否定したりしない
幸せになる?
何も護ることができなかった私が?
……そんなこと、私に許されるはずがない。
大切なものを護れずに朽ちた私が、幸せになど……。
「難しい顔をしているわね」
「……なぜ……私なのですか?
幸福は、姫様にこそ必要なのでは……」
そうだ。
アンジェリーク様こそ、幸せになるべきだ。
命を奪われなかったとしても、その先に待つのは見知らぬ世界。
苦難と苦汁の日々が幸せだとは、私にはとても思えない。
「勘違いをしているようだけど、私は幸せに天寿を全うできたそうよ。
伴侶となる男性はいなくともあの子はいたのだから、笑顔で旅立てたのね。
どうせあなたは疑問に思うはずだから、代わりに私が聞いておいたわ」
いつもと変わらない美しい笑顔に、私は涙を流しそうになる。
それでも、なぜ私を女神様が救おうとされたのかは首を傾げざるをえなかった。
しかし、分け身と言えど姫様は姫様のようだ。
私の考えていることなどすべてお見通しだった。
「女神様がなぜあなたにこの世界を与えたのか、分からないのでしょう?
幾百年も闇に囚われ続けた上、自分への不甲斐なさから来る怒りと情けなさで発狂するようなお馬鹿な近衛騎士に憐れみを抱かれたんじゃないかしら。
あなたがこうなると分かっていたから、私たちの魂を浄化する前に記憶や意識を保存していた、とも伺ったわよ。
状況が状況だったし、まさか宰相と騎士団長が結託するとは思っていなかったけれど、すでに罪は償わせたと仰っていたわね。
昔の話だから、私は恨んでいないけれど」
姫様の話によると、あのふたりは平穏に暮らしていた民を虐殺した罪で相応の報いを与えられたらしい。
それだけですべての罪が消えるかと言えばそう単純な話でもないそうだが、『済んだことよ』とアンジェリーク様は美しい笑顔で答えられた。
それに、こういった特別な扱いが適応されるのは私だけでもないようだ。
つい最近、規模は違えど同じように報われない魂を救済した話を聞いたらしい。
「その子は10歳の少女だったそうよ。
こことは違う別の世界で両親と幸せに暮らしてると聞いたわ。
女神様は"テンイさせた"、とか仰られたかしら。
良く分からないけれど、死者の国ではないらしいわ」
聞き覚えのない言葉だが、私も同じようにここで暮らしてもいいのだろうか。
一度は動く骸に堕ち果てた私だろうと、幸せになってもいいのだろうか……。
「あなたが決めることよ。
心から望まないのであれば、その道も選ばせてもらえるそうよ。
どちらにしても、私たちにはもう何もできないわ。
今の私たちにできることは、とてもありふれた日常を静かに過ごすことだけ。
それがどれだけ大切で何よりもあなたが望んでいたことなのは、言葉にしなくても分かるとは思うけれど、それでもあなたが違う道を選ぶのであれば、私は否定したりしない」
真剣な表情で答えた姫様の瞳はとても真っすぐで、美しい輝きを放っていた。




