雲泥の差
「……はぁ。美味しいわねぇ、トーヤ君のお料理は」
うっとりとした笑顔でしみじみと言葉にするラーラ。
そりゃあ糧食生活と比べれば雲泥の差だとは思う。
しっかりと作ったつもりだし、今回はパティさんへのお礼も含めてる。
残念ながら下ごしらえが間に合わなかったので"それなり"程度のものしか作れなかったが、それでもそこいらの店で食べるよりは美味いはずだという自負はある。
だが少々やりすぎてしまったことに、俺はようやく気がついた。
ひとりは普段から食べていたせいでそれほど大きな反応を見せなかったが、はじめて食べる人にはかなりの衝撃を与えてしまったようだ。
「…………」
言葉にならないといった表情で固まり続けるパティ。
それは驚きと美味しい料理を食べたことの幸せとを合わせたとても複雑なもので、一言では言い表せないようなものだった。
行き過ぎた礼はかえって良くないということなのだろうか。
そんなことを考えていた俺に、呟くような小さな声が届いた。
「……これ……は……こんなにも……いえ……だけど……」
「むふふ。なにやら自問自答を繰り返してるわね、パティちゃん。
これがうちの旦那様が作り出した"愛の手料理"なのよッ!」
「"アイ"なんて名称の調味料を使った覚えはないんだが?」
にまにまと自慢げに言葉にされても苦笑いしか出ない。
確かに心を込めて作ってるが、そんな不透明な異物を混入させた記憶はない。
そもそもそれを味覚として認識できる時点ですごいことではあるが。
少々時間をかけてパティが言葉にしたのは、俺が予想していたものとは違った。
「…………なるほど。
それでラーラはトーヤさんを旦那さんにしたいのね」
「……そっちかよ。
いや、確かに俺のことを"専属料理人"にしようとしているのは確かだが」
「ち、違うのよ!? トーヤ君をお婿さんにしたいのはお料理だけじゃないの!」
そこはせめて、俺のいいところを言葉にしてもらえたら嬉しかったんだがな。
「そんなことよりも、冷めると折角のいい肉が硬くなるぞ」
「そ、そうね。いただきますね」
考えごとをしていたのだろう。
こちらの言葉に意識を戻したパティは、驚きながらも肉にナイフを通す。
俺も視線を料理に戻し、料理に手をつけた。
味は確認していたが、肉も柔らかさをしっかりと残している。
これなら十分に美味いはずだろう。
「ところで、フラヴィにも同じ物をあげても大丈夫なんだろうか?
さっきからものすごく目を輝かせているんだが……」
大人しく膝の上でちょこんとしていたフラヴィだが、きらきらとした瞳にあげていいものかと悩んでいた。
味が濃いものだし、何よりもこれは肉だ。
噛むことのできないこの子が食べるには、少々敷居が高く思えるんだが。
「そうね。
柔らかいものを求めず、お魚を食べているならもう大人の食事でも大丈夫よ。
とはいえ、身体的にはまだ子供だから、食事に限っての話になるのだけど。
訓練ともなれば、もう少し足腰がしっかりしてからの方がいいと思うわ」
「そうか。
なら、俺のを切り分けてあげるか。
噛めなくても味はわかるし、魚だけだと飽きるよな?」
「きゅうっきゅうっ」
俺の顔を見ながら、フラヴィはとても楽しげに答えた。
目の前にある皿をつつかないこの子は、そういった性格を持つのだろう。
品良くも礼儀正しくも思えるこの子を誇らしく思えた。
小さく肉を切り、口を怪我しないように手であげると嬉しそうに食べた。
幸せそうに口にする姿に、いつの間にかほとんどの肉をあげていた。
「雛鳥にご飯をあげる親鳥みたいで可愛いわね」
「やっぱりピングイーンは可愛いわねぇ」
「可愛くないヒナなんていんじゃいんじゃないか?」
そう思えた俺だが、そうとも言えないとパティは話した。
ゴブリンやオーク、オーガといった人の形をした種族のヒナは、見た目がほぼ大人のままで大きさのみが違うらしい。
パティも見たわけではないが、それを想像するに可愛いとは思えないと答えた。
唯一出遭ったゴブリンで想像してみたが、俺にも可愛さを感じなかった。




