大変ね
「それで、お姉さんたちは明日どうするの?」
「そうね。
夕方に演劇が始まるみたいだから、それまでは町を散策しようかしら」
「じゃあじゃあ!
あたしたちも一緒に行きたいよ、トーヤ!」
「気持ちは分かるんだが、さすがに大人数で歩くと迷惑になるぞ」
俺たちだけでも今は大所帯の9人だからな。
露店を歩くにしても、演劇を観るにしても、大人数がまとまって近くの席に着けるかも分からない。
ましてや俺とフラヴィ、オーフェリアはかなり悪目立ちするかもしれないし、落ち着いて観劇できないことも考えられなくはないから、本当に迷惑をかけてしまうことだって考えられる。
だが、アンジェリーヌは気にしないようだ。
それらすべてを考慮した上で彼女は答えているんだろうな。
「あら、私たちは歓迎よ。
そのほうが楽しそうじゃない。
ねぇ、エトワール」
「はい。
演劇の席は私がご用意させていただきますので、ご心配には及びません」
「え、そうなの?」
そんなことできるのって顔になってるな。
たとえ人気劇団の舞台だろうと、それほど問題にはならないのかもしれない。
「客席にハンカチが置かれていたのを憶えているか?」
「……そういえば、あった気がする。
そっか、あれは場所取りだったんだね」
「はい。
人気の劇団は午前に準備時間を取ることも多く、今回アンジェリーヌ様がご覧になろうとしている劇も同様で昼下がりの午後に演目が始まる予定となっています」
「じゃあ、その前にハンカチを置いておけば、みんなで座れるの?」
「はい、そうなります」
美しい笑顔でエトワールは答えた。
周辺国にも人気の劇団ともなれば朝から並ぶ人もいるんじゃないかと思えたが、どうやらこの町の住民はのんびりとしているようで、そもそも観劇のために長蛇の列を作ることは非常に稀らしい。
その理由のひとつとして挙げられるのは、長期公演される点にある。
有名劇団の公演ともなれば、最低でも1年は続くとエトワールは話した。
もちろん毎日公演をしているわけじゃない。
他の劇団の妨げにならないように調整するそうだ。
特に初日からしばらくの期間は"お試し公演"みたいなものらしく、探り探りで徐々に完成度を高めていくこともあるのだという。
舞台や音の反響、様々な角度でも楽しめるような演出の配慮、声の通りに立ち振る舞いの確認等、実際にお客さんを入れた本番でなければ分からないことやイレギュラーな事態なんかも、これだけ舞台が大きければ改善点が見えてくるんだろう。
その対処を詰め、千秋楽に近づくにつれて最高の作品に仕上げていくようだ。
日本じゃあまり考えられないことだが、よくよく考えてみたらすべての舞台が無料で観劇できる点を考慮すれば、そういったことも含めて楽しめる人が客席に足を運ぶのかもしれないな。
……それにしても。
エルルは随分とアンジェリーヌを慕っているようだ。
年齢相応に見える笑顔にどこか安堵した俺がいた。
思えば、この子は大人びた言動を多く見せていたからな。
あまり背伸びをし続けると疲れるだけだし、精神的にも良くない。
俺には見せない姿にどこか寂しくも思えるが、それでもアンジェリーヌのような憧れの存在は特別なんだろうな。
レヴィアやリージェとも違う印象を持っているし、こればかりは男が羨んでもしかたないことなんだが、やはり寂しいと思えてしまうな。
「お父さんは大変ね」
「何も言っていないぞ」
「そうね」
くすくすと楽しそうに笑うアンジェリーヌに思うところはあるが、彼女に対して隠し事はできないような気がしてきた。
まるですべてを見透かされているような気になる、不思議な魅力の女性だ。
エルルが憧れるのも良く分かるほどの内面的な美しさを持つんだから、こちらの思考を読まれたとしても別段悪い気はしないが。




