父親としての責任
結局、俺がしてきたことは何だったんだろうか。
何も考えず、大した目的も持たず、元いた世界に帰りたいと思ってただけなんじゃないのか?
子供じみた理屈にもならないわがままを通し、世界を気ままに歩いた。
敵対勢力とも盛大に揉めたことで多くの人を巻き込んだ。
俺の行動が戦争の引き金になった、なんて極論まで頭をよぎった。
その結果がこれだ。
どんな道を選んでも、フラヴィが素直に笑顔でいられるとは思えない選択を余儀なくされる状況に今も思考が混乱するだけで、答えなんて出せずにいる。
だが、たとえそうだとしても、出さなければならない。
それが俺の、フラヴィの父親としての責任だ。
……そういえば、魔物の卵を手にした時にディートリヒたちに止められたな。
まさかこういった状況になるとは思いもよらないことだったけど、違った意味で考えさせられるなんて……。
「……パパ……」
不安そうな表情で見上げるフラヴィの頭を優しくなでながら、俺は精いっぱいの穏やかな声で答えた。
「大丈夫だ。
フラヴィがいちばん幸せになれる方法を考えるから」
その道が絶たれたわけではない。
だが、このままでいるわけにもいかない。
それはきっと、いちばん最悪な答えになるだろう。
……となればひとつしかない。
しかし、それを選べずに俺はいる。
「……時間があるのなら、考えさせてほしい」
「わかりました。
こちらも対応策を検討しますので、詳細は改めてお話させていただきます」
選んだのは保留。
本音を言えば、これも良くない。
ここで決断できず後に回すのはしないほうがいいかもしれない。
でも、今の俺にはそう答えるのが精いっぱいだった。
「……パパ、あのね」
俺の服を両手できゅっと掴んだフラヴィは、言いづらそうに言葉にした。
視線を泳がせることはなかったが、申し訳なさすら感じさせる様子に思わず抱きしめて、そんなことはないよと言いかけた。
「わたしが大きくなれたのは、わたしがそう望んだからなの。
大きくなった日、夢の中でもうひとりのわたしが"頑張りすぎるのは良くない"って教えてくれてたの」
「……どういう、ことだ……?」
フラヴィの言葉に、目を丸くしてしまう。
続く話も、聞く耳を疑うような内容だった。
ピングイーンのフラヴィと夢の中で会った?
頑張りすぎるのは良くないと警告を受けた?
それでもこの子は頑張ることを望んだ?
……そんなこと、起こりうるのか……?
まるで助言を求めるように女神へ視線を向けると、わずかに頷いた彼女はフラヴィに話しかけた。
「フラヴィさん、少し調べさせてくださいね」
「うん」
手をかざして力を込めると、女神は詳細を教えてくれた。
「……とても珍しい体験をされたようですね。
もうひとりのフラヴィさんは……例えるなら、心の声が具現化した姿と表現するのが適切でしょうか」
「……内心では自分がどうなるのかを理解していた、ということなのか?」
「そうなります。
答えをフラヴィさんが出してからは、ピングイーンのフラヴィさんも肯定するような言動をしていますので、夢の中で自己との対話をしたのだと思われます」
「そうか」
ある意味、フラヴィは凄いことをしたのかもしれない。
自己との対話は大人でも難しい。
もちろんそれは、もうひとりの自分と対峙するわけではないが、精神を鍛える一環でそういった修練法があるからな。
……気になるのは対話中に選んだ答えのほうだが、これを言葉にしたところで何も変わらないんだからあえて口にする必要はない。
すべては親である俺のせいだ。
この子は何も悪いことはしていない。
ただ、俺のために頑張ろうとしてくれただけなんだから。
* *
その後も俺たちは女神と話を続けた。
中でも厄介なのは、戦争が勃発したタイミングで邪神が駒を進めることだ。
これをされると一気に攻め込まれかねないのは俺でも分かるが、その前にすべての"テネブル"と、種を植えられた存在をある程度倒す必要があると女神は話した。
「最悪の場合、こちらが動ける神はラーラと、もう一柱だけになります」
"管理世界"の防衛をする必要がある以上、これが限界だと彼女は続けた。
だが、神々が手を貸してくれるのなら心強いし、俺たちも動きやすい。
問題は"発芽したもの"をレヴィアたちが倒せるのか、という話だ。
ダメージを与えられないのであれば、みんなには"管理世界"で待機してもらうことになる。
本音を言えばそのほうが俺も安心なんだが、戦うことを望んでいるみんなに確認はできなかった。
しかし"テネブル"ならまだしも、完全耐性が備わった敵を通常の方法で倒せるとは思えないし、これは鍛えたところで可能とするほど簡単な話ではないはずだ。
たとえ"動"系統最上位技の"覇"を体得したとしても、恐らくは通じない。
そういった存在を相手にするなら、何かしらの対応策を考えなければならない。
しなければならないことが極端に増えた。
俺自身も鍛え上げなければならない。
それでも、みんなが納得できるように力を尽くしてあげたいと思った。




