頑張ってもらおう
石に乗り上げるような衝撃を時折感じながら、俺たちは北を目指す。
周囲は話に聞いていた通りの見通しのいい場所が続き、地図に記されている地形と大きな違いがないことに安堵した。
元々この周辺はあまり資源が豊富じゃないらしい。
あるものと言えば上に伸びる木を見つける程度で、鉱石はもちろん薬草もそれほど生えていないとオーラフに聞いた。
ここからしばらく進むと荒野のような石の大地になっているそうだから、草木もあまり見られなくなるんだろうな。
不毛とは言わないが、あまり動物の住めるような環境じゃないのかもしれない。
「そろそろ回復しておくか」
独り言のように小さく呟いた俺は、馬にエスポワールを使った。
これで体力も戻ったはずだから、もう少し頑張ってもらおう。
ルーナの怪我を治した時にも使ったが、このスキルは失った血も戻ったようだと彼女は驚いていた。
もしそれが正しいのであればと馬に試してみると、体力も戻ると知った。
「……ひたすら歩かせているのは可哀そうだが、鞭を入れてるわけじゃないし、疲れたら自分で止まるんだよな?」
「えぇ、大丈夫ですよ。
馬はとても賢いですから、こちらの気持ちが伝わったのかもしれませんね」
手綱を握るリゼットは答えるが、どこか申し訳なさが抜けなかった。
そうだといいなと思いつつも、やはりこういった乗り方は気が引ける。
それに心の疲労は回復できないから、体調の変化に注意を払うべきだな。
周囲に警戒を緩めず、地図を確認する。
町を出てからすでに半日以上が過ぎ、時刻は正午を過ぎていた。
出立した時間が夜だったこともあって良く見えなかったが、さすがにこれだけ明るいと連峰がしっかりと視界に映った。
「わぁ。
あれが"れんぽう"なの?」
「あぁ、そうだよ。
グロースクロイツ連峰だ」
「とっても大きいの」
「こんなおっきいの、見たことない」
膝上に座るフラヴィと、荷台から顔を出すブランシェは感動していた。
そういえば、この子もブランシェも山を見るのは初めてだったな。
いつも平原や森しか通って来なかったから、物珍しそうに見ているようだ。
「周囲には何もないな。
ここからだとギーゼブレヒト断崖も見えるが、スケルトンはいないか」
「ふむ、どうする?
東西のどちらかに進むか?」
荷台に座るレヴィアは訊ねた。
確かにそのほうが距離を短縮できるのは分かるんだが、少々荒い道が続いてる。
いくらエスポワールで万全に戻せても、馬に痛い思いはさせたくないな。
多少時間はかかるが、ここまで頑張ってくれている子に無茶はさせられない。
「いや、このまま突き当りまで進もう。
そこで休息を取ってからだな」
「了解した」
短く答えたレヴィアは、周囲警戒を続けながら言葉にした。
「……しかし、妙だな。
町の北側は頻繁に魔物を間引いていないと聞いたが、これまで一向に出遭っていないことに言いようのない不安を感じる」
「魔物がいなければ安全に進めるのですが、これは少し気になりますね」
リージェの声は緊張を感じさせるものだった。
彼女も言いようのない不安を感じているようだ。
「……スケルトンがこの場所を走ったのだとすれば、その異様な気配に恐れた魔物が逃げ出した、とは考えられませんか?」
「ありえない話でもないか。
クラウディアの推察通りだとすれば正解の道を進んでいると言える一方で、それほど異質な気配を持っている敵と対峙するのは少々厄介だと判断せざるを得ない。
狡猾で残忍な上に知能も高いとなれば、もう相手のテリトリーに入ったとみて間違いないだろう。
ここからは、より注意を払ってほしい」
……とは言ったものの、目視で罠を見極めることになるからな。
速度を少し落として馬を歩かせながら進む方が賢明だろうか。
周囲600メートルには悪意を感じない。
動物くらいはいるが、そのどれもがウサギなどの小さい生き物だ。
これだけ広い上に人が来ない場所なんだから、大きな動物の1匹や2匹いそうなもんだと思えたが、結局行けるところまで行っても見つけることはできなかった。




