選択の余地がない
「私の記憶が確かなら、エルルさんのおうちへ向かったと思うのだけれど……」
彼女たちが足しげく通う料理店に設けられた個室で食事をしながら、レンテリア大森林に向かった後の話を俺はしていた。
バウムガルテンで起こった面倒事も少しは伝えたが、さすがに暗殺ギルドの本拠地や教会についての情報は伏せた。
ここに、かの悪名高い帝国が関わってくる可能性が高い以上、ある程度は話しておかなければならないと思えた。
こうでもしないと彼女は首を突っ込みかねないからな。
戦う覚悟があったとしても、最低限は武術の心得がなければ危険だ。
遠まわしに帝国を含む厄介な連中とは関わらないでくれと伝えたが、これについては理解してもらえたようだ。
アンジェリーヌと同じように目を丸くするエトワールも同じ気持ちのようで、必死に俺の話を理解しようと努力に努めるも、その内容があまりに突飛で想像だにしていなかったこともあって、完全に思考が追いつかない様子だった。
大体、この世界の神と出逢ったと話した時点でそうなるのも仕方がないことだ。
むしろこんな話を口も出さずに聞いてくれただけでも感謝すべきだと思えた。
「無理に理解しろとは言わないよ。
言葉にしてる俺自身が物語を語っているみたいに思えるからな。
ただ、エルルの家と家族を見つけたことには安心してほしい」
「……そうね。
まさか噂程度でしか聞いたことのない暗殺ギルドが実在していたなんてね……。
不思議な話をいくつも聞いたけれど、今日の話がいちばん驚かされたわ。
ともかくトーヤさんの言うように、ご家族と再会できたのは喜ばしいわね」
「ありがと、お姉さん!」
満面の笑みでエルルは答えた。
元気そうな姿を見たアンジェリーヌは目元を緩めて安堵する。
やはり大森林に家があるなんて話をしたから、相当心配だったみたいだな。
結局、家と呼べるものは森になかったし、町を出る前に考えていた俺たちの推察もあながち間違いだとは言えないのかもしれないが。
それでも、こうしてエルルが笑顔でいてくれるだけでも良かったと思えた。
「それで、これからどうするの?」
「俺たちは明日の朝、ここを発つよ。
クラウディアとオーフェリア、オリヴィアの修練も見てあげたいし、バウムガルテンには友人も待たせているからな。
……それに気がかりなこともできたから、確認する必要がある」
「気がかりなこと?」
呟いた俺の言葉に反応を示したアンジェリーヌだが、これについては彼女たちにも関係するかもしれないな。
懸念のひとつと、これから起こるだろうことについて話をした。
「想像してるとは思うけど、戦争のことだ。
その規模は世界全土を巻き込みかねないものになりかねない。
現在でも冒険者ギルドがそれに備えで準備を進めているが、暗殺者の件もあって非常にややこしいことになりつつある」
「それに関しては私たちも関わる可能性がある、ということね」
「あぁ。
商国は自由都市同盟の東だ。
共和国と女王国、なによりも巨大な連峰と山脈に守られてはいるが、それに胡坐をかいていれば手痛いどころでは済まない被害を被るだろう。
最悪の場合、国が滅びかねないと俺は予想している」
「確かに、その可能性は十分に考えられます。
帝国の軍事力は侮れませんし、あの国には武力を増やすこともできますから」
エトワールの言うように、手段を選ばなければ大軍となるだろう。
あの馬鹿貴族にも通ずる考えで虫唾が走るが、建国から続く帝国の理念を考えれば確実に利用するのは間違いない。
帝国は、大量に奴隷を抱えているからな。
奴隷制度のすべてを否定したりはしない。
犯罪者に囚役を課す場合もある。
隷属の刻印もそうだ。
そうでもしなければ言うことを聞かない連中が多いんだから、刻印を施すことも否定したりしない。
だが、戦力として強制的に戦地へ向かわせるなら話は別だ。
そんな悪党が考えそうな手段を、帝国は当たり前のように選ぶだろう。
奴隷を最前線に立たせ敵国の兵士や騎士と戦わせ、自分たちは安全圏で高みの見物をしながら被害報告を数字のみで語り、眉ひとつ動かさずに次なる奴隷を送る。
「いかにも盗賊が興した国に相応しいやり口ではあるが、マトゥーシュの剣に関してはいずれ回収させてもらう。
それともう一本、持ち逃げされた槍があるからな。
こちらのほうを優先すると思うが、しばらくは先のことになる」
「それは、トーヤさんたちが修練を終えたあと、ということかしら?」
「いや、例の一件が片付いてから、だな。
人同士のいざこざに乗じて侵略してくる可能性がある。
これの元凶を始末することが俺の目的だから、こちらを優先させてもらう」
「世界の存亡に関わることなのだし、トーヤさんの行動に否定したりしないわ」
お茶を口に含むアンジェリーヌはそう言葉にしてくれたが、内心では思うところもあるはずだ。
亡者となっても大切な想いを捨てきれなかった彼を思えば、俺自身も先に済ませてあげたい気持ちも強い。
それでも、優先順位を考えれば選択の余地がない。
だから俺にはこう答えることしかできなかった。
「必ず回収して、もう一度ふたりと合流するよ。
剣は誰にも使えないように封印してから、ローゼンシュティールに置こうと思うんだ」
「……ありがとう、トーヤさん。
あるべき姿とも言い難いけど、それが最良の選択なのかもしれないわね……」
呟くように答えた彼女の声はどこか儚げで、今にも消え入りそうな寂しさを感じさせるものだった。
そうすることで何かが変わるわけではない。
失われた命が戻るわけもなく、無念が晴れることも決してない。
だからといって、盗賊の手に渡したままでいいはずがないからな。




