貴重な体験として
そんな優しい時間も、翌日には大きな変化を見せた。
バケツをひっくり返したような大雨に見舞われ、俺達はタープの中で過ごした。
フラヴィが寝ている間に釣っていた魚は大量にあるので食事に困ることはないが、視界の悪くなる激しい雨が長時間続くとさすがに周囲警戒も疲れてくる。
しかしこれもいい訓練になるので、貴重な体験として警戒を続けていると、遠くの方から敵意を感じさせない誰かがやってくる気配に気がついた。
俺が感知しているこの力は、豪雨だろうと濃霧だろうと、たとえ世界が暗闇に包まれていようと識別することができる強力なものだ。
修練次第では気配だけじゃなく悪意を判別することも可能とする。
まだ確認できていないが、恐らくこの力は生命体に反応すると思えるから、魔力を動力源に動くというゴーレムには効果を見せないだろう。
……もっともゴーレムなんて存在は、ダンジョン内にしかいないみたいだが。
この情報はディートリヒ達にもしっかりと伝えてある。
彼らでも人や魔物の悪意や気配を感覚的なものとして識別できるはずだ。
いずれはライナーが見せたように、空間認識能力を極限まで高められるだろう。
当然、彼らの努力次第になるが、この技術をある程度手にしただけでもランクAならそう遠くないうちに到達できると確信している。
亡くなった方を悪くいうわけではないが、しっかりと修練を積めば盗賊団とソロで対峙しても、そういった悲しい結末になる確率を激減させられるはずだ。
それには心・技・体が必要不可欠だ。
彼らに教えたのは心と技の極々一部だが、元々彼らは体をある程度鍛えていた。
あとは残りのふたつを身につければ、ランクSへ上り詰めることも可能だろう。
徐々に近付いてくるひとつの気配。
俺はフラヴィを揺らして起こし、注意を促した。
「フラヴィ。どうやらお客さんみたいだぞ」
「……きゅぅぅ」
まだ寝ぼけているのだろう。
とても可愛らしく思えるが、恐らくはすぐに飛び跳ね……たな……。
強い雨脚の中でも足音が聞こえたのか、強くしがみついて震えた。
どうやらこの子は聴力もかなり優れているようだな。
音を発している主もこちらに気がついたのだろう。
まっすぐこちらへ向かって歩いてくるのが気配でわかった。
しばらくすると、白いローブを目深に被ったひとりの女性の姿を視界に捉えた。
タープの近くまで来た者は、表情を見えるようにフードを若干上げて答えた。
「よければ雨宿りをしてもいいかしら?」
「構わないぞ」
薄い金色の髪と鮮やかな翠色の瞳を持った、とても優しそうな大人の女性だ。
なぜこんな場所にひとりで、という疑問はあるが、俺に断る理由はなかった。
残念ながらフラヴィだけは直視できないようで、俺の胸に顔を埋めたままだが。
低めの長テーブルに腰をかけた彼女は深く息をついた。
よほど歩き詰めだったのだろう。
かなりの疲労感が感じられた。




