言葉に皆聞きなれないのか首を傾げる。
「コスプレ喫茶ってのは……まあ分かりやすく言えば皆が執事やメイドの格好をして、接客する喫茶店だな。……よく考えればこのクラス、イケメンや美少女ぞろいだから悪い案でもない気がするな」
「び、美少女って……」
「兄貴! 俺もイケメンすか!?」
「何言ってるの! イケメンなのはボクでしょ!?」
「お前こそ何言ってんだ!?」
俺の言葉にヘレンとかは顔を赤くし、アグノスは鼻息を荒げている。フローラはイケメンってよりは美少女になるよね。イケメンでもいいけど。
「喫茶店か……その案自体は悪いとは思わないが、料理は誰がするのだ?」
ベアードがふとそうこぼした瞬間、ヘレンは表情を強張らせた。
「そ、それは出来る人がやればいいんじゃない?」
「そうか……この中で料理できる人間は?」
ベアードの問いに、ヘレンとゾーラ、そしてルルネ以外の女性全員だった。
「え、ヘレン、お前料理できねぇのかよ!?」
「う、うるさいわね! 別にできなくても問題なかったのよ! そういうアグノスだって手を上げてないじゃない!?」
「いや、俺の場合は食えるもんは作れるけど単純に喫茶店みたいなオシャレな料理は出来ねぇからよ……」
「なっ!?」
アグノスの予想外の言葉にヘレンは固まった。
ゾーラはずっと封印されてたから分かるし、ルルネは論外だけど……ヘレンが料理できないのは意外だった。
っていうか……。
「地味に手を挙げてるけど、参加するつもり?」
「ダメですか?」
「だってすることない」
何故か、ルイエスとルーティアの二人も手を挙げていたのだ。貴女たち、本来この場所にいないはずなんですけどねぇ? 普通に学園祭を楽しむ気満々じゃん。
まあせっかくのお祭りなんだから、大勢で楽しむのはいいと思うけどさ。
「というより、この流れだと喫茶店をやるって感じっぽいけど……いいのか?」
「いいのではないでしょうか? そのコスプレ喫茶であれば、私の美しさも存分に発揮できるでしょうし」
「え、えっと……僕自身もそれで大丈夫だと思います」
あまり意見を言わないレオンも賛成であり、他の皆も反対ではないらしくコスプレ喫茶をすることになった。
意見がまとまったのを見て、ベアトリスさんが告げた。
「詳しい日程などはまだ決まっていませんが、今のうちに衣装やメニューなどを考えるのがいいでしょう。それに調理係はシフト制にもなるでしょうから、一度料理ができる人たちで腕前を見せてもらうのもいいかもしれませんね」
「おお! さすがベアトリスの姐さん! 勉強せず、飯を食うだけとか……その案最高っす!」
ベアトリスさんはアグノスの正直すぎる言葉に苦笑する。
「私としては勉強も楽しんでほしいですが……まあいいです。それよりも、学園長の狙いである『楽しむ』ためにも、皆さん頑張っていいモノを作ってくださいね」
ホームルームの終わりとしてそう締めくくろうとしたベアトリスさんだったが、何故かアグノスたちは互いの顔を見合わせた。
「ベアトリスの姐さん、何言ってんすか?」
「え?」
「そうですよ~。ベアトリス先生も参加してもらいますよ~」
「え……ええええええ!? そ、そんな……」
期待の籠った視線を向けられ、ベアトリスさんは思いっきり驚いていた。
「ダメだよ、ベアトリス先生! 先生もボクたちと一緒にそのコスプレ? ってヤツをするの!」
「え――――そ、それって……」
フローラの言葉に絶句するベアトリスさん。
そんなベアトリスさんを見て、フローラは笑みを深めた。
「もちろん、先生もメイド服着てもらうね!」
「だ、だだだダメです! 先生は皆さんの監督として――――」
「それはダメだぜ、ベアトリスの姐さん! 学園長も『楽しむ』ために学園祭をするってんなら、ベアトリスの姐さんも参加しねぇとな!」
「まあ、諦めることだ」
「うえええええええ!?」
ベアトリスさんを中心に楽しそうに騒ぐ皆を見て、俺は温かい気持ちになった。
……地球の高校でも仲のいい先生とかにはああやって生徒が集まってたなぁ。
俺は先生からも嫌われてたからいつも見てるだけだったけど……あれ? 涙が出ちゃう。
自分で思い出しておきながら涙を流していると、そんな俺にフローラが声をかけてきた。
「誠一先生! なんか一人だけ関係ないって感じだけど、誠一先生も参加だよ?」
「え?」
「もちろんルイエスさんとルーティアさんも参加だけど、アルトリア先生も強制参加だからね!」
まさか俺自身も参加させられるとは思っていなかったので、俺は思わず呆けてしまう。
……学園祭か……虐められてたし、純粋な気持ちで楽しめたことはないけど……。
そう思いながらも皆を見ると、全員笑顔で俺を見ていた。
今回の学園祭は……俺も楽しんでいいのかな?
異世界に来て初めて、俺は学園祭を楽しむ事が出来るかもしれないと――――そう思ったのだった。
◆◇◆
誠一たちが学園祭のことについて話し合っているころ――――。
「はっ!? 誠一君が執事になるだって!?」
「は?」
「あ、いや、何でもないよ」
「は、はあ……んで、学園祭の話でしたっけ?」
「そうだよ。どうやらこの学園で学園祭を行うようだが、私たち勇者も一つのクラスとして参加していいそうだ。というわけで、何か案があれば聞きたいと思う」
勇者たちの中でも学園祭の話題が出ていた。
中心となって進行役を務めているのは生徒会長でもあった神無月華蓮であり、その近くには高宮兄妹や荒木賢治といった誠一の幼馴染たちがいる。
そんな神無月の言葉を聞いて、他の勇者たちの反応は悪かった。
「が、学園祭って……」
「お、俺たち、こんなことをしてる場合なのか……?」
「私家に帰りたいよ……」
異世界にやって来て、自分の強さを疑わなかった勇者たちだが、前回の【魔神教団】による襲撃で自身の無力さを痛感し、今頃になって怖くなったのだ。
そして、勝手に暴走した結果、世界から殺されかけた一人――――如月正也が、アイドルとしての輝きが消えうせた傷だらけの顔で喚き散らした。
「僕たちをバカにしてるのか!? この僕が大ケガをしたんだぞ!? それなのに学園祭だ!? ふざけるのも大概にしろ!」
「如月……」
頭を掻きむしり、余裕たっぷりだった以前とは違う如月に神無月は憐みの視線を向けた。
「もうこんな世界は嫌だ! とっとと帰せ! 地球なら……日本なら僕は負けないんだ……!」
現実から逃げるように、如月を含む勇者の傲慢化を助長させていた者たちは醜く叫び続ける。
だが、それは叶わない。
地球に帰る手段を勇者たちは持っていないのだ。
それにまだ神無月以外は気付いていないが、勇者たちは【隷属の腕輪】によって逃げる事が出来ない。
彼らはもう、自分自身の力ではどうすることも出来ない。
――――だが、もしこの世界がとある『人間』のために動いたとすれば――――地球に帰る手段があったかもしれないが、とある『人間』の過去を知ったこの世界が、そんな優しいことをするはずがなかった。
心が荒んでいる勇者たちを前にして、神無月は溜息を吐いた。
「はぁ……もうこの役目も辞めてしまいたい……」
「神無月先輩……」
翔太を含む、神無月の苦労を知る幼馴染たちは心配そうな視線を向けた。
その視線を受け、神無月は一つ決心した。
「……いい機会だね。実は翔太たちに会わせたい人がいるんだ」
「え?」
不意に明るい声を出す神無月に翔太たちは困惑する。
それを見て、神無月は笑みを深めるのだった。




