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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十七章 目覚め
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どうか今だけは

 今はもう、遠い日に交わした約束。

 他人からすれば、それは子供が言葉にする他愛無い会話だったのかもしれない。

 歳月を重ねるにつれて、自然と消えてしまうような儚いものだと。


 しかし私にとってあの約束は、そんなものでは決してなかった。

 だからこそ、私には相応しくはないと判断し、お断りをした。

 一国の姫君と一介の騎士が結ばれるなど、恐れ多いと本気で思えたからだ。



 私は愚か者だ。

 あの日、アンジェリーク様が見せた瞳の色すら忘れていただなんて。

 ……本当に、救いようのない愚か者だ。



 けれどこの場所からなら、もう一度始められる気がした。


 これからもご迷惑をかけてしまうことが多いかもしれない。

 それでも、もう二度とあんな悲しい瞳にはさせないと、女神様に誓います。


 だからどうかお願いです。

 この方と共にいることを赦してください。


 たとえこの魂が砕けようとも。

 来世で巡り合えなかったとしても。

 このお方のお傍にいさせてください。


 ……どうか、今だけは……。



「さぁ、行きましょう。

 これで父様と母様にいい報告ができるわ。

 ヴィクトアールもこれで安心するでしょう」

「はい、アンジェリーク様」

「……"様"……?」


 じとりとした目でこちらを睨まれてしまった。

 しかし、こればかりは自然と出てしまうのですが……。

 そう思うことも、私のわがままなのだろうか。


「……まぁ、いいわ。

 そのままの呼び方をして、3人に呆れられましょうね」


 くすりと笑ったアンジェリーク様は大聖堂入口の大扉へ足を進め、こちらに振り返りながら言葉にした。


「ほら、行きましょう?」

「はい」


 私は短く答え、早足で大切な人の下へ向かった。





 "何のために生まれてきたのか"

 それを本気で考えたことがある。


 身命を賭して護りたい人と逢えたことで意味が大きく変化した私の心は、すべてを尽くしたとしても護れなかったのだと思い知り、己が無力さに絶望して弱さを呪った。


 騎士の家系に生まれ、心から護りたいと強く願った主君を置き去りにして朽ち果てた私に価値などないと、本気で思えた。



 なら、私は何のために、生まれたのだろうか。

 その意味も理解できずに、アンデッドとして廃墟となった祖国を徘徊し続けた。


 ……だが。


 私は、あの方に指輪を渡すためだけに存在していたのだと、今になって思えた。

 おぞましい骸の姿をしていようと、それが使命だと言わんばかりに体が崩壊したのだから。


 決して前向きな考え方ではないが、それでも私の使命だったのではないかと都合のいいような解釈をしてしまう。



 私が生まれた理由は分からない。

 きっとこれからも、知ることはないと思える。

 何も為せず、何も遺せず、ただただ朽ち果てただけなのかもしれない。


 それでも私は、大切な想いだけは伝えられたのではないだろうかと、思えてならなかった。

 あの指輪を託すために、私は存在していたのだと。

 ……そう、思えてならなかった。


 とても都合のいい自分勝手な考えで、あまりにも浅はかだ。

 こんな想いをアンジェリーク様に話したら、笑われるだろう。


 それでもそんな子供じみた考えが、不思議と私の中では納得できた"答え"に思えてしまった。



「……"アンジェリーヌ"様を任せたぞ、少年」

「なにか言ったかしら?」

「いえ、なんでもありません」

「そう」


 くすりと優しく笑った愛する人の後ろを歩き、私はあの日の続きを生きる。

 光と風が体を暖かく包み込む春の日を、愛する人と共に。


 今度こそ、このお方の笑顔を護り通してみせると、心に誓って。

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