良からぬ気配を
「そういえば、エルルはどうするんだ……って、愚問みたいだな」
「もちろんみんなと一緒に頑張るよ!
おうちにはトーヤたちを連れてくるために寄っただけだもん!」
「そうか」
満面の笑みで答えられたことに安堵してしまう。
思えばここに来た直後は相当焦ったからな。
正直あんなこと、もう二度とごめんだ。
魔力の総量が増えたことでまた修練を積む必要があるし、どちらにしても鍛えないといけないだろう。
「トーヤ君はこのままバウムガルテンに行くの?」
「いや、フュルステンベルクで友人を待たせているんだ。
まずは挨拶してからバウムガルテンに戻ろうと思ってる。
……ここでの話を友人たちに伝えたいんだが、かまわないか?」
戦争になる前にアンジェリーヌたちへ伝えたほうがいいと思えた。
これはどちらかというと釘を刺す意味合いが遥かに強い。
下手に動かれては色々と問題になるだろうし、彼女たちは商国の出身だから今後を考えれば帝国と揉めることは避けるべきだ。
せめてギルド側の準備が終わるまでは動かないでもらいたいからな。
「でぃーちゃんたちにお話ししてもいいわよ。
私のことも伝えて大丈夫だから、トーヤ君の自由にしてね」
「いいのか?
かなり驚かれると思うし、今後もバウムガルテンに店を構えるつもりならラーラさんの件は伝えないほうがいいんじゃないか?」
話せば信じてもらえるとは思うが、あまりにも突飛な話だし、まさかこんなにも身近にこの世界を管理する女神がいただなんて誰も考え……。
「……いや……そうか。
この世界の女神だと話しても、それを信じるやつは限定されるか」
「えぇ、そうなるでしょうね。
大きな問題にはならないわ」
「そうだな。
なら、ディートリヒたちにも話させてもらうよ。
ラーラさんはこれからどうするんだ?」
「もう少しここでお話をしてからバウムガルテンのお店に戻るわ。
休業準備って、商業ギルドに提出する書類やら何やらで結構面倒なのよ」
女神がギルドに書類を提出しているなんて、この世界の誰も信じないだろうな。
想像すると相当シュールな様子に思えてならないが、ラーラさんは女神っぽくないから不思議な感覚があるんだよな。
「……むむっ?
なにか良からぬ気配をトーヤ君から感じるわ」
「気のせいだよ」
相変わらず勘の鋭いひとだ……。
まぁ、お役所ってのは大体そんな感じなんだろうな。
そもそもバウムガルテンは観光客や迷宮目的の冒険者を含めれば、この国いちばんと言われている総人口を誇るからな。
中でも商業、食品、迷宮ギルドは毎日忙しそうなイメージがある。
だがそれも戦争になれば、今とは比較にならないほど騒がしくなるだろう。
現時点での情報は不正確だから、ギルドに報告しないほうがいいか。
邪神の件は報告するわけにはいかない。
こんなものを伝えたところで対処法がないからな。
せめてこの世界でも斃せる達人がいれば助かるんだが、女神の話では残念ながら存在しないらしいから余計な話はするべきじゃない。
「さて、トーヤさん。
これについては正確な時期は分かりませんが、期限は1年を目途に行動していただければと思います。
その間、できうる限りの支援は惜しみません。
ポータルの情報と共に私やラーラへ連絡を取れるようにもなっていますので、遠慮なさらずにご活用ください」
「それと、こちらからもトーヤ君にメッセージを送ることがあるわ。
その際は臨機応変に動いてもらえるとこちらも助かるの」
「わかった」
頷きながら答えたが、もしそうなった場合は何かしらのイレギュラーな事態に直面したということになる。
できればそういった緊急事態はないように願いたいもんだ。
ポータルの使用は自由に、"テネブル"はラーラさんが斃すことを再確認した。
思うところのあるだろうと感じた俺は、ブランシェに視線を向ける。
だが、彼女は至って冷静に心を静めたまま俺の目を見て答えた。
「今のアタシじゃ、きっと倒せない。
もっともっと強くなる必要がある。
だからごしゅじん、もう一度鍛えてほしい」
「あぁ。
クラウディアたちの修練を優先するが、それでもやるべきことはたくさんある。
まずはひとつずつ体得していこう」
斃せるか斃せないかよりも、この子たちには習うべきもの、体得させたいものがたくさんあるからな。
それをどれだけ自身の力として使えるかで、未来も変わるだろう。




