随分と好き勝手されたのね
トーヤたちは地上に戻り、急激な変化が"管理世界"に訪れていた。
寂しくすら思えてしまう彼女たちは各々言葉にした。
「行っちゃったわね、トーヤ君たち」
「いつもと同じ場所なのに、急に寂しく思えるわ」
「エルルちゃんのとこは管理者が少ないから、あんなに大勢のお客様が来ることはなかったんじゃない?」
「そうね。
静かなのは落ち着くと思っていたけれど、なんだかとても落ち着かないわね」
そう思えるほどのとても魅力的な子たちだったと、エルルミウルラティールは本心から思う。
人の子だけではない。
様々な種族がひとりを中心に集まっていた。
それのなんと魅力的なことなのだろうかと、彼女はしみじみと思った。
他種族の共生はそれほど珍しくはない。
世界を広く創れば、それだけ多くの現象が起こる。
手を取り合い、互いに足りないものを埋め合いながら共存する種族も多い。
同時に、悪意を振り撒き続けるような危険思想を持った者が集まることもある。
そのひとつがこれから起こるだろう世界を分かつ戦争。
いや、世界中にある国と人々を巻き込む規模を考えれば、これはもう大戦争と言えるかもしれない。
それが今、目前にまで迫りつつある。
そんな中、外からの侵略者に気を配りながら地上を歩くともなれば、色々と厄介な事案が増える。
最悪の場合、一気に形勢が不利になる可能性も考えられるほどの厄介事が。
人は愚かだ。
何千年経とうとも争いを繰り返す。
大地が荒れ果てようとも、美しかった町並みが廃墟に変わろうとも。
その悲しみと凄惨さを一時だけ忘れ、やっとの思いで終結させたものを別の理由で同じ結末を辿ろうと、人は再び歩き進める。
そんなところも関係しているんだろう。
地球の神は"何が正解なのか"を模索し続けているのかもしれない。
「まぁ、あのおじいちゃんはあまり自分のことを話さないし、聞いたところで上手にはぐらかしちゃうから、正確に何をしているのかを教えてくれないのよね」
「いっつもムスっとしてるものね、おじいちゃん。
最後に会った時も"また来たのか"、なんて言いながら呆れていたわ」
金髪碧眼の女神は、まるで心内を読み取ったように答え、ラーラリラジェイラはとても楽しそうに話した。
そうはいっても面倒見がいいことは彼女たちも知っている。
素っ気ないように思えて、その実とても優しい心持ちなのは間違いない。
完全放任主義とはいえ、人の子が起こす悪意ある行動に胸を痛めていたのを、ここにいる三柱は知っているからだ。
それでも手を貸さず、見守り続ける理由はとても限定される。
彼女たちよりも遥か高みにいる方の手段に口を出せないのもあるが、恐らくはいくつかに理由が絞れるだろう。
「またおじいちゃんに会う予定だから、その時はラーラちゃんも一緒に行く?」
「そうねぇ、あなたとも400年ぶりだからお茶を飲みながらゆっくりとお話ししたいところだけど、"捕食者"を始末しないと厄介なことになるし、それが終わってからおじいちゃんの管理世界に行こうかしら」
妙に気の合う親友のような彼女たちふたりは頻繁に訪れていた時期もあったが、さすがにエルルミウルラティールはそれほど何度も会いには行けずにいた。
それはもはや、尊敬よりも崇拝に近いかもしれない。
隔絶された技量と力量に、圧倒的な存在感を覚える彼女からすれば、"おじいちゃん"などと呼称するのは失礼に値すると考えてしまう。
どうにもお気楽なふたりに思えてならないが、ラーラリラジェイラの言うように問題の存在を放置しては非常に面倒なことになるだろう。
エルルミウルラティールが地上に降りられない以上、最優先で討滅してもらいたいのが本音だった。
神妙な表情に変えた金髪碧眼の女神は、呟くように話した。
「……"プレデター"、ね。
私たちの世界に送り込んできたモノとも違う、捕食し肉体と能力を自在に操る尖兵に変えるシステムの大本を絶たずに放置し続ければ、今後も無限に湧き続けるでしょうね」
「あなたのところにも手を伸ばしたの?」
「ラーラにはまだ渡していなかったわね」
エルルミウルラティールは手をかざし、情報を彼女に送った。
しばらく瞳を閉じながら確認した彼女は、眉を寄せながら瞼を開ける。
その瞳にはこれまでと違い、怒りを超えた激しい憤怒を感じさせる感情が奥底に宿っていた。
「……なるほど、随分と好き勝手されたのね。
いえ、だからこそ"神殺しの呪詛"を持った"暗殺者"を送り込んだってことね」
「その名称も仮のものだけれど、抗体を創ってエルルちゃんにも渡したから、相手も二度と送り込んで来ることはないでしょうね」
「初めて見るわね。
あなたがそれほどまでに怒りを剝き出しにするのは。
その理由も分かるつもりだけど、あなたほどの使い手が張り巡らせた結界をすり抜けられた事実は厄介じゃない?」
地上を見守る"管理世界"はもちろんだが、世界全体にも同じような力で覆い、外からの侵略者を防ぐための結界を張るのは当然のことだ。
しかし影響を与えずに通過し、地表に降り立った時点で異例中の異例としかラーラリラジェイラにも思えなかった。
実際にイレギュラーすぎる事態に遭遇した彼女だろうと同じことを考えたが、こればかりは起こってしまった以上どうしようもない。
「なるほどね。
その件を含めておじいちゃんと会うのね」
「えぇ、そうよ」
沸々と込み上げる怒りを押さえつけながら、金髪碧眼の女神は短く答えた。




