人がいないことが
「……やはりそうだったか」
広がる光景を目にして、俺は小さく呟いた。
それは別の可能性が頭をよぎった後に出てきたもののひとつになる。
だがこれで、いくつかの疑問点も解消できた。
扉を抜けた先には、とても大きな庭園と白亜の城が聳えるように建っていた。
すでに枯れ果てた装飾菜園は時の流れを強く感じるが、かつては美しかっただろう水の庭園へ続く上品な並木道や庭と城を繋ぐように作られた姿は、繁栄していた時代を彷彿とさせた。
本当に美しい白亜の国が、この場所に存在していたんだな。
だが同時に疑問点もあふれ出し、自答するように帰結した。
その曖昧な答えのひとつが目の前に広がる光景だ。
争った痕跡もなく、国から人がいなくなるなんてことはありえない。
白亜の城は何百年もの歳月を経てもなお美しさを保ち続け、咲き誇る花こそ枯れ果てたが庭園から並木道に至るまで手入れをされたかのような姿をしていた。
ずっとおかしいと思っていた。
これまで感じたすべての違和感が、眼前に広がる光景ひとつで理解できた。
未だ曖昧で不確かな気持ちは残ろうとそれを確信させる不思議な感覚があった。
エルルの呼ぶ声が耳に入り、みんなの様子を確認する。
どうやら俺と同じ答えに辿り着いたようだ。
「……トーヤ……これって……」
「みんなも気が付いたみたいだが、今はアンジェリーヌとの合流を考えよう。
すべては俺たちの憶測に過ぎないんだから、それを信じて行動するのは危険だ」
そう言葉にしたが、これは憶測ではなく核心だと俺には思えてならなかった。
空を見上げると、膜のようなものが張られているようだ。
とても広範囲に張り巡らせた魔力の防壁だろうか。
「あれが空からの魔物を防いでいるんだな」
「……我の使う認識阻害に近い効果もあるように感じられる。
正確なところは分からぬが、透明で薄くとも非常に強力なものだろう」
恐らくはどこかに防壁を維持する装置のようなものがあるはずだ。
だからこそ現在も魔物に荒らされることがないんだと思えた。
しかし、問題はそこではない。
"人がいないこと"がそれを物語っていた。
この国が栄華を極めていたのは、もはや揺るぎようもない事実だ。
空からの奇襲を完璧に防衛するほどの高度な技術力を有していたのだとすれば、敵対者に攻められる要因としては十分すぎるだろう。
こんな凄まじい技術が現在でも使われているんだとすれば、魔法文明がもっと栄えていたのは確実だからな。
ギーゼブレヒト断崖は、天然の防壁として使われていたようだ。
それを考慮して建国された魔導国家だったんだろうか。
いや、十中八九当たっている推察だと思えた。
ここへ向かうなら北側からか、断崖の東側に北へ続く小道があるだけだからな。
ワイバーンを始めとした空から奇襲する強力な魔物を退けながら細い道を進軍すればどういうことになるのか、戦術に疎い俺にだって分かることだ。
難攻不落。
だからこそ、美しさを保ち続けている。
ではなぜ人知れずに滅んだのか。
それも少し周りを見れば分かることだった。
白亜の城が近づくにつれ、その痕跡が表れ始めたのだから。
戦争だ。
それも激しい攻防があったことを窺わせる戦の跡。
それは美しい城にもつけられていた。
しかし、死者の骸を目にすることはなかった。
だが俺は、それを不審に思わなくなっていた。
ここにいるみんなも同じ気持ちなんだろうな。
そういった気配が感じられた。
城の正面からエントランスホールに入る。
ところどころ朽ちてはいるが、上品な赤色の絨毯が敷かれていた。
燭台は破壊され、タペストリーは破られたものもあるが、かつての栄光を感じさせた。
左右に作られた大きな円を描きながら続く階段を上り、広間に出る。
その先にある扉の向こう側、わずか50メートル奥に感じるふたつの気配。
動くこともなくこちらを待ち続けていた者たちの下へ向かうため、俺は大きな扉に手をかけた。
ゆっくりと開かれていき、視界が徐々に広がる。
予想通り、この部屋は謁見室だったようだ。
30メートルほど離れた場所にふたりの姿を見つける。
何段か高く造られた玉座に座るアンジェリーヌと、その傍らに立つローブ姿の骸が俺たちに視線を向けていた。




