何かを得たような
フュルステンベルクを出発して2日が過ぎた。
俺たちは目的地を目指し、レンテリア大森林を進む。
その詳しい場所はエルル任せになるが、意気揚々と足を動かす彼女の指示は正確で、進路を指で示しては方向を修正しながら歩いた。
大森林は聞いていた通り、それほど光が遮られるわけではなかった。
日中は木漏れ日のような明るさが常に地面を照らし、旅人を受け入れる。
陽光が射す場所も珍しくはないようで、森林浴を楽しんでいると思えるほど清々しい気持ちにさせられた。
「ちょっとずれちゃったかも。
もう少しこっちのほうだね!」
元気一杯な声が優しく森に響く。
娘に連れられながら歩く父親の気分だが、違和感は残る。
だがそれも、森を歩いて2日目となる今は落ち着いていた。
この子の好きにさせてあげようと思えているのかもしれない。
注意力が散漫になるなら危ないが、その様子もなかった。
逆に今のほうが集中しているようにも思える。
緊張感が高まって普段は感じないはずの離れた気配を捉えているのには驚いたが、こういったことは精神面でも大きく影響するからそれほど不思議ではないか。
エルルに限らず、迷宮での経験が活きている今の子供たちなら、森を越えるのはまず問題ないだろう。
しかし、魔物の弱さは少し気になる。
これまで遭遇してきたフォレストボアやフォレストディアなど森の固有種である魔物はもちろん、ヒグマなどの危険動物でも難なく倒している子供たちが自惚れることはなかったが、拍子抜けと言わざるを得ない魔物と戦い続ければ、ある種の危険が伴うような気がした。
いくら初心者用のダンジョンを越えて165階層で修練を続けたとしても、弱い魔物とばかり遭遇する可能性については考えていなかった。
そもそも迷宮の下層は、そこらを歩く魔物よりも遥かに強い。
おまけにオーガロードやオーグリスジェネラルを主軸とした2部隊との挟撃戦を続けていた俺たちにとっては、大森林にいる魔物の中でも強いと言われるフォレストブラウンベアだろうとゴブリン並の敵としか思えなくなるのも仕方がないのかもしれない。
ルーナじゃないが、少し修練に熱中しすぎていたみたいだな……。
もちろん魔物が弱いからといって、油断や隙が生じては意味がない。
そうならないように修練を積ませていた子供たちは、確実な一撃を慢心することなく振り続け、魔物を倒すと3人で嬉しそうにハイタッチをしながら喜ぶ姿を俺たちに見せてくれた。
「……まぁ、あの様子なら問題にはならないだろうな」
「ダンジョンでの経験がしっかりと実を結んでいる。
子供の成長とは早いものなのだなと思えて、我も嬉しい気持ちだ」
「みんな頑張っていましたものね。
それにエルルさんの魔法支援が秀逸で、見ているだけでとても勉強になります」
「悩んでいた時期があったのは遠い昔に思えます。
今では3人の中核としても力になれるほど、エルルちゃんは強くなりましたね」
「これ以上の強さを手にするなら、やはり迷宮に潜らないと難しそうだな。
いま戦わせるのは少し危険だが、クラウディアとオーフェリアに任せようか?」
ちらりとふたりへ視線を向けて訊ねる。
どちらも前衛だし、気配察知も戦闘中に使えるほどの技量はない。
周囲警戒が疎かになるくらいならエルルを後方支援として置くのも手だが……。
「3人の楽しみを奪ってしまうように思えるので、森の中ではお任せします。
ですがこの一件が落ち着いてから、迷宮での修練を主さまにお願いしたいです」
「ん。
同意。
私も鍛えてほしい」
「あぁ、わかったよ」
確かに子供たちは楽しそうだ。
敵が弱くても得られるものがないわけじゃないし、ただ森を歩くだけじゃ運動不足になる。
……それに。
「あれだけ動いてから食べる食事は美味しいもんな」
「ふふっ。その点は羨ましくも思いますね。
でも、こうして歩いているだけでもお腹は空きますから」
「悪いな。
いつもみんなにはわがままを通してもらって」
「私はみなさんを見ているだけでも楽しいので大丈夫ですよ。
エルルさんもさらに何かを得たような強さを感じますし、ふたりにもいい影響を与えているのかもしれませんね」
「何かを得たような、か。
確かにエルルは不思議な娘だな。
ここにきてコツを掴んだのだろうか」
「同じ敵ばかり相手にしてきたし、そういったことから何かを得ることはあるよ。
……でも……」
言葉に詰まる。
それが何なのか、はっきりとしない。
しかし、それがいいことなのかは悩ましかった。
「懸念が残るか?」
「何とも言えないが、俺の取り越し苦労であってほしいよ」
言いようのない不安を心の奥底に押し込め、俺は希望を込めて言葉にした。
フォレストと付くのは森にいる固有種で、ブラウンベアはヒグマの魔物です。




