優しい時間
さらに2日が経ち、フラヴィは俺の周囲を歩き回るようになった。
ちょこちょこトテトテと歩くこの子を見ているだけで、頬が緩んでしまう。
しかし、この子は少し特殊なんだと俺は思うようになっていた。
かさりと草を揺らす音が聞こえると、フラヴィは飛び跳ねて俺の胸に逃げ込む。
抱きつき、強く震える子を撫でながら、俺は静かに言葉にした。
「大丈夫だ、フラヴィ。
ただのウサギだよ」
ぴょこんと草葉の陰から現れたのは、小さな褐色のウサギ。
どうみても魔物には見えず、こちらに視線を向けても襲いかかる様子はない。
当然、気配を察知できる俺にはウサギがこちらへ向かう前から認識していた。
最近、わかったことがある。
この子はとても臆病だ。
それも、ものすごくと言えるほどに。
襲ってくる相手に恐怖心を持つことは、決して悪いことではない。
恐怖を抱くのは、逆に言うなら己と敵の力量差を自覚しているとも言える。
それにたとえ強大な力を手にしたとしても、弱者に暴力を振るわないと思えた。
己を弱さを知らない者に、誰かを護ることはできないはずだ。
そういった意味で言うなら悪いことばかりではないと俺は考えている。
だがそれは同時に、かなりの問題を持っているとも言い換えられる。
臆病であるが故に、襲われても震えたまま殺されてしまうのではないだろうか。
このままではまずいことは言うまでもなく、なんとか改善しなければならない。
たとえこの子が、たった独りでも生きていける強さを手に入れる必要がある。
さてどうするかと悩んだところで、俺が取れる選択には極端に限りがある。
これは少々厄介な状況に陥っているのかもしれないな。
少しずつではあるが、震えが収まってきたフラヴィに俺は声をかけた。
「フラヴィ。釣りでもしようか?」
この子はとても頭がいい。
それも最近気がついたことだ。
フラヴィは俺の言うことを理解しているような反応を見せる。
声をかければ俺の顔を見上げるのは随分前からだが、釣りという言葉は理解しているように思えた。
「きゅっきゅっ」
楽しそうな声色で鳴くところも、ここ数日で変わったことだな。
少し前まではぴぃぴぃ鳴いてたが、声に落ち着きが出てきた。
食事も柔らかいものは好まず、釣れる小魚を待つようになった。
湖のほとりにローチェアを置いて、釣り糸をたらす。
膝の上にフラヴィはよじ登り、時たま俺の顔を確認しながらご飯を待つ。
背中を預けながら脚をゆらゆらと動かす仕草がとても可愛く思えた。
小魚が釣れると針から外し、そのまま手でフラヴィにあげる。
美味しそうに上向きでくちばしからお腹に流し込み、両手を広げて身体をふるふると揺する仕草はペンギンそのもので、本当にこの子は魔物なのかと何度考えたかわからないくらいだ。
それに、魚を奪い取るような様子を見せないのは、この子の性格なんだろうな。
お腹が一杯になれば膝の上でうとうとして、そのうち寝てしまう。
右手を枕にするのは相変わらずで、時々優しく撫でながらこの子の夜ご飯を片手で釣り上げ、魚だけをインベントリに収納する。
フラヴィが起きたらふたりで夕食を取り、眠りに就く。
とてものんびりとした、優しい時間が流れるようになっていた。




