ルイエスの決意
『すみませんでした……!』
無事模擬戦……いや、訓練を終えた後、魔族の方々は俺に頭を下げた。
それを見て、なぜか俺じゃなくてルーティアが微妙にドヤ顔を浮かべているのはよく分からないが。
「いやいや、頭をあげてくださいよ! 俺は別に気にしてませんから……」
「……面目ねぇ。アンタはルーティア様の命の恩人だってのに、完全に頭に血が上ってて……」
「そうね……ルーティア様が倒れてから、ちょっと私たちは余裕がなくなってたみたいだわ……」
俺の言葉を受けて、白髪イケメンとすごい美人さんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
まあ魔族の人たちの心情は分かるし、俺も気にしてないんだけどな。
何よりこうして無事に助けられたんだから俺としてはそれでいいじゃんって思ってしまうんだけど……それじゃすまないんだろうなぁ。
そんなことを考えていると、白髪イケメンは真剣な表情に変わる。
「アンタになら、ルーティア様を預けられる。むしろ俺たちといるより安全だろう。……悔しいことにな。どうか、ルーティア様をよろしく頼む!」
「…………え、ルーティアが付いてくることは決定事項!?」
「そうだけど?」
「俺の意思!」
『よろしくお願いします!』
「すでに聞いてねぇ!?」
しかも全員が頭を下げるもんだから、断れないじゃん! なんせ、ノーと言えない日本人ですからね!
でも実際問題これから先もルーティアが狙われるっていうなら、俺のもとにいるのが一番安全なのかな?
俺自身ぶっ飛んでるのは自覚してるけど、どこまでそれが通用するのか分からねぇし。
「頼まれたからには、きちんと守れるように頑張るよ」
「うん。頼りにしてる」
ルーティアは俺を見てうなずいた。
さて……じゃあそろそろ本当に戻ろうかねぇ?
サリアたちも心配してるかもしれないし、何よりバーナさんに頼まれているダンジョンにも行かないといけないからな。
帰ることをランゼさんや父さんたちに伝えようと辺りを見渡すと、いつの間にかランゼさんたちは城の中に戻っているらしく姿が見当たらなかった。
それなら一度俺も城内に戻ろうかと思っていると、ルイエスが俺の前にやってきた。
「師匠」
「ん? あ、ルイエス。久しぶりのところ悪いんだけど、そろそろ帰るからランゼさんのところに案内してもらってもいい?」
「分かりました。私も師匠と一緒に学園に行きますね」
「ありがと――――はい?」
俺は思わず聞き返した。
「あのー……ルイエスさん? 今、なんて……?」
「ですから、私も師匠と一緒にバーバドル魔法学園に向かいます」
「ですからじゃないよね!? 何をどうしたらそんな話になった!?」
ランゼさんのもとへの案内を頼んだのに、なんでそんな話になってるんですかねぇ!?
俺のツッコミを受けたルイエスは、今まで見たことがないほど表情を暗くした。
「……今回の戦いで、私は何もできませんでした」
「え?」
「もともと【黒の聖騎士】以外に私と並び立てるような存在は師匠を除いておらず、【超越者】となりまた一歩、強くなったと思っていました。だからこそ、最初はむしろ私以上に強い存在を望んでいました」
それは初めてルイエスと会ったとき、ルイエスの部下であるクラウディアさんからそんな話を聞いた。
自分以上の強者がいないからこそ、孤独だと。
だから俺に負けた時、ルイエスは負けたというのに少し嬉しそうだった。
「しかし、いざ自分の守るべき国がその強い存在に襲われ、何もできずに負けた時……私は悔しかったのです。どうやら私はどうしようもなく傲慢で、我がままだったようです。幸い師匠のご友人方のおかげで助かりましたが、あのままだったら……私は大切なものを守ることができなかったでしょう」
「……」
黙って聞いている俺に、ルイエスはまっすぐな視線を向けた。
「師匠。私は強くなりたいです。誰にも負けないくらいに。守りたいものが守れるように」
ルイエスのその言葉は、俺の心にも深く響いた。
俺の力は、確かにぶっ飛んでる。それこそどうしようもないほどに。
だが、どこまでぶっ飛んでるのかは分からないのだ。
俺以上の存在がいるかもしれない。
そしてそんなヤツがサリアたちを襲ったら――――俺は守ることができないだろう。
実際、あの不気味な男が使った力も俺には分からないし、魔族の方々の不思議な力も俺の体は反応しなかった。
身に余る力であることに変わりはないけど、俺もルイエスを見習ってまだまだ強くならなきゃいけないのだろう。
――――絶対にサリアたちを守れるように。
「……分かった。どうせルーティアも付いてくるんだし、今更一人増えても同じだろ。……ルイエス」
「はい」
「一緒に強くなろうな」
「っ! ……はい!」
俺の言葉にルイエスは一瞬目を見開くと、少し頬を赤くしてそう返事をした。
――――この時の俺は少しずつ強くなれたらいいと思っていたのだが、俺の体はもっとずっとクレイジーだということを思い知らされるのは先の話。
さて、成り行きとはいえ同行人が二人も増えてしまった。おかしい。
これ、どう説明したらいいんだ? 絶対にヘレン辺りから色々ツッコまれるヤツじゃん。
まあもう連れて行くって言ったから文句はないんだけどね。
でも本当にそろそろ帰らないとまずいだろう。
ということで当初の目的通りルイエスにランゼさんの元まで案内してもらった。
すると俺の両親とランゼさん、そしてゼアノスたちが楽しそうに会話していた。
「いや、誠一君には大変お世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ。私たちの息子が役に立っているようで……」
「本当に、私たちが見ないうちに立派になったわねぇ……サリアさんの件もあるし、赤飯炊かないと!」
……会話に混ざりにくいな、おい。
話題の内容が俺の話だったので妙にためらっているとゼアノスが俺に気づいた。
「む? 誠一殿。そのような場所で何をしている?」
「あら、誠一。こっちにいらっしゃいよ」
「う、うん……いつの間にかランゼさんとも仲良くなったんだね」
俺がそう訊くと父さんは笑顔を浮かべた。
「そうだぞ~。父さん、王様の知り合いなんて初めてだからな。自慢できるぞ」
「そうね。お城の中も初めて入ったけど、本当に豪華なのねぇ。メイドさんもたくさんいらっしゃるし……お給金っていくらなのかしら?」
「どうだろう? それも気になるが、ここのメイドも『萌え~』とやらをやるのかな?」
「もう、誠さん。それは日本だけでしょう? ここの方たちはお淑やか~な本物のメイドさんなんだから。あ、あとで写真撮ってもらいましょ!」
「それはいいな!」
「………………何というか、誠一のご両親なんだなぁと」
「どういう意味ですかねぇ!?」
父さんたちの会話を聞いていたランゼさんが、何とも言えない表情で俺を見てきた。
いや、ここまでズレてるのはウチの両親くらいですよ! 多分! 自信なくなってきたけど!
俺は溜息を一つ吐くと本来の目的を達成するべく帰ることを告げた。
「すみません、そろそろ帰ります。サリアたちも心配してるでしょうし、バーナさんから頼まれていることもあるので……」
「そうか……あ、誠一のご両親のことは心配しないでくれ。先ほどゼアノス殿たちからも話を聞いた。なんでもこの国に移住したいという話だが……俺はもちろん歓迎だ。こんなに心強い存在が我が国にいるってだけでもありがたい。今兵士たちを手伝ってもらっているアベル殿たちも同様だぞ」
「ありがとうございます!」
よく見れば確かにアベルたちの姿が見当たらなかった。ほかにも、ガッスルたちもいたと思うんだが、いつの間にか姿を消している。まあギルドに戻ったんだろう。
それよりも無事に移住を認めてくれたので俺としては一つ安心できたって感じだ。
俺がほっとしていると、ルーティアがランゼに話しかける。
「ランゼルフ王。私は誠一と一緒に行きます」
「は? ……いや、そういやそんな話の流れだったな。すっかり忘れてたが、おたくの家臣が納得してんなら俺からいうことはねぇよ。事実、誠一の場所にいるのが一番安全かもしれねぇからな」
「うん。……その、会議はめちゃくちゃになってしまった。今回は偶然【魔神教団】だったけど、もしかしたら魔族である私たちを目の敵にしている人たちに襲われるかもしれない。それでも、貴方はこれからも魔族とともに歩んでくれる?」
ルーティアのその視線はとても真剣で、それを真正面からランゼさんも答えた。
「当たり前だ。この程度のことでビビッてちゃ、やってられねぇよ」
「……ありがとう」
ルーティアは安心したように小さく微笑んだ。
「さて、じゃあ誠一! またな! 次はゆっくりしていってくれ!」
「はい! ありがとうございます!」
「では。……ゼロス、ゾルア、レイヤ、リアレッタ、ウルス、ジェイド。あとはよろしく」
『はっ! お気を付けて!』
俺がランゼさんや父さんたちに挨拶する横で、ルーティアも魔族の方々に挨拶をしていた。
するとルシウスさんがルーティアの前にやってくる。
「貴方は……」
「せっかく会えたけど、残念ながらゆっくり話す時間はないみたいだね。まあでも、僕はこうして生き返ったんだし、いつでも会えるからさ。その時にゆっくり話をしよう」
「……はい」
そっか、ルシウスさんは初代魔王なわけだから、ルーティアもルシウスさんも話したいことがあるよな。
でもルシウスさんの言う通り、会おうと思えば会えるのだ。
名残惜しいが、そろそろ帰ろうというところでルイエスもランゼさんに挨拶をした。
「陛下。修行のため暇をいただきます」
「おう。……………………は!?」
「ではこれで――――」
「待て待て待て待て! え、何!? お前まで行くのか!? 初耳なんですけど!?」
「今言いましたので」
「報連相しっかりしろって言ってんだろうが……! てか俺お前の上司! 分かってる!?」
まさかのルイエスはランゼさんに一言も告げていなかったようだ。いや、全面的にランゼさんが正しいよね!
結局、ルイエスに俺も巻き込まれる形でランゼさんの説得をするのだった。




