悲しみを秘めた心で
人通りの落ち着いた街道を、ふたりの女性が歩きながら話をしていた。
その恰好からはどこかの令嬢とお付きの者だが、すれ違う人たちにはとても仲のいい姉妹にも見え、微笑ましそうに頬を緩ませた。
「こんな時は美味しいものを食べるに限るわね」
「そうですね、アンジェリーヌ様」
少しだけ後ろを歩くメイド服を着た女性は、安堵のため息を小さくついた。
先ほどまで話も届いていないように思えたくらいだ。
そんな姿は幼い頃から知る彼女も見たことがなかった。
だが、それもようやく落ち着きをみせたようにも感じられる。
それでも心配事は尽きないわけではなかったが。
「どうなさいますか?
宿に向かいますか?」
「そうね。
トーヤさんたちに何かお礼の品はないかしらね。
……小さなレディもいたのに、迂闊だったわ」
「エルル様もフラヴィ様も。
アンジェリーヌ様を心から心配していらっしゃいました」
「本当にどうしたのかしら、私は。
ただの気のせいだとも思えないのだけれど」
「この町には有名な薬師がおりますので、診ていただきましょうか?
私としましても、しっかりと調べてもらえるなら安心できるのですが……」
「心配性ね、エトワールは。
大丈夫、もう落ち着いたわ」
笑顔で答える彼女の声色がいつもと同じに戻っていた。
だからといって安心などできないエトワールは言葉にする。
「ですが、何かあってからでは悔やむに悔やみきれません。
どうかご自愛いただきますようお願いいたします」
「またそんなうやうやしい言葉を……。
私には不要だといつも言っているでしょう?」
「……はい」
どこか不服そうな声色に聞こえたアンジェリーヌだった。
思えば昔から彼女はそうだった。
初めて会った時も丁寧な対応をされたのを、昨日のことのように思い出せた。
それがアンジェリーヌにとっては壁を作られているみたいに感じたが、何度改めさせようとしても直ることはなかった彼女に半ば諦めていた。
そんな彼女に言葉を紡ぐ。
どこか悲しみを秘めた心で。
「いつも心配してくれてありがとう、エトワール。
それじゃあ、明日にでも伺いましょうか」
「はい。
ありがとうございます、アンジェリーヌ様」
何もなければそれでいい。
エトワールは自分の意見を聞き入れてくれたことに、心から感謝した。
残念ながらアンジェリーヌの気持ちは正しく受け取れていなかったようだが。
「では、もう少し露店を巡りますか?」
「そうね。
小さなアクセサリーでも探そうかしら」
「それは――」
いいですね。
そう答えようとした瞬間、彼女の全身に強烈な悪寒が走った。
アンジェリーヌをかばうように前へ出た彼女は、スカートに隠し持っていたダガーを抜き放ち、建物の上から放ち続ける気配へ視線を向けながら構えた。
月を背に佇むそれを目の当たりにした彼女は目を大きく見開き、声にならない音を小さく放つ。
屋根の上から女性たちを見降ろす赤黒く光る眼。
風になびくぼろぼろのローブから覗かせたおぞましい骸の顔に、彼女の思考は完全に停止した。




