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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十七章 目覚め
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情けない

 骸が話した言葉の数々にアンジェリーヌが目を丸くするのも当然だ。

 ローブの男、と言っていいのかは判断に困るが、その内容は驚きに満ちていた。


 もはや積み重ねた歳月も定かではないほどの大昔。

 彼はこの国に(つるぎ)を捧げた者のひとりだったそうだ。


 ローゼンシュティールは絶大な威力を持った魔道具を武力として使うことを固く禁じ、他国との交流を極端に避け続けてきたが、ひとりの男によって滅んだと彼は低い声色で言葉にした。


 そんなことがありうるんだろうか。

 そう思えてしまうのも不思議なことではない。

 しかし同時に、違う考えが頭をよぎった。


 そのひとつが、超が付くほど強力な魔道具を奪取された点だ。

 規格外とすら言えないような武器一振りで国が傾くのかと疑問に思うよりも、数百人を一瞬で蒸発させてしまうほどの非常に危険な武具を何百年と抱え込んでいたことに驚きを隠せなかった。


 たとえ護るために作られたものだとしても、使い方ひとつで意味が全く異なる。

 悪用すれば取り返しのつかないことになるのは俺にだって理解できた。


《……強奪された武器には使用者が制限されるよう、封印処理が施されていた。

 解除するには国内の施設で様々な手順を踏む必要があると言われていたが……》


 それを可能とするなら、犯人の目星も自然と限定されてくる。

 問題は制限を解除された兵器がどこにあるのか、という話にも繋がるが、今は別のことを気にかけるべきだな。


「凄まじい武器は奪われ、使用され、国は滅ぼされた。

 だがあんたはなぜ今になって蘇ったんだ?

 それとも行動しなかっただけで、前々から存在していたのか?

 なぜ彼女のいる場所が分かった?」


 その疑問もおおよそは掴みかけている。

 アンジェリーヌをさらった理由も、俺たちをここに呼び寄せた理由も。

 だからこそ、あんたの言葉で聞きたいと思えた。


 遠い空を見上げるように宙を見つめながら、彼はどこか寂し気に言葉にした。


《……はじまりの記憶は、美しさとは程遠い灰色の壁だった。

 それが祖国の、それも私が果てた場所だと理解した瞬間、言いようのない負の感情が体の奥底から押し寄せてきた。

 ……情けない。

 ただその一言だけが、全身を締め付ける鎖のように纏わりついて離れなかった。

 護りたい者も、護りたい国も、護りたい想いもすべて踏みにじられた上に、私は自身が忌むべき存在へと堕ちたのだと思い知らされた。

 ……耐え難い苦痛を感じる反面、因果応報だと心のどこかで納得している。

 私には最も相応しい姿だと、思えてならなかった……》


 護りたいものが護れなかった人なら誰だって思うことなのかもしれない。

 そんな運命を受け入れたくないと思う気持ちも至って普通だろうし、後悔しないで人生を全うすることはできないんじゃないだろうかとも感じられた。


《……私が骸として蘇り、しばらく経った頃。

 この姿は贖罪なのだろうと考えるようになっていたが、ある気配を私は感じ取り、己が役割をようやく理解した》


「それが私、なのね?」


《……はい。

 あなた様の気配を感じ取った私は、行動に移しました》


 あとは俺たちに助けを求めに来たエトワールに繋がる。

 半狂乱で言葉にした彼女の力になるために奔走し、ここまでやってきた。


「で、私に何をさせたいの?

 それがあなたの目的なのでしょう?」


《……お渡ししたいものがございます。

 大聖堂の隠し通路までご案内いたします》


 うやうやしく首を垂れる骸に疲れ切った様子でため息をつくアンジェリーヌは、呆れ顔で席を立つ。



 謁見室の扉を閉める直前、玉座に向かって深々と頭を下げた彼の様子はとても印象的で、俺は生涯忘れることができないと思えるような哀愁と無念さを感じた。


 彼は騎士だ。

 そこにどうしようもなく引っかかるものがあった。

 それは忠義をはっきりと感じさせる彼ではなく、まったく別のこと。


 これについて、今は言葉を噤むべきだろうな。

 そしてどうやらこの一件は、俺が思っていた以上に厄介なことになる。


 とても奇妙な感覚だが、面倒事になると確信した。

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