青空
「――――ベアトリスさん!」
「はい? って誠一さん。どうしたんですか? 今頃ダンジョンにいるんだと思ってたのですが……」
みんなに一言告げて先に戻ってきた俺は、さっそくゾーラのための道具を作るためにベアトリスさんの下に向かった。
案の定、ベアトリスさんは急に現れた俺に驚いている。
「すみません、急な用事でして……」
「はぁ……それで、用事とは?」
「その、眼鏡ってどこで作れますか?」
「え?」
俺の質問にベアトリスさんは拍子抜けしたような顔を浮かべた。
「眼鏡……ですか?」
「ええ。眼鏡でなく、ゴーグルでもいいのですが……。ベアトリスさんが俺が異世界の勇者だというのはもう知ってる通りですが、この世界で眼鏡ってどこに行けば手に入るのかなと……」
俺がなぜこんなことを聞いてくるのか分からないといった顔をしていたが、ベアトリスさんは素直に教えてくれた。
「よく分かりませんが……眼鏡でしたらこの学園街の雑貨屋で売ってますよ? もちろん少々値は張りますが……」
「なるほど……もし材料を持ち込んでも、その材料で作ってもらえたりはしますかね?」
「ええ? も、持ち込みですか……」
ベアトリスさんさらに困惑した様子を見せるが、真剣に考えてくれた。
「……そうですね。持ち込みなら雑貨屋よりは鍛冶屋のほうがいいかと。この学園街にも鍛冶屋はありますし、一度訪れてみてはどうですか? あ、地図を描きますよ」
「ありがとうございます!」
地図をもらうとお礼を言い、そのまま鍛冶屋へ向かう。
親切なベアトリスさんのおかげで、鍛冶屋まで迷うことなく行くことができた。
「すみません」
「へい、いらっしゃい」
中に入ると立派な髭を生やした筋骨隆々のおじさんが出迎える。
剣や槍といった武器だけでなく、様々な防具や盾も置かれていた。
時間があればゆっくり見ても面白いだろうが、今は用事があるので無視する。
「あの、この素材を使って眼鏡かゴーグルを作ることはできませんか?」
そして俺はおじさんにとある素材――――『魔断砂』を渡した。
そう、ゾーラの悩みを解決できるアイテムは、実は黒龍神のダンジョンで倒した『サンドマン』のドロップアイテムだった。
これ、熱してガラスにすれば、魔法や魔力を遮断できると書いてあるのだ。
でも攻撃魔法は遮断できないって書いてあったから、最初はどこで使うのかと思ったが……まさかこんな場面で使うとは。
俺から『魔断砂』を受け取ったおじさんは珍しそうにそれを見まわした。
「コイツは……見慣れねぇ素材だが、鑑定した結果を見るに熱すればガラスになるようだな。ただ、これで眼鏡っていうのは……意味があるのか?」
「ええ。それで、できますか?」
「そうだな……この量なら眼鏡もゴーグルも両方作れるが……どうする?」
「じゃあ両方作ってもらってもいいですか?」
「おう、任せな。ちょっと待っててくれ。これくらいならすぐ終わる」
そう言って『魔断砂』を受け取るとおじさんはお店の奥に引っ込んでいった。
待っている間は特にすることもないので、仕方なく鍛冶屋の中を見ているとすぐにおじさんが出てきた。
「終わったぞ」
「早いですね!?」
「まあガラスにするのは特に難しくなかったしな。これが完成品だが……眼鏡の方にはサイズ調整の効果がある『大小金属』って特殊な素材を使った。まあこの『大小金属』だけで作ったわけじゃねぇが……『魔断砂』も好きに使わせてもらったぜ。誰が使うのかは知らねぇが、これなら顔のサイズに合わせてフレームが勝手に調整してくれるぜ」
そう言って渡されたのは銀色フレームのシンプルな眼鏡だった。
「んで、こっちはゴーグルだ。これはまあ……特に特殊なもんは使ってねぇな。強いて言えばゴムくらいだが……」
続いて渡されたのは一昔前の戦闘機とかのパイロットが装着してそうなゴーグルだった。おじさんの言う通り、黒色のゴムがつけられているのでこれもサイズ調整は心配ないだろう。
俺はその出来を見て満足すると、お礼を言った。
最後にお金を払うわけだが、見知らぬ素材を使わせてもらったということと、『大小金属』は端材から使ったということもあって、かなり安く済んだ。まあお金はあるんだけど安いに越したことはないしな。
何はともあれ、こうして俺は準備が整ったわけで、すぐにゾーラたちのいるダンジョンへと戻るのだった。
◆◇◆
「ただいま!」
「あ、誠一!」
「ずいぶんと早かったが……もう終わったのか?」
ダンジョンに戻ると、サリアたちが出迎えてくれる。
「ああ。加工自体はそんなに難しくなかったようだぜ? それで……はい、これが言ってた品だ」
「これが……」
「確かに、師匠の言う通りこれなら視界を遮る心配はありませんね」
「でも、本当に魔力を遮断できるの?」
「そこは実際に試してみてもらわないとな」
俺は沈んだ様子のゾーラに近づいた。
「ほら、ゾーラ。これをかけてみな」
「え? で、でも……」
「そうやって怖がってちゃ、何時まで経っても先に進めないぞ。それにゾーラの石化の光は生物じゃなくても効果があるんだし、俺が持ってきた眼鏡やゴーグルをかけてから壁とか床を見て、効果があるか確認すればいいだろ?」
「……う、うん……」
眼鏡をかけたゾーラは、恐る恐るといった様子で徐々に目を開く。
そして――――。
「あ――――ああ……あああああ……!」
石化の光は、完全に眼鏡によって遮断されていた。
しかも、一応光が横から溢れるかもしれないと思い、ゴーグルも用意したのだが、何故か光自体が目から出てこないのだ。
そのことに少し驚きながら、眼鏡をよく観察するとその理由が分かった。
なんと、『魔断砂』は眼鏡のレンズ部分だけでなく、眼鏡の鼻あてとテンプル部分にも組み込まれていたのだ。
そのため、目元周辺の魔力が遮断され、石化の光が出なくなっていた。
ゾーラは感極まった様子で口に手を当てると、その隠れていたエメラルドの瞳を俺たちに向けた。
「見える……見えます……!」
「うし、なんとかなったな」
「う……うぅ……うあああああああああああ!」
ゾーラは大声をあげて泣き出した。
そんなゾーラをサリアは優しい目を向けながら撫でる。
「よかったね、ゾーラさん」
「うん……うん……!」
「いいや、驚くのはまだ早いぜ?」
「え?」
感動の涙を流し続けるゾーラに、俺はそう言って笑った。
「今からいいモノを見せるからさ、よく見ててくれ」
「え? え?」
「誠一? お前、何するつもりだ?」
戸惑うゾーラと、不思議そうに首を傾げるアルたち。
「まあいいから。あ、なるべく俺の近くにいてくれないか?」
「あ、ああ」
訳が分からないといった表情を浮かべながらも、サリアたちは素直に近づく。
「よし、じゃあ――――」
『――――!?』
俺が【憎悪溢れる細剣】と【慈愛溢れる細剣】を構え、力強く地面を踏み込む。
それだけで俺とサリアたちを中心に地面が吹っ飛び、その衝撃にサリアたちは声にならないほど驚いた。
「――――そらよっと!」
踏み込んだ力をそのままに、俺はとある魔法をブラックとホワイトに纏わせながら天井に向けて、世界が軋み上げる寸前の力で振りぬいた。
そして――――。
「――――」
――――世界が揺れた。
◆◇◆
――――誠一がゾーラに眼鏡を渡していたころ、完全に閉じ込めた気でいるダンジョンは低い声で笑った。
『ククク……バカな人間どもめ。もともと超常現象であるダンジョンに、塵芥に等しい人間どもが敵うわけがないだろう! せいぜい食料もないあの空間で死ねばいいさ』
ダンジョンはさらに笑みを深める。
『他のダンジョンどもは自我を持つまでもなく人間に攻略され、その身を滅ぼしてきた。だが我は違う! 愚かにもこの地に侵入してきた人間どもと、あのゴミの力を吸い尽くして世界を我で覆い尽くすのだ! 誰がこの星の支配者か!? 人間どもではない! 我だ。ダンジョンであるこの我こそが世界の支配者なのだ! フフフ……アハハハハハハハ!』
狂ったように笑うダンジョン。
その時だった。
『ん? ……んぐあ!? な、なんだ!?』
ダンジョンの笑い声を遮るかのように、大きな揺れがダンジョンを襲った。
ダンジョンは自我が芽生えたことで、各階層などが人間でいう腸や胃といった器官に例えることができる。
だからこそ、ダンジョンの壁を攻撃すれば確かにダメージはあるのだが、この世界の超常現象であるダンジョンは自然治癒だけで一瞬で治せてしまうのだ。そのため、壁を攻撃し続けているうちに体力もなくなり、朽ち果てていくのだ。
そして今、ダンジョンは人間でいう腹の部分にとんでもない衝撃が襲い掛かった。
それは誠一が地面を力強く踏み込んだ瞬間であり、あまりの痛さにダンジョンは悲鳴を上げる。
『ぎゃああああああ! 痛い痛い痛い! な、なんなんだああああああ!? こ、この腹の痛みは……! ごぼはぁ!?』
だが、誠一の踏み込みでただ腹が痛いだけにとどまるはずもなく、あっけなくその腹を破裂させられた。
『あ……あが……ど、どうして……一体なにが……この我に、何が起こって――――』
その原因を探ろうとするダンジョンだが、それは失敗に終わった。
『かへぇえ?』
間抜けな声と共に、ダンジョンは吹っ飛んだ。
何の抵抗も許されず、思考する暇さえ与えられない。
ただただ、人間でいう腹が弾け飛び、そのまま垂直に喉から脳みそまで恐ろしいほどのエネルギーが貫き、その身を滅ぼしたのだ。
予想もできなかっただろう。
哀れなことに、その死にざまさえ誰にも見られることなく、ひっそりと、そして完全に消し飛ばされた。
ダンジョン内部は誠一の攻撃の余波だけで一掃される。
壁も天井も床も魔物も。
どれも障害にならず、ただただ消されていく。
しかし、何故か蛇神やアナコングといった知り合った魔物たちには何の影響もなかった。
アナコングとその仲間である蛇の魔物たち、そして蛇神を特殊なベールが包み込み、衝撃波から護ったのだ。
『こ、これは……』
突如蛇神の体を包み込んだベールと、不意にダンジョンに縛り付けていた力の何かが消え去り、驚きで目を見開いた。
一方アナコングたちは、誠一と別れてから出口に向かっていたのだが、謎のベールとダンジョンの崩壊に驚く。
『アンタたち、大丈夫かい!?』
『だ、大丈夫です、姐さん!』
『すごいっすね、これ!? 何が起こってるんすか!?』
『アタシが知るわけないじゃないか! とにかくこのよく分からないベールのおかげで大丈夫そうだけど、警戒を怠るんじゃないよ!』
『はい! 死にたくないですもんね!』
『そうそう! 姐さんは綺麗になってもう一度兄貴に会うんですもんね!』
『『『ふぅ! 熱いっすねぇ!』』』
『……アンタたちのベールだけとれないかねぇ?』
『『『すみませんでしたあああああああ!』』』
まるで世界が意思を持ったかのよう……いや、実際世界が誠一のことを考え、蛇神やアナコングたちを護ったのだが、それを知る者はどこにもいなかった。
だが、ダンジョンを消し飛ばした誠一の攻撃は、それだけで終わらなかった。
むしろ、ダンジョンなどたまたま進路上にあっただけと言わんばかりに斬撃の威力は減ることなく突き進む。
まずダンジョンの頭上にあった周辺の木々は跡形もなくなり、魔物も同時に消えた。
本当なら近くにある『バーバドル魔法学園』にも被害が及ぶはずなのだが、そこもまた世界が気を利かせ、誠一の斬撃の衝撃波を何とか最小限にとどめたのだ。
もちろん世界では誠一の斬撃を直接受け止められない。
だが、多少無茶をすれば衝撃波を抑え込むことができるのだ。
そんな世界の努力のおかげで、【魔神教団】のデミオロスが隠れていたという森の一部が消し飛んだだけに終わった。とはいえ、斬撃の威力が落ちたわけではない。
ここまで世界が努力するのも、簡単に世界を滅ぼせるはずの誠一が世界滅亡級の魔法や物理攻撃をあまり使わないため、これから先もしもちょっとしたストレスで世界に被害が及んでもまずいので、こういう機会にストレス発散してもらおうという狙いがあったのだが、そんなことを皆が知る訳もない。
世界自身があれこれと努力をしている中、この世界では災害級どころか魔神さえいなければトップクラスの脅威である【龍神帝】が、暇つぶしにどこか国を攻め滅ぼそうとして、たまたま上空を突き進む誠一の斬撃の進路上を横切ろうとしたところ、訳も分からないまま消え去ってしまった。
【龍神帝】を滅ぼした斬撃は容易く大気圏を超え、そのまま宇宙をまっすぐ突き進む。
進行上の生命体のいない惑星や星屑を消し飛ばしながら突き進むと、進路上に宇宙船が現れた。
地球にあるロケットとは違い、どちらかと言えば戦艦が未来的かつシャープになったような印象を受ける。
そんな宇宙船の中では、銀色の肌と巨大な漆黒の目をもった宇宙人たちが会話していた。
『船長。この近くにどうやら知的生命体の存在する星があるようです』
艦内の操縦室にある、3Dホログラム型の特殊な装置を宇宙人が指示した。
それは今誠一たちが住んでいる星だった。
『ほう? こんな辺鄙な場所にもやはり生命体はいたか……ふん。この距離で我々に気づかないような超低文明の原人どもだろう。よし、我々の植民地として支配を――――』
宇宙人の言葉は続かなかった。
何故なら、その宇宙船を誠一の斬撃があっという間に飲み込んだからだ。
意図せず、誠一たちのいる星を狙った宇宙人は、何も分からないまま消えていった。
結果的に誠一のおかげで星の危機は去ったのだ。
しかしそれでも誠一の斬撃はまだ止まらない。
むしろ宇宙の謎パワーやら何やらを吸収し、どんどんその威力が大きくなっていく。
進んでいくと輝くことさえできなくなったいわゆる【死んだ惑星】の近くをたまたま通り過ぎ、その訳の分からない超巨大なエネルギーを受け、再び激しく燃えて生き返った。
そのおかげか、その星は地球でいう太陽の役割を果たしていたようで、生き返った星の周辺の惑星に住む知的生命体は再び訪れた温かさに心から涙した。
誠一の知らないところでどんどん宇宙の状態を変えていると、ついにとんでもない場面に遭遇する。
それは、太陽なんかよりも何百倍も……何千倍も大きい異形の怪物と、それに対峙する形で浮かぶ無数の宇宙戦艦だった。
さらにその宇宙戦艦群の先頭には、未来的な鎧らしき物を身に纏った人型の宇宙人が武器を構えていた。
『スペース大王! お前には宇宙を渡さない!』
『ハハハハハ! 威勢がいいな、宇宙勇者どもよ! ちっぽけな貴様らに何ができる?』
『俺一人じゃ無理でも、ここには仲間がいる! お前に母星を滅ぼされた者たちだって! 二度と、そんな悲劇を起こさないために、俺たちは……【宇宙大連合軍】はお前を倒す!』
宇宙勇者と呼ばれた者の言葉を受け、スペース大王は興味なさげに答えた。
『何もできんよ。貴様らは、余に弄ばれる程度の存在でしかない。弱者であることが罪なのだ。余に母星を滅ぼされた? 当たり前であろう。全宇宙で最強である余が絶対なのだ。弱い貴様らが悪いのだ』
『貴様……!』
『弱者は弱者らしく、余の玩具に――――』
余裕たっぷりに宇宙勇者たちに語り続けていたスペース大王の下に、誠一の斬撃が届いた。
今の斬撃の大きさは、太陽と同じサイズだが、太陽より圧倒的に大きいスペース大王には人間でいうノミほどでしかない。
だが、そんな極小である誠一の斬撃を受けたスペース大王は――――消し飛んだ。
『は?』
宇宙勇者も、【宇宙大連合軍】も、訳が分からなかった。
いや、一番分からなかったのは、スペース大王だろう。
しかもよりによって強者だの弱者だのと語っている最中に、訳も分からず存在を消されたのだ。
スペース大王は知らなかった。
ただ、強者とか弱者とか考えるが馬鹿らしくなるような存在がいることを。
スペース大王と衝突したことで、ついに誠一の斬撃も消滅した。
呆然とする宇宙勇者たち。
それでもさっきまで宇宙全体を支配していた圧倒的な力が消え、スペース大王が消滅したことが分かると、彼らは一斉に歓声を上げた。
『うわああああああああああ!』
『やった、やったぞ!』
『これでもう、アイツの影に怯えなくて済む!』
『何が起こったのか分からない……ただ、母星を滅ぼされた私たちの手で、殺してやりたかった。……でも、それが不可能だということも分かってた。それどころか、私たちが全滅する可能性だってあったのに……う、うぅ……本当に良かった……今はただ、私たちが無事でいれることが……ただただ嬉しい……!』
それぞれが抱き合い、歓喜し、喜びの涙を流し続けた。
いったい誰がスペース大王を滅ぼしたのか。
それを知る者は、斬撃を放った誠一でさえ知らない。
――――こうして誠一はまた、意図せずに星どころか全宇宙を救ってしまったのだった。
◆◇◆
「なっ……なっ……!?」
俺を中心にして頭上にあった天井は上の階層諸々含めて吹っ飛ばした。
しかも、その際に発生した衝撃波により、ダンジョンの各階層の魔物たちでさえ消し飛んでいく。
……まあ、蛇神やアナコングもまだこのダンジョンにいるだろうし、誠一魔法【ジャッジメント】をブラックとホワイトに纏わせての攻撃だったので俺の攻撃は受けていないはずだ。……いや、そうであってほしい。
そんなことするくらいなら、直接【ジャッジメント】使えよって思うかもしれないが……まあ……『魔法より物理!』って日もあるよね! ……え、ない? あ、そう……。
天井どころか地上の木々をなぎ倒し、それだけに留まらず青空に浮かぶ雲さえ吹っ飛ばす俺の斬撃に、アルたちは口をこれでもかというくらいに開けて驚いていた。
「おー、快晴じゃん!」
「暢気すぎるだろ!?」
ぽっかりと穴の開いた頭上を見て清々しい気持ちでいると、アルがツッコんだ。
「お前どうなってんの!? 周辺に木とかあったよなぁ!? ダンジョンの壁や天井を吹っ飛ばしただけでも意味が分からねぇっていうのに……!」
まあアルの気持ちも分かる。てか、俺も予想外だった。
化物になったなぁとは思ってたけど、ここまで綺麗にいくとは思わなかった。脆かったのかね? ダンジョンの天井。
手で影を作りながら上を眺め、満足すると俺はゾーラに向き直った。
「ほら、これが青空だぜ」
「あ――――」
ぽっかりと空いた穴から見える、どこまでも澄んだ青空を見て、ゾーラは呆然とした。
そして静かに涙が流れ落ちる。
「これが……空……」
「そうだ。綺麗だろう?」
「……はい。とても……」
夢見心地といった様子で、ゾーラは空を見上げながら呟く。
「……幼いころ、もしかしたら見たことがあったのかもしれない。でも、その時の空は決して鮮やかじゃなかったと思います。そう、ここまで綺麗な青空だなんて……」
顔を一度俯かせたゾーラだったが、涙を拭うともう一度空を見上げた。
「世界って……こんなに広かったんですね」
「そうだよ。世界は広いんだ。こんな薄暗い場所の向こうには、俺もまだ見たことのない世界が広がっている……そして、それを俺たちは見たりしていいんだよ。だって、この世界は誰のものでもないんだしさ」
「……はい」
静かに頷くゾーラに、俺は笑みを浮かべた。
「じゃあ、一緒に行こうぜ?」
「え?」
「最終的にはゾーラの気持ち次第だけど、その知らない世界ってのを一緒に見て回ろうよ」
「一緒に……世界を……」
呆然と呟くゾーラに、サリアが抱き着いた。
「うん、一緒に行こう! 一人で見るのも楽しいけど、やっぱりたくさんの人とその感動を共有したほうがもっと楽しいと思うよ!」
「そうだな……サリアの言う通りだ。オレなんかは冒険者として活動してるが、体質のせいで遠出もまともにできなかった……だが、誠一のおかげで今は色々な場所に自分の意思で行ける。でも一人じゃなくてそんな誠一たちと一緒に見て回るほうが、オレは幸せなんだ」
アルもサリアの言葉に続いて優し気にそう告げた。
「ゾーラさん。貴女はこれから、世界を楽しめばいいのです。師匠といれば、それが可能でしょう」
「そう。この世界で生きてるからこそ、貴女にはこの世界に絶望してほしくない。貴女が思っている以上に、この世界は綺麗で素晴らしい」
「そうだぞ、蛇の娘よ。世の中には絶品料理で溢れかえっている! これを知らないで過ごすのは、すべてにおいて損だぞ!」
「……珍しくいいこと言うな、ルルネ」
「あ、主様!?」
いや、すべてにおいて損してるかは別にしても、料理は世界を楽しむ一つに大きく関係するだろうしな。 するとオリガちゃんがゾーラに近づいてから顔を見上げ、手を差し伸べた。
「……一緒に行こ?」
「……はいっ!」
恐る恐るだが、確かにオリガちゃんの手を握った。
その光景に一人で和んでいると、突然脳内に声が響いた。
『レベルがお上がりになりました』
………………え?




