手を伸ばしたからこそ
彼女を包み込む光が収まると、次第に瞳も周りを認識できたようだ。
前回会った時と違うのは、植物のつるのようなもので作られたわけでも、葉をつけているわけでもないことか。
見た目では分からない本物の生地と思える鮮やかな翠のドレスに変わっていた。
深緑色だった長い髪は白銀に薄い緑をわずかに混ぜた宝石のような色を見せているが、リージェやレヴィアと同じく何らかの影響を受けているのかもしれない。
いや、レヴィアは人として生まれ変わったようなものだから判断できないが、リージェに関しては本来の髪色だと言っていた。
……俺の考えすぎならいいんだが。
裸足のままなのは以前と同じだ。
髪色を含め、嫌な感覚はまったくないから気にしなくても大丈夫なんだろうか。
そんな楽観的な思考しか出てこないことそのものが問題だとは思うが……。
周囲を見回すようにゆっくりと首を左右に動かした女性は、わずかにかすれた声で言葉にした。
「……ここは……」
「気分はどうだ?
何か違和感はないか?」
「……そうですね。
チカチカする物がたくさん映ってて、目が痛いくらいでしょうか」
「大丈夫そうで良かったよ」
自然と口角が上がった。
いつもの彼女だと言えるほど付き合いは長くないが、今のは彼女の無事を感じさせる言葉に思えてならなかった。
もう大丈夫だろうとは言い切れないけど、この様子なら悪い方向へは向かわないかもしれない。
立ち上がろうとする彼女に俺は言葉にした。
「まだ座っていたほうがいいと思うよ。
現状を話すから、ゆっくりしてほしい」
「はい。
わかりました」
そう言葉にした彼女が優しい笑顔を見せたことに安堵する。
この美しい笑顔は忘れられるはずもない。
あの時、眠りにつく前の彼女だ。
それをいま、確信した。
「トーヤ」
「ん?」
ふいに名前を呼ばれ、答えるよりも先に聞き返してしまった。
続く彼女の言葉に、俺は温かい気持ちになった。
「おはようございます、トーヤ」
「……あぁ、おはよう。
いい夢は見られたか?」
「えぇ。
残念ながら憶えてはいませんが、とても暖かな陽だまりに揺蕩いながら穏やかな日々を過ごしていたことだけは確かだと思います。
あれは……例えるなら"春の優しい風"、でしょうか」
「……そうか」
本当に良かったと、心から思えた。
あの時の俺の気持ちが通じていたようだと感じた。
不思議なことだが、俺の意志も彼女に影響を与えていたのかもしれない。
そう思えてしまうような、とても嬉しい言葉が彼女から聞けた。
* *
「……それでここはキラキラしたもので溢れているのですね」
「結局俺は強力な媒体を見つけることができなかった。
目覚めさせられたのは、ここにいるアンジェリーヌのお陰なんだよ」
「それは違うんじゃないかしら」
思わぬ言葉が彼女から聞こえ、振り向いてしまう。
そんなアンジェリーヌは、考え込むような様子で言葉にした。
「確かに私がいなければこの宝物庫は開けられなかった。
トーヤさんたちがフュルステンベルクに来るタイミングがずれていれば、私たちとも出会えなかったかもしれないわ。
それでも私は、トーヤさんが強力な魔石を入手できなかったとは思わない。
きっと迷宮や別の場所で必ず入手していたと、私には思えるのよ」
「……それは、仮定の話じゃないか?
現に俺は見つけ出せていないんだぞ?」
本心からそう思う。
今回、彼女が眠りから覚めたのはアンジェリーヌがいたからだ。
彼女がいなければ絶対に成しえなかったことは間違いない。
そうとしか思えない俺に、彼女は笑いながら答えた。
「あら、妙なことを言うのね。
あなたが魔石を見つけたから、彼女が目覚めたの。
私にはあの結晶体が"ただの水晶玉"にしか見えなかったもの。
その価値を見出して可能性に手を伸ばしたからこそ、今の彼女がいるのよ」
……可能性に手を伸ばしたからこそ、か。
確かに彼女の言う通りかもしれない。
俺はその場で足踏みをしたわけじゃない。
一歩だけでも前に踏み出したんだから、それが正しいのかもしれないな。
「すまない。
少しひねくれた考えをしていた」
「そういう時は、言葉が違うんじゃないかしら」
くすくすと笑いながら彼女は、どこか楽しそうに話した。
……そうだな。
ここで使う言葉じゃなかったな。
「ありがとう」
「どういたしまして」
俺の心からの言葉に、彼女は満面の笑みで答えた。




