とても残念だわ
「それで、噂の新人さんはどうなの?
ラティからもらった情報では好転したとあったけれど」
「あの子は今、神様として必要なことのお勉強をしているわ。
物覚えがとてもいいから、トーヤ君たちの修練が終わる前に会えると思うわよ。
今日は"デコード"について学んでるんだけど、そろそろ覚えた頃かしらね」
神々が情報共有をする際に必要不可欠となるデコードは、高密度に圧縮させた情報を瞬時に読み解くための技能だ。
しかしこの技術を人が体得することは、現実的に不可能だと言われている。
暗号化された膨大な情報量に、肉体だけじゃなく精神も耐えきれないからだ。
たったの1日足らずで扱えるようになるどころか、それを体得することそのものが考えられない女神たちは、思わず耳を疑いながら聞き返してしまった。
「……さすがにそれは無理じゃないかしら。
いくら物覚えが良くても、"神の技能"なのよ?
まして、その子は元々人の子なのでしょう?」
「ラーラの言うように、私も難しいと思うわ。
そもそも概念自体を言葉で説明しても頭では理解できないものだし、高次元生命体として誕生していなければ人の子にデコードは不可能だと言われたほうが納得するのだけれど……」
そんなことがありうるのだろうか、という話ではない。
むしろ、ありえないと断言してもいいくらいだった。
神を名乗る彼女たちの種族は、肉体的にも精神的にもヒトとは大きく異なる。
だからこそ言葉通りの意味で超人的なことを、現実に体現できる。
それを良く知る彼女たちがそう判断するのも無理はない。
しかし金髪碧眼の女神は、自分のことのように自慢しながら言葉にした。
「あの子はそういう凄いことができちゃう子なの!
小さな頃から物覚えが良くて、一度聞いたことは忘れないし、間違いだって繰り返したりしない。
優しくて明るくて前向きで、温かくて柔らかくてすべすべで、世界中の人を心から大切に想えるとっても慈愛に満ち溢れた子なのよ!」
一部不適切な表現が含まれていたが、彼女にとってはいつものことなので気にしないエルルミウルラティールとラーラリラジェイラだった。
だがそれだけの子が"なぜ神に至ったのか"と疑問に思う彼女が訊ねるのも当然かもしれない。
「……その子は本当に、人の子なの?
あまりにも特異的すぎるわよ……」
「休息もしっかりと取ってもらってるけど、目覚めてからは以前にも増して努力家になったのよね。
"大切なひとたちを護りたいから"って、寝る間も惜しんで頑張ってるわ」
異空間から取り出したハンカチで目尻の涙を拭う姿は成長を見守る母親のようにも見えたが、あえてそれを言葉にすると愛娘の話を永遠と聞かされそうな気がしたふたりは、何も言葉をかけることなく彼女を静かに見守った。
本音を言えば、信じ難い話だ。
人の子が神と同等の存在になった事例は極々稀にあるらしいが、彼女の世界に限定すれば聞いたことがない。
争い事が大きくならないように神々が世界中の町に顕現しているのだから、必要以上の力を持つことはありえないと言えた。
「これがあの子の辿った軌跡よ。
よければ生まれる前からのアーカイブもあるけれど?」
「いえ、これだけで十分よ」
「……そう、とても残念だわ……」
しょんぼりとする彼女から視線を軽く外し、情報を読み解く。
しかしその直後、ふたりは同時に険しい表情をした。
そこにあった内容が嘘偽りでないことは確かだ。
だが、それでも信じがたいものだった。
「……人の子でありながら、深く傷ついた核を創り変えたというの?
それもたったの4人で、神々すらできないことを成し遂げたの?」
「コアに高出力の補助装置を組み込んで創り変えることで、安定化を図ったのね。
多くの助力があったとはいえ、凄まじい力の奔流に肉体は消滅。
魂に流れ込んだ膨大な力が体を再構築し、高次元生命体として生まれ変わる。
……こんなこと、現実に起こりうるの……」
調査の結果、取り込んだ力そのものが彼女を助けたようにも思えるとあった。
ありえないことだと彼女たちは思う。
それではまるで、力やコアそのものに意志があると言ってるのと同義だ。
「……彼女の魂とコアの波長が非常に似ていたために起こった現象と推察。
同時に世界の根幹たるコアを創造したことで正常、安定化したと思われる。
深い眠りを経て覚醒し、現在は"奇跡を体現する女神"として生まれ変わる。
……冗談じゃ、ないのよね?」
「もちろんよ」
金髪碧眼の女神は、嘘偽りを一切感じさせない美しい笑顔で即答した。




