19、白百合狂想曲
城の中、この国で一番偉い夫婦は囁き合う。
「やっと、狂犬の番が帰ってきたか 」
「リリアを犬のお世話係みたいに言わないでください 」
不満を漏らしながらも、妹が帰って来たことが嬉しいロゼッタの表情は明るい。
それを見て、クラウスもうっすらとほほ笑んだ。ただ、その微笑みは酷く疲れ切っている。
「狂犬は狂犬だ。性質の悪い犬だ 」
「確かに、狂犬という言葉は納得しますが… 」
長い長い一年だった、とロゼッタは溜息をついた。
まさか、自分以上に我儘で傲慢な生き物がいるなんて思っても見なかった。
「俺たちは、上に立つ者として望まれるがまま尊大を演じている。しかし、あれは… 」
遠い目をしてどこかを見つめるクラウスには、ありありと疲労が見える。
「どこまでも無自覚で本能的。そして盲目的すぎて危険ですね 」
うんざりとした様子で、夫婦二人は大きなため息をつく。
酷かった。本当に酷かった。
この一年で、ロゼッタは妹リリアの心労というものを十分に理解した。
そして、クラウスも弟であるアレクシスの深淵に十分振り回された。
一人の恋狂いの騎士に、帝国は何度も壊滅されそうになったのだ。
本気をだしたアレクシスは、目的の為ならば祖国すらも厭わなかった。
ただ、その理由が酷く幼い嫉妬や傲慢な欲望というから帝国としてはいたたまれない。
アイツ気に入らないからとか、早く一緒になりたいからなどの理由で帝国の全騎士団動かしたり物流止めようとしたりするなんて恐ろしすぎる。
騎士団のトップがそんな大それたことできるはずがないのだが、本当にしようとするのがアレクシスだった。
そんなことをリリアが知ったらきっと怒るだろうが、彼女の耳には絶対に入らないのだろう。
なぜならば、アレクシスがそんなことを絶対に許さないからだ。
この一年での、帝国内でのリリアの通り名は「傾国」だ。
本人にとっては不名誉なものであろうが、それも仕方がない。
恋に狂った男を、一年も放置しておいた罪は重いのだ。
「まぁ、いいわ。これからは、リリアが抑えになってくれることでしょう 」
「そうだな。これで、アレクも少しは落ち着くことだろう 」
そう言って笑いあう2人は、まだ知らない。
この一年でやりたい放題やっていたリリアが帝国でも様々な事件を起しまくることを
そして、それを目の当たりにしたアレクシスが色々とどうしようもない暴走することを
2人はまだ知らない。
傾国の白百合の傍らには、常に狂犬の騎士がいる。
その周囲には常に喧騒と混乱と幸福が満ち、人々の溜息や悲鳴や歓声が溢れた。
そんな中、2人はずっと互いを守って慈しみ合い、時にはいがみ合って、でも最後はラブラブで幸せに過ごしたということです。
そんなわけで、白百合狂想曲は、いつまでも続く。
これにて本編完結です。
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番外として、もう少し続く予定です。
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